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勇者……?

ようやく2話目です。

何も宣伝等していないのに30人ぐらいの方々に見ていただき誠に恐縮の極みです。マイペースに続けて行ければなと思っております。


...本当はもっと早く投稿するつもりでした。全部デ〇エプレとマ〇ターデュエルが悪いです。文章量が前回の倍になってしまいました。読みにくくて申し訳ございません。

「…で?ここからどうするんです?」


 敵を退けてようやく一段落つける、とヒショは腰を下ろし、今後について話し始める。既に日は暮れ、空には綺麗な星空が広がっていた。


「そうですね…まずはこの場所が何処なのかを調べなければいけませんね」


「…簡単に言いやがりますけど具体的にどうやって…」


 ヒショが族長の提案に反論しようとした時、ガサガサと再び草むらが揺れ始める。全員慌てて身構えるが、草むらから出てきたのは残党を追いかけていたオーク達だった。


「……族長、すまナい」


「…取リ逃しテしまっタ」


「…そうか、とりあえずご苦労だった」


 族長は落ち込むオーク達の肩を叩き労をねぎらう。全員が揃い、改めて今後について話し始める。


「それでは話を戻しますが、やはり私はここが何処なのかを調べた方がいいと思います。闇雲に動いてしまうのは危険でしょうし…例えば、高い位置から見渡せるところがあればいいのですが…」


「それナら、敵を追いかケテる途中に丘がアッた」


 そう言うと、オーク達は丘のある方向に指を指した。


「本当か!…では私は丘に向かい調べてきます。ヒショさん、王子様、お2人は焚き火をして待っていてください。なにか分かったらその煙を目印にして戻ってきますので!お前達は王子様達と一緒に待機していてくれ、頼んだぞ!!」


 その言葉と同時に、族長は凄まじいスピードで丘のある方向に走り出した。その勢いで風が舞い上がり、危うく全員吹き飛ばされそうになった。


「…はや…」


 ヒショはため息混じりに呟いた。その後、残った全員で近くにあった小枝を集め、ヒショは指先からから小さな火を灯す。


「…これも魔法なの?」


「はぁ…そうですよ、まぁこのぐらい人間の子供でもできますけどね」


 魔王子からの質問にヒショはぶっきらぼうに答えながら集めた小枝に火を付けた。


「ふぅ、これでやっと暖がとれますね…さっきから冷えてしょうがなかったんですよ〜…って何ジロジロ見てるんですか?」


「あぁ、ごめんね?ヒショも誰かに捕まってたのかなぁ…って思って…」


「…?あぁ、これのことですか?」


 ヒショは自身の両手を魔王子の前に向ける。彼女の手首と足首には円状の拘束具が付いていた。拘束具からは短い鎖が繋がっており、それは拘束具同士を繋げているという訳でもなく、まるで拘束具としての意味を為していなかった。彼女が動く度に鎖はジャラジャラと音を鳴らしている。


「別に捕まっていたという訳では無いですよ。…まぁ、色々あったんです…おっと、何があったかは聞かないでくださいよ」


「…そっか、ありがとう。えっと後ね…その…」


 王子はこれ以上の質問はしつこく思われると考えたのか、途中で口を止めて黙り込んでしまう。だがヒショは、逆にその態度が気に食わない様子だった。


「……あぁもう!別にそれ以外の質問なら大丈夫です!…で?何が聞きたいのですか!…全く……」


 思わずカッとなってヒショは怒鳴った。その声を聞いて魔王子はほんの一瞬怯えた様子を見せたが、軽い深呼吸をして再びヒショに質問し始めた。


「うん、じゃあ質問するね。……何で俺達、こんなところにいるの?デカブツさんから、お父さんが死んじゃったっていうのは聞いたけど…」


「…あ」


 肝心なところを説明していなかった、それなのに怒鳴ってしまったことはさすがのヒショも少し申し訳なく感じたようだ。


(…というかコイツ、何となくで今まで話合わせてたんですね…)


 ヒショはそんなことを考えながら軽く咳払いをして話を始めた。


「すみません、そういえば全然説明出来ていませんでしたね……じゃあまずは大前提として、我々魔族は大昔から人間と戦争を続けています。どのぐらいの間かといえば、少なくとも何千年という単位で…まぁめちゃくちゃ長い間と思ってください」


「………戦争………」


ぽつりと魔王子は呟いたが、ヒショは気にせず話を進める。


「えー、次に先代魔王…あなたの父親が何で殺される羽目になったのか、についてですが…まぁ、簡単に言うと先代は戦うのがあまり好きでは無かったんですよ。で、戦いたくてしょうがない連中に反抗されて呆気なくやられちゃった…っていう感じですね」


「え…?……お父さんは優しい人だったんだね…」


「…優しいというか無駄が嫌いというかケチというか…別に優しかったから戦いたがっていたわけでは無いんですよ。かれこれ何千年も人間と戦ってきて人手も資源もジリ貧だったんです。戦うのを控えさせないと人間側に負けてしまいそうでしたからね。……正直、最初の頃は別にそこまで周りからの評判が悪い訳ではなかったんですよ…私含めて」


「…?じゃあ何で…」


「ある程度潤ってきても先代は無駄な戦いを避けたんです。『無用な戦いを1度でも許してしまえば今までの繰り返しになるだけだ』…ってな感じで。それで、段々と不満が積もっていったんですよ。そして、先代と不満を持っていた奴らのリーダー格だった現魔王サマこと"無貌の騎士"が殺し合いになったんです」


「………仲間なのに…殺し合うなんて…」


「…魔族なんてそんなものですよ。……で、新しい魔王が誕生したわけですが、もちろんみんながみんな先代の敵というわけでは無いですよ?先代派閥の連中もいる訳で…その中にいるのが私達という訳ですね。…あぁ、勘違いしないでください、私は先代よりも今の魔王の方がなんか気に食わないってだけですからね、消去法ですよ。消去法。……それで、先代が殺されたので地下通路を使って逃げようとした時にあなたと出会った…はぁ、ホント間一髪だったんですよ、上から瓦礫とか降ってきたりして」


「……そうなんだ…ありがとう!!ヒショ達は命の恩人だね!!」


 魔王子はヒショの手を掴みながら、満面の笑みで精一杯の感謝を伝える。スキンシップにあまり耐性が無いのか、ヒショはほんのりと頬を紅潮させた。


「ちょっ!?……ど、どういたしまして…あぁでも、礼はちゃんとカタチにしていただかないと…まぁ出世払いでいいですよ、王子様♡」


 媚びた態度を見せ始めた彼女だったが、魔王子が全く手を離す気配が無く、羞恥心からか少し強引に魔王子の手を引き剥がした。


「…………………」


 オーク達は彼らのやり取りをじっと見つめていた。ヒショが彼らに目を向けると心做しか魔王子から距離を取っているようにも見えた。


「…アンタ達、そういえば王子を見つけた時も妙に脅えてましたよね?意外とオーク族ってビビりなんですねぇ」


「…何トでモ言え」


「……?普段はもっと言い返してくるのに…変なの」


 オーク達が普段と少し様子が違うことにヒショは怪訝な顔をする。だが、あまり気にはならなかったのか魔王子に話しかけられ直ぐに興味が逸れてしまった。…その間も彼らはじっと魔王子を見つめていた。


(……あノ時の異様な雰囲気ハモう無いカ…)


―オーク達が地下の小部屋に入った瞬間、彼らは凄まじい虚無感に襲われていた。そこに居るだけで自分の何もかもが全く意味の無いもののように感じた。自分など死んでしまってもいい無意味な存在だと、そんな感覚が彼らの頭を駆け巡っていた。その異様な感覚の発生源は間違いなく魔王子だった。確証も証拠もない。だが、本能が、原因はアイツだと訴えていた。彼に近づけばどうなるか…彼らは考えたくも無かったのだろう。平然と近づいていくヒショ達を止めようとしたのは当然だったのだ―


