玉座はただ一つ
風邪をひいて完成が遅れました……
「…あの魔物を2時間動けないようにすればいいんですよね?私に任せて貰えませんか…?」
「そうだけど…いくら何でもアンタ1人でなんて…」
炎の巨人と化したトラディの足止め…マールはその役に自ら申し出たが、ヒショはあまりいい顔をしなかった。それは周りも同じだった。彼女が優秀な存在だというのは、皆充分に分かっている。だが、あまりにも相手が規格外過ぎるのだ。空一面を自身の炎魔法で埋め尽くすような怪物に、時間稼ぎのためとはいえたった一人で相対するなど無謀としか言いようがない。彼女をみすみす死なせる訳にはいかない…全員、とても心配そうな様子でマールを見つめていた。
「…ヒショさんの言う通りですよ…!1人で止めるなんて無茶です!だって…あの巨人は、聖女様の防御魔法も…」
ユウはそこまで言うと口ごもった。事実、トラディの魔法はマールの強力な防御を貫いてしまった…とはいえ仲間を蔑むような言葉は口にしたくは無い…そう思い悩む彼女に、マールは親指を立てて見せた。
「……大丈夫ッスよ!聖域魔法の本領はこれからだもん!」
「………具体的に言いますと…?」
「…聖域魔法は防御魔法に転用することも出来るッス。けど、本来の使い方は私に敵対する存在の力を削ぐ事… あの魔物のいる山頂ギリギリまで近づいて全力で聖域魔法を発動し続ければ…!」
「…だ、だったら私も行きます!私も手伝えば負担も…」
そう提案したユウに、マールは静かに首を横に振った。
「……ヒショさん、その開発してた水をあの魔物にかけたら倒す事が出来るんスか?」
ヒショは少し考えた後、小さく首を横に振る。それを見たユウの顔はギュッと強ばっていた。
「…無理でしょうね……大幅な弱体化は出来ると思いますけど…トドメまでいけるとは…」
「勇者様…きっとその最後のひと押しに貴女達の力が必要だと思う…だから…私1人で行ってくるッス」
「そんな………」
泣き出しそうになるユウに、マールはとびっきりの笑顔をぶつけた…その笑顔の内には相当な覚悟が見え隠れしていたのを彼女は見逃さなかった。
「……本当にお任せして、いいんですか?」
「…はい。聖女マール、この命に代えてでも必ず…」
「……ダメ。そんなの許さない」
突如としてノゾムが口を挟んだ。今にも胸倉でも掴みそうな程の鬼気迫る表情で彼女に近づいていく。
「…どうして…ですか…」
「…俺達のためにって思ってくれてるなら…そんな自分の命を軽々しく考えないで」
「……!」
「マールが犠牲になってトラディを倒せても、ここにいる誰一人喜んだりしないよ…マールさん…俺は貴女まで失いたくない」
「……ノゾム…さん…」
マールの覚悟が…揺らいでいく。忘れていた、彼は…彼らは自分よりも他者の事を一番に考える人達だ。しかし、だからこそ本当に大事にしなければいけない事を見誤ったりはしないのだ。そして、マールは新たに覚悟を決めた。
「すみません…とんだ独りよがりでしたね…約束します、必ず…生きて帰ってきます」
「………分かった。じゃあ、お願い」
くるり、とマールはノゾムに背を向けた。すると、サイツが何か思いついたような顔をして声をかけてきた。
「山頂までの道は分かるかい?途中まで私が案内するよ。じいちゃんはみんなに指示をお願い!」
「おう!気ぃつけてな!!」
2人の背中を見送る暇もなく、作戦が始まった。ピッケは老人とは思えぬ速度で研究所の方へ走り出した。そして数分もしないうちに先程まで静まり返っていた町から気勢のある掛け声や何かの駆動音がひっきりなしに聞こえ始めた。
「……私達は…どうすれば…いいんですかね…?」
ユウは周りの雰囲気にやられ、少し落ち着かない様子だった。ヒショは何も言わず、彼女の額を少し強めに指で弾いた。
「……痛っ!?何でデコピンするんですか…?」
「…とにかく…マールさんを信じて体を休めてよう…きっと、大丈夫…」
恨めしそうにヒショを睨むユウだったが、ノゾムからそう言われ少ししゅんとした顔で頷くのであった。
……15分後…
『………やっと治まったか…では、そろそろ…む?』
トラディの体からはほとんど痛みが引いていた。再び動き出そうと、トラディは魔力を高める…が足元から力強い汽笛の音が聞こえてきた。彼はそちらに目をやると、機関車から何者かが降り運転手らしき人物へ頭を下げていた。
