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休まらない休息

パーティの中で1番お人好しなのはヒショだし、パーティの中で1番やべぇやつなのは勇者ちゃんだと思う。

 新たな仲間も加わり、次の街へ向かう馬車の中はいっそう騒がしくなっていた。


「聖女様、そういえば貴女もエスピア師匠の元で修行なされてたんですよね?」


「そうッス!お恥ずかしい話、小さい頃脱走ばっかりしてジーヤの手を焼かせてしまって…その時に半年ぐらいエスピア師匠の元に預けられたッス」


「縁って怖いね…」


「あははは……そうですね…」


 ノゾムとユウは苦笑いを浮かべ合った。その後も街に着くまで他愛のない会話が続いたが、マールは初めての旅で人一倍舞い上がっている様子だった。


「到……着ー!!!!」


 一行はようやく次の街、ピエに到着した。マールは馬車から降りた途端、両手を上げてその場ではしゃぎ出した。


「…アンタねぇ、旅行に来た訳じゃないんですから…」


 ヒショがマールに注意するが、マールは大して気にした様子もなくヒショの方へ振り返った。


「だって〜しょうがないじゃないッスか!生まれて初めての冒険なんだもん!!舞い上がっちゃうッスよ〜!!」


 マールはそんな言い訳をしながらも、道行く人々や街並みに目移りしていた。ヒショはまるで反省する気のないマールに段々イライラし始めていた。それを察したのか、ジルが声をかけてきた。


「そ、それでは私はこれで…皆さん、聖女様をどうかよろしくお願いします」


「……えぇ、せいぜいお世話しますよ…」


 話しかけられてヒショは少し冷静になったようで、立ち去ろうとするジルへ皮肉を返していた。ジルの乗る馬車をマールは大きく手を振って見送っていたが、さすがに寂しげな表情であった。


「さて…見送りも終わったし…ここからどうすればいいの?」


 マールのテンションはすぐに戻った。ヒショは舌打ちをした後、気だるそうに話し始めた。


「このピエの街のそばに山脈があるんですが…その先に魔王六翼の1人、クロンの根城があるんです」


「魔王六翼が…!?」

 

「えぇ、強さ自体は下から数えた方が早いですが、厄介な魔法を使ってきます。特に厄介なのは罠型の魔法ですね…多分根城中に仕掛けてると思いますよ。それで、クロンのところに行くには何日かはかかりますから、この街である程度休みながら物資を整えましょう」


「賛成です!何だか久しぶりにゆっくり出来る気がしますね」


「ここのところ色々あったからね…ところでさ、ヒショ?この街はいつ出発するの?」


「まぁ、明日には出発したいですね…という訳で、ここから各自で行動しましょう。夕方にここへ集合ということで」


「「「……え?」」」


 ヒショ以外の3人が事前に打ち合わせしていたのかと思うほどピッタリ揃って首を傾げた。しかしヒショは3人を無視して歩きだしてしまったので3人は大慌てでヒショを取り囲んだ。


「な、何です?」


「いやいやいや!ヒショさん!何で別行動!?せっかく聖女様が仲間になったのに!?」


「そうだよ!みんなで行動しようよ…」


「私……もっとみんなと仲良くなりたいのに…」


 ヒショへスコールのような非難が降りかかった。必死にヒショは3人を宥めようとするが勢いは止まらず、それどころかさらにヒートアップしていき、とうとうヒショが折れた。


「分かりました…分かりましたよ……でも、宿は取らないといけないでしょう?私は宿に行ってくるので、アンタ達は3人でどっか行ってきなさい。それでいいでしょう?じゃあさっさと行ってきます。夕方にはこの辺にいますから」


