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新たな時代

話が全然進まない…!

「……はぁ…はぁ…………」


 ユウは力無くその場にへたり込む。横にいたウリルは小さく拍手を送っていた。


「ありったけの魔力を使ったとはいえ、一撃で魔王幹部を倒しちゃうなんて!彼、意外と見る目があったのかな?」


「…ウリル様……王子様は…?」


 ユウはウリルから彼女の足元で倒れているノゾムに目を移す。ウリルは、ゆっくりとしゃがみ彼の頭を撫で始めた。


「…ヴィッタの能力がかなり効いたらしい。目を覚ますのは日が昇った後ぐらいになるかも」


「……そうですか…」


 ノゾムが前世で受けた仕打ち、それは真面目だがおおらかな両親の元で育った彼女にはあまりにも受け入れ難い事実だった。その事実は彼女の喉奥を締めていく。ユウは静かに俯いた。悲愴感に包まれるユウ見てなにか思うところがあったのか、ウリルは彼女へ近づき手を優しく握る。ユウはホロホロと泣きながらウリルへ顔を向けた。


「ウリル…様……」


「…君が見たものは、違う世界で起きた本当のことなんだ。彼の未来にずっと…ずっと纏わりつく呪いと言えるものだ……君が彼を仲間だと、友達だと思うなら…一緒に背負ってあげてほしい」


「………分かってます。初めから、そのつもりですから…」


「…ありがとう。魔王子の傍に君やあのお付きの子がいれば…()()()()()()……」


「……?どういう事ですか…?」


 ユウが尋ねようとしたその時、リトの町から歓声が聞こえてきた。町の方をよく見ると、どうやら大砲隊が騒いでいるようだった。


「すごい!すごい!!新たな大勇者様が魔王六翼の1人を…!倒したぞぉ!!!」


「あぁ!しかも!たった一撃で!!!!!ユウ様バンザイ!!!」


 大砲隊は興奮で舞い上がっており、大砲を撃つ手も止まっていた。だが実際、もう撃つ必要はほとんど無かった。


「…そンな……」


「ヴィッタ様ガ…タッた一撃デ……」


「無理だ…勝テなイ…!」


 魔王軍は戦意をほとんど失っていた。彼らにリトの町を攻撃する精神的な余裕など、もう無いに等しかった。


「……………逃げロ!!!!」


 魔王軍の中から1人の魔物が逃げ出した。すると次々に魔物達は踵を返して逃走していく。ユウは追う余力も無く、逃げ惑う彼らをただ眺めていた。だが、逃げ出した魔王軍達は突如光り輝き、球状の光となって空へ飛んだ。光はある程度高いところまで飛ぶと、まるで電球を消したかのように消えてしまった。野原は一瞬で静まり返り、涼しい風がユウ達の頬を撫でていた。


「………今のはなんですかね?」


 ユウは呑気に空を見ていたが、彼女とは違いウリルは深刻そうな顔をしていた。


「今のは…まずいかも…!」


 そう言うと、ウリルは杖を背負いノゾムとユウを抱き上げてリトの町へ走り出した。ユウは突然の事であわあわと手足を動かしていた。


「え?え?え?ウリル様?何がまずいんですか!?」


「今のは多分、転移魔法が発動したんだ!ヴィッタのやつ、悪あがきで部下に転移魔法をかけたんだろうけど…瞬殺されたのにそんな時間どこにあったんだって感じだよ」


「転移魔法…で、なんで町の方へ?」


「……転移魔法の移動先…もしかしたら…」


——リトの町周辺、ユウ達がいた反対方向では——


「…はぁ…はぁ…」


「かなり…数は減ってきました…ね……」


 ローエ率いる勇者達は魔物の大軍勢を相手に奮闘していた。たった数人で何千、何万という魔物達と戦い続けた。あともう少しで魔物達を退けられるというところまで来たが、彼らは既に限界を迎えていた。特にカーレとレッジは他の勇者達を守りつつ最前線で戦っていたからか、意識が朦朧としていた。


「…みんな、大丈夫か!?」


 ローエは他の勇者達に声をかける。


「…まだ……いけ…ます………」


 ばたり、とカーレはその場に倒れてしまった。レッジはそれを見て緊張の糸が切れてしまったのか、カーレと同じように倒れてしまう。


(…まだまだ数は多いけど…俺1人でも……)