『貴様…大勇者と一緒にいたネズミか…』
マールはそう言われると、振り向きざまに冷たくトラディを睨みつける。そして彼女は静かに素早く…祈るように、手を組んだ。トラディは鼻で笑うだけで動かなかった。だが、すぐに異変に気付いた。
『……?…!な、何だ…?!我の魔力が打ち消され…霧散していく……!?』
…たかが矮小な小娘一匹、そう侮ったわずかな隙に彼は動けなくなっていた。肉体からは魔力が失われ再び激痛に襲われ始めた。肉体と魂の融合はまだ完全ではなかった、彼女はその隙を狙いトラディを拘束する事に成功したのだった。
『ぬうぅぅ!?た、ただの魔法では無いな…!?これは一体……!?』
「…油断…しましたね…!必ず、ここで食い止めます!!サリエラ教の…聖女として……!!」
『サリエラ教……あの異端の…そんなのが、なぜこれ程の力をぉ!?』
トラディはマールに向かって必死に手を伸ばそうとするが、彼女には全く届かなかった。それどころか彼の手首に魔法陣が浮かび上がると、強い力で縛られるように両腕は体の横でピンと伸びる。力任せに藻掻くが、体は全く動かない。
『動けん……動けぬぞぉ……!!?』
「………このまま…耐えて…みせます!!」
聖女の覚悟が、眼前の敵を更に強く締め上げていく——
「………マールさん…」
ノゾムは焦りと不安が入り混じる顔で火山を眺めていた。マールが聖域魔法を発動し、まもなく2時間が経とうとしていた。苦しそうに呻いていたトラディは時間が経つ事に落ち着きを取り戻していた。そして、闇雲に抵抗していたように見えた彼の動きも段々と規則性を伴ったものになってきている。彼には聖域魔法への突破口が見えてきているのだろう、とにかくあまり時間が残されていない事は確かだった。
「おーい!!アンタ達!」
息を切らしながらヒショが走ってきた。マールが聖域魔法を発動したすぐ後に、人手が足りない!とピッケに半ば無理矢理駆り出されていたのだ。
「ヒショ!そっちはどう!?」
「ハァ…ハァ……えぇ、もう後発射するだけです…だから…今すぐ山頂に向かいますよ…!つ…疲れた……」
「!…勇者ちゃん!!」
ノゾムの呼び掛けにユウはすぐに頷いた。ノゾムは疲労で膝を着くヒショを優しく立たせると、彼女が指示した道へ歩き出そうとした。だが突然、バンが彼らの歩を遮った。ノゾムは不思議そうに彼を見る。彼は自分達を邪魔したい訳でもなく、ましてやトラディ側につこうとしている訳でもない、物憂げな彼の表情を見ればそれは明らかだった。そして何故かバンの表情はゆっくりと…泣き出しそうな顔になっていた。
「俺も…連れて行ってくれないか…?」
「……はい?」
バンは深く頭を下げたのだった。
「………………むー…」
「……………………」
山頂に向かう機関車の雰囲気は…率直に言えば地獄だった。敵の元へ向かう緊張感と、そこに何故か敵であるはずの人物が一緒に乗り込んでいる気まずさが混ざりとてつもなく居心地が悪い空間が形成されていた。特に不満げだったのはユウだ。ノゾムはバンの頼みに二つ返事で答えた…それも不満だったが、ヒショが一切文句を言わない事の方が不満だった。せめて、いつもの様にぶつくさ文句を言ってくれていた方が、味方がいてくれるようでまだ良かったと…彼女は益々、不満を膨らませていく。
「…何だ?さっきからジロジロと…」
ユウがじっと様子を伺っているとバンの方から声を掛けてきた。少しビックリしたが、変わらず警戒したようにユウは彼の事を見ていた。
「……お二人に何があったのか知りませんけど、私はまだ信用してないですからね」
「………バンが…俺と血の繋がった兄弟だって言っても…?」
「………………ヘい?」
ノゾムの爆弾発言にユウは間抜けな声を出してしまった。そのまま思考は宇宙をさまよい始めた。大勇者らしからぬ、驚いた猫のような顔で固まってしまったユウに、ヒショは本日2度目のデコピンを食らわせたのだった。
「痛っ!?もう…また……」
「…コイツらが兄弟だって話、嘘じゃないと思いますよ。コイツらの魔力には確かに似た部分があります…よ〜っく見なきゃ分からないぐらいの差ですけどね」