 ヒショはそう言い残すと、比較的隙があったユウの脇からすり抜け走っていってしまった。


「あっ!ちょっとヒショさん!?」


 ユウはヒショを追いかけようとするが、横でしょんぼりとしているマールを見るとそんな気も失せてしまい、優しく彼女の肩を抱き寄せた。


「何なのあの人…ううん、私やっぱり迷惑だったのかな…?」


「そんな事ないですよ!ヒショさんもただ、ちょっと疲れてるだけです!」


「うん、気にしなくても大丈夫だよ。ヒショはああ見えて寂しがりだから」


 露骨に落ち込むマールを2人は慰める。だが、2人の言葉をマールはあまり信用していないようだった。


「…本当ッスか?何かすごく嫌そうに見えたというか…」


「た、確かに…でも、私が仲間になった時も機嫌悪そうでしたし、というかいつもあんな感じですよ!そんな気に病まなくても…」


「………じゃあ、ここで待ってよっか」


 ノゾムが少し考えた後、こう提案した。ユウは彼の意図に気づいたようで首を縦に振ったが、マールにはまるで理解出来ず、頭に疑問符を浮かべていた。


「待つって…ヒショさんがここに来るのは夕方頃なのに?何でッスか?まだお昼前ッスよ?」


「ふふ、すぐ分かるから」


 マールは渋々2人の言う通りその場で待つことにした。そして、1時間…も経たないうちにヒショが広場に戻ってきた。


「………アンタ達、随分…早かったですね…」


 恥ずかしそうにボソボソと喋るヒショ。ノゾムとユウは微笑ましそうに眺めていたが、ヒショに照れ隠しで蹴られてしまった。


「おー!本当に寂しくて戻ってきたッスね!2人が言ってた通り、ヒショさんて寂しがり屋さんだった……ギャン!?」


 ヒショのドロップキックが炸裂した。マールもこのパーティの洗礼を受けたのだった。


 4人は結局全員一緒に行動することになった。食べ歩きできる軽食を売店で買い、空腹を満たしながら街を練り歩いていく。そんな中で、マールはやはり浮かれていた。


「あ!あれなんスか!」


 マールは店の前に並んでいたガラス細工に興味が沸いたらしく、興味の赴くままに店へと足が動いていく。3人から離れていきそうになりノゾムが彼女の手を取り引き戻した。


「フラフラしてんじゃねぇですよ…」


 ヒショが少し呆れたようにマールを叱る。マールは口では謝罪の言葉を述べていたが、ヘラヘラ笑っており反省の色は全くなかった。


「ノゾムさんもすいませんでした!あはは…あのもう手を離しても…」


 マールは自分の手を握るノゾムの手を見て言う。


「うーん…目を離すとまたどっか行っちゃいそうだから…しばらくこのままでいいかなって」


「え、えぇ!?でも、男の人と手を繋いで歩くなんて…さすがに恥ずかしいッス…」


 ノゾムの言葉にマールは顔を赤らめて動揺する。そこにゲスな笑みを浮かべたヒショが口を挟んだ。


「えぇ、いい判断だと思いますよ〜?しばらくそのままでいましょう」


「ヒ、ヒショさん!?」


「この男がどんな奴なのか知るいい機会ですからね〜ま、通過儀礼ですよ、通過儀礼」


「ふふ、そうですね…王子様からすれば()()()()()ですから…変に意識しなくても大丈夫ですよ…ね、王子様?」


 ユウがさらに追撃をしかけた後、とろんとした目で背筋が凍りつくような殺気を込めた視線をノゾムに送った。ノゾムは瞬時に気づき、青い顔で小さく何度も頷いた。


「じゃあ、買い物とか済ませちゃおうか…」


 少しピリついた雰囲気の中、行動を再開する。食料品や寝具を一通り揃えていくが、ヒショは少し不満げな表情で財布の中を覗いていた。


「……滞在費も除くとあんまり余裕ないですね…はぁ」


「ヒショさん!質素倹約ですよ!お金に振り回されないようにする事がサリエラ教でも特に大事だとの教えが…」


「アンタねぇ、私はサリエラ教の信者になる気なんてこれっぽっちもありませんからね!神の従者なんて二度とごめんです」


 急に聖女らしく説教を始めるマールを睨みながら、ヒショは乱暴に財布の口を閉じた。物にあたってもイライラは収まらず、ヒショお決まりの文句が始まった。


「大体ねぇ、神々なんてみんなロクデナシなんですよ!あんなの信じてるとろくな目に会いませんよ!サリエラとその天士のせいでホント大変だったんですからね!」


「な…!失礼すぎませんか!?訂正してください!」


 街の往来にも関わらず大騒ぎ。道行く人の目が恥ずかしくなり、ノゾムとユウはケンカする2人から少し距離を置いていた。


「ヒショ、荒れてるね…」


