『完全頂悪』
いつの間にか30話超えてる!?
「…………貴様…一体、何度失態を犯せば気が済むんだ…?」
魔王城の最奥、玉座に座る魔王へ容赦のない言葉が飛んだ。その言葉の送り主は、紫がかった黒の鎧に身を包んだ騎士だった。彼は小刻みに足を揺らし、露骨に怒りを見せていた。本来であれば、魔王に対してこのような言葉使い、許されるはずもない…だが、魔王は何も言わず静かに俯いていた…少なからず思い当たるところがあったのだろう。
「………………」
「…だんまりか、流石に今回の件は堪えたか?だがな…今更後悔しても軍が被った損失は返ってきやしない…!どうするつもりだ?」
…騎士はさらに語気を強め魔王へ詰問していく。彼のすぐ後ろでは、竜が真紅の眼を光らせながら悪どい笑みを浮かべていた。その竜は全身が漆黒の鱗に包まれ、背中についた巨大な禍々しい一対の羽がその恐ろしさを際立たせる。そして、4本の脚に生えた太く鋭い爪が、綺麗に清掃された床にくい込み穴を開けてしまっている。まさに邪竜。つまり、この男は邪竜と契約した騎士…邪竜騎士であった。
「……………貴様の…配下達の不安は理解している…」
「ふん、『理解している』…か。お気楽な事だな?お前が魔王になり何が手に入った?人間共から奪ったほんの僅かな領地だけだ…それで?お前が魔王になって何を失った?ヒショやオーク族の脱退から始まり、幹部のヴィッタとクロン、参謀のトラディは打ち倒され、貴様の愛息子バンも…あぁ忘れていた。兵の2割を先代大勇者に倒されていたな…!」
「………まだ手はある」
…その言葉を聞いて、邪竜騎士にある存在が脳裏をよぎる。悪意に満ちたあの笑顔…一度見ただけだが決して忘れはしない。蝿が耳元に来たような、拒否反応が全身を駆け巡った。
「…冗談じゃない。あんな得体の知れない連中に頼る気か?奴らがただの厚意で手を貸している訳ではない事ぐらい、貴様も分かっているだろう…?」
「………………それぐらいは理解している。だが…」
「…呆れたものだ。ここまで頼りないとはな…もういい」
邪竜騎士は魔王を睨みながら背を向ける。邪竜もそれを見て軽く鼻を鳴らすと、背を向けてズカズカと玉座の間の外へ歩き出した。
「もうお前の命令は聞かん。俺は俺のやり方で大勇者共を…そして、竜騎士を倒す。文句は無いな?」
「……………いいだろう」
邪竜騎士はもう振り返る事はなく、静かに玉座の間を後にした。
「…どうだった?邪竜騎士よ」
彼が玉座の間を出ると、笑い転げている邪竜の隣で、不安そうな様子で立っていた巨人族の長が声をかけてきた。
「………あれはもう駄目だ…貴様の嫌な予感は当たってしまったようだ」
「そうか…」
「結局、代替わりして喜んでいたのは前線に出ている下級兵共だけだ。奴が魔王に変わってから碌な事が起きていない…人間共にも完全に舐められている。まぁ、無理もない事だがな」
「ジャハハハ!!!あれが魔王か?随分と情けない姿だったな!!笑いがっ笑いが止まらんわ!!!」
床を何度も叩きながら邪竜が叫んだ。下品な彼の笑い声に、2人は小さくため息をついた。
「…我々に残された手は少ない。残りの幹部も個々の力が強力とはいえ、全く統率が取れていない。今こそ団結し…再興を図るべきだ」
「……団結?そんな事、今の魔王の下で出来ると思うか?俺は俺で動く。貴様にとっては魔王軍が最も守るべきものなのだろうが…俺にとってはどうでもいい」
「邪竜騎士……」
歩き出そうとする邪竜騎士、すると邪竜がニタニタと笑いながら起き上がった。
