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思惑

 ——先代大勇者、死亡——


 訃報は瞬く間に世界へと広まった。英雄のあまりにも早い最期に人々は悲しみに包まれていった。だが、すぐに人々は立ち上がり、笑顔を取り戻していく。彼の死を無駄にしてはならない、泣いてばかりでは彼に怒られてしまう、そして何よりも新たな希望が生まれたのだから…人々はそう考え互いを励ましあった。結果的に彼らは心が折れるどころか魔物への怒りを燃やし団結していった。しかし………


「ひっぐ…えっぐ……うぐぅ…大勇者……様ぁ"…!!」


 まだ、悲しみに包まれている者が1人…


「アンタは…ホントに…!!!いつまでもメソメソしてんじゃねぇですよ!!!!」


 ヒショはユウの両頬をつまみあげた。ユウは情けない悲鳴をあげるが、それがかえって彼女を怒らせてしまい今度は顔を両手で挟まれるように押しつぶされてしまった。


「全く…大勇者になったと思ったらコレですよ……」


 ヒショはふてぶてしくユウの隣に座り直した。その向かいには、ノゾムとカーレ、レッジが座っていた。先代大勇者、ローエが死去してからはや3日、彼らは現在、馬車に乗ってリトの町を離れ『タイボク王国』に向かっていた。


「ヒショ…仕方ないよ、勇者ちゃんにとっては憧れの人だったんだから…」


 ノゾムはヒショを宥めるが、ヒショは不機嫌そうにそっぽを向いた。だが、ユウはノゾムと目が合った途端、表情を引き締めてスカートの裾を握りしめる。


「ありがとうございます、王子様…でも、ヒショさんの言う通りです。私は大勇者になったんです。いつまでもクヨクヨはしていられません!もっと王子様の力になれるように私、前を向いて頑張ります!」


 ヒショは涙をふいてノゾムに笑いかける。ノゾムは安心したように笑っていた。ヒショはそんな彼を見て、どこか悲しそうな表情を浮かべていた。ノゾムはそれに気づくと、惚けた顔でヒショの顔を覗き込む。ヒショは慌てて顔を隠すが、無駄だった。


「………ヒショ?どうしたの?」


「ええと…いや、その……アンタの前の世界?…その事………色々聞いて…」


「…!ヒショさん!!」


 ユウはヒショの手を叩く。ヒショはたまらず手を引っ込めると、彼女を睨みつけた。だが、ヒショはすぐに睨むのをやめてユウから視線を逸らす。


「あのね…あんな過去を茶化そうとする程私は腐ってませんよ…」


「じゃあ…何で……」


「だからといって、今後の戦いに支障をきたしても困るんですよ…だから…その………辛かったら言えって話です…その…な、仲間…ですし…」


「……ヒショさん…!」


 先程までの険しい表情はどこへやら、ユウは感極まった顔でヒショに抱きつこうとする。しかし、ヒショは素早くビンタでユウを跳ね除けた。ユウはシクシクと泣きながら席へと戻っていった。それを向かいで見ていた3人は苦笑いを浮かべていた。


「……そういえば、2人の仲間は?」


 ノゾムがレッジに尋ねた。レッジはチラチラとユウを気にしながら答える。


「俺達の仲間?この前の戦闘で負傷した勇者達の治療でリトの町に残ってるよ…色々あったとはいえ、一国の王様からの直々なお願いだからな簡単に断れねぇし、こうなるのは仕方ないけど…」


「後から合流するって言われたよ。んでリコーのヤツさ、ホシの事やたら気にしてたからな、あれ絶対惚れてるぜ!」


 横からカーレが口を挟んだ。


「リコー…?もしかして儀式の時、すぐ近くの席にいた…」


「あぁ、多分ソイツ。確かにリコーは献身的だし、ホシもだいぶ無茶してたからな、気にするのも無理はないけど…でも、アイツ惚れっぽいからな~」


「はぁ…軟派なお前に言われたくないと思うぜ?」


「ははは!その通り!!」


 ゲラゲラと笑う、カーレとレッジ。2人の明るい雰囲気につられて徐々に馬車には楽しげな会話に満ちていった。数時間という長距離の移動だったが、退屈さを感じること全くは無かった。


