絶対絶命
少し短めです。
「…………やり過ぎたか?」
…悪魔神が召喚した大蛇。その口より放たれた一撃は、そこに村が存在していた形跡すら吹き飛ばした。
ゆっくりと、悪魔神は全てが消え失せた大地へと降り立つ。彼を乗せていた大蛇は、轟音を立てながら再び地中へと戻っていった。軽く辺りを見渡す…巻き上げられた砂煙であまり見えないところもあったが、大勇者達の姿は見えない。勿体無い事をした…悪魔神は静かにため息をついた。
「………ぐ…あ…あぁ……」
「…マジ…?……え?マジで?」
砂煙が晴れる。そこに…いたのだ。文化も、動植物も消えたはずのこの場所に…倒れた仲間を庇う様に立つ、一人の聖女が。だが、もう彼女の体は限界をとうに超えていた。力なく膝から崩れ落ち…聖女は抜け殻のように自身の膝元を眺めた。
「…おい、人間!お前…アレを耐えたのか!?自分1人の力で!!?」
「…………」
…返事は無い。だが、彼女の頭が少しだけ動いた。頷くように、小さく頭を縦に振っている。悪魔神は驚愕の表情から少しずつ口元を緩ませていく。
「は…ははは……アッハハハハハハァ!!!少し計算が狂ったが…よく耐えてくれたな!褒めてやるよ、人間…!」
悪魔神は再び表情を引き締めた。そして、また周囲を見渡す…彼女達以外は誰もいない。目を、耳を集中させる…やはり、気配は無い。悪魔神は少し苛立ったように声を荒らげた。
「おい!!いつまで隠れている気だ!?さっさと出て来い!10秒だ!10秒以内に出てこないとこの女を殺す!!次は明日空ノゾムだ!!さっきので脅しじゃねえ事、分かってんだろ!?10…9…」
……………………………
「7…6…」
…………………………………
「3…2…1…!!」
……………あぁもう!!!
突如として悪魔神と聖女の間に杖が飛び、突き刺さった。悪魔神はニヤリと笑いながら振り上げた手を戻した。すると、杖はゆっくりと浮き上がり聖女達の頭上を飛んでいく。そして、再び杖が地面に突き刺さると、そこには…天界の戦士、ウリルがいた。
…炙り出した正体を見て、悪魔神は目を大きく見開いた。
「……!テメェは…ウリルか…!?」
「…あぁそうさ!随分とらしくない手を使ったもんだね!?完全頂悪!!」
半ばヤケクソ気味にウリルは叫んだ——普段ならノゾム達が攻撃を受ける前に助けていた。だが…悔しいが、それは出来なかった。彼女がここに現れる事、それ自体があまりにも都合が悪過ぎるのだ——
悪魔神は全てを悟った。そして…笑う。とても愉快そうに、割れる程の大声で、笑い始めた。
「アッハハハハハハハハァ!!!!!!そうか…!!!お前程の女が動かなくてはいけない事か!!!!ディアス君が勝手に動いた時点で何となく察していたが…!!!これで確信したぜ!!神々が俺達に何を隠しているのか!!!!!」
(……やっぱり…気付かれた…けど……見殺しになんて…出来る訳ないよ…!!)
「…アッハハハァ…お前の言う通り、らしくない手段だったが…暴力に走った価値はあった訳だ…!」
「………そこまでして…神々が秘密にしていた事を知りたかったのか…!?」
ピタリ、と悪魔神の笑いが消えた。少し目を細め、怪訝そうな様子で右手を腰に当てる。ウリルは緊張を覚えながらも静かに杖を引き抜き、態勢を整える。前例がある以上、可能性は排除できない…単純な力ではウリルに勝ち目は無いのだ。彼女の額に汗が滲み始める…
「…おいおい、そんな怖い顔するなよ」
悪魔神が再び笑った。今度はどこか小馬鹿にしたように小さく笑っていた。そして、彼は両手を上に挙げた。降参…ではなく、あくまで武力行使はしない、という意思表示だった。ウリルは少し安心した様に杖を下ろした。
「前から言ってるが、暴力による支配なんざ猿でも出来る。悪魔にもプライドぐらいあるさ…知恵と、心で支配する…それが悪魔だ」
「………なのに…魔王子君達に攻撃を加えた…正直、ビックリだよ……」
「あぁ、俺自身もビックリしてるよ。知らぬ間にこんな感情的になる程、歳食っちまってたのかね?それとも……」
(………無意識に…コイツらを危険視して……)
「それとも……何だ…?」
「いやぁ…何でもねぇ……じゃあな、ウリル。神々によろしく言っといてくれ」
悪魔神はウリル達に背を向けた。呼び止めようとする彼女の声を無視して、悪魔神は無数の蝿の中に姿を消した。