「まぁ、心配する事はねぇよデカいの。テメェらにはこの最強の魔獣である邪竜様が付いてるんだからな!寧ろ、お前らは不要!お払い箱だ!」
「…邪竜よ…貴様、少々口が過ぎるな。魔族をあまり侮るでない」
「はん!脅しか?ま、いずれ分かるさ。竜とお前ら魔族…どっちが優れているか…がな。小僧…テメェにも言ってんだぜ?」
ギロリ、と真紅の矛先を邪竜は自身の騎士へと向けた。しかし、彼は鬱陶しそうに肩を竦めるだけだった。
「……前にも言ったはずだ、この身も魂も、好きにしろと。だが、誇りだけは裂くも食うも出来ないと…!!」
邪竜騎士は拳を固く握り始める。すると、一瞬の内に邪竜の体から力が抜けていき、まるで邪竜騎士へ跪く様に座り込んでしまった。
「小僧…!テメェ…!!」
「……契約した以上、立場は対等だ。お互いの目的が達成されるまで…辛抱する事だ」
邪竜騎士はゆっくりと歩き出した。邪竜もその後を覚束ない足取りでついて行く。残された巨人族の長は、静かに…頭を抱えるのであった。
——アイン島——
トラディとの戦いから一夜明け、ユウ達はオーク族の族長と合流するために島を出発するべく、最寄りの港へ来ていた。到着すると沢山の見送りがやって来ており、分かれを惜しむ声やら何やらのどんちゃん騒ぎになっていた。
「悪いねぇ、最後まで騒がしっくてさ…それより、はいこれ!働いてくれた分の報酬さ!」
「…こ、こんなに……?いいんですか!?」
「あぁ!!この街を救ってくれた勇者様に渡すものとしては…むしろ少ないくらいだろう?いつでもまた遊びに来な!」
「…!ありがとうございます!」
…そして抱え込んでも零れ落ちそうな程の報酬を手に、島を後にしたのだった。
「…………どうしたの?」
道中、船の上でバンがぼーっと前を向いていた。ノゾムは、何気なく彼の目の前に顔を出す。バンはいきなり視界に入ってきた顔に驚き、飛び上がった反動で寄りかかっていた壁に後頭部をぶつけてしまった。
「どわっ!?痛ってぇ…!」
「ご、ごめん!!そんなに驚くなんて思わなくって…」
「いや…ぼーっとしてた俺が悪い…気にしないでくれ、兄上」
ノゾムはホッと胸を撫で下ろす。昨日の頼りになる姿とはまた違った彼の姿にバンは少し微笑んだ…正直、兄のギャップに困惑もあるのだが。
「…で?何かあったの?そんなぼーっとして」
「あぁ、それなんだが…何だろうな…全員、昨日戦った時の雰囲気と…少し……違うような気がして…いや…大勇者はあんな感じだったか…?」
バンは甲板で大騒ぎしている3人を横目で見る。ノゾムもそちらへ目をやると、いつもと何ら変わらない光景がそこにあった…
「ゔえええ!!ヒショざ〜ん!!目に…目に海水が〜!」
「ヒショざん!前が…前が見えないッスぅ!!?」
「こんのバカども!!!こんな波の高い日に海覗き込むバカどこにいやがるんです!!?」
「……俺からしたらいつも通りだけど…」
…目に海水がかかった彼女達のために、バケツへ水を組みながらノゾムは苦笑いを浮かべた。
「……一番雰囲気が違うのは…兄上なんだが?」
「え?俺?…あ、勇者ちゃん…目パチパチして…うん…ゆっくりでいいよ」
母親のように甲斐甲斐しくユウの目を洗うノゾム。バンは戸惑いを溜息にして吐き出すのだった……
そんなこんなで港についた勇者一行。港のすぐ近くは雑木林になっており、その中の…手入れなどされていない、道と呼べるかすら怪しい道を歩いていく。何度も草むらから飛び出した虫が顔にぶつかり、不快感を覚えながらも歩みを進めると、懐かしい顔がそこにいた。