「……あの」


「………!…何ダ?」


 魔王子は恐る恐るオーク達に話しかける。魔王子からはあの感覚は既に出て無かったが、彼の姿を見るとオーク達はあの感覚を少し思い出してしまうようで、思わず身構えてしまう。


「えっと、俺、あなた達に何か悪い事しちゃったっけ?…俺の事凄く怖がってるみたいだったから…」


「…したト言えバした。していないト言エバしていない。」


「じゃあ、一応悪い事しちゃったんだ…ごめんなさい」


 ぺこり、とオーク達に頭を下げる魔王子。オーク達はその光景を見て口をぽかんと開け固まってしまった。


「……やメロ!」


「王子だロ!俺達みタイな下級兵に頭なンか下げるナ!」


 直後にハッとして立ち上がった2人は魔王子を怒鳴りつけた。謝罪したことが返って彼らを怒らせてしまい、魔王子はどうすればいいかわからず困惑し怯え始めてしまう。…その時だった。


「こらぁ!!お前達!!!!王子様に向かって何て態度を取っているのだぁ!!!!!!!!!!」


 数十メートル先から怒鳴りながら族長が勢い良く戻ってきたのだった。当然、オーク達は族長の説教を聞く羽目になってしまった。その間も魔王子は怯えた様子だった。


「……王子、いくら何でもビビり過ぎでしょう。いくらアイツらの方が体がデカいからって…」


ヒショは呆れていた。


「…ごめん、なんか怒鳴り声を聞くと体が勝手に…」


「……これは重症ですねぇ…」


 ヒショは魔王子をからかう気にもならず、特段大きなため息を付きぼーっとし始めてしまった。…そんな彼女達を尻目に族長の説教は深夜になるまで続いたのであった。


「えー、長々と申し訳ございませんでした。王子様、この度は私の部下がとんだご無礼を…」


「ううん、悪いのは俺だから…」


「ホントですよ。全く…仮にも魔王子なんですから無闇矢鱈に頭なんか下げるもんじゃないですよぉ、ビビり王子」


 眠気でイライラしているのか、ヒショは魔王子に悪態をつき始める。


「…で?何か見つかったんですか?あるならさっさと言いやがりなさいよ」


 ヒショは早く寝たくてしょうがないのか族長からの報告を急かす。


「はい!先程私が向かった丘の反対方向に、人の街らしきものが見つかったんです!」


「街…?そこに行ってどうするんです?襲撃して物資でも奪うんですか?」


「ヒショさん、さすがにわかっていると思いますが、今の戦力では返り討ちにあうだけです。見たところそれなりの大きさの街でしたからね。軍備もある程度は持っているでしょう…ですが、私は考えました!押してダメなら引いてみろ、街に潜入し人間の仲間として取り入ることができないものかと…!」


「はぁ?頭おかしいんじゃないですか?アンタ達みたいな図体でかい連中連れてどうやって潜入しろって言うんです?」


「そこは私も考えました!確かに私達オーク族があの街に潜入するのは無理があると、ですがヒショさんと王子様、あなた達はとても人間に近いお姿をしておられます!お2人であれば簡単に潜入することが出来ますよ!人間と手を組むのに抵抗があるのは分かっております。ですが、現魔王を倒すためには先代魔王様の派閥を集めるだけでは全く足りません…正直、上手くいく可能性は低いかもしれませんが私はこれが最善手だと考えてます!」


「まぁ、今後を考えると戦力はあった方がいいですし、私と王子だけならまぁ…上手く……行くかなぁ?」


そんなヒショの目線は魔王子の額にあった。彼はパッと見は人間と余り変わらない容姿をしているが、額からは禍々しい2本の角が突き出ていた。


「……どうするんですこの角!こんな角生えた人間がいると思っていやがるんですか、バカオーク!」


 眠気がピークに達しヒショの怒りが爆発した。ヒショは魔王子の角を掴み乱暴に揺らし、子供のような癇癪を起こしてしまう。さすがに見かねたオーク達が慌てて止めにかかった。


「た、確かに…ぐぬぬ………あ!」


 族長はなにか思いついたらしく、周りを見渡し始める。少し離れたところから何かを拾い、小走りで戻ってきた。彼が持っていたのは、先程の戦闘で倒したぬのずきんが被っていた布であった。


「これを使いましょう!これを被れば角も隠すことが出来ますよ!!ヒショさん、申し訳ないのですがこの布を王子様の頭に合うサイズに魔法で加工していただけませんか?」


「はぁ、分かりましたよ〜全く…本当に上手く行くんですかねぇ…」


 小言を言いながらもヒショは指先から魔力を放ち、布に打ち込まれる。族長が布から手を離すが、布は宙に浮き様々な色の光を放ちながら形を変えていく。2分もしないうちに布はすっかり人間が被るのに丁度いいフードになっていた。ヒショが手を招くような動きをすると、宙に浮いた布はフワリと彼女の所に移動した。


「はい、出来ましたよ…少し汚れてるのは我慢してくださいね……人がせっかく作ってあげたんですから大切にしてくださいよ」


「ありがとう!!……ごめんね、裁縫道具があれば自分で作ったんだけど」


「…?王子、アンタ産まれてからずっとあの部屋にいたんですよね?裁縫なんて出来るんですか?」


 ヒショは疑問を魔王子に投げかける。しかし、何故か当の本人は戸惑っている様子だった。


「……?あれ?そうだよね…俺、産まれてからずっとあそこにいたんだよね?裁縫なんて出来ないはずなのに…」


「…アンタやっぱり頭おかしぃ痛い!!」


 ヒショの発言はさすがに不味かった様で、族長が彼女の頭を少し強めに叩き阻止した。当の魔王子は自分の言葉にまだ困惑していたようで、幸いにも聞かれてはいなかった。ヒショは族長を鬼の形相で睨むが、族長は咳払いをして再び話を戻し始める。


「…とにかく、これで潜入する準備が完了しました!では最後に簡単な作戦の説明を…」


「って、ちょっと待ちなさい!私はまだ賛成とは言ってません!私達のリスクデカすぎるでしょう!?人間にバレたら即その場で殺されますよ!?私は真っ平御免です!王子もそう思うでしょ?ね!」


 ヒショは反対意見を掲げる。そして魔王子を味方につけようと彼に詰寄るが、彼は手に持ったずきんを見つめながら何か考え込んでいる様子だった。…その顔は何処か悲しげに見える。