…悪魔神がいなくなり暫く時間が経った。それなのにウリルの緊張は解けず、胸は破裂しそうな程に激しく鼓動している。未だに震える手をこめかみに当て、天界へ連絡をしようと意識を集中させる。
「………此方、ミカ。ウリル、そっちの状況は?」
…真面目そうな女性の声が聞こえてきた。ウリルはようやく緊張から解き放たれ、へなへなとその場にへたり込んだ。
「…ウリル?大丈夫?何があったの?」
「……ゴメン、完全頂悪にバレちゃった」
「っ……何故?あれ程、あいつの前に姿を出すなと言ったのに」
「…………完全頂悪の奴、魔王子君達に…『ヨルムンガンド』を差し向けたんだ。割と…本気で殺しにいってたと思う」
「な…!?あの男が武力行使に走ったの!?」
連絡先の女性…ミカはそこから言葉を詰まらせた。悪魔神が暴力を使った事は、彼女にとっても衝撃的な出来事なのだろう。ウリルはその間にも不安を膨らませていき…段々と、冷静さを失い始めていた…
「どうしよう!?このままじゃ魔王子君は…あいつの二の舞だ!!ミカ…どうすれば!」
「お、落ち着きなさい!貴女らしくもない…!大丈夫よ…あの事を知ったからといって、今すぐ悪魔達に出来る事は無いわ! 」
「でもそれは私達も同じだ!!私は…彼を……明日空ノゾムを…殺したくない!!!」
「ウリル………」
「彼はただの被害者だ!それなのに…何で……何で…!」
ウリルは嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまった。ミカは彼女に掛ける言葉を見つけようと必死に頭を働かせるが…全くと言っていい程、見つからなかった。
…普段は飄々とした態度で仕事をこなす彼女が、ここまで感情的になって取り乱す姿など、ミカは一度も見た事がなかった。その動揺は、言葉を紡ぐ作業すら妨害する。それでも、彼女は諦めなかった。ウリルの気持ちは痛い程分かる、だからこそ感情に身を任せている場合では無いのだ。考えて…考えて……そして、ミカは口を開いた。
「ウリル…明日空ノゾムを殺すのは、本当に最終的で、最悪の手段だというのは神々も理解しているわ…もちろん、私もよ。きっと…いいえ、必ず神々もそうならない様に知恵を貸してくれる。だから、泣かないで。貴女の話を聞く限り、明日空ノゾムは弱い人ではないもの…彼を信じてあげて」
「…ミカ…ごめんなさい……」
「……貴女が私に謝るなんて、何かムズムズするわね…まぁとにかく、この事は神々に伝えおくわ。貴女は彼らの傍にいてあげて…それじゃあ」
連絡が途切れた。ウリルは涙を裾で拭き立ち上がる。咳払いをして、深呼吸。これで、いつ見られても大丈夫だ。
後ろで物音がした…マールが倒れたのだ。慌てて呼吸を確認するが、生きてはいるようだ。ウリルは杖を叩いた。すると、4人の体がふわふわと宙に浮き始めた。今度は杖を土が盛り上がったところに向けると、4人の体は動き出しその土に寄り掛かる様に着地した。
「………私が、守るんだ」
………………
——ここは…?
「…やあ!お目覚めかな?」
意識を取り戻したノゾムに、ウリルは小さく手を振った。いつもの様に飄々と、笑ってみせたのだった。
ノゾムの次に目覚めたのはユウだった。その次にヒショが意識を取り戻す。状況がよく飲み込めていない3人だったが、ウリルが介抱してくれていた事を知ると、ノゾムとユウは何度も彼女に頭を下げだした。だが、ヒショはウリルが相変わらずヘラヘラと笑っているのが気に入らなかったのか、座りながら彼女へ苦々しい顔を向けるのだった。しかし、やはりというか、ウリルは全く気にしていなかったが。
「しかし、災難だったね…彼は『完全頂悪』なんて言われてはいるけど…少なくとも、私が知る限りだったら実力行使をする事は今まで一度も無かった。本当に、良く生き延びてくれたね」
「………??あの…ウリルさんが守ってくれたんじゃ…?」
ノゾムが首を傾げた。ウリルは申し訳なさそうに彼から目を逸らし、少し間を置いた後に首を横に振った。
「…………ううん…あの攻撃から君達を守ったのはマールちゃんだよ」
「はぁ!?あ、あんな無茶苦茶な攻撃を!?」
ヒショは驚きの声を上げた。ウリルは頷いた後、マールの元に近付いた。そして、ほんのりと眉間に皺を寄せてすぅすぅと寝息を立てている彼女の頬を、優しく撫で始めた。
「………君達人間は…本当に…想像を超えてくる。マールちゃん、貴女は本当に優しくて…強い子だね……私達よりも、よっぽどね」
そうやって自虐するウリルだったが、その目の奥には言い様のない悔しさと口惜しい気持ちが見え隠れしていた。