「おぉ…皆様!よくご無事で…!!」
「久しぶり!デカブツさん!」
その人物…オーク族の族長は、溢れ出ようとする喜びをぐっと堪えノゾムに跪いた。その後ろにいた他のオーク達もその後に続く。
「…良かった。皆無事みたいだね」
「はい…王子様と別れた後、散り散りになった同胞と無事合流する事が出来ました…それに、他の種族の中にもこちら側についた者がおります…少し心許ないですが、それでも想定以上の戦力が集まっています」
「おぉ…何だか良く分からないッスけど、すっごく誠実そうな方ッスね!」
聞きなれない声に族長は思わず顔を上げる。そしてマールの姿を確認すると、少し困惑した顔で首を傾げた。
「…王子様……失礼ですが、そこのお嬢様は…?」
「あれ?ヒショから聞いてない?少し前に仲間になってくれた…サリエラ教の聖女様、マールさんだよ」
「初めまして…サリエラ教の聖女、マールです……ま、無理言って勝手に付いてきただけッスけどね!」
深い礼の後、無邪気に笑ってみせるマールに族長は少し驚くが、直ぐに彼の口角が上がった。
「成程…サリエラ教の…確かに王子様の夢にはピッタリの人材だ…!遅れながら私も自己紹介をば…魔王子ノゾム様の従僕にしてオーク族の族長…王子様からは『デカブツさん』という愛称を頂きました…どうか今後ともよろしくお願いします」
「…はい!よろしくッス!デカブツさん!…あれ?そういえば勇者様はどこに…?」
「…ここにいますよ。こ・こ・に」
辺りを見回すマールに、ヒショは親指で自分の背中を指さした。そこには、小さく縮こまって青い顔で震えるユウがいた。マールは途端に冷めた顔で彼女を見始める。
「……何…やってるの…勇者様……?」
「…すみません……やっぱり…オーク族が…ちょっと…苦手で……」
「……はぁ…このバカ勇者…」
わざわざ彼女に聞こえるような大きさで、ヒショは舌打ちをしたのだった。
怖がるユウは背を向いたまま、族長達との話は進んでいく。バンも他のオーク達から受け入れられ、マールの宗教勧誘に何故かキレたオーク達が武器を取るトラブルこそあったものの、話は順調に進んでいった。
「…して、皆様はこの後どうなさるおつもりですか?」
「そうですねぇ…とりあえず、旅の準備も整えたいですし…近くの人里にでも行ければいいんですけどねぇ…」
「それでしたら、この森の奥地に『アー村』と『ウン村』があるそうです。そこに行けば良いかと」
「成程…ま、そこに行ってみましょうか」
話は、纏まった。別れの挨拶を済ませ、その村の方角へ歩き出そうとするユウ達を、バンが呼び止めた。
「待ってくれ!!」
「…バン……?」
「……皆、こんな俺を仲間にしてくれて……本当にありがとう………また、会いたい…生きて、会おう!!」
「……うん!!絶対、生きて会おう!!!」
ノゾムとバンは、誓いの抱擁を交わしたのであった。
「……うーん?ここは…『ウン村』の方みたいですね」
族長達と別れ、再び道無き道を歩いた一行。鬱蒼とした森を抜け、用水路を挟んだ先に人里を見つけたのだった。ヒショが入口の手前にある看板を見ると、そこには『ウン村』という文字が。一行はちゃんと村に辿り着いた様だったが…
「何と言うか…殺伐としてますね…」
「…うん、すっごく近寄り難い雰囲気ッス…」
村の外側には防護壁が、そこにまるで槍のように先が鋭く削られた丸太が隙間なく並んでいる。その威圧感は、外の者を寄せ付けまいという雰囲気を強く感じさせた。