「あははは…あのゴタゴタのせいで報酬が貰えなかった事が余程頭にきてるんですかね…」


「うーん…ウリルさんはすごくいい人だったんだけどなぁ…」


 ——…あぁ、可哀想な美少年!こんなにも弱ってしまって…!これは今すぐに人工呼吸が必要だ!多分必要!きっと必要!絶対必要!うん、必要だね。よし、しよう…——


「……………ソウデスネ」


 嘘も方便、言わぬが花。ユウはそう思った。


 結局、2人のケンカはノゾムとユウに力ずくで止められた。そして、2人は日暮れまで叱られたのであった。


「はぁ…じゃあ、もう宿に向かいましょうか…」


「2人とも…ケンカはメッ、だよ!」


「「……………」」


「………返事」


「「!?……す、すみませんでした…」」


 急にノゾムの声がドスの効いたものに変わり、ヒショとマールは言われるがまま頭を下げた。恐る恐るマールが彼の顔を見ると、いつもの通りの優しい笑顔に戻っていた。


「それじゃあ、宿に行こっか」


 ノゾムが発していた先程の雰囲気がきれいさっぱり無くなっていた。マールは返ってそれが恐ろしいと感じていた。疲れが溜まった4人はゆっくりと宿へ向かい始めた。その途中、ノゾムの目にある親子の姿が目に止まった。まだ遊びたいのか駄々をこねる息子とそれに怒る父親、よくある光景だった…


 ドゴッ——


 鈍い音がした。父親が怒りのあまり、子供の頬を殴ったのだ。ノゾムの雰囲気が再び変わった。先程と同じ、それ以上の怒りを放ち父親の方へとズカズカ歩いていく。泣きじゃくる子供へさらに拳を振り下ろそうとする父親。ノゾムは父親の顎を掴み上げそのまま壁へ押し付けた。


「な…何しやがる…!?」


 父親は必死に引き剥がそうとするも人間とは思えない力で押し付けられ、抗うことが出来ない。ノゾムは藻掻く彼を鋭い目で見ながら先程よりもさらに低い声で話しだした。


「お前……なんで殴った?」


「何だ…急に…?人の教育に口出して……」


「教育…?暴力で無理矢理言う事を聞かせるのが…?そんなの…ただの支配だろ!?」


 ノゾムの手にさらに力が入る。父親の顔が壁にめり込むのかという程に強く押し付けられていく。


「あぁ、ありゃもうダメですね」


「ちょ、ヒショさん!何諦めてるんですか!?王子様!ダメですよ!話せばわかってくれますから!」


「………………」


 ノゾムは全く聞く耳を持たない。それどころか押し付ける力は更に増していく…


「…………お止めなさい」


 突如ノゾムの手が白い光に包まれたかと思うと、バチン!という音と共に光が弾け、ノゾムの手は父親から剥がされる。父親は呼吸を乱しながら顎を何度も触っていた。


「聖女…!?邪魔するな!!!」


 ノゾムは大きく見開いた目でマールを睨んでいた。だが、マールは先程とは打って変わって怯むことなく彼を見つめ返していた。


「落ち着いて下さい、暴力を止めるためとはいえ…度が過ぎています……見て下さいあの子の怯えた姿を」


 マールが指を差した方を見ると、先程の子供がボロボロと泣いて体を震わせていた。今、子供は父親に殴られたから泣いているのでは無い、父親を襲った自分に怯えている。頭に血が上っていたノゾムにもすぐに分かった。ノゾムの体から力が抜けていき、申し訳なさそうにその場にうずくまる。そんな彼を見たマールはホッとした表情をすると、すぐに厳しい表情に切り替え、ゆっくりと視線を父親の方へ移した。


「……貴方も、大事な自分の子供に手を挙げるなど言語道断です。そんな事をしなくても、話せばきっと分かってくれますよ」


「……………」


 バツが悪そうに父親は目を背ける。だが、子供が泣きながら父親に抱きつくと、父親はまるで宝物に触れるような手つきで子供の頭を撫で始めた。


「………すまなかった…ぶったりして…えっと、アンタどっかで見たことあるな…確か……」


「サリエラ教、聖女マールです。入信希望であればいつでも承りますよ!」


「あはは…説教してもらって悪いけど、今は遠慮しとくよ…帰ろう……」


「…うん!」


 そう言い残し、親子は手を繋いで帰っていった。マールは大きく息を吐いてノゾムの方へ視線を戻した。


「……どうしちゃったんスか?急に怒り出して…」


 マールが聞いてみるものの、ノゾムは何も答えなかった。


「王子様……やっぱりあの時の事が…」


「あの時って、何かあったの?」


 ユウの言葉にマールが食い付いた。ユウは気乗りしないながらも、ノゾムの過去…前世で起きた事を簡単に話した。それを聞いていたマールの顔はみるみるうちに険しくなっていった。