「…ローエ様?」


 勇者の1人が不安そうにローエへ声をかける。ローエは勇者の視線に気づくと、太陽のような笑顔を見せた。


「…カーレ君とレッジ君を町に運んでもらえるか?」


「…?分かりました…」


「後は…俺に任せろ!!」


「カーレ様!?何を言っておられるのです!?たった1人でなんて無茶です!」


 勇者は驚愕した顔でカーレに詰寄る。だが、カーレはただ笑い返すだけだった。


「大丈夫だって!何も心配は……マジ?」


 カーレの笑顔が急に引き攣る。魔物達に目を向けるといつの間にか数が倍以上になっていたのだ。しかし、増員された魔物達の中には不思議そうに周りをキョロキョロ見渡す者やローエの顔を見て後退る者が多くいた。


「な、何故…?前ノ大勇者がコこに…?」


「まサカ…ヴィッタ様は俺達ヲ戦場カら逃がサなイ気ナノか…!?」


「クそッ!!こウなったラやッテヤる!!」


 魔物達はやぶれかぶれになりながら武器を構え、町へと攻め寄せる。


「ヤバッ!ソイツら連れて早く逃げろ!!」


 ローエが叫んだのと同時に、先程の勇者がカーレとレッジを抱えてリトの町へ走り出した。魔物達の攻撃が激しさを増す。ローエ達は1歩も前進させまいと魔物達を次々倒していく。だが、何人かの魔物がローエと他の勇者達の横脇をすり抜け、カーレ達を抱えた勇者に飛びかかった。勇者はどうにか魔物達を避けながら走る。しかし、体が限界を迎える中で2人も抱えて走るという無理をしたからか、何も無いところで転んでしまった。魔物達は当然止まることはなく、むしろ好機と捉え武器を振り上げ襲いかかる———


「勇…撃!!!」


 眩い剣撃が魔物達に撃ち込まれ、断末魔をあげる暇もなく魔物達は消滅した。勇者が顔を上げると、ユウと魔王子を抱きかかえたウリルがいた。


「……大勇者様…!」


 思わぬ救援に勇者は一瞬涙ぐむが、よく見るとユウは立っているのがやっとの状態。勇者は慌てて近づくとふらつく彼女を支えた。


「…すみません……助けに来たのに…」


 ユウは悔しそうな表情を浮かべていた。ローエは慰めるようにユウの背中を叩くと、彼女のすぐ後ろにいたウリルに視線を送る。ウリルはその場の雰囲気に合わぬ軽さで手を振り返した。


「アンタ…何でここに?」


 ローエは怪訝そうな顔でウリルに質問した。対してウリルは変わらぬ様子で話し始める。


「いやぁー、あっちの魔物達が急に消えてまさかと思ったけど…やっぱりこっちに移動させられたんだね」


「そうじゃなくって…何でまだリトにいるのって聞いてるんだけど…」


「あぁ!急にまた仕事が入ってね!魔王子君が危うく殺されそうになっちゃってね!急いで戻ってきたって訳」


「…魔王子君が?」


「あぁ、ヴィッタが直接来てね。でも、彼女が1発で倒しちゃった」


 ウリルはユウに向かって指を差した。ローエや周りの勇者達はおろか、元々こちら側で戦っていた魔物達も目を丸くしていた。ローエは唖然としながらユウを見つめていた。


「い…一撃で倒しちゃったの?魔王軍の幹部を?」


「は、はい…まぁほとんどの魔力を使っちゃって、移動してきた時に生成した魔力も今使っちゃったんですけど…」


 ローエは喜びもあったが若干引いていた。彼女には才能があるとは思っていたが、まさかそこまでとは考えてもいなかったのだ。


「ヴィッタ様がヤラれた!?」


「ソンな馬鹿ナ!?」


「だ…ダが、奴もモウ限界ダ!!こノママ数で押シ切るゾ!!」


 魔物達は態勢を立て直し、再びローエ達襲いかかってきた。しかし、すぐさまローエは魔力をハンマーに纏わせ地面に打ちつけた。向かってきた魔族達はまとめて吹き飛び、最前列にいた魔物達は余波が直撃して消し飛んでしまった。彼がまだ余力を残していることを察し、魔物達はジリジリと後退しながらローエ達の様子を伺っていた。