「まぁ…とりあえず行ってみましょう」
橋を渡り、村へと入る。シンと、静まり返った空間…そこには人影一つ見当たらなかった。一行はゆっくりと歩を進めながら辺りの様子を伺う。すると一軒の民家…その扉の隙間から、誰かが顔を覗かせていた。
「あの!!」
ユウがその顔へ声をかける。恐る恐るといった様子でその人物が扉から出て来たかと思うと、再び姿を引っ込めてしまった。
「…貴方…達は……?何も言わず…こちらに来てください…」
今度は扉から手だけを出し、招くような動作をし始めた。声からすると、どうやらその人物は女性のようだ。訳も分からないまま、一行はその民家へ入っていく。
「……えっと…」
「すみません…せっかくのお客様なのにこのような対応で…」
民家に入ると、女性は申し訳なさそうに深々と頭を下げる。そして、戸惑う一行を席へと案内した。
「…この村……何かあったんです?」
ヒショが尋ねた。すると、女性はぐっと表情が強ばった。とても言いずらそうに、途方もない悲愴感を漂わせながら口を開いた。
「この村は…隣村のアー村と戦争寸前なんです……」
「…え?」
「始まりは、2つの村の間にあった川でした…彼らも私達も…その川の水を使い生活していました。それなりに大きな川でしたから…取り合いになる事もほとんどありませんでしたし、何かあったとしても小競り合いになる程度で終わっていたんです…でも…ある日…川の流れが変わってしまったんです。人の手が加わったような方法で…」
「人の手が……?」
「…ちょっと待ちなさい。まさか、この村の前に流れてた用水路って…」
ヒショの言葉に、女性は小さく頷いた。
「…元々、あそこは魔獣や魔物が襲ってこないようにするための堀があった場所だったんです…それが、川の流れが変わり堀へと流れ込んできて…用水路のようになってしまったんです」
「……成程…アー村からすれば川の水を独占するために川の流れを変えた、と思われても仕方ない訳ですね」
「はい…我々も最初は話し合いで身の潔白を証明しようとしていました…ですが、アー村の方達は聞く耳持たずで…進展が無いまま時間ばかりが経っていきました……それで、少し前からウン村の夜警や猟師が襲われる事件が起き始めたんです…これはアー村の奴らの仕業だと…噂が流れるようになりました…」
「んで……この有様と…」
「…本当に、いつ戦いが始まってもおかしくありません。みなさんは一刻も早くこの村から…!!」
カンカンカンカン!!!!!
突然、けたたましい鐘の音が村中に鳴り響いた。一行は何が起きたのかと周りの様子を伺ったが、青い顔になった女性の顔を見て直ぐに状況が理解出来た…始まって、しまったのだ。
「皆さん!早く逃げてください!!村の外の人を巻き込むわけにはいきません!!!」
「でも、貴女は…!?」
「…良いのです。帰りを待たなければいけない人がいますから」
彼女が心配で足が止まるノゾム達。だが、ヒショは彼らの腕を引っ張り外に出ようとした。
「何ボサッとしてやがるんですか!?早く出ますよ!!」
「え!?だけど…!!」
「…止めたいんだったら、ここで突っ立っててもしょうがないでしょう!?もしかしたら、川の流れが変わってる場所に無実を証明出来る何かがあるかもしれないし…」
「ヒショ…分かった…」
3人はヒショの提案を了承した。
「ありがとうございました。どうか…ご無事で」
「いえ…皆様もどうか…ご無事で……!」