ムスッとした顔でユウは2人を見比べる。ユウはヒショのように魔力の色は分からないので、彼女の言っている事は正直分からなかった。しかし、目を凝らして見れば2人の外見には何となく似ている部分が見受けられた。
とりあえず2人が兄弟だというのは納得出来た。だからといって、未だにユウはバンがついてくる事に納得がいかなかった。自分が彼にコテンパンにされたのも一つの理由ではあるが、それ以上に…彼は自分の想い人へ明確な殺意を向けていた人物だ、近くに居て欲しい訳が無い。それが、実の兄弟であっても…兄弟なら尚更そう思うのだ。
「混乱させているのは重々承知だ。だが…俺はトラディをこの手で討たねばならない」
どこか淋しそうな顔でバンは話を切り出した。ユウは全く警戒心を解こうとはしなかった。そんな中でも、バンは話を続けていく。
「安心しろ、大勇者。不意打ちでノゾムの首など手に入れてもなんの意味もない…俺は、この男を真正面から打ち倒さなければならないんだ」
「………とか言ってますけど、王子様?」
「…………何で、トラディを自分で倒したいの?」
ユウは肩を落とす。彼は自分への敵意には何も言わず、率直に浮かんだ疑問から解決する事を優先したのだ。
彼なりの気遣いなのだろうが、敵に対してもそんな優しさが出てしまう事についため息が出そうになる。だが、ある意味とてもノゾムらしい言葉だとユウは思った。
「…少し話をするが、いいか?」
「……もう話してるじゃないですか」
「勇者ちゃん…今そういうのいいから…」
ユウの揚げ足取りにノゾムは少し語気を強めて注意した。ユウは変わらずムスッとしていたが、これ以上文句を言っても仕方ないと思ったらしくすぐに口を閉じた。ノゾムはバンにアイコンタクトを送ると、彼は暗い面持ちで話を始めた。
「………トラディは、俺が幼い頃からずっと面倒を見てくれていた…厳しい事を言う時もあったが…優しい…人だった…」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「これ!バン様!!この程度で音を上げてどうするのです!?」
…戦闘訓練の最中、膝を折るバンへ叱責が飛んだ。トラディは険しい顔付きで、急かすように手に持った杖で何度も地面を叩く。バンも肩で息をしながらも剣を支えに立ち上がろうとする……
「はぁ…はぁ……くそっ…もう体が動かない…がはっ!?」
「バン様……!?」
膝を立たせる前に、バンは血反吐を撒き散らしながら力無く倒れてしまった。すると、トラディは慌てた様子で彼を抱き起こした。意識はまだあるようだ、トラディの顔からは険しさが抜け、代わりに安堵感で満されていた。
「……仕方ありません、今日はここまでにしましょう」
「すまない、トラディ…俺は…本当にダメな奴だな………」
すると、トラディの耳がピクリと動いた。再び彼の顔に険しさが戻る。バンはそれに気づくと、少しだけ目線を下げた。
「………何故、そのような事をおっしゃったのです?」
「…………だって……いつも迷惑ばかり…かけてるし……」
「…貴方は魔王軍幹部のご子息…どれだけ苦悩し、傷つく事があろうとも誇り、胸を張るべきです!優秀な存在が弱音を吐けば必ずそこに付け込まれ、足を引っ張られます。もう二度と…弱音を吐いてはなりません…よろしいですな?」
「……分かった」
「ええ!それで良いのです」
トラディはそう言って微笑んだ。彼は厳しい事を言っても、必ず最後は笑いかけて…褒めてくれる。バンは彼からの期待と優しさにいつも救われていた。
「……そもそも、バン様はご自身の力量を低く見すぎておりますよ……これは人には言えないのですが…貴方様なら…魔王軍の幹部…それ以上の存在になれるやもしれません…」
「幹部……以上……?…それって…!?」
バンがそこまで言うと、トラディに口を塞がれてしまった。という事は、自分の予想は当たっているのだろう。トラディは、自分は魔王になれる可能性がある…そう思ってくれている……顔がにやけてしまいそうになる、バンは必死に平静を装った。
「………期待、しておりますよ。バン様…」
「あぁ…俺、頑張るよ!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「………少し前だ。あの人の様子が変わったのは…あの人の笑顔から…妙な…気持ち悪さみたいなものを感じるようになった。優しかった…あの人はもういないようで…訳を聞くことも出来なかった」