「……俺は、デカブツさんの作戦に乗りたい…」


「はぁ!?何でです!?」


「…………さっき逃げた子、すごく悲しそうな顔してたから…」


「…何の話です?……あぁ、さっきのぬのずきんの…」


「きっと…あの子にとって大切な友達だったんだと思う…そんな辛い思いする人が1人でも減るなら…やれる事はやってみたいから…」


 王子はずきんを両手で握りしめ決意を語る。ヒショや族長達は相変わらず魔王の血を継いだものとは思えない発言に顔を見合わせたり、小さくため息をついた。


「……少々悪いことをしてしまいましたかね…遺品をこのような…」


 族長は魔王子の考えに合わせようとしたのか、自身が提案したアイデアに対して罪悪感を持ち始める。


「大丈夫だよ、物として残ってくれた方が忘れないから…この子もできるだけ多い人に覚えてもらえる方が嬉しいと思うから…」


 魔王子は今度はずきんを優しく抱きしめ始めた。


「全く…どいつもこいつも…戦争なんですよ?そんな細かい犠牲いちいち気にしてなんか……」


 ヒショは今度は魔王子の優しさに苛立ったのかまた悪態をつき始める。


「ヒショ……戦争って、沢山の人が死ぬんだよね?」


「え?………はは、何を当たり前なことを…」


 半笑いで言葉を返そうとするヒショ。だが、魔王子は彼女を物凄い剣幕で睨みつける。ヒショはその剣幕に怯み体がまるで石のように固まってしまった。


「…ヒショ。笑い事じゃないよ。命のやり取りの話をしているんだから」


「も、申し訳ございません…」


 先程までの砕けた態度も出せず、魔王子の注意に頭を下げて謝ることしか出来なかった。


「………もしも、人間達の協力が得られて今の魔王を倒せたら…俺が魔王になれば…もう誰も争わなくていい世界に出来るのかな…ううん、俺はそんな世界を創りたい…!」


「…はい?」


 誰も争わなくていい、つまりは戦争を終わらせる、その言葉にその場にいた全員が混乱し始めた。


「……ずっと地下にいた、何も知らない俺でもわかるよ。大切な人がいるのは、死んで欲しくない人がいるのはきっと魔族も人間も変わらないって…だから…!」


「王子様」


 スっと族長が立ち上がる。彼の雰囲気は先程までとは全く違っていた。鋭い真剣な眼をしていた。


「…王子様、あなたは本当にお優しい方のようだ。名も知らぬ同族はおろか、敵であるはずの人間の事も思われていたとは…ですが、それだけでは足りません。魔族の頂点に立つにはそれだけでは足りないのです。…先代魔王様も無用な戦いは好んでおりませんでしたし、『人間の捕虜を丁重に扱え』とよく我々に注意されていたものです。…しかし、それはあくまで人間と共存するためではなく、魔族のより善い繁栄のために行われていたことなのです」


「…何が言いたいの?」


 族長の放っていた威圧感は相当なものだったが、少し前までの怒鳴られて怯えた様子を見せていた魔王子は最早影も形もなく、族長に負けぬ程の威圧感を放っている。


「……失礼。では質問を一つだけ。ご安心を、『はい』か『いいえ』で答えられる物なので…聞いておられるとは思いますが、魔族と人間の戦争は少なくとも千年は続いているものです。魔族が人間を絶滅寸前のところまで追いやった時代もあれば、逆に勇者によって魔王が討たれ、魔族が滅びかけたこともありました…そんなことが何度も繰り返されている程長い時間です…そんな戦争をあなたは止めると言った…歴代の魔王達が続けてきた戦争をです!先代様の時のように反対する者も当然いるでしょう!何せ、何代も前の魔王から仕えている者も居ますから…戦争を止めるなど生半可な道ではありません。私の提案した作戦ですら生温く見える程の道のり…それでも貴方は本当に戦争を止めるために魔王になると言うのですか…!!」


「答えは『はい』だよ。…俺は、本気だ…」


 即答だった。答えた後も魔王子は真剣な眼で族長を見つめていた。沈黙はしばらく続いた。ヒショや部下のオーク達からすれば途方も無い時間だった。


「……ふ、ぶははは!!!!」


 族長の笑い声によって沈黙は破られた。その笑い声は力強く、夜空に響き渡った。一通り笑った後の族長の顔は迷いのない澄み切った笑顔だった。


「成程、やはり貴方は間違いなく魔王様の血を継いでおられる…先程はあのような態度をとり申し訳ございません。…正直、不安だったのです…王子様は少しお優し過ぎると……歴代の魔王は皆、冷酷で容赦の無い方だったそうで、比較的穏健派な考えだった先代魔王様ですらそのような面をお持ちでしたからね…ですが、何も心配はいらなかったようですね!先程の王子様のあの眼、あの威圧感…先代魔王様そっくりでした!!貴方なら次代の魔王になり、そして戦争も止めることができるかもしれません!…いや、先代の魔王様もやると言ったら徹底的にやるお方でしたからね!"かも"では無いですね、"絶対"王子様なら出来ますよ!私も命を懸けて協力させていただきます!」


 族長の強烈な熱量に、魔王子どころかヒショ達もジリジリと押し潰されそうになる。


「…あんな大見得切っといてあれなんだけど、俺めちゃくちゃ弱いけど大丈夫かな…?」


 不安そうな魔王子の肩に手を置き、族長は再び熱弁し始める。


「大丈夫です!!!!!!肉体的な強さなど、努力すればなんとでもなります!…それ以上に、上に立つ者として必要なものがあると私は考えています…それは、今まで無かったものを受け入れる"器"です。現魔王にはそれが足りていないと思っています。…私も、昔は物事は全て力ずくで解決しようとしていました。……腕っ節だけがオーク族の取り柄でしたからね…ですが、人間達は力に対して知恵で立ち向かってきました。私達オーク族は何度も敗北を繰り返してしまいました…戦果をあげることに焦っていた時、先代魔王様から提案があったのです…『人間達の書物から軍略を学べ』と…最初はこんな物を読むより体を鍛えるべきなのではと何度も考えましたよ…なんせ、オーク族は本来、知力があまり高くはありませんし…その後、そんな考えは消え失せました。人間達との戦いにあっさりと勝利することが出来たのですから!そして同時に先代魔王様から教わったのです!強さとは、他者の上に立つものは自分達に無いものを受け入れる力が必要なのだと!!!!」


「……い・つ・ま・で・は・な・し・が・つ・づ・く・ん・で・す・か・ねぇ♡」


 族長の熱い演説に、遂に痺れを切らしたヒショ。青筋を浮かべながら、満面の笑みで族長に詰寄る。今度は族長が、ジリジリと彼女の圧力に押し潰されそうになっていた。


「…も、申し訳ございません……ところでヒショさん、私の作戦に乗っていただけますか?…正直、王子様を人間達のところに送るのは相当危険だと思ってはいます…しかしヒショさん、私は貴女のことを心の底から信頼しています!貴女が王子様に付いていれば大丈夫だと信じています!だって貴女は…!!」


「…!ストーップ!!」


 何かを言おうとした族長の口をヒショは慌てて塞ぐ。魔王子達は2人のやり取りにキョトンとしていた。


「…分かりました、分かりましたよー!…はぁ、まさかアンタにそこまで信用されていたとは思いませんでしたけどね…」


 どうにか阻止することが出来たヒショは、大きくため息をついて少し恥ずかしそうに本音を呟く。


「…!ヒショさん…ありがとうございます!ではもう夜も遅いので詳しい話は明日の朝にお話します!ご安心を!我々が交代で見張り番をしますので、お2人はゆっくりとお休みください!」


 族長にそう言われると、ヒショは待ってましたと言わんばかりに即座に横になった。それを見て魔王子も少し安心したのか、ゆっくりと横になった。


「…変なことしないでくださいよ」


「……変なことって?」


「えぇと、変なことっていうのは…その…やっぱり何でもないです!!」


 ヒショは魔王子の純真な疑問に顔を赤らめて自ら話した事を撤回し、彼に背を向けて目を閉じる。そんな彼女が微笑ましく思ったのか、魔王子は柔らかい笑顔を浮かべる。


「おやすみ、ヒショ…」


「……おやすみなさい、王子様」


 疲れが溜まっていたからか、そのままあっという間に彼等は眠りについてしまった…






































ピチャ………ピチャ………



 水滴の音、小さい小さい音のはずなのにそれがあまりにもうるさく感じるほど静かな部屋…外は明るいのに、その部屋は不気味なくらい薄暗くて…"僕は"そんな部屋の中で誰かに抱きしめられていた……その人の顔を見ると、その人は優しく微笑んで僕の頭を胸に抱き寄せる。その人の胸の中は温かく、顔をうずめたくなるほど懐かしい匂いがした。