「…そんな事が……通りであんなに怒ってたんスね…」


「……ごめん、あの子を見てたら…抑えきれなくて…」


 ノゾムが暗い顔で口を開いた。


「…………その…怒るのは仕方ないッスよ!でも、次はもっと違うやり方で怒りをだせばいいと思うッス!傷付く人が1人でも少ない方がいいじゃないッスか!ノゾムさんなら出来るッス!サーサ国でも魔王軍の魔族達を誰一人殺さずに逃がしてあげてたし!優しい貴方なら…きっと、大丈夫!」


 マールは少し大袈裟な身振りと一緒にノゾムを勇気づけるための言葉を送る。彼女らしい優しさに溢れた明るい言葉、その一生懸命さはノゾムの笑顔を取り戻すには充分な力だった。


「………ありがとう、聖女様!」


「…あはは、なんか照れるな…さぁ、美味しご飯を食べて明日に備えるッス!!」


 こうして4人はやっと宿へと到着したのだった。食事を済ませ、女性陣は別部屋のノゾムと別れ、寝支度を進めていた。既に街は黒い絵の具に塗られたように暗く、ほんのりと窓から月の光が差していた。


「……うーん!疲れたッス!でも、明日からはもっと忙しくなるッスよね!頑張らないと!ね、ヒショさん…もう寝てる…」


 マールが話しかけた時には既にヒショはベッドに潜り込み寝息を立てていた。マールは好奇心のままに寝ているヒショを観察していた。


「…もうちょっとお話したかったスけど…ヒショさん、スタイルいいッスね…肌もキレイ…うわ、腰細い!」


「あの…あんまり騒ぐと起きちゃいますよ…」


 ユウに優しく注意され、マールはハッとした顔をした後、少し申し訳なさそうな表情で自分のベッドへ戻った。


「あ…そうだよね……ついついテンション上がっちゃって…」


「ふふ…聖女様、すごく楽しそうですね!」


「はい!そりゃあもう!楽しくて仕方ないッス!生まれて初めての冒険!心が踊るってこういうことを言うんッスね…!」


「そうですか…ヒショさんが思ったよりピリピリしてて傍らから見てると少し不安だったんですけど…大丈夫みたいですね」


「あ〜…心配してくれてたんスね…確かにちょっと口が悪いなーって思うけど、根は優しい人だって私には分かるッス…まぁ、きっと上手く付き合っていけるッス!」


「なら良かったです!仲良くしてあげてくださいね?」


「はい!ユウさんもノゾムさんもすごくいい人で本当に居心地いいんスよね!」


「ありがとうございます、そんな風に言って貰えて嬉しいです!王子様は普段本当に魔王の子供なのか疑いたくなるくらい優しい方で…私もついつい甘えちゃうんです…あはは」


 ユウは恥ずかしそうにノゾムの事を語っていたが、ふとマールの顔の顔を見ると頬が少し赤くなっている事に気づいた。


「…ノゾムさんは本当に優しい人ッスよね…あの人のおかげでみんなと友達になれたようなものだし…それと、何かノゾムさんに微笑まれると胸がドキドキしちゃって…何なんスかね?この気持ち…」


 マールはモジモジしながら赤くなった頬を両手で押えていた。


「え」


 ユウはそんな彼女を見てとてつもない程嫌な予感がしていた……その嫌な予感が当たるのは少し先のお話。




















 …ユウとマールが寝静まった後、ヒショはベランダの椅子に腰かけ、夜風に当たっていた。ふぅとため息をついては無数に輝く星空を見上げ、またふぅとため息をついてはさらにその中から小さく輝く一つの星を眺めていた。次はその隣の星を、その次はその星から遠く離れた星を…そして、最後に彼女の目に止まったのは大きく、大きく輝く三日月だった。


(……何が神だ…何が聖女だ……そうやってまた命を使い潰す気か?あんなにも優しくて明るい女の子の命を…?笑い話にもなるもんか…アンタ達はいっつもそうだ!…本当にアンタ達が絶対的な正しさを持つ存在なら…()()()は……!!)


 ヒショは憤りと悔しさを滲ませた顔で立ち上がる。


(……絶対に許さない。絶対に…)


 吐き気がする程心地よい月の光に照らされた一滴の光が、ヒショの目から零れ落ちたのだった。

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