次の島へ
めちゃくちゃにサボってました。
…朝日が昇り、子鳥のさえずりが聞こえてくる。皆、重い瞼をこすり、たるむ体を伸ばして起き上がる。
「……あ、おはよう!ご飯はもうできてるから顔洗ったら食べてね」
一足先に起きていたノゾムの手には野菜たっぷりのサンドイッチ。そしてテーブルの上には人数分のサンドイッチが可愛く盛り付けられていた。
ユウ達にとってはいつも通りの光景、ほのかに香る小麦の香りに食欲をそそられながら顔を洗う。
「………ねぇ…あんた…本当に魔王子なのよね?」
…見慣れた者もいれば見慣れない者達もいる。トゥールとソウはその不自然過ぎる光景に目をぱちくりさせていた。彼女達からすれば憎き魔族の次期頭目が誰よりも早く起床し、女性が喜びそうな洒落た朝食を用意している…これを異様と言わずなんと言うのか。
2人の視線に気付き、ノゾムが振り返る…まるで慈母のような笑みを浮かべながら。
「……………な、何なの?」
「まぁ…最初はびっくりしますよね…」
後ろから苦笑いを浮かべたユウが声を掛けてきた。だが直ぐにユウはイスに座り、美味しそうにサンドイッチを頬張り始める。
2人はまだ困惑した顔で立ち尽くしていた。すると、今度は後ろからマールが声を掛けてきた。
「…お2人とも」
「あ…聖女様……」
「…あまり深く考えず行くッスよ」
「……はい」
彼の作ったサンドイッチは、悔しいがとても美味しかった。
「さて、私はここで帰るけどまた何かあったら助けるよ!じゃあね、魔王子君!それからヒショちゃん!気軽にお姉さんの事頼っていいから!バイバ〜イ♪」
ウリルは手を振った後、杖を構えると眩い光とともに姿を消した。
「……いつの間に仲良くなられたんですか?」
「…別に?仲良くなった気なんてありませんけど?さぁ、次の町に行きますよ」
不機嫌そうにヒショは町に向かって歩き出した。ユウ達はやれやれといった様子で彼女の後に着いていく。
すると真っ先にノゾムがヒショの隣まで歩いていき、彼女の横顔をじっと見つめ始める。若干恥ずかしそうにヒショは顔を逸らすが、ノゾムは折れることなく顔を覗き込ませる。
「…何ですか?」
ヒショは耐えられずノゾムに声を掛けた。ノゾムの表情が少し和らいだ。
「……ヒショ、何でトゥールから目を逸らすの?」
「………それは…その…」
「…メジハの時の事、まだ怒ってるの?」
「……そうじゃ…ないですけど……少し、バツが悪いだけです」
「バツ…?」
「……………やっぱり、なんでもないです!!」
この後、街に着くまでの間、ヒショは一切口を開こうとしなかった。
——港町、オーセン——
「町に着いたわね…それじゃあ、大勇者様達とはこれでお別れですね」
「はい…少し寂しいですけど、お互い頑張りましょう!ありがとうござました!トゥールさん!ソウさん!」
「本当に…なんてお礼をしたらいいか…!ありがとうございました!」
ユウとマール、トゥールとソウはそれぞれ握手を交わす。そしてその場を2人は立ち去ろうとするが、トゥールが急にくるりと4人の方へと振り返った。ヒショはスっと顔を逸らす。
「ねぇ…ヒショ?」
しっとりとした声色でトゥールが呼びかけた。ビクリとヒショの体が跳ね、ゆっくりとヒショは顔を元に戻す…が、その視線はトゥールの足元に向けられており、額からは尋常ではない程の冷や汗をかいていた。
「な………何か用でも?」
「あんた…昔どっかで会ったことある?」
「んな!?あ、あって!?会ってなんか無いですよ?他人の空似ですよ…きっと………」
「…………………」
…怪しすぎる。挙動不審が極まる状態で否定されても、信じる者などいるのだろうか?否、いるはずがない。トゥールは冷ややかな目でヒショの様子を伺う。必死にヒショは平静を装うがそんな事をしてももう無駄である。変わらずトゥールは疑念の目を向け続ける……
「はぁ………ごめんなさい、私の思い違いだったみたい」
トゥールは軽く頭を搔くと、くるりと向き直りソウの袖を引いて出発を促した。ソウは頷くと、4人に会釈をしてトゥールの横を歩き出す。潮風と人混みの中に2人は消えていった。
(あの反応で確信した…あの人で間違いない……けれど…引っかかることもある…)
トゥールは横切る人々を押しのけながら思考を巡らせる。深く考えれば考えれるほど歩みは速くなり、危うくソウを置いていってしまいそうになるほどだった。
「…………………」
…あれが本当の姿なのだろうか——
「っ……はぁ…あっぶな〜…」
ヒショは息を大きく吐き出した。案外、あっさりと引き下がってくれた事にとても安堵した様子だった。一方で、ノゾムはあまり納得のいかない様子でヒショを見ていた。
「ヒショ……やっぱりトゥールと何かあったんだよね?素直に謝らないと」
「………そんなんじゃないです…」
