明日の空を望めない
正月ボケでサボってました。
※今回、少々過激な描写がございます。ご閲覧の際はご注意ください。
「あんな魔物の大軍、どこから現れた!!?」
「女子供と老人を先に避難させろ!早く!!」
「見張り台の連中は一体何をしている!?これだけの大軍に気づかなかったのか!?」
町中から悲鳴や怒声が聞こえてくる。既に住人達は町の外にある避難所へ向かうべく動いていた。ヒショは響めく人々をかき分けユウのところへ走っていく。
「…ヒショさん!!」
「あ?…!いた!」
ヒショの元へユウが駆け寄ってきた。慌てて来たのか彼女の服装はかなり乱れていた。
「ヒショさん!一体何が!?」
「魔王軍がとんでもない数でこの町に向かってきていやがるんです!」
「えぇ!?一大事じゃないですか!?…あれ?王子様はどこに?」
「その大軍とたった1人で戦ってて……」
「えええ!!!?いくら王子様でも無茶ですよ!!」
「そんな事分かってますよ!!早く王子を手伝いに行きなさい!」
「はい!!王子様ぁ!!!」
勢いよく地面を蹴りあげてユウは町の外へ走っていった。
「あ!大勇者様!頑張れー!!…あぁ行っちゃった」
人々から溢れる応援の声に答えられないほどユウの心は焦りと不安に満ちていた。
(王子様!…絶対、絶対死なせない!!)
「 ……行きましたね。さて…」
「なぁ、アンタ確か大勇者様の仲間だよな!?住人の避難を手伝ってくれ!」
警備の男がヒショに話しかけてきた。相当忙しいのか、彼は呼吸が荒く全身汗まみれだった。
「仕方ないですね…」
ヒショからの返事を聞くと同時に男は住民たちへ声をかけていく。ヒショは彼の後をついて行った。
「住民の皆さん!慌てず、落ち着いて!私について来てください!!」
「で?どうやって避難させるんです?」
「何人かの勇者が先で待っている。一緒に住民の皆さんを警護しながら歩いて避難所まで行くんだ…」
「…なるほどね…そういえば、連盟のお偉い連中もいましたよね?アイツらは?」
「あ、あぁ…あの方達は宴が始まる前に全員帰路についてるからこの町にはいないよ。しかし、何が起こったんだ?あんな大軍を見つけられないなんて…」
「転移魔法ですよ…多分ですけど」
「転移…魔法?」
「魔王軍が作っていた魔法ですよ…まだ完成してなかったはずなんですけど…」
「完成したってことか…?だとしたら、大変になことになるんじゃ…?」
「…もうなってますけどね……」
そう言うとヒショは小さくため息をつく。その直後、後ろの住民達から安堵するような声が聞こえてきた。ヒショが前方へ視線を戻すと、既に町の入口が見えていた。だが、ヒショはその光景に妙な違和感を覚えていた。
「……他の勇者連中が待っているんじゃなかったんです?」
入口には沢山の人々が集まっていたが、その中には勇者らしき人影は1人として見当たらなかった。警備の男も困惑気味に首を傾げる。
「ど、どうして…?」
「おーい!今来たのかー!?」
立ち往生するヒショ達に別の警備員が走り寄ってきた。
「何かあったのか?」
「そ…それが…反対方向にも魔王軍が突然現れて…」
「な、なんだっ…!?」
大声をあげようとした警備の男の口をもう1人が慌てて押さえる。そのまま、周りの様子を伺っていた。
「民衆に聞かれたらどうする気だ?あっという間にパニックになるぞ…」
「す、すまない……」
「今、ここで待機していた勇者や大勇者候補様達がそちらの対処に向かっているが…ハッキリ言って多勢に無勢だ…」
「……新しい大勇者様は…?」
「…今、王子のところに向かいましたけど」
ヒショからそう聞かされ、警備員達は項垂れてしまった。すると後方の人々を道を開け始める。人々からは歓声が上がっていた。
「…悪い!待った?」
現れたのは、ローエだった。警備員達は救世主の登場に目を輝かせていたが、ヒショは彼の軽い調子に呆れていた。
「アンタ…今の今まで何してやがったんです?」
「ごめんごめん…深酒したせいで起きれなくって…で、ここに来る途中で聞いたんだけど…大砲隊が準備してくれてるらしいけど…敵が多すぎて弾が足りるか分からないって」