…………ポタッ……ポタッ………



 頬に冷たい何かが落ちてきた。見上げると、僕を抱きしめている人はもう笑っていなかった。とても辛そうに…悔しそうに泣いていた。その人はか細い声でごめんね、ごめんねと何度も何度も僕に謝ってきて…その人の体は、人間とは思えないほど細くて、まるで枯れ木みたいだった。



………本当にここにいて良いのかな…



 僕はこの部屋がどこなのか知らない…けれど、僕はこの部屋がすごく懐かしい場所のように感じたんだ………………



























………足音が聞こえる……………………



























…あ、そうだった






























…この部屋は、地獄なんだ―

















 魔王子がゆっくりと目を覚ますと、既に族長達とヒショは目を覚ましていた。彼女達は今日の作戦について話し合っているようだった。魔王子は2人に声をかけようとした時、ふと下を見ると襟元が冷や汗でぐっしょりと濡れていた。何故か彼の中で、言いようのない不安が胸の中でフツフツと湧き上がってきた。


「…あ!王子様、おはようございます!」


「おはようございます、王子様」


 不安は2人の声によってあっさりと消え去った。彼はいつも通りの優しい笑みと共に2人に挨拶を返した。


「では、王子様もお目覚めになられたので、本日の作戦についてお話しますね!」


 族長の声は前日よりもさらに気合がこもっていた。魔王子は背筋を伸ばし、ヒショは鬱陶しいそうに肘を着いている。部下のオーク族達は真剣な表情で族長の話に耳を傾る。


「王子様達が街に入った後、我々は街の近辺…それでいて人目のつかない所で待機しています。失敗してしまったらお2人は街の外へ逃げていただいて我々と合流するか、街の外まで逃げるのが難しいようであれば召喚魔法で我々を街中に呼び出してください!ご安心を!命にかえてもお2人のことはお守りしますので!!」


 胸をドン、と叩きながら宣言する族長。しかし、魔王子はキョトンとしていて、ヒショはかなり冷ややかな視線を送っていた。


「……で潜入して何するんですか?盗みでもするんです?」


「ヒショさん…我々が今最も必要としているのは戦力です……そんな人間と敵対するような事出来ませんよ…」


 族長は彼女のやる気の無さに肩を落とす。ツンとした表情でヒショはそっぽを向いた…が、向いた先には不満げな顔をした魔王子が彼女を見つめていた。


「…ヒショ、人様に迷惑かけたらメッだよ!」


「…!こんのぉ!私の方が(多分)年上なのに………!」


 まるで子供に言い聞かせる母親のような態度を取られ、ヒショはイライラを募らせるが、しぶしぶ話を聞く態度を改めた。


「……えぇ、お2人が潜入した後にやっていただきたい事なのですが、ズバリ、"勇者連盟"に加入していただきたいのです!」


「…勇者連盟?」


魔王子は首を傾ける。


「昨日の話にも出てきてたでしょう。"勇者"っていうのは魔王軍と戦う人間達の総称ですね。今言ってた"勇者連盟"っていうのに加入することで勇者になることが出来るんですよ」


「……ただ、昨日の話に出てたのはその勇者の中でもたった1人しかいない"大勇者"と呼ばれる者なのですが…まぁ、さすがにあの街で出くわすことは無いでしょう…」


 ヒショの説明に付け加えるように族長は語り始めたが、彼女からは邪魔に思われたらしく、またそっぽを向かれてしまった。


「…つまり、私達に勇者になれってことですね……」


「そうです。戦闘能力が無くとも、物資供給役等の裏方仕事のをする人も欲していると聞いたことがありますから、今は非力な王子様でもきっと大丈夫です!……あぁそうだ、ヒショさんにこれを…」


 族長がポケットから取り出したのは、小さな袋。その袋を開けると出てきたのは数枚の金貨だった。


「…人間の貨幣ですか?」


「はい、昨日から何も食べていませんでしたでしょう…それで腹ごしらえでも…と」


「ふふん、アンタもたまにはいいとこあるじゃないですか」


 族長の胸を小突き、ヒショは急に上機嫌になり始めた。


「これだけあれば、食事した後でも色々買えそうですね!」


「ヒショ、無駄遣いはダメ」


 ルンルン気分で金貨の使い道を考えていたヒショだったが、魔王子は再び母親のような態度で彼女を注意する。またかと言いたげにヒショはふくれっ面になり無言で魔王子に抗議する。


「ま、まぁとりあえず作戦の大まかな内容はこのような感じですね…」


 2人をなだめながら、族長は話をまとめようとする。


「…そういえば、召喚魔法って?」


「あぁ、知らないんですよね。いいですよ、街に向かいながら教えますから…さぁ、こんなとこでモタモタしてないでさっさと行きましょう」


 1番乗り気では無かったはずのヒショが仕切り始め、魔王子と族長は少し困惑気味だったが、いちいち文句を言う必要も無いと、彼女の後を追っていく。


「……で、召喚魔法っていうのは、契約が行われて始めて使えるのことです。私と族長は今、召喚契約を結んでいて、私が召喚魔法を発動すると何処からでも族長を呼び寄せることが出来るという感じですね…って、自分から聞いておいてボーっとして…ちゃんと聞いてました?」


 木々の間から溢れる光を眺めるのに夢中で、あまり聞いているような素振りではなかった魔王子にヒショは少しムッとした。


「…大丈夫だよ、ちゃんと聞いてる。ありがとう、とりあえずヒショは何時でも、何処でもデカブツさんを呼び出せるっていうことだよね」


「…まぁ、大雑把に言うとそんなところです」


 この会話を最後に、街に着くまでの間、何故か彼等から会話が無くなっていた。ずっと妙な緊張感が漂い続け、一言も話していないはずなのに、風が草木を揺らす音や鳥達のさえずりがほとんど彼等の耳には入ってこなかった。


「……あっ!街が見えましたよ!」


 出発から1時間程経ち、ようやく街の近辺にたどり着いた。魔王子は慌て気味にフードを被る。ヒショが彼の顔を覗き込むが彼のツノは絶妙にフードによって隠されていて、今のヒショの様に下から覗き込んでもほとんど分からなかった。


「…まぁ、これなら上手く隠せそうですね」


「…………では今からは作戦通りに動きましょう…王子様、ヒショさんどうかご武運を…」


 少し緊張した様子を見せる族長。そんな彼をよそに、ヒショは特に何も言わず街へと足を進めていく。


「それじゃあ、行ってきます!」


 一方の魔王子はいつもの優しい笑みを浮かべ、族長達に別れを告げヒショの後を付いて行った。

 

 街が近づいてくるが、人間の10倍以上は高い壁が街一体を囲んでおり、壁の頂点は外側に反っていて、登って侵入することも出来ない作りになっていた。2人はその壁を少し遠目に見ながらぐるっと街を迂回する。5分ほど歩くと大きな通りに出ることが出来た。街の方をよく見るとこれまたとても大きな門があり、その門は開いている様子だった。


「ようこそ!"メジハ"へ!」


 門へ近づくと、門番がにこやかに歓迎してくれた。


「…!え、えぇ。ありがとう…さぁ、早く行きましょう!」


 長々と話すのは危険と判断し、ヒショは魔王子を引っ張りながら早足で門をくぐった。


「…すっごいなー」


 魔王はキラキラと目を輝かせる。街はとても賑わっていて、忙しそうに荷物を運ぶ者もいればのんびりと長椅子に座り青空を眺めている者もいた。門をくぐると大通りになっており、その道の先には大きな建物がある。それ以外の建物は3,4階建ての高さでルネサンス建築に似た造りをしている。また、それらが密集していくつかのブロックに分かれていた。今まで外の景色を見たことがなかった彼にとってより一層この景色が美しく見えた。