ノゾムから言われた事に少しムッとしながらヒショは呟く。ヒショを見るノゾムの目は睨んでいると言っても差し支えない程鋭く、ヒショも一瞬怯む程だったが彼女も負けじと睨み返す。二人の間にはまるで火花が飛んでいるようだった。
「まぁまぁ!せっかく新しい街に来たんスから!楽しくいこう!ね?ね?」
珍しくピリついた雰囲気になる2人の間にマールが割り込んだ。彼女の良い意味でその場の雰囲気をぶち壊す明るさのおかげで、2人の苛立ちはなくなっていった。
「…その……すみませんでした」
「ううん…こっちこそごめんね」
「仲直り出来たッスね!それじゃあ新たな町へ出発!!」
マールはヒショの背中を押して街へと歩いていく。ヒショはやめろと怒り出すが、反面、どこか楽しそうに笑っていたのであった。
適当に昼食を済ませた4人は広場のベンチに座っていた。ノゾムとマール、ユウの3人は仲睦まじく談笑していたがヒショは1人財布の中を覗き硬貨や紙幣達とにらめっこをしていた。…少なくともその顔は希望や喜びを感じさせるものではなかった。
「……全っ然ない…」
ヒショのボヤキにマールが即座に反応した。
「…もしかして、金欠ってことッスか!?」
「せいぜい…1泊するのが限界でしょうね…ここの連盟支部には宿泊施設も無いみたいですし…」
ヒショは財布の口を閉じると3人の元へ財布をほおり投げた。マールが見事にキャッチし財布を開いて確認すると、途端に表情が苦々しいものへと変わった。
「……思ったより…ピンチッスね…」
「それじゃあ、やっぱりこの町の勇者連盟支部に行きませんか?何かいい依頼が来てるかもしれませんし!」
ユウの提案にノゾムとマールはすぐに賛同したが、ヒショは不満げに肩を落とした。そんな地道で面倒なことをしたくないとは思うが、背に腹はかえられず…泣く泣く彼女も首を縦に振ったのだった。
——勇者連盟オーセン支部——
ユウ達が支部に入ると、窓口の方で何やら争うような声が聞こえた。当然、彼女達が無視するはずなどなく、声のする方へ駆け寄った。するとそこには、受付の女性と言い争う筋肉質な体型の女性が立っていた。
「で・す・か・ら!ここで受け入れ可能な依頼はあくまで魔物の討伐や出現報告がある地域での護衛、つまり魔物に関連した依頼だけです!鉱山の作業員募集なんてこちらでは承ることは出来ません!!」
「そんな固いこと言わないでおくれよ〜!ほら!もしかしたら急に魔物が現れるかもしれないしさ!」
「…現在は魔物が発生しているわけではないのですね?」
「…………まぁ…そうなんだけどさ…」
「では、お受けすることは出来ません!」
「そんな〜!?参ったね……」
互いに困り果ててはいるが1歩も引く気はなさそうである。どうやら2人は同じようなやり取りをかなり長い時間続けているように見える。それは彼女達の顔の疲れ具合を見れば明らかだった。あまりにも不毛すぎる——ユウは見ていられず、2人の間に割って入った。
「あの……どうかなされましたか?」
「あぁ…申し訳ございません。この方の対応が終わり次第すぐに…って…だ、大勇者様ぁ!!?」
受付の女性は驚くあまり危うく椅子から転げ落ちそうになっていた。驚いていたのは筋肉質な女性も同じだった。
「あ…あんたが噂に聞く大勇者様なのかい!?」
「え…?噂?」
キョトンした顔でユウは首を傾げる。
「あぁ!大勇者になった途端、あっという間に魔王軍の幹部を2人もやっつけちまったって!ウチの島でもその話題でもちきりさ!!」
「いや…あの…1人はともかく、もう1人は…」
クロンを倒したのは自分では無い、ユウがそう言おうとした瞬間、ヒショが後ろから肩を組んできた。
「えぇ、そうですよぉ…だ・か・ら、あんまりナメた態度取らない方が身のためですよ〜♪」
「ヒショさん…?」
ユウが口を開こうとした時、ヒショは彼女の肩に置いていた手を側頭部に持っていくと、彼女の耳が自身の口元に来るように彼女の顔を寄せた。その目はいつになく真剣で、ユウも思わず息を飲んでしまうほどだった。
「…アンタがクロンを倒した事にしておきなさい…」
ヒショが小声でユウに話し掛ける。彼女の意図がよく分からず、ユウは自分でも気付かぬうちに呆けた顔になっていた。その表情にヒショは少し苛立ちを覚えるが、ぐっとこらえ話を続ける。
「……ディアスの事は迂闊に話さない方がいいですよ…あの男はこの世界にいるはずの無い存在なんです…分かるでしょう?」
「そ…そうですか……そうですね…」
ユウは小さく頷き、目線をヒショから受付の2人へと戻す。そして、ヒショの手を優しく引き離すと軽く咳払いをした。怪しまれないように、できるだけ自然な笑顔で…彼女自身、ディアスの事を口にするのは抵抗感があった。理屈ではなくもっと本能的な部分でそう感じていた。