「………もしかして…その時から…」
「…………あぁ…きっと、炎の巨人の事を知ったんだと思う。もう…優しかったあの人に戻ったりはしないと思う…なら……せめて、この手で…終わらせたいんだ」
バンは唇を震わせると、顔を手で覆った。ノゾムは彼から目線を外した。彼はきっと自分にこんな姿を見られたくない、そう思ったノゾムの優しさだった…が、ずらした目線の先には本人よりも大泣きしているユウの姿があった……
「勇者ちゃん……その…泣きすぎ…じゃない…?」
「だっで……だっで…ごんな話聞かざれだらぁ…!バンざんの事…もう悪ぐ言えな…ひぐっ……えぐ…びええええっ痛ぁああ!!!?」
…本日、3度目のデコピンがユウを襲ったのだった……
——火山、山頂——
『………フンヌッ!!!!』
トラディの叫びとともに、彼を縛り付けていた魔力が無残にも飛び散った。全てを使い尽くしたマールはフラフラと組んでいた手を地面に突き立て、そしてゆっくりと肩肘を着いた。朦朧とする意識の中で、彼女はまだ立ち上がろうとしている。
『融合が不完全とはいえ、よく頑張ったな聖女よ!!だが、これで終わり…?』
…聞き覚えのある音がトラディの耳に入る。数時間前に聞いたばかりの猛々しい音。彼の足元に機関車が止まった。トラディは一瞬眉を顰める、そして機関車を見つめながら手を掲げた。
『大勇者か!?もう油断はせん…ぞ……???』
トラディは何故か手を下ろしぽかんと口を開く。不思議に思いマールも機関車の方へ目を向けた…
「アンタは…ホントに…いつまで泣きゃあ気が済みやがるんです!!?ほんっとにもう!!」
「ご…ごめんなざいぃ……」
「ヒショ…もうその辺で…?」
「あぁ…もうトラディの目の前に来ているんだ、ここで争っててどうするんだ!?」
…目の前に広がっていたのはあまりにも奇っ怪な光景であった。あれ程自分へ勇猛果敢に立ち向かってきていた大勇者は大泣きし、それを何故か彼女達にとって敵であるはずのバンが諭しているのだ。マールもトラディも目が点になっていた。
『な…何なのだ!?何だこの状況は!!??』
困惑を隠しきれないトラディの絶叫が響いたのであった…
………一方、サイツ達は…
「おい!大砲の準備はどうだ!」
ピッケがサイツへ声をかけた。彼女が調整していた大砲は見上げるほどに巨大な代物である。鉄製の梯子が設置されており、上った先には操縦席がある。そこにサイツは座っていた。
「うん!カンッッペキだよ!後は、皆が作ってくれたこの弾丸をぶち当てるだけ…!?」
大砲の照準を合わせていたサイツの手が止まった。トラディの拘束が破壊されたのを目撃したのだ。サイツの顔から一気に焦りと緊張が溢れ出した。じっとりと嫌な汗が吹き出てくる。
「…どうかしたか?」
「ヤバいよ、じいちゃん…!あの魔物、動き出しそうだ…!」
「何ぃ…!?構わねぇ!撃っちまえ!!」
「無理だよ!この距離じゃあ、当たる前に気付かれちゃう!!どうしよう……あれ?」
サイツが再びトラディへ目をやると、自分の足元を見ながら固まっていた。理由は分からない。だが、この隙を逃す訳には行かない…サイツは素早く照準を合わせる。それを見たピッケは通信魔法の装置に手を掛けた。大砲はサイツ以外にも数箇所に設置されている。サイツの発射に合わせて同時に発射する算段だったのだ。
「よし!!今だ!!!!」
「撃てぇーーーー!!!!」
ピッケの合図とともに、引き金が引かれる——
『……っ!?ヌオオオオオ!!!!?』
弾丸は1発も漏らす事無くトラディへ直撃した!目の前のトンチキな状況にすっかりやる気を削がれていていた彼に避ける事など出来なかった。ただでさえ聖域魔法で冷やされていた体の溶岩はあっという間により冷え固まっていく…
『ヌウウウウ!!?だが…この程度…!?何だと…!?我が魔力が…熱が高まらぬ…!?この水は…!?うおおおおぉ!!?』
時既に遅し、トラディは肉体のコントロールを失い始めていた。作戦は、成功だ!バンは息を大きく吸い込み、飛び上がった。彼の剣に凄まじい量の魔力が集約していく…
「炎氷…解放!!終わりだ!!トラディ!!!!!!」
熱気と冷気…2つが混ざりあった剣撃がトラディへ振り下ろされた…!
