精霊が見た鉄の鳥
オーストラリアのその砂漠で、精霊たちは踊っています。大きな岩の周辺で、ルンルンランラン踊り続けます。人の姿が滅多にないのは、この場所は精霊の住む土地だからと、人間たちが気を使っているのです。お陰で精霊たちは、この聖なる土地で自由にのびのびと過ごすことが出来ます。今日もやんややんやと、砂漠の動物たちと一緒に仲良く火を囲っていました。
「やぁ! カンガルーさん! 今日は良い夜の日だ!」
「やぁ! 精霊さん! そうだね今日は良い日だ!」
ぴょんぴょん跳ねて喜びます。他にも蝙蝠さんやサソリさん、色んな動物と精霊さんはお話しします。そして夜空を見上げると、いくつか流れ星も見えました。動物たちが見る中で、一人の鳥が精霊に話しかけます。鋭い眼光のハゲタカが、精霊にペコリと頭を下げました。
「よぉ精霊。今日は澄んだ夜空だな」
「やぁハゲタカさん。珍しいじゃないか、キミは滅多にここに来ない。どうしたんだい?」
ハゲタカさんは嫌われ者ですし、ハゲタカさんも一人が好きなのか、あまり群れません。だから滅多にここに来ないのですが、だからこそ精霊は気になりました。ハゲタカさんは言います。
「空の果て……宇宙を見ていたんだが、鉄の鳥がこっちに飛んできている。もしかしたらこの辺りに、流れ星として落ちてくるかもしれない」
「ええっ!? そうなのかい!? 大丈夫かなぁ?」
「分からない。ただ、たどり着く前に力尽きるかもな……正直、見てられないぐらいボロボロだ。あんな状態でよく飛んでいられるものだ」
ハゲタカさんは目が良いので、鉄の鳥が見えるそうです。いつもは厳しいハゲタカさんですが、信じられないほど悲しく、優しい目つきをしていました。照れくさくなったのか、その後すぐにハゲタカさんは去ってしまいます。
そんなことがあってから、どれぐらい経ったでしょうか? 滅多に人が来ない土地ですが、珍しい事に人間が祈りを捧げに来ました。頭を下げた人間が、精霊さんたちに話しかけます。
「お聞き下さい精霊よ。遠い国の鉄の鳥が、はるか遠くの星の欠片をついばみ、地球へ帰ってくるそうです。願わくばこの地に、一つ流れ星が降る事を許していただきたい。そしてその流れ星を拾い上げる事をお許しください」
人間の言うことを聞き入れた精霊は、こう返しました。
「夜は僕らの時間だから、朝日が出るまでは入らないで。その後ならいいよん」
「あ、ありがとうございます!」
ぺこぺこと頭を下げる人間を、精霊は見送ります。なるほどハゲタカさんが見ていたのは、人間の操る鉄の鳥だったのでしょう。彼が見ていた方向を見ると、遥か遠くに気配がします。一日、また一日と過ぎるたびに、確実に鉄の鳥はこちらに飛んで来ているのです。そして日に日に大きくなっていく姿は、全体が傷だらけでした。
「あれが鉄の鳥……『はやぶさ』か」
精霊はその鳥の姿を見つめます。ハゲタカさんが言った通り、なんで動けているのか不思議なくらい、鉄の鳥はボロボロでした。精霊はその鳥に話しかけます。
「君が……信じられない。よく戻って来たね」
鉄の鳥は、傷だらけの体で一度だけ答えました。
「誰もあきらめなかった。みんな信じてくれた。だから、帰ってこれた。今から託す星の砂も……仮に中身がなかったとしても、きっと怒ったりしない。だから帰ってこれたんだ」
その鳥は、静かに役目をこなし続けます。信じられないほどの傷を負った鉄の鳥は、真っ直ぐこちらへ飛んできます。役目をすべて果たしたその鳥の最後の役目は、自分の体を焼きながら、精霊のいる場所に星の欠片を落とす事――