「…で、どうするの?来といてアレなんだけど、私直接は手伝えないよ?」


 飄々と言うウリルにローエは若干呆れていた。


「はぁ…じゃあ、何で来たんだよ……」


「そう言わないでよ、こっちにも事情があるんだから。それにあくまで直接手伝えないってだけだから」


「……なら、ここから何人か移動させるのは?」


「うーん……グレーゾーン…かな」


「………てことは、出来なくはないってことか?お願いできる?」


 ローエの提案にウリルは何故か返事をせず、考える素振りを見せていた。沈黙の時間はしばらく続いた。


「…ゴメンやっぱり訂正。無理」


 ウリルの態度が突然冷たくなった。宝石のように美しく大きな目を細めて、ローエをじっと睨んでいる。それでもローエは表情一つ変えることなく静かに笑っていた。


「…君、死ぬ気でしょ?」


 ウリルはゆっくりと口を開く。その場にいた全員が彼女の言葉に凍りついた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 避難所には町にいた人間ほぼ全ての退避が完了していた。いたるところからすすり泣く声や、怒号が聞こえてくる。ヒショとホシはじっと町からの連絡を待っていた。


「…………何イライラしていやがるんです?」


 ヒショは気怠そうにホシに声をかける。ホシはハッとした顔で通信魔法の装置からヒショの方に向き直った。


「…ごめん、やっぱりここで待ってるのがもどかしくてね……ここにいて役に立てているのかどうか…」


「はぁ………」


 ヒショは呆れたようにため息をついた。ホシが申し訳なさそうな顔をすると、ヒショは彼の額を指で小突いた。


「…?」


「アンタね、何も聞いてなかったんです?ここに来る時、他の連中は『ホシさんが入れば安心して避難所に行ける』なんて言って笑ってやがったんですよ?アンタはここにいるだけで十分役割を果たしてると思いますけど…」


 ホシはしばらく驚いた様子だったが、今度はくすくすと笑い始めた。


「…ふふ、ありがとう」


「……何ですか急に…」


「いや、あの子が言っていたことを思い出してね」


「あの子…?バカ勇者(ユウさん)のことですか?」


「あぁ、昨日話した時に聞いたんだ。『ヒショさんはキツイところもありますけど、根は人のこと言えないぐらいお人好しだ』って」


「……別にそんなんじゃ…思い違いです」


 ヒショは顔を背けて不機嫌そうに首をさする。すると、通信魔法の装置から音が鳴った。大砲隊からの連絡だった。


「……こちら、避難所。どうかしたのかい?」


『……ガガ…ホシ様!こちら、リトの町大砲部隊!聞いてください!交戦中、魔物達の指揮を執っていたヴィッタが現れて……』


「な、なんですって!?あのゲス!どうしたんです!?」


 ヒショは興奮した様子で装置を掴む。ホシは優しくヒショの手を離させる。そのまま冷静に大砲隊へ問いかけた。


「……ヴィッタって、確か魔王六翼の…」


『そうなんですよ!!さすがに我々もまずいことになったと思ったんですけど!!!』


 ホシは大砲隊のテンションの高さに少し違和感を覚える。魔王軍の幹部が来たのに大砲隊が嬉しそうにしていたのだから同然ではあったが。


『なんと…!大勇者ユウ様がたった一撃で倒しちゃったんです!!!!』


 あまりにも突飛な知らせに2人は口をポカンと開けていた。ホシは冗談なのかと思い、大砲隊に聞き返した。


「えっと…ユウがヴィッタを倒したんだね?それは分かった。けれど、一撃でなんて言い過ぎじゃないかな?」


『嘘なんかじゃないですよ!この目で見たんです!本当に一撃で倒しちゃったんです!!!!あの人が大勇者なら勇者連盟も安泰ですね!』


 大砲隊の力強い反論にホシは圧倒されていた。しかし、ヒショはどこか納得したような顔をして頷いていた。


「……彼女はそこまで強かったのかい?確かに凄い力を感じたけど…」


 ホシは思わずヒショに聞く。その問いにヒショはサラリと答えてみせた。


「というより、ヴィッタが弱かったのかも?ヴィッタは厄介な能力は持ってますけど、素の戦闘能力は幹部の中では大した事はなかったんですよ……まぁ、()()()が強かったってのもあるとは…思いますけど………」


 ヒショは段々と声が小さくなっていた。ホシは恥ずかしそうにしているヒショを見てニッコリと笑っていた。ヒショはムッとした顔でホシの横腹を何度も小突く。そんな戯れは後ろから聞こえた咳払いで終わりを告げた。二人の間に割り込むように入ってきたのはプリモだった。