一行は外へと飛び出した。そして扉の先、その1歩目を踏み出そうとしたその時、目の前の家屋に砲弾が直撃した!バリバリバリッ!と強烈な破壊音が聞こえ、そのすぐ後にどこからか子供の泣き声や女性の悲鳴が耳に飛び込んでくる。すぐそこで起きる惨劇へ伸びそうになる手を抑え、一行は村の外へと走り出した。矢の、砲弾の雨が目に入る度、止めなければならないという強い意志が更に増していく…そして、畳まれそうになる橋を飛び越え…どうにか村から脱出する事が出来た。
「それで…今から川の上流に向かえばいいの?」
「ええ……何か見つかればいいんですけどねぇ…」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……どうする?もう出来ちゃうけど」
「…そうだな。折角だ、明日空ノゾム達にも見せておこう…悪魔の所業をな…」
「どんな顔するんだろ?楽しみだなぁ!!」
「…………………」
(明日空…ノゾム……この嫌な予感だけは………どうか…当たらないでくれ……)
契約、完了———
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「………な、何ですか!?これ…!!」
何気なく村の方を振り返ったユウの目に入ったのは、禍々しい魔力に取り囲まれ侵食されていくウン村であった。ものの数秒でその魔力は村全体を侵し、それで終わらず魔力は上へと膨れ上がっていく。その中で光る球体のような物が無数に浮き上がってきた。
「……あれ…は…人の…?じゃあ…まさか…」
ヒショはうわ言のように呟いた。そして、ヒショと…マールの顔から血の気が引いていく…
「ねぇ…この魔力……奥の方にもない?」
ノゾムが遠くを指さした。ユウが目を凝らすと、確かにもう1つ魔力に侵されているような場所があった。ユウはハッとした顔でノゾムの方を向いた。
「あれってアー村じゃないですか!?」
「とにかく、行ってみよ…!?」
ノゾムが村に戻ろうとするが、足が…全く動かない。正確に言えば前に出そうとはできる。だが、目の前が壁になったかのように足が微塵も前に出ないのだ。
「何で…!?早く行かないと……!!?」
突然、足が前に動いた。ふと足に向けていた意識を前に戻すと、先程の魔力はきれいさっぱり無くなっていた。すぐさま村に向かい始めたノゾムを先頭に、その後をユウが付いていく。ヒショは今にも倒れそうなマールに肩を貸し、2人の後ろを歩き出した。
「………………嘘…だろ?」
…静寂。一言で村の様子を表せばこれ以上の言葉は見つからない。人の声も、武具の音も…何も、聞こえない。一行はゆっくりと進んでいく。が、自分達の足音以外、やはり何も聞こえない。先程のやり取りは幻だったのかとさえ思えた。しかし破壊された家屋と放置された武器が突き付けてくるのだ…ここに人間が暮らしていたという事実を。
「……?待って!」
ノゾムは片手を広げながら足を止める。人だ、人がいる。こちらに背中を向けてピクリとも動かず、道の真ん中に佇んでいた。
「…………お前達がここに来るまで…ジャスト236秒…よく来たな、明日空…ノゾム」
ゆっくりと振り返る、少しだけ着崩したスーツに眼鏡をかけた顔立ちの良い男…肩や足元で蠢く気味の悪い蜘蛛がいなければ、普通の人間の様だった。
「貴方は…?何で…?」
「『俺の名前を知ってるの?』か…まぁ、慌てるな。先ずは自己紹介からだ」
息が一瞬止まった。自分が口に出そうとした事を全くそのままの形で先に口に出された…この男は只者ではない…それだけで分かった。