「…アンタ……けど、あの攻撃から助けてくれなかった理由ぐらいあるんでしょう?」
ヒショの言葉を聞いたウリルは小さく笑った。不器用だが、そんな彼女だからこそ出た優しさ…それが嬉しくて思わず出てしまった笑みだった。
「…うん、私、見ての通り偉いから…アイツらに姿を見せるだけでも不味い事になりかねないんだ……その事態は避け切れなかったんだけどね…」
「不味い事……?」
「…最高位の神々も、その周りも基本的に腰が重いんですよ。じゃあ、その側近が動いたという事は…それ程大変な事が起きているというサインになりかねない…って事ですよ」
「……そういう事だったんだ…それなのに、俺達の事を助けてくれたの?」
「当たり前さ!!君達を見捨てるなんて出来るはずがない!!」
「…良かった。やっぱり、ウリルさんも優しい人だね…ありがとうございます…何度も助けてもらって」
ノゾムはお礼の言葉と共にウリルへ笑顔を見せた。長い年月を生き、幾人もの性根がねじ曲がった人間を見続けてきた彼女にとっては、あまりにも真っ直ぐで純粋な笑顔。ウリルはデレデレになって顔をほころばせる…
それを見ていたヒショ達は若干…本当に若干だが、超が付く程の年下にデレつく彼女に気持ち悪さを覚えたのだった。
………1時間後。
「うーん……あれ?…ここは?……みんな…どうかしたッスか…わぁ!?」
マールが目覚めると、ノゾムとユウのハグが待ち構えていた。その後はヒショも含めた3人による褒め殺し。マールは寝起きで頭があまり働いていなかったからか、状況をよく呑み込めていなかった…が、珍しくヒショに褒められたのが嬉しかったので、流れに身を任せながらこの状況を甘受するのだった。
「そういえば…あのでっかい蛇は何だったんスかね?」
日も暮れ始め、焚き火を囲い始めた一行。マールは赤く燃える焚き火を眺めながら、何となく呟いた。その問いにウリルが素早く反応する。
「あれは『ヨルムンガンド』…魔王子君、君が前居た世界の神話で語り継がれている生き物さ…神を殺したと言われているね」
「…神を……?」
「……………完全頂悪は、蝿の使い魔以外にも神に仇なす生物を使役できる…例え御伽噺にしか出てこない、想像上の存在でもね。あれもその一匹さ。」
「天士様…その言い方だと、あんなのが他にもいるみたいに聞こえるんですけど……」
「うん。他にもいるよ」
ユウが引き攣った顔で手を挙げた。しかし、ウリルはサラッと彼女の言葉を肯定する。益々ユウの顔が引き攣った。
「まぁ…早々使う事もないとは思うけど…今回はあまりにも特殊なケースさ。こっちから攻撃を仕掛けない限り襲ってくる事は無いと思うよ…タブン」
「そ、そこはハッキリ言ってくださいよ〜!!!」
半泣きでウリルに怒るユウ。マールに宥められても、しくしくと泣くユウにヒショは頭を抱えるのだった。
「と、とにかく…悪魔達の対処は私達がする!だから、君達は気にしなくても大丈夫!」
「本当に…?」
ヒショが疑念の目を向けるが、ウリルは自信満々に胸を叩いた。
「大丈〜夫!こっちにはとびっきりの切り札だってあるんだから!」
「切り札…?」
「ま、それは置いといて…君達にこれを渡しておこう!」
ウリルがノゾム達に手渡したのは、両手サイズの地図だった。地図の中心に描かれているのは2つの村のようなもの…恐らく、先程まであった『アー村』と『ウン村』だろう。そして、争いの元となった川の上流には滝があり、その先に…街のような場所が記されていた。
「…これから色々準備が必要だろう?そこに行けば、バッチリなはずさ!勇者連盟の支部もあるみたいだからね」
「………この辺、全部吹き飛んでるんですけど…」
「……あ」
たった1文字しか発していないのにも関わらず、一行は理解した。彼女はそこまで深く考えいなかったのだろうと。冷めた目を向けられたウリルは慌てて釈明し始めた。
「ご…ごめん〜!!!!本当にあいつがここまでするって思ってなくって〜!!!途中まで送ってくから〜!!!!!」
影を塗り潰しながら沈む太陽を背景に、ウリルの必死な弁明が周囲に響き渡るのであった…
………不味い…!!!
……俺の嫌な予感は当たっていた!
…だがどうする…!?
…今下手に動けば、神々の怒りを買いかねない………
……………ならば…今は時を待とう……
………………………………明日空、ノゾム……
殺すしか、無いのか——