「そんな……ですが、大勇者様がいれば大丈夫ですよね!?」
「"元"だけどな………………」
そう言ってローエは笑っていたが、直ぐに口ごもってしまった。
「大勇者様…?」
「この町は……大丈夫…なのですか?…」
住民達が不安そうに大勇者へ声をかける。大勇者はにっこりと笑う…その目には途轍もない覚悟が見えていた。
「……おう!大丈夫だ!このローエさんに任せろ!!」
その言葉に再び住民達は歓声を上げた。だがヒショはその中でただ1人、目を細めていた。
「………アンタ…まさか」
「そんな顔しないでよ、大丈夫だって!ヒショちゃん…だったよね?住民の避難任せられる?」
「……一応、不可視の魔法はありますけど…いくら何でもこの人数は…」
「なら、僕にも手伝わせてくれないか?」
後ろから声をかけてきたのはホシだった。まだ体が万全では無いらしく、少しふらふらとした様子で立っていた。
「僕も不可視の魔法は使えるから役には立てると思う…悔しいけど、見ての通り前線に立てる状態じゃなくってね…それでも何もしないわけにはいかないんだ」
「……好きにしなさい」
ヒショはふいっと横を向いた。警備員達には冷たく突き放すように見えたがホシにはそうは見えなかったらしく、彼は小さく笑っていた。
「……素直じゃないんだね」
「…!うっさいですねぇ!ほら、さっさと行きますよ!『不可視』!」
ヒショは可能な限り範囲を広げ、住民達に魔法をかける。ホシもそれに続いて、不可視の魔法を発動した。
「『不可視』!…うん、これでここにいる全員にかけられたみたいだね」
「よし、2人とも後は頼んだ!」
ローエはそう言いながら、準備運動をしていた。
「アンタはどうするんです?」
「最初に現れた方はユウちゃんと魔王子君が相手してくれてるんだろ?そっちはもうすぐ大砲隊の準備が終わるはずだから大丈夫!俺はもう片方に加勢しにいく!」
ローエはその場に屈むと、力強く飛び上がった。凄まじい跳躍力であっという間に家の屋根に乗ると、そのまま屋根伝いに飛びながら戦場へと向かっていった。別方向からの襲撃があった事に住民達は一瞬どよめくが、直ぐにローエへの応援に変わっていた。どれだけ魔物が来ようとも大丈夫だと、それだけ彼は人々から信頼されていたのだ。
「それじゃあ行こう!」
ホシの掛け声とともに住民達は移動を開始したのであった。
「グ、グギギ…!?」
魔王軍の作戦はとても大規模だった。魔王軍全体の2割にも及ぶ人員を使い、2方向から物量で押し潰す。いくら先代と今代の大勇者がいようとも、大勇者候補達が来ようとも少ない戦力を分割されてはどうしようもなくなる…はずだった……
「ぐワっ!?」
「…ナゼだ……?たっタ1人でコこまで…!」
その策はたった1人の男によって綻びが生まれ始めていた。その男はいくら殴られようと…
「こイつ!不死身カ…!?グエっ!?」
いくら体を切り裂かれても…
「…………」
「ひッ!?ナんで…?切っタ腕が元ニ……!?」
格が違った。その男、魔王子は依然として倒れる気配など無かった。
「…殺したくないから……もう大人しく帰って欲しい…さっき倒した人達もみんな生きてるから」
「ふザケるな!!」
魔物達は魔王子へ次々に襲いかかる…が、全ていなされてしまう。そして彼が魔力をまとった拳を振るとその衝撃で全員まとめて倒されてしまった。
「…オい!誰か向カっテ来てルゾ!」
魔族の1人がリトの町の方へ指を指す。魔王子も思わずそちらへ顔を向けると、確かに誰かがこちらへ走ってきていた。
「王子様ーーーーー!!!」
「ゆ、勇者ちゃん!?」
勇者は魔王子の近くまで来ると足にブレーキをかけるが、勢いのあまり転んでしまった。そしてそのままヘッドスライディングの状態で魔王子の元へたどり着いた。
「…勇者ちゃん、大丈夫?」
「うぅ…王子様ぁ………」
魔王子は慌てて勇者を起こした。勇者の服は土まみれになっていた。案の定、彼女は泣いていた。
「アれは…新たナ大勇者…」