「ほら、ボーっとしてないでさっさと行きますよ」


「…そうだね、じゃあ手繋いで行こう」


「ハイハイ、分かり…ってえぇ!?」


 魔王子から差し出された手を見てヒショは少し大袈裟に驚く。魔王子は自分の言ったことが変な事だとは微塵も思っていなかったようで首を傾げた。


「何考えてやがるんですか!?バカ王子!!」


「…?だって、こんなに人がいるんだからはぐれると危ないでしょ?」


「そりゃあ、そうですけど…」


「……ヒショに危ない目にあって欲しくないから…何があっても必ず守るから」


「何を急に…というか、守られるのはアンタの方でしょう……あぁもう!分かりました!!」


 ヒショは乱暴に魔王子の手を握る。魔王子の手はとても心地よい温かさだった。…そんな感想も、公衆の面前で手を繋いで歩くという恥ずかしさに一瞬で吹き飛ばされた。顔を真っ赤にしながら歩くヒショだったが、魔王子は相変わらずフワフワとした笑顔を浮かべている。


「…あの大きな建物に行くの?」


「えぇ!そうです!あの建物に旗があるでしょう!?あの逆三角形で蒼色の旗は勇者連盟の旗なんですよぉ!」


 苛立ちと羞恥心からか、ヒショは声を荒げて説明する。


「…怒ってる?」


「全っ然怒ってないです!!!!」


 ヒショの感情が噴火した。

 しばらく大通りを歩き、後数百メートルというところで、魔王子は少し俯きソワソワし始めた。


「…ヒショ」


「どうかしました?」


 怒りが少し鎮火されヒショは冷静さを取り戻していた。


「…トイレに行きたいんだけど…」


「……はぁ、じゃあ私はあそこの長椅子に座って待ってますから行ってきてください…あぁ、場所は私も知らないのでその辺の奴に聞いてください」


「うん…ごめんね」


 魔王子が小走りで離れていくのを見届け、ヒショは大きく息を吐きながら長椅子に腰掛ける。

 

「……遅い…」


 ヒショはボーっと空を眺めながら呟く。魔王子が離れてからそれなりに時間が経っているようだが、一向に帰って来なかった。


「……………ん?」


 視線、何者かがこちらを見ている…そんな風に思いヒショは立ち上がり周りを見渡すと、杖をついた老婆が彼女をじっと見つめていた。


「……なんか用です?」


 ヒショが尋ねる。


「……あんたのお連れさん、まだ帰ってこないのかい?」


 老婆は嗄れた声でヒショに質問し返す。


「…いつから見てたんですか?」

 

「……そんなことはどうでもいいじゃろう…それよりも、あんたのお連れさん…さっさと殺した方がいい…」


「…あ?」


 突然の老婆の言葉にヒショはドスの効いた声で反応する。


「……あの男は危険じゃ…魔物にとっても、人間にとっても決して良いものではない……言うなれば、あれは天災じゃ…今すぐ殺さねば、この世界に生きる者達全て滅ぶことに…」


「クソババア…何訳のわかんない事言ってやがるんですか?…あんな人畜無害の権化みたいなのがどうやってそんな存在に成るっていうんですか!?」


天災…魔王子の姿からは到底想像出来ない形容のされ方にヒショは困惑交じりに老婆へ怒りをぶつける。


「…儂は先祖代々、占術を行っている家系でな…儂の祖母が最期に言い残した言葉…『魔の血族地底より蘇りし時、世界は虚無へと滅ぶ』…あんたのお連れさんを見た時その予言は当たってしまったと確信できたよ…」


「いや、それは絶対無い」


 即座にヒショは否定する。彼女は少し呆れていた。


「アホらしい…さっさとどっか行きなさい」


「…どうなっても知らんぞ…」


 その言葉と同時に一瞬にして老婆の姿が見えなくなってしまった。


「…ヒショ」


「ムゴォ!?お、王子いつの間にお帰りになられて…」


「……………」


「…どうかしたんですか?」


「…ううん、何でもないよ!待たせてごめんね?早く行こっか!」


 魔王子はヒショの手を握りしめ、彼女の手を引っ張りながら歩き始める。


「……王子…あんまり気にしないでください、ボケ老人の戯言ですよ」


 ヒショはフォローを入れるが、魔王子の顔はどこか曇ったままだった。



―勇者連盟メジハ支部―



「…忙しい……」


 受付カウンターの裏で書類をまとめながら少女はため息をつく。


(…勇者の皆さんを助けたい、その一心で勇者連盟に入ったけど…受付係もそうですけどこんな雑務ですらめちゃくちゃ大変だとは……)


 勇者連盟に加入して早10ヶ月、圧倒的な仕事量に彼女は心身共に疲れ果てていた。


チリリーン!!


 受付係を呼ぶベルが鳴り、彼女は必死に営業スマイルを作りながら受付カウンターに出る。


「ようこそ勇者連盟へ!どのようなご用件でしょうか?」


 マニュアル通りの挨拶をし、呼び鈴を鳴らしたお客様を迎え入れる。


「…あのう、勇者連盟に加入したいのですが……」


今回のお客様は男女の2人組だった。勇者連盟への加入は、勇者達への依頼紹介と同じ頻度で来る仕事…彼女からしたら手馴れたものである。……なのに彼女は少し呆然としていた。


(………美人だ…)


目の前にいた少女は絵に書いた様な美少女であった。彼女のかけている眼鏡はとても知的な雰囲気を醸し出しており、軍服のような服装は力強さを感じさせる。一方で下半身は短いタイトスカートのようになっておりかなり際どい。その姿に通りかかった男性の勇者はおろか、女性の勇者達ですら2度見する程であった。それだけではなかった。


(…乳でか…腰細…お尻めっちゃ締まってる…)


 …目の前の美少女は、彼女にとって劣等感の塊であった。他人には言っていないが、彼女は日頃の激務のストレスを晴らすため暴飲暴食を繰り返し5kg程太っていた…さらに日々のストレスで目にはクマが浮かび、白髪が増えていたのだ…


(…隣の人は……)


 劣等感から目を逸らし、もう1人を見る。簡素だが彼の服装は禍々しくも高貴に見える。フードの奥からのぞかせる顔は整っており、控えめに言っても美少年だった。身長はそこまで高いとはいえないが、それがかえってとても可愛らしかった。彼から向けられた聖母のような笑顔にあっという間に彼女はやられてしまった。


(…ヤバい、超タイプかも♡……彼女とか…って隣の人がそうか…さすがに隣の人に勝てるかといわれると…)

 

 …彼女は再び劣等感に苛まれる。受付係なら何か出会いがあるのではと、勤め始めの時は少し期待もしていたが全然そんなことは無かった。


(…って、ダメダメ!!仕事なんだからこんなこと考えてちゃ!!)