「俺は『スパイド』…悪魔だ。何となく悪魔がどういう存在かは分かるな?だが、ただの悪魔じゃない。『第Ⅴの罪座』…『強欲』の席に座る者だ」
「…………やっぱり…悪魔か…」
「『罪座なんて私も知らない!知らない間にそんな組織構造が!?』か…ヒショだったか?お前は少し見えずらいな…どこまで俺達の事を知っているかは知らないが…まぁいい…教えてやる」
「な…!?何で私が言おうとした事を…!?」
「『罪座』ってのは、簡単に言えば幹部だ。あの方が思う人間の悪意…『傲慢』『憤怒』『嫉妬』…『怠惰』…『強欲』『暴食』『色欲』その7つの罪の代表者…まぁ…『強欲』は2席あるがな」
「はぁ〜…妬けるなぁ、何で勝手に話進めちゃうの?」
知らない声…どこか抜けているようで……背筋も凍る様なおぞましい悪意が籠った声が聞こえる…いつの間にかスパイドの後ろに、小柄な蛇を横に連れた男が現れていた。ノゾムが瞬きをしている間に…その男は現れていたのだ。
「ま、いいや。僕も自己紹介!『第Ⅲの罪座』、『嫉妬』の席に座る者…スネイグだよ…よろしく〜」
…軽い調子で挨拶をしてきたスネイグを見て…ユウは静かに剣の鞘に手をかけた。
「何なんです…?貴方達…」
「『この村の人達を何処にやったんですか!?』か…もうここにはいない。いや、既に人ではなくなった」
「…!?」
「この村と、隣の村の人達は…悪魔になったんだ!」
「………………は?」
…ノゾムの頭に浮かんだのは、言葉に出来ないあまりにも具体性がなさ過ぎる疑問…この男達の言っている意味が、本当に理解出来なかったのだ。それでも、一つだけ確かなのは…
——この男達は決して相容れない存在だという事だ。
「俺達悪魔は、元は皆人間だった。だが、契約を交わすことで悪魔へと進化する」
「契約だからさ、普通は相手の許可がいるんだけど、特例があるんだ…それが、たった今この村にやった『強制契約』!」
「………特定の区域…例えば村や国…そこに住む人間が悪意で満たされた時、強制的に契約しそこにいる全ての人間を悪魔にする」
「悪意…?」
「…『相手が悪い、だから自分達は何をしてもいい』…己にも非があるのにも関わらず、そう考えて身勝手な行動を重ねる…これを悪意と言わず何と言う?この村の連中も、金品を隣の村から盗んでいたようだからな…報復、という名目でな」
「そんな…………」
呆然とするノゾムが下を向いた瞬間、スネイグと目が合った。ノゾムは驚き、距離を取ろうと後ろへ下がった。たった一瞬、ほんの一瞬の隙に、彼は離れたところからノゾムの足元に来ていたのだ。ノゾムの驚く顔を見て、スネイグはただニヤニヤと笑っていた。
「ふ〜ん…君が明日空ノゾムか…久しぶり?いや、一応初めまして…かな?にしても君…何かスカスカじゃない?」
ノゾムが更に距離を取ろうと後退ると、目の前を1匹の蝿が通り過ぎていった。
「………!!?嘘…でしょ…?」
蝿が今度は耳元を通り過ぎる。そして今度は逆の耳に、また1匹、また1匹…羽音が重なっていく…数はどんどん増えていき…いつの間にか視界のほとんどが蝿で埋め尽くされていた。
「うぐ…うぅ…」
「ちょ、ちょっと…アンタ、しっかり!?」
マールがヒショの肩を離れ、四つん這いになりながら口元を手で抑えだした。だが、ヒショは薄々分かっていた…何故、彼女がこんなに苦しそうにしているのか、この胸騒ぎの正体も…
(……私は、知ってる…この悪意を…!!)