「……エ、あレが…?」
とても大勇者とは思えぬ醜態、魔族達は混乱を隠しきれなかった。
「……なンデモいイ!あちラに遅レをとルワケには…!」
魔族の言葉にユウはハッとした顔で振り返る。リトの町を挟んだ反対方向からも爆発音が聞こえてきた。
「…挟み撃ち!?」
「……きっと、あっちでも誰かが頑張ってくれてる…俺達も彼らを食い止めよう!」
「はい!行きましょう王子様…!?」
2人が構えた瞬間、後続の魔族達が突如爆発に巻き込まれ吹き飛んでいった。再び振り返ると大砲隊の旗が大きく振られていた。2人はそれが攻撃を行っている合図だと何となく分かった。2人は顔を見合せて頷くと、魔族の大軍へ向かっていったのだった。
—もう一方では—
「うぉぉぉらああ!!!!!」
気迫ある声と共に巨大なハンマーが振るわれる。ハンマーの衝撃は強烈な光属性の魔力を帯びて何十人という魔族を灰燼に帰す。ハンマーを振るう男…ローエは余裕の笑みを浮かべていた。
「……すげえ迫力だな…」
「あぁ…リトの町にいた勇者のほとんどがこっちに来てるみたいだけど…ぶっちゃけいらないんじゃ……」
戦いながらもヒソヒソと話していたカーレとレッジだったが、ローエには聞こえていたらしく彼らにも聞こえるようなため息をついた。
「あのなぁ、こっちは先の方が崖になってるだろ?だから魔物の襲撃も少なくてあんまり大砲が置かれてないんだよ。この大軍相手に1台2台程度じゃ意味ないだろ?だから大砲隊は全員もう片方に向かわせて…」
悠長に喋るローエに隙を見たのか、魔族が彼に切り掛る。しかしローエはそれを見ることもなく剣を指で受け止めた挙句、いとも簡単に折ってしまった。
「ぐ、ぐグ…」
さすがにあんなものを見せられると、迂闊に近寄ることも出来ず魔族達はゆっくりとローエとの間合いを測っていた。
「…だから、あっちはあの2人に任せれば大丈夫!さすがにこの数1人ではキツイからさ…みんながいてくれてホント助かるよ!」
満面の笑みを見せるローエ。不思議と彼が光り輝いてるように見えた。いつの間にかその場にいた全員が笑顔になっていた。すると、彼らは胸の内から言葉にできない力が溢れ出てくるのを感じた。
「なんか…すごい力と…勇気が湧いてくるような…!」
「……このリトの町は初代大勇者が産まれたとされる神聖な場所だ…もしかしたらこの町が力をくれたのかもな!」
ローエを中心に勇者達が集まる。どう見ても絶望的な状況。それでも彼らの中には諦める選択肢など全く存在しなかった。
「………いくぞ!!!!!」
****************************
「………………」
ヴィッタは苛立っていた。軍を送り出してから既に2時間は経過していた。だが、リトの町は陥落することなく、むしろ軍が押されて始めている状況だった。
「…何故だ!?あれほどの大軍を使って何故!?」
ヴィッタは苛立ちのあまり大声をあげる。すると、ヴィッタはすぐ近くに気配を感じて辺りを見回すが、人影などなく不思議に思いながらも通信魔法が映っている方に目を戻す…
「……!?」
そこには通信魔法を遮るように、ローブの魔族が立っていた。
「き、貴様は…確か会議の時、魔王様の隣にいた……?な、何しに来た!?」
「…ふふ、苦戦しているようなので助言を…と思いまして…」
ローブの魔族は不気味に笑う。ヴィッタは彼女の異様な雰囲気が恐ろしくて仕方がなかった。
「何時ここに来た!?」
「たった今ですよ」
「何だと!?まさか転移魔法が…?」
「転移魔法…?」
ローブの魔族に聞き返され、ヴィッタは慌てて口を噤んだ。彼女は首を傾けてヴィッタを深く被ったローブの奥から見つめていた。
(まずい!転移魔法が完成した事がどこからが漏れてたのか!?…だが、コイツよく分かっていなさそうだぞ…いや、本当によく分かってないのか?…どちらにしても完成していたことを黙っていたのがバレでもしたら…)
「転移魔法はまだ未完成でしょう?私は、魔王様から少しお力を拝借しているのです。魔族の拠点を自由に移動できる力を…」