 様々な思いを振り払い、いつも通りに対応し始める。


「…かしこまりました!ではこの書類に得意な魔法などの必要事項を記入していただいくようにお願いします!後それと、身分を証明出来るものはお持ちでしょうか?」


「………へ?ミブンショウメイショ?」


 美少女…もとい、ヒショは顔に似合わない間抜けな声を出してしまう。


「…ごめんなさい、必要だとは知らなくて持ってきてないです…」


 美少年…もとい、魔王子が素早くフォローを入れた。魔王子は目を潤ませながら受付係を見つめる。本来は、身分証は絶対に必要になるものだが、彼女は彼の悲しげな顔に心突き動かされ、判断がとんでもなく甘くなる。


「そうですか…それでは」


「ちょっと」


 受付係の話を遮り、ツカツカと小柄な少女が近づいてきた。その少女はとても大きな三角帽子を被っており、まさに魔法使いといった風貌だった。


「あなた達、新人さんね!私トゥールって言うの!よろしく!!」


 元気よく挨拶をしながら、トゥールは魔王子に向かって握手を求めた。その明瞭さから警戒心を解かれた魔王子は彼女の握手に応じる。


「…あなたも勇者なの?」


「えぇ!先輩として、あなた達に色々アドバイスしたくって…」


そう言いながら、トゥールは魔王子の顔を下から覗き込もうとするが、ヒショに止められてしまった。


「…ふふん、あなた達いい顔してるわね!きっといい勇者になれるわ!」


「………?」


少し何か探りを入れられているような雰囲気があり、ヒショは少し警戒心を顕にし始める……が


「じゃあまず最初のアドバイスね!2人の後ろ…あそこの奥にある…」


2人は思わず後ろを向いてしまう…その時だった。


「てりゃあ!!」


 トゥールはその隙をついて魔王子のフードを捲ってしまった!


「……え?つ、ツノ?……………ま、魔物ぉ!!」


 受付係が絶叫する。


「やっぱりそうだったのね!!!みんなぁ!魔物が侵入したわぁ!捕まえて!!!!」


 トゥールの叫びと共にその場にいた大勢の勇者達が魔王子達を取り囲む。


「や、ヤバい!召喚魔ほぉイッタイ!」


 トゥールが放った魔法によりヒショの放とうとした召喚魔法が封じられてしまった。そうして、あっという間に2人は捕縛されてしまう。


「…どういうつもり?わざわざ勇者連盟に入り込むなんて…」


「決まってんだろ?スパイだよ、スパイ」


 トゥールの質問に、細身の短刀使いであろう勇者が答える。


「…なんでバレたんですかぁ?」


「私ね、人一倍魔力に敏感なの…魔力の色、みたいなのが分かるの…その魔力、魔物以外で説明がつかないもの」


「………」


 ヒショは絶望する。恐らく、トゥールがいなければ彼女達の潜入作戦は上手くいっていただろう。…トゥールがヒショと同レベルの魔力探知能力があったことが、2人にとってあまりにも不運な事だった。


「…ちょちょちょ!?違う違う!私達は、先代魔王の派閥の者です!スパイとかそんなんじゃないんですよ!信じてくださいよぉ!ね?ね?♡」


「そんな事信じられる訳ないでしょ!?」


 ヒショの媚を売る態度がかえってトゥールの怒りを爆発させる。


「もういいわ、さっさと殺しちゃいましょう」


先程までの明るい様子は無く、トゥールは冷たい視線と共に2人を見下ろしている。彼女はステッキを取り出し先端に魔力を集中させる。


「まぁ、待てよ魔法使いのお嬢ちゃん…そこのツノの生えたガキはともかく、このお姉ちゃんだけでも見逃してくれよ…」


 大柄で筋肉質な勇者が割って入る。その男は下卑た笑みを浮かべていた。


「なぁ、姉ちゃん…アンタ、オレの女にならねぇか?そうしたらどうにかこの場を収めて助けてやるよ…」


「……は?あなた正気?ソイツ魔物よ?」


 トゥールは心底軽蔑した目で男を睨む。


「ふざけんじゃねーですよボケ!お前みたいな口の臭い男なんか死んでもゴメンです!!」


 ヒショは男の靴に唾をかける。その行為が男の逆鱗に触れた。


「…っ!調子づくじゃねえよ!魔物の分際でぇ!」


 男はヒショを平手打ちする。その衝撃でヒショは倒れ込んでしまう。怒りのまま男はヒショに追撃を加えようとする……だが、男は背中に電撃が走ったような感覚を覚え手を止める。ほかの勇者達も同じ感覚に陥っていた様子であった。


「…………おい」


「……………!?」


 異様なプレッシャーを放っていたのは魔王子だった。彼の一声に全員が彼の方を見てしまう。先程までの優しげな雰囲気は鳴りを潜め、凄まじい覇気を放っている。


「……その人は、俺の命の恩人だ…それ以上汚い手で触るな……………!」


「な、なんだよコイツ!?」


 男は無意識のうちに魔王子から距離をとっていた。今が好機、とヒショは高らかに説明し始める。


「ハハハハ!無理もないでしょうねぇ!下級兵士共!!なんせ、この方は先代魔王のご子息様であられますからねぇ!!!!」


 先代魔王の息子、その言葉で一気に周囲が響めき始めた。


「…成程、それならこの行動にも納得が行く。先代魔王の仇を打つ為に人間に取り入ろうとしたと考えれば…」


「で、でもよぉ…魔王子って言う割にはあっさり捕まえられたけど…」


「バカ!油断させる作戦に決まってんだろ!」


 勇者達は半ばパニック状態だった。


(よしよし、どうなるかと思ったけど事実という名のハッタリが聞いたみたいですね!後は、隙を見て逃げ出して…)


 ヒショは逃げ出す算段を考え出す。しかし、勇者達の数がかなり多く、隙は中々産まれなかった。


「…あぁもう!知ったことじゃないわよ!こいつらが私達人間の敵であることに変わりはないんだから!」


 トゥールが他の勇者達を一喝する。直後、彼女は再びステッキの先に魔力を集め始める。


「まままま待ちなさいって!本当にあんた達と争う気はなくって…」


「うるさい!私の故郷は先代魔王の軍に滅ぼされたのよ!お父さんもお母さんも小さい頃からの友達も…みんな……みーんな!焼き殺されたのよ!そんな奴らの言うことなんか聞きたくない!!」


 涙ながらにトゥールは自身の過去をぶちまける。


「……その村って…」


 ヒショがトゥールに何か聞こうとしたが、トゥールは一切動きを止めようとしなかった。


「死ね!」


 魔法が放たれる瞬間、カーン、と杖で強く床を叩く音がした。先程までステッキの先に集められていた魔力は散らばり消えてしまう。…少し間静寂が広がった。


「…はーい、どいてどいてー」


 ローブを着た人が飄々とした様子で勇者達をかき分け魔王子達に近づいてくる。ローブは深くかぶられていたため顔はあまり見えないが、どうやら女性の様であり、澄み渡るような美しい声だった。彼女の持っている杖の上部には蒼色の巨大な宝石が埋め込まれていた。彼女の言葉には不思議と皆逆らえないでいた。


「…だ、誰よあなた!?」


 自身の魔法が無力化された事に戸惑いながらも、トゥールはローブの女に突っかかる。だが、女はトゥールの口元に人差し指を当てて少し静かにして欲しいと言いたげに、彼女の顔を見つめていた。


「……分かったわよ…」


 気の強いトゥールも、女には何故か逆らう事が出来なかった。


「……今度は何です?」


 ヒショはローブの女を睨む。


「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ、私は君達の味方だよ。…うん?いや違うかも…まぁいいや、とにかく君達を助けに来たんだ」


「なっ……!どいつもこいつも!コイツらは魔物よ!生かしておいていいはずが無いわ!!」


 軽い調子で話し始めた女に、トゥールはさらに怒りを湧き上がらせ、彼女に掴みかかった。


「何事ですか!……魔物?」


 受付カウンターの奥から中年の女性が現れ、魔王子達を見ると少し目を細めた。


「し、支部長……」


 現れたのは、勇者連盟メジハ支部のトップであった。支部長の顔を見た途端、受付係の顔がみるみる青ざめていく。すると、支部長は彼女をキッと睨みながら詰め寄り、その圧に押されて彼女の顔がますます青くなっていく。