「……お2人とも、状況は?」


「メジハ支部長………すみません、お見苦しいところを…」


「アンタがヘラヘラしてるからでしょうが…」


 小声で悪態をつくヒショを無視して、ホシは大砲隊から連絡された事を伝える。プリモにとっても相当衝撃的な内容だったようで、聞かされた内容を何度も聞き返していた。それでも、信じきることができなかったらしく、矛先が大砲隊に切り替わった。


「………大砲隊の皆さん…一応、確認しますが先程の…現大勇者が一撃で魔王軍幹部を撃破した…というのは真実なのですか?」


『本当ですよ!!!俺達、ちゃんとこの目で見たんです!』


 後ろで相槌をする声が何重にも重なって聞こえてきた。さすがに本当に起きた事だと理解できたらしく、プリモの口角が僅かに上がる。


「ふふ…早速成果を上げられたのですね…」


『ほんとヤバかったんですよ!!いやー、このまま魔王も倒せるかもしれないですね!!!』


「ええ、そうだといいですね…ところで、貴方達は今何を?」


 すっとプリモの表情が真剣なものに切り替わる。その素早い態度の切り替わりように、ホシは彼女が支部長たる理由を感じとり舌を巻く。大砲隊も雰囲気の変化を感じとり、彼らの背筋はアイロンをかけた服のように伸びていた。


『は、はい!!我々は大勇者…じゃなくってローエ様から言われた通り、撤退を始めております!既に町を出て避難所に向かっております!』


「撤退…?」


『はい……任された方の戦闘が終了次第、撤退するよう言われまして…どの道、弾薬の在庫がもうほとんど無く、加勢も難しい状況だったので……ローエ様もそれを見越してそのような命令をされたと仲間と話していたのですが…』


「……そうですか、分かりました。貴方達が到着次第、ローエさんにはこちらから連絡してみます」


 大砲隊からの返事を待たず、プリモは通信を切った。プリモはそのままホシを見ると、ゆっくりと口を開いた。


「……ホシさん、少し頼み事が……」


「………僕にできることなら」


 ホシの返事はどこか自信に満ちていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「し、死ぬ気って…何を言ってそんな~あはは…」


 ユウは冗談か何かと思い笑い飛ばそうとするが、ローエとウリルの顔を見ると冗談とは到底思えなかった。それでもユウは小さく笑っていた。冗談だと思いたかったのだ。


「まぁ、いつ死んでも仕方ないとは思ってるけどな!ずっと戦場にいた訳だし」


 ローエは白い歯を見せて笑うが、ウリルの表情は変わらない。むしろより顔つきは険しくなっていた。


「……自分1人犠牲になればいいとでも思ってるんだろう?自己犠牲は素晴らしい善行だ、というのが普遍的な価値観だけど…行き過ぎれば毒だ。そんなことも分からないか?」


 背負っていた杖を、ローエの顎下に突きつける。ローエは杖を払い除けると、気まづそうに頭を掻きだした。


「……なんて言うかさ…そりゃあ死にたいわけじゃないんだぜ?俺だってまだまだやりたいことがあるし、ジオッソのことも気になるからさ…でも、このままじゃみんな殺されてしまう。若いみんなを…犠牲にしたくなんかない」


「だからって…!」


「…最近、いくら鍛えてもただキツイだけでさ……多分、ここが俺の限界なんだと思う。まだ未来のある若者と…あとは老いるだけのおっさん、どっちが大切かなんて………」


 自嘲気味に笑うローエにウリルは掴みかかった。ユウは止めに入ろうとするが、彼女の荒ぶる神の如き形相で睨まれあっさりと引き下がってしまった。


「…ふざけるな!死んで何になる!?君の死は彼らに罪悪感として残るだけだ!それに…何よりも…ジオッソはどうなる?君が死んだら今度こそ彼には味方がいなくなるぞ!!あの子の親なんだろう!?彼を1人にする気かい!?」


 彼女の目にはうっすらと涙が見えた。誰も何も言葉が出なくなっていた。どんよりとした時間の最中(さなか)、遠くから2人の人間が馬車に乗って近づいてきた。プリモとホシだった。


「ふ、2人とも…どうしたの?」


「…大砲隊があなたから撤退しろと支持を受けたと聞いたので…それが気になりまして」


「大砲隊が到着したから交代でって言えばいいのかな、ここに向かったんだ。まぁ、彼らも戦えないわけじゃないから避難所は任せたんだよ」


 ここに来た経緯を説明し終えると、プリモはウリルの姿が目に入り、不思議そうに首を傾げた。


「貴女は天界の……何故またここに?」


「…ウリル、私の名前さ…ここに戻ってきたのは野暮用でね」


 プリモはウリルの顔を見ると、何かあったことを察してローエを睨んだ。


「…ローエさん、彼女と何があったのです?」


「……彼、たった1人であの魔物の相手をしようとしてるんだ」


「………たった1人で?」


 ウリルの言葉に、プリモは目を見開いた。ローエは弁明しようとプリモに近づいた時、背後から魔物が襲いかかってきた。だが、魔物はローエからカウンターキックをもらい消滅してしまった。