「そ、そうか…それで……」
ヴィッタはホッと胸を撫で下ろした。だが、彼女には全て見透かされているような感覚も覚えていて、不安を拭いきれなかった。
「本題に入りましょう…この状況を打開する方法、貴方が直接倒しに行けばいいのです。簡単なことでしょう?」
「………何を企んでる?」
「そんな事を考えている暇がありますか?仮に失敗すれば、立場が苦しくなるのは貴方でしょう?」
「……仕方ない」
ヴィッタは通信魔法を消すと、ローブの魔族を睨みながらその場を後にした。ヴィッタが離れた後も、彼女は不敵に笑っていた。
「……どこまでも、詰めの甘い愚か者ね…ふふ……」
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魔王子とユウは1歩も退かず奮戦していた。彼女達もリトの町の加護を受けていたのだろう。数では圧倒的に優位なはずの魔王軍も彼らの気迫に少しづつ押され始めていた。
「馬鹿ナ!?たッタ2人にここマで!?」
「アリえナい!クそっ!スカル族ハ何をシテいル!?」
「何だト!?我々のせイトデも…グワアッ!!?」
言い争う魔族達は無残にも大砲の餌食となった。
——魔王軍とヴィッタは確かに大軍勢を編成したが、実態は様々な種族の魔物で構成された、ただの寄せ集めである。当然、種族間のいがみ合いや小競り合いが発生したが、ヴィッタは転移魔法の開発に注力したあまりそれらを放置してしまった。それ故、彼らに結束力などありはしなかったのだ——
「このまま…守り抜きます!」
「うん!絶対負けない!!」
ユウの背中に魔族が殴りかかる。だが、それを察知した魔王子が間に割り込み攻撃を受け止める。魔王子は即座に殴り返し、吹き飛ぶ魔族を避けきれず複数の魔物たちが巻き込まれていった。
「ありがとうございます!王子様」
「どういたしまして!…相手の方がまだ有利かもしれないけど、気持ちは完全にこっちが勝ってる。あともう少し、頑張ろう勇者ちゃん!」
「はい!王子様となら誰が相手でも負けません!」
「ほう……なら、俺にも勝てるか?」
突如、空から低い声が聞こえユウ達は思わず上を向く。夜空の中、彼女達の頭上には禍々しい光球が輝いていた。光球は魔力で形成されており、その中には胎児のような魔物が2人をじっと睨んでいた。
「…あれは……」
「俺はヴィッタ…『魔王六翼』の1人!早速だが…喰らえい!!」
ヴィッタは2人の不意をつき魔王子へ向かって波状の光を放った。光は最初、ヴィッタの手の平程度の大きさだったが、彼に近づくにつれ大きく速くなっていった。魔王子は光に気付き逃げようと走り出した。しかし光は魔王子を追いかけ続け、ついに逃げ切れず、魔王子は光に包まれてしまった。
「……!王子様!?」
ユウはいてもたってもいられず魔王子が包まれた光に飛び込んでいった。
「………………あれ?ここは…?」
ユウは気がつくと見たことも無い場所に立っていた。自分の身に何が起きたのか分からず、ユウは辺りを見渡した。周りには灰色の柱が立ち並んでおり、柱から柱へと何本かの線が繋がっていた。地面は黒色に舗装され、道の両横には白線が引かれている。建物も彼女が見たことも無いものばかりだった。
「え?え?え?……ここ、どこ…?」
ユウは困惑しながらも、注意深く当たりを観察する。すると、段々と周りの景色に違和感を感じるようになってきた。見ている景色に靄がかかっていたのだ。ユウは少なくとも今見ている景色が現実ではないと確信していた。
「さっきの光の…幻術みたいなものでしょうか?でも、こんな町並み…一体どこの……」
考え込むユウだったが、誰かがユウのいる方へ走ってきた。その者はフード深く被っていたがユウにはそれが誰なのかすぐに気づけた。ユウは嬉しそうに声をかけようとする。
「あ!王子様!……あれ?」
魔王子はユウの声に気づくことなく、なんと彼女の体をすり抜けていった。魔王子にはまるで実体がないようだった。それだけではない、彼の姿にも違和感があった。服装が先程までとは全く違っていた。上はフード付きのパーカーで下はジーンズを着ていた。着古しているのか、服は所々よれていた。
