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7.一緒に夜更かしした貴女は、私の亡骸を抱いて泣いた

 エリーナはヴィクトリアの素行の悪さを監視する役目を任されていた。彼女は神官たちの中でもずば抜けて真面目で、成績も優秀だったことから、神父たちはこれでヴィクトリアも少しはマシになるだろうと思っていたようだ。


 実際、ヴィクトリアは上司の言うことだろうと気に食わないと突っかかるし、直属の先輩を作ったところで喧嘩の種が増えるだけなのは明白だった。それよりもしっかりとした後輩がつくことで、身を引き締めさせるほうがまだ〝目〟があるというわけだ。


 それが半年前の出来事。


 成績は優秀で真面目だが現場での判断が遅く、狼狽えることも多かったエリーナを、丁寧に指導するヴィクトリアの姿には神父や上司たちは感動を覚えていただろう。


 不良も後輩相手にはしっかりする―――そう思われていた。


 だが実際は逆だ。


「ほら、ここはテキトーに済ませておかないと、残業確定よ? 報告書は前回書いたものを書き写しときゃいいのよ。どうせ神父は見ないんだし」


「い、良いんですか!?」


「買い出しは一〇分で済ませること。残りの五〇分は酒場で時間潰したいし」


「え、えぇぇっ! 仕事中ですよ!?」


「どうせこの時間帯、大きな事件がないかぎりは教会も暇だからさ。待機中にくだらない教典読むのも嫌でしょ?」


「そりゃあ、そうかも、しれないですけど……」


 むしろエリーナのほうが不真面目になりつつあった。神父たちの思惑が逆効果でしかなかったわけだ。


 そんなある日だった。


 療養中の人々の見守りのため、教会の宿直をエリーナと二人でしていたとき。皆が寝静まり、静かになった教会の長椅子でぐったりと寝そべっているヴィクトリアに、戸締りを終えたエリーナは歩み寄って言った。


「戸締り終わりました。今日は夜更かしさんもいないようです」


「ご苦労! じゃあ、私たちが夜更かしさんになりましょ」


 ヴィクトリアは足元に忍ばせていた革製のバックから、蒸留酒の入った瓶を二つ取り出して言った。


「私まだ未成年ですよぉ……」


「真面目ねぇ……」


 そう言って、ヴィクトリアは自分だけ瓶の蓋を開けて、エリーナにはオレンジジュースの入った瓶を投げ渡してやった。エリーナは「はわっ」と驚きつつも、見事キャッチしてみせる。


「ヴィクトリア先輩って、優しくて強くて頼りになるのに、不真面目なせいで損していますよね」


「ンあ? 私が?」


 瓶の中に入った蒸留酒を瞬く間に飲み干したヴィクトリアは、エリーナをジトッと見て聞き返した。


「そうです。私これでもヴィクトリア先輩のこと尊敬しているんですから」


「ダメダメ、こんなやつ尊敬しちゃダメってば! もっと尊敬するべき人物がいるでしょ!? サリィ先輩や、グェランテ先輩、あのクソ神父だって昔は凄かったって……」


「私は!」


 酒が入ってもいないのに顔を真っ赤にしたエリーナは、オレンジジュースを一気に飲みしてヴィクトリアを見つめた。


「怪我人が運ばれてきたとき誰よりも先に動いて、苦しんでいる人には休憩時間中もずっと寄り添っていて、子供たちに遊んでとせがまれたら絶対に断らなくて、そんな強くて優しいヴィクトリア先輩に憧れているんです!」


「…………」


 ヴィクトリアはビックリして、思わず二本目の蒸留酒を伸ばそうとしていた手が止まる。


 強くもなければ、優しくもないのに。自分が一番可愛くて大事で、他人は二の次だと思って生きてきたのに。まさか真逆のことを言われるとは。


「私、ヴィクトリア先輩のような神官になりたいです」


 ヴィクトリアは、別に好きで神官をやっているわけではなかった。


 騎士になるためには魔法士になる必要がある。そして魔法士になるためには、魔法学院に通わなければならなかった。


 騎士に憧れて、両手が光の魔紋だったとしても諦めきれず、魔法学院に入学した。だが騎士の養成学校の認定試験には毎年のように落ちて、どうすることもできない壁にぶち当たって、それで諦めた。せっかく魔法士にはなれたので、それで働き口を探そう―――そう考えて神官になった。女神に対する信仰もなければ、無償の愛で救いの手を差し伸べるような人間でもない。


「私なんて……」


 どうせ騎士になり損ねて落ちぶれた女よ。挫折経験を思い出したヴィクトリアは、卑屈な感情のままにそう言おうとした。


 だが、エリーナのまっすぐで純粋な瞳がこちらに向いていることに気づき、ヴィクトリアは無理にでもその先の言葉を飲み込み、そして別の言葉を吐いた。


「ありがとうね、エリーナ」


 この子は本当にそう信じてくれている。ヴィクトリアが素晴らしい人間だと。


 それは自分では間違いだと思うかもしれないけれど、だからといってエリーナの感情を否定したいとは思わなかった。むしろ逆だ。


「私は強くて優しいヴィクトリア先輩よん。これからもどんどん尊敬しなさい」


 せめてエリーナの前では、強くて優しいヴィクトリアでいよう。澄み切った綺麗な心を持つ少女の前では、自分も最高級の宝石のように輝いていなければ。


「はい! これからもよろしくお願いしますね、先輩!」


 この子の前では、誰にも誇れる立派な神官であり続けようと思った。はじめて自分が騎士ではなく神官で良かったと、心の底から思える瞬間だったのだ。







 炎のなか、ヴィクトリアはその亡骸を抱きしめる。


 ああ、なんて冷たいのだろう。


 なんで辛くて苦しくて怖いのに、自分のために笑顔なんて作ってくれたのだろう。


 こっちがありがとうと言うべきだったのに、なんであの子のほうが言ったのだろう。


「エリーナ……ッ」


 強くなんかない。


 優しくなんかない。


 ヴィクトリアは肩を揺らし、瞳から溢れ出る涙を止めることもできず、ただ天を仰いだ。気づけば茜色に染まった空。それは血だまりに見えた。どこもかしこも死体だらけで、血の臭いが消えてくれない。聞こえるのは悲鳴と獣のような声の二重奏。


 ヴィクトリアは天に向かって、どうしょうもない怒りと悲しみを叫び続けていた。

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