「…ここがタイボク王国……」


「なんでも林業で発展した国なんだってよ」


 すっかり日が落ちた頃、5人はタイボク王国に降り立った。町は木造の家が立ち並び、至る所に建材が置かれていた。新たな街並みを楽しみながら5人は宿へ足を運んだ。


「………ふへ〜、いいお湯でしたぁ!」


 ユウが気の抜けきった声を出しながら風呂場から出てきた。同室だったヒショは冷たい目でユウを見ていた。


「気ぃ抜きすぎですよ…バカ勇者」


「え〜、いいじゃないですか~!ずっと気を張る必要ないですよ〜」


 ふわふわとした声でユウは反論するが、急に気恥しそうな表情になった。そのままモジモジとヒショの向かいの席に座った。


「な、何です…急に……」


「…………ヒショさん……その……王子様の事…どう思います?」


「…?どうって?前に話しませんでしたか?アイツは少し甘すぎます、魔王の子なんですからもっと魔王らしい振る舞いを…」


「そ、そういう事ではなくって…ですね……」


 そこまで言うと、ユウは言葉に詰まってしまう。そしてユウは大きく息を吸うと、ただでさえ風呂上がりで赤かった顔をさらに紅潮させて言葉を絞り出した。


「だ…だ、男性として……どう思うか………ですよ…」


 ヒショの顔が途端に青くなる。そのまま、彼女は席を立ち上がるとユウの胸倉を掴み彼女を大きく揺すった。


「アンタ!?何を考えていやがるんですか!?!?アンタは大勇者!人間で!!アイツは魔王!の子供!!バカ言ってんじゃねぇですよ!!!!」


「わ、私は真剣です!!王子様はお優しい方ですし、とても頼りがいがあって、なのに妙に子供っぽいところとか可愛いなって思ったりして…この何日かずっと考えて…それで、ハッキリしたんです。私…王子様が好きなんです…異性として」


「………………………」

(ま、まずい!…王子を魔王にして、その流れで私が妃になって今まで私をバカにしてきた連中をこき使い倒す偉大な計画が…!)


 世界一しょうもない計画が破綻しそうになり、ヒショは頭を抱える。だが、すぐにゲスい笑みを浮かべ始めた。


(…よくよく考えたら、私が妃になる必要無いですね!むしろ大勇者のコイツとくっつければ人間達を支配下に置いたも同然、コイツらを裏切ったりしなければ私もいい地位に置いて貰えるはずですし…ヒヒッ♪)


「…はぁ、分かりましたよ……ま、少しぐらいなら協力してあげてもいいですけど?」


「…急に何ですか?何か企んでません?」


 ヒショは馴れ馴れしく警戒するユウの肩を寄せる。ユウはより一層、不安な気持ちになっていった。


「そんなぁ~何も企んでませんよ~♪頑張ってくださいね~勇者様♪」


 ……ユウを応援しようとする度に、ヒショは胸の奥で何かが引っかかるような感覚を覚えていた。その度に彼女は単なる気のせいだと、自分に言い聞かせるのであった。


****************************


「……………何で………何で!!!!!!!」


 青年は新聞を広げたまま、道の真ん中にもかかわらず膝をつき慟哭した。周囲の人間も、何事かと青年を好奇の目で見ている。すると、青年に見覚えがある者達がこそこそと話し始めた。


「あの人…ジオッソさんじゃない?」


「確かに…なんか見たことあると思ったら……」


「お父さんが訃報なんてそりゃあな………可哀想に」


「…!!!どけぇっ!!!!!!!」


 煩わしい…煩わしい煩わしい煩わしい…周囲の薄っぺらな同情に吐き気を覚え、ジオッソは新聞を投げ捨てるとその場を走り去っていった。


(母さんも……父さんも……僕は、今度こそ…独りだ……)


 薄暗い裏路地にジオッソは身をうずめる。一握の砂程しか無い両親との大事な記憶、それを頭の中で何度も繰り返し思い出していた。そして、彼はひたすら呪った。世界の理不尽さと、父の弱さを…


「…………………や…る」


 …俯いたまま、彼は立ち上がった。彼の目からは狂気的な決意が溢れ出ていた。


「魔物共…!待ってろ、必ず…皆殺しにしてやる!!!!!」


****************************


——魔王城——


「…遅い……」


 魔王は苛立ちを隠せず、椅子に座ったまま足を小刻みに揺らしていた。彼の前には豪勢な食事が机に所狭しと並んでいた。料理を作ったであろう魔物達がびくびくと震えながら魔王の様子を伺っていた。


「………ぬ?」


 魔王が食事に目をやると、取り皿のところに蝿が止まっていた。慌てて魔物の1人が蝿を取り除こうと机に近づくが、魔王は彼の目の前に手を出し、それを遮った。


「………………来たか」


 魔王がそう呟いたかと思うと、突如、数え切れない程の蝿が現れ魔王や魔物達の辺りを飛び交い始めた。そして、手を叩く音が聞こえたかと思うと蝿達は音の鳴った方へ集まっていく。その中から、4つの刃が付いた尾を持つ男が歩いてきた。