「アッハハハハハハァ!!!!!!」
……悪が、現れる。
蝿達がスパイドの前に集まる。それを見て、スネイグはいそいそとスパイドの隣へ戻っていった。続けて蝿達は縦長の楕円形に渦巻いていく……その中に人が立っていた。
「よう…人間!」
その一言の後、蝿達は四方八方に飛び去っていった。
現れたのは、スーツに黒のロングコートを着て、4つの刃の付いた尾を靡かせながら笑う男…スパイド達も相当だったが、この男の悪意は……格が、違った。
「完全…頂悪!!!」
ヒショが叫ぶと、男は途端に怪訝そうな顔付きへ変わった。
「何だ、嬢ちゃん?俺の事知ってんの?そんなに俺有名に……あれぇ?もしかして……」
男は、ヒショを凝視し始める。そして、何かに気付いたように目を見開くと、少し笑いながら右手で髪をかきあげた。
「そうか…!お前さん…神の…アッハハァ…そういう事か!運命ってのは奇妙なもんだなぁ!」
勝手に納得しヘラヘラと笑う男…ユウは鞘から剣を引き抜いた。仮にも大勇者である彼女が、武器を持たなければ不安を覚える程に、この男から発せられる圧は並大抵のものではなかったのだ。
「貴方は…一体誰ですか!?」
「…あぁ、今日は挨拶しに来たんだったな。俺は…悪魔の神だ。愛しい眷属達からは『悪魔神』って呼ばれてるよ!んで、そこのお嬢さんが言ってたのは神々からの呼ばれ方だな」
「悪魔の…神…?何を言って…?悪魔が神を名乗るなんて…!」
うずくまっていたマールが口を開いた。過呼吸で、歯茎がジンジンと頭の中で音を立てて、痛みも走る…目の前もよく見えない。そんな中で彼女は懸命に立ち上がった。悪魔神の態度は一切変わらない…強いて言えば、その笑顔は嘲笑うようなものに変わっていた。
「まぁ確かに…俺は元から神として生まれた訳じゃねぇ。俺は、眷属達からの信仰や畏敬の心で神に匹敵する力を得ているのさ。けど、神々からしたらその呼び方を使っちまうと俺を神として認めたことになってしまう…だから『完全頂悪』なんていう回りくどい言い方してるのさ」
「……完全…頂悪……悪魔…貴方達の目的は…何なんですか!?」
「………あ、やっべぇ、言い忘れてたけど…ここの川の流れを変えたのは俺達だ」
余りにも唐突なカミングアウト。なのに…一行はその事実を自然と受け入れていた。
「何で…そんな事を……」
「俺は、全人類を悪魔にしたい…もうちょっと言えば、お前ら人間に『自分達人間は悪たる存在』だって認めさせたいんだよ…!人は『悪』だ。それなのに人間は、自分達は正しい存在だと信じて疑わない…その結果生まれる不幸すらある。バカらしいと思わねぇか?一応聞いておくぜ?お前ら…悪魔になる気は無いか?」
スパンッ!!!
綺麗な音がした。胸の底から楽になるような気持ちのいい音…ユウが、悪魔神の首を刎ねたのだ。宙を舞った首は黒い煙となって消えた。首から離された体はゆらゆらと立ったままその場で揺れている。
「……ぅ……ぅああ…」
……顔を失ったはずの体から声が聞こえてきた…一行は慎重に耳を傾ける
「ぁ……ぁあ…ああああああ…」
あああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!
首の断面から、人が飛び出てきた。一行は目を疑った。この世のものとは思えない光景が、目の前で起きたのだから。飛び出てきた人は必死に下半身も外へ出そうともがいていたが、段々と両肘が本来とは真逆の方向へ曲がり始め…次は背骨が、その次は…首が逆方向へ曲がる…その体は球体になろうとしているように見えた。
「嫌だ…死にたくない…!!神よ!!!救いを!!?」
その者の絶叫は呆気なく潰えた。球体のようになった体は黒色に変色し、形を変え…あの悪意を持った笑顔が、戻ってきていた。
「あのさ…いきなり首刎ねるのは無くね?折角の絶叫が聞こえないじゃんよ…」
「な、な……」