「ヤハり…隙が無イ………」


 魔物達は未だに攻めあぐねていた。ローエは彼らを少し睨んだ後、視線を戻した。


「あれだけの数を1人で…本気で言っているのです?」


「あぁ…皆を犠牲にしたくない」


「…………ホシさん、怪我人の救護を。我々はこの場を先代大勇者ローエに一任し、撤退します」


 ウリルの顔が一瞬で青くなる。怒りと困惑に満ちた顔で今度はプリモに掴みかかった。


「何を考えているんだい!?本当に1人にする気なのか!?」


「……ウリル様、お言葉ですが…古い文書によると貴女のような天界に住まう者は地上には基本的に不干渉だと書かれております。今もそうなのではないのですか?」


 痛いところを突かれ、ウリルは悔しそうにゆっくりプリモから手を離した。それでも納得などできずウリルは顔を下に向ける。その時に気づいた、プリモの手が小さく震えていたのだ。


「…………っ」


 ウリルは全てを察した。プリモにとってローエを1人で置いていくこと、それが彼女にとってどれだけ辛い判断なのかを。彼女はそれを必死に抑え、気丈に振舞っていた。ウリルは優しくプリモを抱きしめた。


「…ウリル……様」


「…ごめん、つい感情的になってしまった…君も立派な……勇者なんだね」


「…………ありがとうございます」


「……勇気ある人間達よ、幸運があることを祈っているよ」


 ウリルは眩い光とともに姿を消した。勇者達は怪我人を背負い、撤退を始める。皆、暗い顔をしていた。ユウはノゾムを背負いながらボロボロ泣いていた。


「…ユウちゃん!」


 ローエに呼び止められ、ユウは必死に涙を拭いて、声を出すのもいっぱいいっぱいになりながら返事をする。


「…はい」


「強くなったな!本当に嬉しい…これからも努力することを忘れないで!………それから、旅の途中でジオッソに会ったら…『世界で1番優しい勇者になってくれ』って言っといてくれ」


「……分かりました…ぁ、ありがどう…ございまじだ……こんな…こんな私を…信じてぐれで……」


 ユウは振り返ることなく、馬車へ向かって走り出した。既に勇者達は馬車に乗り込んでいたが、プリモはまだその場に残っていた。ローエは心配そうに声をかける。


「まだ…行かないんですか……置いてかれちゃいますよ」


「…できることなら……死なないで…これ以上、大切な人に…死んで欲しくないから…それでは、また明日……」


 涙で上擦った声を残し、プリモは勇者達の後を追う。ローエの顔からは自然と笑みがこぼれていた。自分は愛されていた。それを最期に知ることが出来たのだ。死を目の前にした彼にとって幸福なことだった。


(…今思えば、メジハは俺にとってもう1つの故郷だったな)


 彼は武器を構え腰を落とす。呼吸を整え、前進してきた魔物達を迎え撃つ。


(……メシも上手くて、街もキレイで…母親みたいに怒ってくれる人もいたな………だとしたら、最後の最期でとんでもない親不孝しちまったかな……なぁ、プリモさん…)


 今出せる最高の力を持って、ローエは敵を薙ぎ倒していく。剣でいくら斬られようとも、咬まれようと、魔弾で体を撃ち抜かれても……彼は…勇者は止まらない——


「グギッ!!そ、ソんナ…!!」


 それから数時間経った。傷だらけの勇者は残った1人の魔物にゆっくりと向かっていく。魔物は腰を抜かしていた。それでも、武器を構え必死に威嚇する。


「く、くソオオオオオオオオオオ!!!!!」


 魔物は立ち上がると、無茶苦茶に武器を振り回す。武器は勇者にあっけなく受け止められ、取り上げられてしまった。魔物からスルスルと力が抜けていく。勇者は何も語らず、魔物にハンマーを振り下ろした。


 朝日が昇る。朝焼けに照らされ、橙色に輝くリトの町はとても美しかった。


 その美しい町を出てすぐにある野原には——

















 死体だけが転がっていた。

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