「………人違い…?いやでもあれは絶対王子様のはず…そもそも何で私の体をすり抜けて………」
ユウはさらに深く考え込む。だが、考えても考えても答えなど出るはずがなかった。
「ついていってみましょう…!」
ユウは魔王子らしきヒトを追いかけた。既に彼は点に見えるほど遠くにいたが、ユウが全力で走るとすぐに追いつくことが出来た。
「王子様!王子様ってば!!…もう」
ユウは必死に声をかけるがまるで聞こえていないようだった。しばらくついていくと、彼は家らしき建物に入っていった。建物はシンプルな造りで、いくつかの四角のブロックでできているように見えた。表札には「明日空」と書かれている。ユウはまた見た事ない建物に出くわし玄関の前で立ち尽くした。
「どうしましょう…いくら気づかれないとはいえ、勝手に家に上がるのは……」
……パリーン!!!
「きゃああああ!!!」
「………!?」
どうしようかと困っていると、中から何かが割れる音と耳を劈く悲鳴が聞こえてきた。ユウは慌てて家の中に駆け込んだ。すると、玄関に繋がる廊下の壁に寄りかかるように女性がうずくまっている。ユウは抱き起こそうと彼女の肩に触れようとする…が触る事ができず体をすり抜けてしまう。
「また………あの!?大丈夫ですか!?聞こえてますか」
ユウの呼び掛けは一切届くことはなく、女性はただ下を向いてすすり泣いていた。女性が寄りかかっていた壁の向かいには扉があった。ユウは嫌な予感がして、ゆっくりとその扉を開けた。
「………王子…様?」
そこには先程の魔王子らしきヒトが倒れていた。彼の顔や手足にはかなりの数の痣があった。部屋の奥には割れたビンの破片が飛び散っていた。誰かが壁に向かってビンを投げて割れたのは誰が見てもすぐに分かった。そして、ビンを投げたのが誰なのかも——
「………この人は…?」
ユウの目の前には、ガタイのいい男が腕を組んで立っていた。片腕にはネックレスのようなものが握られていた。男は酒に酔ってかなり苛立っており、まるで威嚇する犬のように唸り声を上げて魔王子らしきヒトを見ていた。
「ノゾムゥ…?残りのバイト代はどこにやったんだぁ!?まさかコレを買うために使ったとか言わねえよなぁ!?」
男は苛立ちを発散するかのようにノゾムの腹を蹴りあげた。ノゾムは低い呻き声を発し、苦しそうに仰向けになる。
「…!何をしているんですか!?やめてください!!」
ユウは力一杯叫ぶ。だがやはり、声が届くことは無かった。
「……返してよ…それは……お母さんの…誕生日…プレゼントだから……」
「………こんな物より気ィ利かせて酒でも買ってこいや!」
今度はノゾムの横腹を蹴り飛ばした。男の気は済むどころか、益々ヒートアップしていた。
「ノゾムゥ……お前、誰のおかげで働けてると思ってんだ?お前はまだ13だから働けないだろ?だから俺が年齢なんて誤魔化せばいいって教えてやったじゃねぇか?怪しんだバイト先の店長に話つけてやったのも俺だろ?分かるだろ?これも立派な教育なんだよ…?分かるよなぁ…?分かってんだろうなぁ!?」
男は無茶苦茶にノゾムを蹴り始めた。ノゾムは必死に腕で頭を守っていた。しかし、段々とノゾムから力が抜け始め、痛々しい声を上げながらされるがままになっていた。
「クソが!フリマアプリに出してもどうせマイナスだろ!ふざけやがってよぉ!!」
ノゾムはもはや声を上げることすら出来なくなっていた。
「やめてください!!やめてください!!!…やめて…ください……やめて…」
何度叫ぼうともユウの声は届かず、ユウはその場に崩れ落ちてしまった。そのままユウはフッと気を失ってしまった。
「………あれ?」
ユウが気が付くと先程の家の前に立っていた。ユウは恐る恐る家の扉を開けようとする。
(この世界は…一体何なんでしょうか?なぜノゾムさんは、なぜ王子様そっくりで、あんなに酷いことをされて…この家に入れば…何か少しでも分かりますかね……?)