「言葉も出ねえか…まぁ、無理もねぇよな。普通にキモイし。俺はな、この体に人間の魂を格納してんだ。1億…人ぐらいだったかな?んでよ、怪我した時に一人の魂、その10分の1を使って体を再生させられる…そうして使っていって最後の1割を使った時…その魂は完全に消滅する。今の奴は、最後の1割を使われて死んじまったのさ」
「……外道…」
「そう言うなよ…あの世に行っても結果はそんなに変わらねぇんだし…知ってるか?あの世に行った後どうなるか?天国や地獄で魂を浄化した後、個であることを失う…簡単に言えば死んだ後、魂は世界を構成するためのエネルギーになるのさ!神の救済なんか大嘘なんだよ」
「じゃ、じゃあ何で…俺は……?」
ノゾムの疑問を、悪魔神は鼻で笑った。
「だって…お前をこの世界に生まれ変わらせたの、俺だもん」
…ノゾムは言葉を失った。悪意の手が加わり、それが皮肉にも有り得ない2度目の生を与え、それを…幸せだと思っていた…こんな感情、どう口に出せばよいのだ。
「…世界ってのは1つじゃねぇ。科学ってのが進んだ世界もあれば、超能力みたいなのが発展した世界…まぁとにかくいっぱいあんだよ。俺達悪魔は、その無数にある世界を股にかけて活動している」
「…………」
「…それで最近、面白いもんが手に入ってな…それを使ってやったのが、魂の輪廻の実験。それに使ったのがお前だ、明日空ノゾム…ちなみに、お前を選んだのはたまたまだ。別に適当に選んだ訳じゃあないんだけど…んで、どうだ?明日空ノゾム…本来有り得ない2度目の人生は…楽しいか?」
「ふ…ふざけないで下さい!!!!」
ノゾムに近づこうとする悪魔神に、ユウが吠えた。そして、悪魔神に向かって途轍もない怒りと剣を向ける。マールもそれに続くべく、ふらつく足で必死に魔力を高めていく。
「貴方達が勝手にやった事でしょう!?王子様は何も悪い事していないじゃないですか!!!」
「…ノゾムさんは、あなたの様な悪質な存在ではありません。この世界に生きる人々もそうです。人は正しく生きられる…貴方達の主張を押し付けないで…!」
「…お前さんらねぇ…この村と、こいつの前の父親を見ても同じ事言える?」
「……割合の話です。全ての人間が善なる存在では無いでしょう…ですが…何度過ちを犯しても、人間は正しく生きようと努力し!己の中に正義を持つ事が出来るのです!」
「聖女様の言う通りです!!間違いを犯す事も、魔が差す事だってあります!でも…その度に反省して、前を向く事が人間の凄さなんです!!私達の信じた正義は…貴方なんかに屈しない…!」
「ア…ハハ……アッハハハハハハァ…」
——悪魔神の顔から、笑顔が消えた。
「愚考だな、人間」
「…っ!?ふ、雰囲気が…変わって…」
「テメェらはそのセイギとやらで何を築いてきた!?平和か?愛か?否…否、否、否、否、否!!!!…テメェらが築いてきたもんは、差別と屍の山だけだ!そんなモノ、悪と何が違う!?俺達とお前達のどこに差がある!!?」
怒りを吐き出す悪魔神…それと同時に、大地がまるで慄く様に震え、揺れ始めた。
「……おい、スネイグ」
「…うん、一回下がろっか〜」
何かを察した2人は、一瞬にして姿を消した。
「さぁ、正義は失墜し悪の楽園が始まる!」
悪魔神がそう叫ぶと彼の足元が隆起し始めた。周囲の建物を押しのけひっくり返し…それは現れた。
「…へ、蛇?」
地中より現れたのは蛇…だが、ただの蛇では無い。大きい。あまりにも大きすぎる。その大蛇の頭に乗った悪魔神がまるで米粒に見える程だった。そして頭に続いて現れ始めた胴体、その衝撃で隆起した地面に2つの村はあっという間に飲み込まれ跡形もなく粉々になっていく。それなのに、大蛇の全容を確認する事は叶わなかった。
「…おい」
そう言って悪魔神は大蛇の頭を踏みつけた。大蛇はそれを見ると、蛇らしく舌を鳴らしながら頭を持ち上げる。そして舌を止めたかと思うと、口を小さく開いた。
すると、口元が怪しく光り始め禍々しいエネルギーが溢れ出す…!
「あぁ人よ…悪を為そう!」
——極大威力の光線が…悪魔の眼前にある全てを薙ぎ払った。