「カゴさん…この騒ぎは一体何なのですか?何故ここに魔物がいるのです?」


「支部長さん、この子達に敵意はないよ。…少し離れたところで聞いてたんだけど、この子達勇者連盟に入りたいんだとさ」


「…?魔物が…?なんの冗談です?」


 トゥールの腕を払いのけ、女は怯えきった受付係カゴの代わりに魔王子達の目的を説明する。しかし当然、支部長にとっては俄に信じられない事であり、疑うような目で女を見ていた。


「本当だよ。なんたってそこの男の子、先代魔王の息子だからね〜…人間と手を組もうとする理由も何となくわかるでしょう?」


 …そんな支部長の態度も気にせず、女は淡々としていた。


「先代魔王の?……だとしても、魔物が勇者連盟に加入するなど許可出来るはずが…」


「えぇ?何で?だって、勇者連盟の規律には『魔物が加入することは出来ない』なんてどこにも書いてないのに!」


 女は少しおどけた様子で規律の穴を指摘する。支部長の眉がピクリと動くが、それ以上は動じる素振りは無かった。


「……………詭弁ですよ、これ以上場を乱すような言動をすれば…」


「…はぁ、しょうがない…これで信じてもらえる?」


 女はローブから何かを取り出し、周りには見えないように支部長へ見せた。…支部長の固い表情は一瞬にして崩れ去った。


「……っ!そ、それは…!」


「…信じてもらえるかな?」


 支部長の驚いた表情を見て、女は支部長からの信用を獲得出来たと確信したらしく、後ろにいた魔王子達にウインクを送った。


「………分かりました。ですが、この件は一度本部の者と相談することにします」


「…まぁ、妥当だね。じゃあ、彼らの身柄は私が…」


「いえ、この者達は一時的に地下牢へ移送します。……ご安心を、結果が出るまでは危害を加えることは無いと約束します」


「…だそうだ。ごめんね、私が手伝えるのはここまで。後は自力で頑張って欲しい。…あぁ、けれど、またどこかで会えたらまた力を貸そう」


 女は魔王子達に優しく微笑み、魔王子もそれに応じて感謝の言葉を伝えようとするが、ヒショがそれをさえぎってしまう。


「…あんた何者です?ただの人間では無いのでしょう?」


「まあね、まぁ…強いて言うなら……天にも登る美少女!…かな。じゃ、またいつか」


 最後の最後で寒い言葉を残し、何故か女はご機嫌な様子でスキップしながら勇者連盟支部を後にした。


「……うーん…結局、何だったんだろう?」


「…変人ですね……それだけは間違い無い」


 その後、2人は拘束こそ解かれたものの、勇者連盟支部の地下にある牢屋に押し込まれてしまった。地下にあるからか、牢屋はジメジメとしており照明も壁に設置されている短いロウソクのみで薄暗く、数メートル先の向かいにある牢屋の様子も見えなかった。


「………今時、電気も通ってないんですか…魔王城ですら魔力で電気を通してるっていうのに…」


「……ヒショ、ちょっと顔見せて」


 魔王子は少し強引にヒショの顔を自身の方へ向けさせた。


「んな、何を!?…ち、近いです……」


 魔王子はお互いの鼻先があと数センチでくっつく程の距離でヒショの顔を凝視していた。この距離感にヒショは耐えきれず、目線を少し魔王子からずらした。


「……跡にはなって無さそうだね、良かったぁ!」


「…へ?……あぁ、あの口の臭い男に叩かれたところを…心配していただいてありがとうございます、けど無用な心配ですよ。私だって仮にも魔族です、あんな程度で……」


「……でも、許せない事は許せないから………」


 魔王子は俯きながら眉を顰める。彼がそのまま腰を下ろすと、ヒショはその背中に寄りかかるように座る。


「…………お人好しですねホント………何とかなりそうですかね…?」


 少し不安げに、ヒショは天井を眺めていた。



―勇者連盟メジハ支部、会議室―



「……其方から緊急会議の申し出とは、一体何があったのです?」


 会議室からはかなりの緊張感が溢れていた。勇者連盟の本部はメジハからはとても離れた場所にある。緊急で何かあっても、直接会うことは直ぐには出来ないため、遠方にある人や物を写す投影魔法と通信魔法を使いリモートで会議が行われることになった。


「実は、メジハ支部に魔物が2匹、勇者連盟加入の手続きを行おうとしてきたのです」


 投影魔法に映る者達は勇者連盟でもかなり力を持っており、勇者連盟の関係者であれば萎縮して何も言えなくなってしまう程である。…だが、メジハの支部長は何も臆することなく堂々と発言する。


「!……魔物が?」


「前代未聞だぞ!!」


「どこまでも卑怯な魔物共めぇ!!」


「静粛に!………まぁいい、詳しく話を聞かせてください」


 一瞬、会議室がざわつき各々で話し始める者達もいたが、中央に座る初老の男の発した声で皆静かになり支部長の方を向き始める。


「えぇ、かしこまりました。詳しい話はこの者の方から」


「は、はいぃ……」


(なんでこんなことにぃ!?)


 …支部長の後ろにはカゴがガチガチに緊張しながら立っていた。重要な参考人としてこの会議の場に連れてこられていたのだった。本来、ここにはトゥールが立つ予定だったのだが、魔王子達について聞こうとすると半狂乱になって魔物への恨みを吐いてばかりになってしまいとても正常に説明することは出来ず…ということで代役としてカゴが連れてこられたのだった。


「えぇっと…う、受付係のカゴと申します……本日はお日柄も良く…」


「…侵入した魔物について、詳しく聞かせてもらえるかな?」


「あ、あぁ、すみません!つい緊張してて……ええと、まず普段通りに勇者連盟への加入手続きを進めようとしたところ、その場にいあわせた勇者が彼らの不振な点に気づいて魔族の片方がかぶっていたフードを取り払ったんです。そこで私含め周りの勇者の方々もその人達が魔物だと気づいたんです……」


「………それで?」


「はい、それで正体を暴いた勇者が魔物達を殺そうとした時に、ローブを着た女性が現れて……」


「彼女と話し合った結果、本部と魔族の処遇について話すということになったのです。…あの女性はただものではありません。"あの証"を持っていたので…」


 それを聞いた初老の男は目を見開き驚愕した様子で支部長達を見る。他の本部の人間達も同じような表情をしている。


「…………見間違いでは無いのですか」


「いえ、何度も資料で見たことがあります。間違いありません」


 男から問い詰められても尚、支部長は毅然と答えてみせる。


「……だが、何故だ。"あの証"を持つ者が魔物の肩を持つなど………」


「あ、あの…魔物のもう片方が、フードをかぶっていた魔物が先代魔王の息子だと言っていたのですが…」


 その言葉に再び会議室はざわつき始める。


「先代魔王の息子だと!?」


「はい、恐らく先代魔王の敵を討つために人間に取り入ろうとしたのでしょう」


 会議室はさらに騒がしくなっていく。ある者は頭を抱え、ある者は自分の管轄へと連絡を取り始め怒号を飛ばす。


「………世界が、大きく変わろうとしているのかもしれんな…」


 初老の男は小さく呟いた。


「……やぁ♪」


 微かに聞こえた掛け声に、一瞬で会議室に静寂が戻る。いつの間にか支部長の後ろに先程のローブの女が立っていた。


「…!あなたは!」


「やぁ支部長、さっきぶり……さて、私がここに来たのはもう少しだけ彼らの手助けをしたかったからさ」


 相変わらず飄々とした雰囲気で女は話し始める。


「……"あの証"を持つお方が何故、魔物の肩を持つのです?」


 唐突な女の登場、何故かそれが当たり前のように初老の男は受け入ていた。


「…まぁ、彼らは私達としても死んでしまっては困るんだ………ふむ、こんな提案でどうだろう……」




………………数時間後





「……魔王子とその側近、お待たせしました」


 魔王子達へ鉄格子越しに支部長は話しかける。


「先ず結論から……あなた達を勇者連盟に加入することを許可します」


「………!本当に!?」


「…ただし、条件があります。あなたのお父上が亡くなってはや1ヶ月、我々勇者連盟は苛烈さを増す現魔王と死力を尽くして戦ってきました。その先頭に立っているのが大勇者、という存在なのですが…」