『グワアアア!!?クソオオオォ!退…却を…!』
崩壊を始める肉体から小さくなった——それでも、その大きさは普通の人間の3倍以上はあるが——人型の溶岩が火口へと逃げていった。すると、グツグツと煮えたぎっていた火口の溶岩が奥へと消えていき、火口はぽっかりと巨大な洞窟へと変貌を遂げていた。
「行くぞ…ノゾム、大勇者…!」
2人は頷いた。ユウの顔もすっかり凛々しいものへ戻っていた。自分は役目を果たせた…緊張の糸が途切れたマールは笑顔で倒れた。
「ヒショ、マールさんを!」
「はーい……まぁ、今回は褒めてあげますよ…聖女サマ」
ヒショがマールを介抱し始めたのを確認し、ノゾムは勢い良く火口へと飛び込んだ。バンとユウもそれに続いて火口へと飛び降りていく。
「後は…任せましたよ…!」
火口の内部は空洞が続いているものの、飛び降りて直ぐ、壁には人が歩けるほどの崖が螺旋状に下へ続いていた。3人は早足で崖を下っていく。
「ん…?ここが最下層か…?」
しばらく降りると、ドーム状の空間に辿り着いた。崖の少し下からほとんどが溶岩で満たされていたが、いくつか足場になるような岩が溶岩の上に浮いていた。
『オオオォ!!!!おのれぇ!オのレぇ!!!ネズミの分際でぇ!!!』
溶岩の中からトラディが姿を現した。巨人の言葉通り充分過ぎるほど大きかったが、先程と比べてしまえば随分と図体は縮んでしまっていた。3人は魔力を高めながら構えを取った。
「終わりにしよう…トラディ…!!炎氷解放…!『氷結』!!」
バンは飛び上がり、手の平から冷気を纏った魔力を放ち、トラディへ浴びせた。トラディは慌てて片方の腕を体の前に出し身を守る。痛みは無い、だが、あっという間に彼の腕が冷え凍りつき始めた!
「勇…撃!!!」
「ロード…フィスト!!!」
ユウの剣撃とノゾムの一打が凍りついた彼の腕に直撃した!トラディの腕は粉々に砕け散る…だが、彼は砕けた腕の方の肩を溶岩へと浸らせた。すると何と、腕が生えるように再生してしまった!
「………面倒ですね…」
『無駄だ!!この場所では!どれだけ攻撃してこようとも!!!効かぬ!効かぬわぁ!!!』
勝ち誇ったように笑ったトラディは、両腕を滅茶苦茶に振り回し始める。腕から飛び散った溶岩が炎を纏った魔弾へと変わり射出された…だが、巨大な状態の…その最初の攻撃で使ってきた魔弾よりも明らかに命中精度も威力も落ちていた。放たれた魔弾のほとんどが明後日の方向へ飛び散り、3人に向かってきた魔弾も簡単に撃ち落とされてしまう。
「…やっぱり、力が落ちてるみたいですね…」
「だが、どうする…?このままではジリ貧だぞ…」
「…………?あそこ…何か光ってない…?」
ノゾムがトラディの胸の辺りを指差した。確かに彼の言う通り、赤く滾るように光る溶岩の奥で怪しく光る球体のようなものがあった。バンは目を見開いた。
「そうか、まだ融合は不完全だった…あれはトラディの魂かもしれない!」
「なら…あそこを叩きましょう!!」
ユウの言葉と共に、3人の総攻撃が始まった。バンが体を凍りつかせ、すかさずノゾムとユウがその箇所を砕いていく。魔力を全て使い尽くすほどの猛攻。トラディは砕かれた箇所すぐに再生させるものの、それだけで手一杯になってしまっていた。
『グヌオオオオ!!?おのレぇ…!?セめて…1人デも道連れニ…!!!』
トラディは足元の溶岩を思いっきり踏み付けた!すると溶岩は波打ち、津波となって3人へ襲いかかる!全員上に飛び回避したものの、トラディは口元をニヤつかせていた。全て計算通りだったのだ…サッと当たりを見回しトラディはバンへと目をつけた…そして、彼に向かってジャンプし手を伸ばした!