「えっと…改めまして大勇者、ユウです。何かお困りのことがあったんですか?良ければ相談に乗りますけど…」
「本当かい!!?」
その途端、筋肉質の女性は目を輝かせユウへ一気に距離を詰めてきた。まるでその言葉を待ってましたと言わんばかりの勢いのある返事だった。
「実はね…ウチの島『アイン』ってところなんだけど…昔から鉱山が有名でね」
「…あぁ、そういえば地理的には近くでしたね」
思い出したようにヒショが呟いた。まさか真っ先に彼女が反応するとは誰も思わなかったのだろう。ユウ達はみんなキョトンとした顔でヒショを見ていた。何を言いたいのかは直ぐに伝わったようで、ヒショが少し不機嫌そうにため息をついた。
「…あのですね、私だって元魔王軍なんですよ?地理ぐらい分かります!特にアイン島は魔王軍にとってかなり注意していたところだったんです!」
「そ…そうなんですか?」
「えぇ!アイン島は魔力仕掛けの機械が盛んに造られてますからねぇ、『あの島の技術であと50年後には人間は馬車を使わなくなる』なんてしょっちゅう聞きましたし」
「へぇ!あんた詳しいんだね!!」
嬉しそうに筋肉質の女性はヒショの背中をバンバンと叩き出す。鬱陶しい、——和気あいあいとした雰囲気は決して嫌いではないが、彼女の距離感の近さはヒショにとって不愉快でしか無かったのだ——ヒショは冷たく女性の手を払うと、そそくさとノゾムの後ろに隠れてしまった。そこから少しだけ顔を出すとまるで触れられるのを嫌がる小型犬のように女性を睨み出した。困った表情になる女性へノゾムは苦笑いを送ることしか出来なかった。
「あ、あの?作業員がどうのって仰ってましたけど…?」
慌ててユウは話を変える。女性は一瞬反応が遅れるが、彼女なりの優しさだと察しこちらも慌てて話しだした。
「え?あぁ!ウチの島は今まで鉱石がよく取れてたんだけど…つい最近、一夜で鉱石がただの石ころになっちまったんだよ」
「えええ!!?大事件じゃないですか!?」
「あぁ、さすがの私達も大慌てだったけど…運がいい事に最近見つかったいくつかの鉱床は無事でね。だけど急な事でまだ開発が進んでいないんだよ…まぁ、兎にも角にも人手が足りなくてさ!それでここに作業員を募集して貰えないか聞きに来たんだけど…」
「………良ければ、お手伝いしましょうか?」
「え!?いいのかい!?それじゃあ、お言葉に甘えて…」
「お、お待ちください!」
突如、受付の女性が立ち上がった。
「だ、大勇者様ともあろう御方が…そ、そんな勝手な…」
受付の女性はユウ達を必死に止めようとするが、萎縮しているのか説得の言葉もあやふやで説得力など無いに等しかった。
対してユウは堂々とした雰囲気で受付の女性の前に立った。
「…例え魔物の依頼でなくても、困った人がいたら助けるのが大勇者というものでは?」
「た…確かに…ですが…その……」
…女性は権力には弱いタイプだった。大勇者の言葉にあっさり引き下がりそうになる。もちろん、ユウが勢いが止まることもなく…
「……むしろ、困った人を無下にすれば返って大勇者の名が廃ると思いますけど…」
「……………」
勝者ユウ、項垂れる受付の頭上で筋肉質の女性と固い握手を交わした。
「それじゃあ、諸々の話は船の中でするよ!私は『サイツ』って言うんだ!よろしくね!大勇者様!!」
「…もしかして、私も力仕事やらされるんですか?」
ヒショが不安げに、そしてとても嫌そうな顔でサイツに聞いた。非力そうに見えても彼女は立派な魔族、普通の人間では敵わない程の腕力は持ち合わせている。問題はそこでは無い、やる気の問題であった。短気ではあるが頭を使う事の方が楽しめる質なのだ。するとサイツは少し上を向いて深く考え始める。しばらく考えた後、彼女は急に大声を出しながら手を叩いた。
「そうだ!技術班の方も人手が足りないって言っててさ!魔法が得意ならそっちを手伝ってもらっても構わないよ!」
「……まぁ、 得意ってほどでは無いですけど…」
「大丈夫だよ!だってヒショ、毎日魔法の練習してるし…もっと自信持ってもいいと思うけど」
ノゾムの言葉にヒショはみるみるうちに顔が赤くなっていく。
「な…何で知って……」
「……?俺だけじゃなくてみんな知ってるけど…」
「…は?」
恐ろしい程の速さでヒショはユウ達の方へ振り向いた。2人は申し訳なさそうな顔で笑っていた。
「その…知られたくないのかな〜って思って…」
「知らないフリをしてたッスけど…」
「……もう知らない…バカ……」
…………アイン島行きの船に乗るまで一切口を開かなかったヒショであった…
「……ヒショさんって面白い人ッスね」
「そうですね!…イジりがいがありますよね」
「………え?」
本当に怖い人はユウかもしれない——あの妙に落ち着いた声をマールはしばらく忘れられなかった。