そこまでして、そうまでして、その鳥は星の欠片をここに届けに来たのです。精霊が見守る中、夜空では鳥が光の粒になっていきます。
それは予定された流れ星。自らの存在と引き換えに、仕事を忠実にこなした栄光の煌めき。命を持たない鉄の鳥は……確かに生命の光ような、あるいは涙のような光を発しながら散っていきます。
流れ星の光は短く、輝きは徐々に収まり消えていきます。何もかも消えてしまうと思いきや、一つだけ小さく光が残っています。鉄の鳥が残した贈り物――自分を燃やし尽くして尚、消える事のない空からの贈り物――
「ここだ、ここだ、こっちに来い! 君の目指すべき場所はここだ!」
精霊はそれを受け取るべく、流れ星になった鉄の鳥の贈り物を導きます。散っていった彼は、最後まで役目を果たしました。ほぼ完ぺきな場所に、星の欠片を地球に届けたのです。
これが――最初の鉄の鳥の話。
まだ、話は終わっていなかったのです。
それから、また何年もたったある日、ハゲタカさんが精霊さんに言いました。
「また鉄の鳥が来る。今度は随分と綺麗なままだ」
見上げた空に輝くのは、燃え尽きた鉄の鳥の後継者――今度はほとんど無傷のまま、星の果てから帰ってきます。またしても拝みに来た人間の様子を見て、またここに流れ星が降るのだと、精霊たちは喜びます。すぐそばに二番目が来たところで、精霊はまた鉄の鳥に話しかけました。
「やぁ、確か君は……はやぶさ2だったね」
「あぁ、あなたがオーストラリアの……兄がお世話になりました」
「うん……最後まで見届けたよ。君は……すごいな、本当に無傷じゃないか」
「兄が残してくれた記録のお陰です。これで、もう一つの任務をこなせる」
「もう一つ?」
それは、兄が果たせなかった願い、本当はこなせたはずの目的です。彼は精霊に告げました。
「本当は、星の欠片を落とした後――宇宙に戻るはずだったんだ。けれど兄はもうボロボロで、宇宙に戻るだけの力は残っていなかった。けれど僕は無事だから、この後また宇宙に戻って、別の星を見に行くんだ」
「じゃあ……君とはもうお別れなのかい?」
「そうだね……故郷に戻るのはこれが最後。また遠くへ行かないと。すいません精霊さん。ここから慎重に動かないと」
緊張が伝わり、精霊は静かに動きを見守ります。一通り落ち着いたのか、鉄の鳥は今の状態を話します。
「地球に限界まで近づいて、カプセルを投下します。でも重力に引っ張られて、流れ星にならないようにしないと」
「わかった。そのカプセルはこっちで受け止めるよ。君は――」
何かを言おうとして、精霊は口を閉ざしました。
もう腹を括っているのです。今更とやかく言う事ではありません。精霊に出来ることは見守り、一度目より小さな流れ星を受け取る事だけです。
鉄の鳥は限界まで地球に近づき、星を詰めたカプセルの蓋を閉めます。集中し研ぎ澄まされた目で、星を詰めたカプセルを投下しました。
「カプセル投下。これより地球から離脱――」
地球の重力に引かれる、一筋の光。遠くにある星を集めて、パンパンに詰めたカプセルは流れ星となって、砂漠の精霊の下を目指します。そして大仕事を終えた鉄の鳥は、逆にグングン高度を上げて宇宙へ飛んでいくのです。
もう一度星を見るために。
もう二度と戻らない地球を振り切って。
精霊さんは流れ星を見つめながら、遥か遠くへ飛んでいく彼へ言いました。
「――行ってらっしゃい!」
鉄の鳥は振り返ることなく、別の星を目指して飛んでいきます。
二度目の流れ星の光は小さく。けれどしっかりと、地上に届いたのでした。