1.異世界転移者には気をつけロ
「あなたは前世にて、理不尽で酷い死に方をしましたね」
女神は、目の前の汚れた服を着ている男に言った。虚ろな目をした男は今の状況を飲み込み切れていないのか、呆然とした様子で口を開く。
「はい。トラックに轢かれて……」
「うんうん。だから異世界に転移してやり直―――」
「タイヤで下半身が潰れたけどまだ息があって。上半身だけの体で地面を這っていたところを、群がってきた奴らに……内臓を喰い漁られて……」
「ちょっと待って、そこまではいらない。あ―気分悪くなってきた。グロいの苦手なのよ、私……。女神様だから勘違いされるだろうけど、心は人並みに繊細だから」
女神は頭を抱えた。金色の瞳が濁り、口が〝うぇーっ〟と開かれる。本当にダメみたいだ。
ここは聖域。女神がこの世界の秩序を維持するために創られた空間だ。正六面体の広大な空間に一〇〇本以上の柱が立ち並んでいる。壁面は全て本棚となっており、この世の全てが記された書物が一面に並んでいた。
この空間において、女神と男は米粒ほどの大きさだ。そのスケール感の違いに圧倒されたのか、男は視線が定まっていない。
「すみません……うっ」
男は頭を抱えて、大きくよろけた。女神様は男の手を掴んで支えると、青白くなった男の表情を覗き込んだ。
「大丈夫? 女神の力で外傷は治癒したけど、死んだ直後だと思うから気が動転しているのかもね。休憩室あるから、そこで休んでから説明聞く? あなた以外にも転移者はいるし、その人たちと順番を入れ替えてもいいわよ」
「ああ、いえ、続けテくれると……」
「わかったわ。じゃあ続けるわね。あなたはこれから異世界転移して第二の人生を送るの。その上で、また酷い死に方をしないように、女神様から特別に【スキル】をプレゼントしようと思っているわけよ。そうね、無難に【魔法攻撃無効】とかにしよっか」
女神はどこからともなく取り出した書物を開いて唱えると、書物の中の文字が空中に浮かび上がり男の体の中に入っていった。
「なンです、カ。これ?」
「だから【スキル】といって……説明聞いてた?」
「…………」
「あー、やっぱ休憩してからに」
「ア……アァ……ガォ……ッバ、イ……」
「ん? おっぱい? 気になる?」
女神は自分の服装を指さした。全身真っ白なシースルーのドレスに、大きく左右に開いた胸元には魅惑の谷間がある。腰まで伸びた艶やかな金髪が、見えそうで見えない乳房の中央部分を上手に隠していた。
「たしかにこれはちょっと狙いすぎよねぇ―――」
次の瞬間、その妖艶な恰好が赤黒い血に染まった。
「え」
「アァァァアァァァッ!」
獣のような叫び声がした。
ブチッブチッと、首筋から肉が引き裂かれる音がする。なにが起こっているのか理解できないまま、女神の視界はみるみるうちに真紅に侵されていく。
「あ……あぁっ」
理性を失い生ける屍―――すなわちゾンビと化した男は、女神の首元に吸い込まれるようにして噛みついて、肉を貪っていた。
女神は〝こちらの世界〟に才能ある人材を転移させようとした。少し女神が力を渡せば、彼らは現代で得た知識とかで世界をより良くするはずだと考えて……。
しかしミスが二つあった。転移者を選定する先の世界を〝ゾンビによる文明崩壊が起きた終末世界〟にしてしまったこと。そしてもう一つは、転移させようとした男の外傷だけしか治癒させなかった結果、男が感染していたウィルス―――Zウィルスをそのままにしてしまっていたこと。
女神は首から血飛沫を撒き散らしながら倒れる。しばらく女神の体は痙攣したような動きをしていた。白目をむいて、口からは泡を吹き出させている。
そして一〇秒後、女神の体は完全に停止―――再び起き上がったとき、こう叫んだ。
「アァァァァアアアァァアアァアアアァァァアッッッ!」
女神は獣の如く叫び狂い、次なる獲物を探し始めた。
Zウィルスは常に進化を続けている。
女神の与えた魔法攻撃無効スキルは、そんなZウィルスの進化要因となったのだ。
やがて全てのゾンビの体内にあるZウィルスが、共鳴反応により魔法攻撃無効スキルを獲得することとなる。
魔法こそが最大の武力である世界において、それが絶望的な状況であることは誰の目にも明らかだった。
もっとも、人々がそれを思い知るのは、少し先の話であるが―――。