ユウは再び家に入っていった。廊下は妙に薄暗く、そして静かだった。だが、あの部屋からは怒号が聞こえてきた。ユウは震える手でその扉を開けた。
「お父さん…!私が悪いの!!だからもうノゾムには…!」
先程の女性が怒り心頭の男を止めようとする。だが、男には無言で払い飛ばされてしまった。そのまま、男は近くにあった灰皿でノゾムの頭を殴打した。
「っ!!……ぅあぁ………」
ノゾムは声にならない叫び声をあげる。耐えきれず、ノゾムはその場に膝立ちの状態で頭を押えていた。ノゾムはその間もじっと男を見つめていた。男は近くの椅子に座り、タバコをふかし始める。
「………ノゾムゥ……まだ反省してないみたいだな…」
(お父さん…?じゃあ、この人はノゾムさんの…!?何で…何でこんな酷いことを…!!)
ユウは怒りに震えていた。それでも、ただ見ていることしか出来ないのが本当に腹ただしかった。
「反省出来ないなら…お仕置だ……」
「……!?あ、あが…!?」
父親はノゾムの顎をつかみ無理矢理口を開けさせると、そのまま火のついたままのタバコを彼の舌に…
「ダメ!!!!!!」
ユウの声は届かず、辺りに肉の焦げる音が聞こえていた。再びユウは気を失ってしまった。
「……!?」
次に気がついた場所は既に家の中…父親によって虐待が起きていた部屋だった。ユウはそのままあの地獄を見る事になった。
「……やめてください!こんなの教育なんかじゃ!」
この後も、同じ事の繰り返しであった。父親の行う地獄のような光景を見て、気絶し、再び起きては地獄を見る、その繰り返しだった。
「何で言っても分からないんだ!?こんな不味いもの食わせやがって!!」
「あがっ…!あああああ!!!!!」
ある時は、ノゾムの手がコンロで焼かれ——
「洗濯ぐらいさっさと終わらせろや!日が暮れちまうだろうが!」
ブクブクブクブク………
ある時は、水を張った洗面器に何度も顔を沈められ——
「何だ…?裁縫も出来ねぇのか!?直せよさっさと!!」
「ーーーーーつ!!!!ああああああ!!!!!!!!!!」
ある時は、ノゾムは爪の間に針を刺された——
………………………何度繰り返したか分からなくなった頃…
「……………あれ?家の……外?」
ユウはが気がついたのは家の外であった。夕暮れ時のようで、空は茜色に染っていた。ユウはぼーっと家を眺めていると、遠くからノゾムが歩いてきていた。足取りはふらふらとしており、かなり弱っている様子だった。
「無理も……無いですよね…」
ノゾムはゆっくりと家に入っていった。ユウも重い足取りで、彼についていく。
「「……………っ———」」
2人は揃って玄関で足を止めた。ノゾムを庇っていた女性が、また壁に寄りかかるように倒れていた。だが、明らかに様子が違った。彼女の真っ白なワンピースは腹部のところから真っ赤に汚れていた。彼女の足元には…血溜まりができていた。
「お母さん…?お母さん!!」
ノゾムは母親の元に駆け寄る。彼が何度も肩を揺らしても、何度も声を掛けても、彼女は目を覚まさなかった。
…バタン!!!