「よぉ!魔王さんよ!元気してた!?」


 男は軽いノリで挨拶をしたが、魔王は特に返事をすることなく、圧で席に着くことを催促する。それでも男はニタニタと笑っていた。そして男は寄りかかるように席に着く。


「…久方ぶりだな、悪魔の王よ…いや…『悪魔の神』だったか?」


「まぁ、俺の部下はそう呼んでるな。天界の連中はその呼び方は避けてるらしいけどな」


 男はそう言うと、目の前の食事に目を輝かせた。


「おいおい!魔物は料理なんてしないって聞いてたが…俺のためにわざわざ用意したのか?気前いいじゃん!!」


 男は早速、食事に手を伸ばす。次々と料理を口の中にほおりこみ、あっという間に空になった皿の山が出来上がっていた。


「……話はなんだ」


 魔王が話を切り出した。男は口の中のものを飲み込むと、机に肘をついた。


「まずは、お悔やみ申し上げるぜ。ヴィッタだったっけ?まぁとにかく残念だった。貴重な人材が減っちまったな」


「心にもないことを…」


「あのさぁ!一応本気で言ってるんだけど!?…だけど、不味いんじゃないの?幹部に加えて、軍の2割もやられちゃったんでしょ?」


「……確かに、被害は想像以上だった。だが、奴の敗北は想定内だった。寧ろ、そちらの方が好都合だった」


「………は?どういう事、それ?」


 男は首を傾げた。神妙な面持ちで魔王は話を続けていく。


「…奴は腹の中にかなりの野心を持っていた。だが、転移魔法を完成させることが出来るのは奴しかいなかった。今までの拠点間での転移は可能だったが、その拠点作成にはそれなりに時間を要する。人間共より優位に立つためには転移魔法の完成は急務だった」


「つまり、転移魔法は作りたいけど、作れる奴には不安が残ると…具体的に言やぁ、その技術を独占したりするかも…とかな」


「…それが杞憂でも、奴の求心力が高まるのは容易に想像できる……ならば奴に求心力が集まらないようにするべきだ」


「んで…リトの町の襲撃と……」


「リトは………大勇者誕生の地…それ故、どれだけ兵隊を積もうが、我々に勝機は殆ど無い。大勇者候補の1人でも狩れれば御の字と言える程にな。奴はその事には気付いていないようだったがな…しかし、奴もそこまで阿呆ではない。不利と分かれば、撤退を指示する見通しだった…」


「成程ね…仮に撤退してきたら、作戦失敗の責任を取らなきゃならない。転移魔法の技術提供で許しを乞うはず…ヴィッタの求心力を落として、転移魔法も手に入れる算段だった…」


「倒されたのなら、奴の研究所から転移魔法の技術を手に入れればいい…だが……!」


 魔王は机を叩く。苛立ちが限界にまで達していた。男は、じっと彼を凝視し、そして…


「…ふはっ」


 …鼻で笑った。


「奴は研究所に何も残していなかった!そして、生きて帰ることもなかった!!挙句の果てに軍も道連れにしおったのだ!!」


「…そんなカリカリすんなよ〜、だから部下が野心なんて持っちまったんだろ?俺、納得」


「黙れ悪魔神!これは我々の面子に関わる一大事だ!!情けない奴だ!たった一撃で倒されおって!その上!軍を撤退させるどころか、特攻させおった!!愚か者め!」


 怒りのあまり魔王は机をひっくり返した。ガシャーンと皿の割れる音が激しく響く。男は相変わらず不敵な笑みを浮かべていた。


「でもいいじゃん?先代の大勇者()れたんだろ?」


「…後は老いるだけの男を倒して何になる?ヴィッタの無様な最期と先代大勇者の死によって、人間達の戦意は爆発的に上がっている…!」


「……はぁ、しょうがねぇなぁ~…」


 呆れたように、男は椅子から立ち上がる。にやけ顔のまま、魔王に歩み寄っていく。魔王は男が反吐が出る程気に食わなかったが、同時に彼には言いようのない恐怖を覚えていた。


「…ウチの悪魔連中を貸してやる。アイツら役に立つぜ~?」


「話とはそういう事か…………何が目的だ?」


「…それを聞くのは契約違反だぜ?まぁ、必要になったらまた言ってくれや。そんじゃ、また………アッハハハハァ!」


 男は高笑いを残し、魔王城を去っていく。魔物達にとって魔王も悪魔の神と呼ばれる男もこれ以上ない程恐ろしい存在だった。だが、魔物達には男を見送る魔王がとても小さい存在に見えていたのだった。



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