『焼ケ死ねェ!!!』
勝利を確信したように笑う彼を…バンは憐れみの目で見ていた。
「…『相手を殺すまで勝利した気でいるな』アンタが教えてくれた事だろ?トラディ…!」
バンはトラディの眉間目掛けて剣を投げた。トラディは身をよじるが避けられず…剣は彼の眉間へと突き刺さった。剣に込められた魔力が彼の肉体を巡り…凍り付かせ…胸の球体が露出していく——
「勇撃ぃ!!!!!!!」
「ロードフィスト!!!!!!!!」
『グギャアアアア!!!!!!!?』
点のように見える青空へ向けられた、断末魔の叫び。もう、再生など出来ない。それでも、トラディは終幕を拒絶した。怪しく光る球体は、わずかに残り宙を舞っていた溶岩へと入り込んだ。その大きさは…最早、小人。さらに体は直ぐに冷えほとんど動かなくなった。落下していく体…それを誰かが掴んだ。
『バ…ン…!』
バンがトラディの手を握っていた。恨みの籠った目を向けてくる弱々しい小人に…とうとうバンは、涙を零した。彼の涙は掴んだ小人の手を伝い…肩から落ちていく。
「…他の魔族達にアンタの事を聞かれたら…『俺を、庇って死んだ』って伝えておく……」
『……?な…に…?』
「…父上が裏で言われてる事…知らないとでも思ってたのか…!?『歴代最悪の畜生』だの!『裏切り者の能無し』だの!『力だけだ、王の器では無い』…だの…!!それでも…父上は…俺の誇りだった!!なのに…アンタまで…そんな言われ方をするなんて…耐えられる訳ないだろう!!?」
『…………』
「頼む…せめて……あの時の…優しかった…トラディのまま…………死んでくれ」
バンはゆっくりと…手を、放した。
『……ッ!!!!クソガキィイイイイイイイイイ!!!?』
ボチャン、と音がした。人型の岩が、溶岩に熔けていく。老いた魔族の、壮大で…拙い野望は幕を閉じた。
「…………終わったね」
ノゾムの言葉にバンは小さく頷いた。彼はゆっくりと振り返る。ノゾムが笑った…待ち侘びていたように。
「これで…やっと……」
「あぁ……」
「「決着がつけられる」」
ユウは目を丸くした。周りでは溶岩が火口へと戻ろうとし始めている。彼らの言う事が全く理解出来なかった。
「な…何を言って…!?早く、脱出しましょう!?」
ノゾムは力強く首を横に振った。彼女が今まで見た事が無い程に彼の目は真剣だった。
「…勇者ちゃん、先に行ってて。俺達は決着をつけなきゃだから……」
「じゃ、じゃあ……そんな事!上に戻ってからでいいじゃないですか!?」
「「そんな事?」」
敵意が籠った目が、ユウに向けられた。だが、これで悟った。何があってもこの2人は動かない。ユウは、泣きながら後退りしていく。
「……戻ってきてくださいね…絶対!」
「…大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう」
ユウは涙を散らし、背を向けた。
「…玉座はたった一つ。次の王が2人もいていいはずが無い…例え、一瞬…たりともだ」
「……さっきみたいには、いかないよ。必ず、お前を倒す」
2人の王子は拳を構え、ぶつかり合う——
「ぐっ!?」
「がはっ!?」
ぶつかった反動で、2人の体は弾けるように後ろへ跳ね返る。2人にはもう魔力など残されていない、互いに残された手段は単純で原始的な、力比べだけだったのだ。
2人は全く同じタイミングで構え直し、相手の頬を殴ろうと力一杯踏み出した!先に拳を当てたのはノゾム。バンはよろけるがフラフラとしながらもすぐに立ち上がる。そして、お返し、と言わんばかりにノゾムの鳩尾を殴り付けた!ノゾムは苦しそうに咳き込んだ。だが、すぐに反撃に転じる。ノゾムは何度も、何度もバンの顔を殴る。
「…っ調子に乗るなぁっ!魔王になるのは俺だ!父上とトラディのために!!負けられないんだよ!!!」
バンは連撃受けている最中、無理矢理体を畳みノゾムの腹部へ組み付いた!そのまま勢いよく彼の体を地面へと押し倒す。馬乗りになったバンは雄叫びを上げながらノゾムへ何度も拳を撃ちつけた!ノゾムは両腕で顔を守るが、ズシリ、ズシリと痛みが走る。腕は青痣だらけ、だからと言って手は緩めない…バンは…止まらない…!