急に扉が開いた。そこには、血のついた包丁を持った父親が立っていた。
「………お父さん…?」
「…酒を買って来いって言ったのに、反論してきて…ムカついたから…さ、刺しちまった…お、俺は悪くねぇ…!言う事を聞かなかったコイツが…!……そうだ、言う事を聞かない…お前の…お前のせいだ!!!」
父親は完全に錯乱していた。ノゾムのことも殺さんと襲いかかる。ノゾムは必死に抵抗したが、力の差は歴然だった。それでも彼は力を振り絞り、彼から包丁を奪い取った。それでも父親はノゾムから包丁を取り返そうと、掴みかかろうとした。
ズグッ……
生々しい音がした。ノゾムの手から血まみれの包丁が落ちる。ノゾムは自分の手の平を見た。彼の手は鉄臭い赤色に染っていた。唸りながら、父親は倒れ伏した。
「あ、あぁ……」
ノゾムは再び、包丁を握った。自分がした事に震えが止まらなくなっていた。扉の隣には姿見があり、ノゾムは自分の姿を見て呆然していた。彼はゆっくりと目を閉じる。そして、手に持っていた凶器を
ズグッ…
自分の腹に刺したのだった………
「……………もういいか?」
光に包まれた異空間にユウと魔王子が横たわっていた。ヴィッタはそんな2人を冷たく見下ろしていた。
(俺のフルパワーの幻術をかけたのに隙が全く無かったが…ようやく簡単に殺せる程度まで弱体化出来たようだな…まさか5分もかかるとはな……他の勇者なら2秒もかからんのに…)
「終わりだ!死ねっ……!?」
ヴィッタが2人の息の根を止めようとしたその時、光が一瞬で消滅し、元の草原に戻っていた。ヴィッタは何が起きたのか分からず唖然としていると、いつの間にか寝ている2人のそばに杖を持ったローブの女が立っていた。女はローブを脱ぎ捨て魔王子のところへ近づく。艶のある銀色の髪、純金かと見間違う美しい金色の瞳。彼女は正しく天使の如き美しさだった。女はそのまま、彼の頭の近くで立て膝をついた。
「あぁ、可哀想な美少年!こんなにも弱ってしまって…!これは今すぐに人工呼吸が必要だ!多分必要!きっと必要!絶対必要!うん、必要だね。よし、しよう」
女はわざわざリップクリームで唇を整え、そのまま彼の口へ…
「ノゾムさん!!!!!!!!!」
「うわぁ!?びっくりした!」
ユウがまるでバネのように勢いよく起き上がった。さすがの女も驚いてユウの方へ振り返った。
「あれ…?」
「目が覚めたかい?おかえりなさい、大勇者」
「アナタは…?それより、私が見たものは…?」
ユウは状況がまるでよく分からず、涙目になりながら魔王子を見つめていた。
「ぐっ…!クソが!」
「…しっかし、趣味悪い力を使うんだねぇ…ヴィッタ」
女はヴィッタを見上げる。心做しか目には怒りが籠っていた。
「う、うるさい!なぜ邪魔をした!天界の存在は我々に不介入ではなかったのか!?」
「…確かにそうだ。でも、私は今回の戦いを見ていて、偶然たまたま運の悪い事に君の術に巻き込まれてしまったんだ。だから仕方なく、君の術を解いた…立派な正当防衛だよね☆」
「ふ、ふざけるな!そんな事がまかり通るか!」
「うるさいなぁ…じゃあまたかければいいじゃん。でも、そしたらまた私を巻き込むことになるけどね。その時は…容赦できないよ」
「ぐ、ぐぐぐ…」
女に脅され、ヴィッタは何も言い返せず苦虫を噛んでいた。
「うぅ…一体何が……」
「…君が見たのは夢だよ、大勇者…でも、夢ではあるが過去に本当に起きたことでもある」
「……へ?」
ヴィッタを尻目に女はユウの方へ向き直った。
「…私は、ウリル…まぁ『天士』って言えばいいかな、天界の戦士と言ったところさ。で話を戻すけど、君が見たのは魔王子君の記憶なんだ」