「ちょちょちょっっと待ちなさい!え?先代魔王が死んで1ヶ月も経ってたんですか?」


「…?えぇ、それが何か?」


(……今まで転移魔法なんて使ったこと無かったからただランダムに移動する魔法だと思ってましたけど…じ、時間も飛ぶなんて……)


 衝撃的な事実に、ヒショは空いた口が塞がらなくなってしまう。


「…話を戻します。その大勇者ですが、今後さらに激しさを増すであろう魔王軍の事を考え、自分が前線に立つのではなく、他の勇者達を指導する役目を負いたいと………即ち、大勇者を引退し後継に跡を任せることになったのですが…」


「……俺たちにどうしろと」


「その大勇者候補を引き継ぎの儀が行われる4ヶ月後まで、護衛そして鍛える任務を与えます。引き継ぎの儀が無事終われば晴れてあなた達を正式に勇者連盟へ迎えます」


「……人間の浅知恵にしては、よく考えましたね。本来の私達の立場からすれば、最大の敵を育て守れということ…その分、条件をしっかり守れば我々は信頼出来る存在だと認識される…」


「そういうことです。ですが、この案を提案したのはあなた達を助けたあのローブの女性です、ちゃんと感謝しなさい。……それと、念には念を入れてこれを…」


 支部長が魔王子達に差し出したのは契約書であった。契約書の中身を要約すると『大勇者候補及び、勇者連盟を裏切るようなことがあれば命をもって償う』…といった内容だった。


「…無理もないですけど、心配性ですねぇ」


「えぇ、ついでに言っておくとそれはただの契約書ではありません。契約違反があれば直ちに魔法が発動し、あなた達の生命活動を停止させます。……それで?どうするのです?サインをするか、それとも…」


「ごめん、支部長さん、サインできないよ」


「…!何故?」


 支部長は絶対に条件を呑むと思っていたらしく、思わず驚きの声を上げてしまう。


「………その、自分の名前が分からなくて、サインしろって言われてもなんて書けばいいか…」


 恥ずかしそうに理由を語る魔王子。その様子を見て、一瞬で支部長は呆れ顔になった。


「…朱印をお貸しします。指印でも構いません」


 ぱぁっと魔王子の顔が明るくなり、あっという間に指印を押してしまった。その様子を見ていたヒショも渋々サインをした。


「……確かにサインをいただきました。早速、大勇者候補のところへ…と言いたいですが、準備もあるでしょう、街の出入りを許可しています。ある程度の食料や野宿するための物は用意していきなさい…金銭があればの話ですが。あぁ、それと勇者連盟に加入しているものが使える宿泊施設のしようも許可しています。ご自由に使いなさい」


 その後、地下牢から無事脱出できた2人は族長から貰っていた金貨を使い、ある程度の食料を買って、支部長から聞いた大勇者候補の所へ向かうのだった…






 魔王子達は、メジハから彼らが最初に転移した森とは反対方向にある水辺に向かっていた。


「…平野で視界が広いとはいえ、こんな広いところのどこに勇者サマはいらっしゃるんですかねぇ?」


「……うん、思ったより広いよね」


 面倒くさそうにヒショは石で水切りを始めてしまった。勇者を探し始めて早数時間、段々と日が傾き始め真面目に探していた魔王子も少し疲れたようで、ヒショの隣に腰を下ろして水切りをぼーっと見ていた。


「……!…………!」


「…?何か…聞こえたような…?」


 遠くから人の声が聞こえた気がした魔王子は、立ち上がり周りをキョロキョロと見回す。ヒショも何か魔力を感じとったようで水切りをしていた手を止める。


「……!……………いぃ!」


「ヒショ…なんか声がドンドン近づい出来てるような…」


「…えぇ、魔力が2つ、近づいてきてます…」


「……て!…………さいぃ!!」


 魔王子達の向いている方から砂煙が見え、段々とそれはこちらに近づいてきていた。


「「…………………!?」」


 その正体が見えた時、2人は顔を見合わせて愕然とする。


「たー!すー!けー!てー!くー!だー!さー!いー!」


 少女が、号泣しながら巨大な牛型の魔獣に追いかけ回されていたのだ。少女は腰に剣を携え、蒼色のマントを着ていた。蒼色のマント、それは大勇者、若しくはその候補しか纏うことが許されていないものであった。


「………見なかったことにしましょう」


「ダメだよ!?早く助けなきゃ!?」


「いやいやいやいや、あんな恥も捨てて号泣してるのが大勇者候補?いやいやいやいや…」


 現実を受け止めきれず、ヒショは目を背ける。だが、その現実は凄まじい勢いで魔王子達に近づいてきた!


「そこの人ー!!!!!!!!助けてくださいーーー!!!!!!!!!!!」


「だぁー!?こっち来んなぁーーーー!!!!!!!!!!!!」


 































 …どうにか、魔獣から逃げ切った魔王子達だったが、余程怖かったのか、大勇者候補は膝から崩れ落ちたまま泣きじゃくっていた。


「おいコラ、謝罪のひとつも無しか?おおん!?」


 チンピラのように詰め寄るヒショに大勇者候補はさらに大泣きしてしまう。


「ご、ごめんなざいぃ……あ、あどありがどうございまじだぁぁ!」


 泣きながら、大勇者候補は必死に感謝の言葉を告げるが、ヒショの怒りは全く収まらなかった。


「………こんなゴミカス、雑魚カス、大泣き虫ヤローが大勇者候補とか嘘でしょう!」


 悪口の波状攻撃に、また大勇者候補は謝りながら泣き始める。


「ヒショ…ごめんね、あの人、口は悪いけど本当はいい人だから…あぁ、もう泣かないで…よしよし……」


 魔王子は大勇者候補を慰めながら優しく彼女の頭を自身の胸に寄せ抱きしめる。…まるで、子を慰める母親のようだが、その光景にヒショはドン引きする。


「あ、ありがとうございます…えへへ♡あなたはとっても優し………ま、マモノ?」


 大勇者候補にようやく笑顔が見える…が、魔王子の額にあるものを見た途端、顔がみるみる青ざめていく。


「……アンタ、勇者連盟の方から聞いてないんですか?あんたのお守りをする魔族が来る、とかそういう連絡」


「……あ、そうだった!言われてみれば、連盟から聞いてたお話通りの顔がいい2人!」


「へ、へぇ…連盟の奴らも見る目あるじゃないですか〜」


 ヒショの顔は完全にニヤけており、今度は魔王子が少し引いていた。


「じゃ、じゃあ…私、一応大勇者候補のユウって言います!よろしくお願いします」


「うん、よろしくね勇者ちゃん!……えっと、俺は先代魔王の息子…らしくて、隣の人はヒショ!これからよろしくね!」


 2人は固い握手を交わす。魔王子の屈託のない笑顔に、少しユウは顔を赤らめた。


「……どうなっちゃうんですかね…?」


 ヒショはこれから先の旅路に不安しか無かったのだった…

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