「ぐっ…!?がはっ!?げほっげほっ…!こんな時に……!」
バンは口元を手で押え始めた。手のひらを見れば大量の血。彼が今まで経験した事のない吐血量だった。するとノゾムは彼の胸を押し出し自分の上からどかした。吐血が止まらない彼を見ながら…ゆっくりと、気力を振り絞り立ち上がる。
「バン…お前は何のために魔王になりたいんだ?」
「…………?」
——火口内部——
「後…もう少しで外…!」
ユウは来た道を戻っていた。魔力を使い切った体に鞭を打ち、青空が見える所へ向かう。もうすぐ出口…少しだけ足を休めた、その瞬間だった。
「へ…?きゃあああ!!?」
足元が崩れ、体が投げ出された。空中で藻掻くが何も掴めず、真っ直ぐに落ちていく。
視界の動きがスローモーションになる…煌々と燃えている溶岩へと体が吸い込まれていく——
…………バサリ!!
……何かが羽ばたく音が聞こえて、ユウは意識を失った。
——火口最深部——
「……俺が魔王になる理由…?それが…俺の誇りで…今までそのために命を…賭けてきたからだ!!」
バンは立ち上がりながらそう叫んだ。喉に激痛が走る。だが、そんなのは今となっては些末な事。魔王という夢に…あと一歩なのだ…力でも心でも…絶対に負けたくなかった。
「…………それで?」
「それで…?…どういう事だ!?」
「魔王になって……何がしたいの?」
「…………!?」
バンは言葉に詰まった。魔王になる事、それこそが彼の夢で…全てだった。それだけに全てをつぎ込んできた。その先など…考えてもみなかった。
「……俺はあるよ。人間と魔族の戦いを終わらせる。そう思ってる…それに、そう望んだ魔族もいた。魔王になって、全て救う。魔族も…人間も…バン、君も」
「……………は?」
コイツは…何を言っているのだろう。バンの思考が止まる。だがこれだけは分かった、冗談でもなんでもない。この男は…本気で言っている。
「魔法を使うだけでそんなボロボロになって…戦いが無くなれば、苦しむ必要だってなくなるよ。俺は…君も救いたい。分からなかった…そんなに苦しんでまで魔王になる理由がさ…なのに…魔王になるためだけに死ぬ気?言っておくけど、死ぬのなんて…辛いだけだよ」
「…だ、黙れ…黙れ黙れ黙れ!!!!」
何度も倒れそうになりながら、よろめきながら歩いて…バンはノゾムの胸倉を掴んだ。
「……俺は…魔王になるために今まで生きてきたんだ!!それを…お前なんかに…奪わせるものか!!」
ノゾムは彼の腕を振り払い、胸倉を掴み返した。
「じゃあ、言ってみろ!お前が魔王になったら何が出来る!?誰が救える!?お前が玉座に座った先に何があるんだ!!!」
「………っ…!」
「俺は…!俺が…全部!救って!!みせる!!!」
「………あ、ああああ!!!」
何も言葉が出てこない。お互い立っているのもやっとだ、力では負けていない。だが…心は、もう負けていた。「器」の差を見せつけられたのだ。玉座に座る事だけを考えていた自分を…それしか考えられなかった自分すら…この男は救おうとしている。
2人は腕を振りかぶった。ノゾムの打撃が…バンの頬に届いた。彼の体は宙を舞い、そして地面に倒れ伏した。
「……必ず…君も…守る……から……」
力尽きたバンから、流れ出た涙を見て…ノゾムも意識を手放したのだった…