「え?…それじゃあ……」
「あの時の彼の名前は『明日空ノゾム』。この世界とは別の世界、具体的には科学が発達した世界で生まれた心優しい青年だった」
「………?どういう事ですか?」
「…君は見ただろ?彼の最期を。彼は自死によってあの世界での命を終わらせた。自死とはいえ、彼の清らかな心であれば天国に行けるはずだった。…でも、色々あってこの世界に新しく生を受けることになったんだ。」
「…色々ですか?」
「うん…ただ、そこはまだハッキリと言えない。不用意に言えない事情があるんだ…それで、転生する事自体はあるんだけど本来転生するなら、神の手によって以前の記憶は全て洗い流される。でも、彼はそうじゃなかった…その色々のせいでね」
「……………」
ユウは俯いたまま、魔王子の元に近寄り、彼の手を握った。
「……彼の記憶はかなり思い出されている。割と前から前世のことを思い出してたんじゃないかな?」
「……心当たりはあります」
「そっか………」
ウリルは優しくユウの頭を撫でる。同時にユウの涙腺が決壊した。
「私…王子様がごんな辛い思い出があるなんて知らなぐっで…ぞれなのに……私…甘えてばっかりで……」
「……やっぱりムカつくね…ヴィッタの力…」
ウリルはヴィッタを睨みつける。
「本来、魔法では余程の条件が揃わなければ他者の精神や記憶に介入することは絶対に不可能だ。アイツは、ヴィッタは魔力は使うが魔法は使っていない。魔力で自分の生命力を高めて、魔法とは別のサイコキネシス…つまり異能を発動して、他者の記憶を無理やり掘り返すんだ」
「…それで、相手を心から苦しめて力を削ぐ……」
「苦痛な記憶を一瞬の内に一気に流されたらそりゃあ辛いさ…魔法じゃなくて、異能だからね…なまじ力を持って生まれたから大勇者にも効いてしまったんだろう。それでも、君には完全に効いたわけではなかったみたいだけどね」
「………!!何故そこまで!?」
ヴィッタはかなり動揺していた。ユウの目にも怒りの色が見え始めていた。
「天界の事情には詳しいのに知らないの?天士はね、相手の心を読んで特性や持っている力を見ることができるんだ。便利だろう?…よく隠し事をする君には最悪かもしれないけど」
「クソッ!クソがーー!!バカにしやがってー!!!」
ヴィッタは激高し、魔力を爆発させる。だが、ユウは全く取り乱してはおらず、逆に恐ろしくなるほど冷静だった。
「……王子様の、人の記憶をなんだと思ってるんですか?」
「決まっている!道具だ!道具!!使えるものを使って何が悪い!?テメェらもぼーっと俺たちを見てる魔物共も何もかも…俺様がのしあがるための道具なんだよォ!!!!!」
プツンとユウの中で何かが切れた。
「ーーーーーーッ!!!!」
ユウの中から力が爆発する!
「な…あ……」
「目覚めたね…大勇者の力」
ユウの体からは白金の魔力が吹き出していた。彼女の青いマントには剣のような紋章が刻まれている。
「…終わらせます」
「……ふざケやガッてぇぇエエエ!!!!!」
怒りのままにヴィッタが向かってくる。ヴィッタは自身に残った魔力ほぼ全てを光球にまわし、全力でユウに向かって突進していく。ユウはゆっくりと剣を構え、力を剣に集約させていく。
「成りタテの大勇者ニ負ケ……………あえ?」
「……勇撃」
勝負はあまりにも一瞬だった。ヴィッタの体がユウにぶつかる寸前、彼の体はキレイに真っ二つに斬られ、それぞれがユウの真横を通り抜けていった。
「…ウソダ……俺様ガ………ぁピ」
ヴィッタの肉体は醜い塵となり、美しい夜空に吸い込まれていったのだった。




