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短編

精霊の花

作者: 鳥飼泰

世界には様々な精霊が存在している。

そのうち、太陽の精霊のような主要なものたちは唯一神ラミーが作った。

その他の様々な精霊は、なにかのきっかけで自然に生まれてくる。

虹の精霊リースも、あるとき雨上がりの朝の湖で生まれ落ちた。朝日に輝くその姿の美しさに、湖にいた他の精霊たちはみな、うっとりとため息を吐いた。


リースが生まれるとすぐに、太陽の精霊シムナスがとても先輩風を吹かせて、うっとうしいくらいに構ってくるようになった。

シムナスは太陽のように明るい性格の博愛主義で、悪気はない。精霊の中でも最高位の存在ゆえに、新しい精霊のことは全て自分の弟妹のように思っている節があり、構いたがりだったのだ。

生まれたばかりのリースは、そんなシムナスをあまり邪険にするわけにもいかず、うまく対応できずに困っていた。


「リース、この世界には慣れたか? 私が空を案内してやろう」

「…………あの、ありがたいけれど、」


その日も、シムナスがやって来てリースを連れ出そうとしていた。だがリースはこれから南の方へ仕事に行かなければならない。

そのことを理由に太陽の精霊の誘いを断っていいのかが、生まれたばかりの虹の精霊には判断がつかなかった。力の強い太陽の精霊を怒らせると、どうなるか分からない。

どうしたものかと眉を下げて微笑んでいると。


「……女性を困らせるのは、よくない」


リースの視界が、突然黒い背中で覆われた。

見上げれば、そこには雨粒のようにしっとりと艶のある黒髪。

太陽の精霊との間に、雨の精霊が割り込んでくれたのだ。


「なんだ、アリオ。珍しいな」

「たまたま通りかかった。シムナス、虹の精霊にも都合があるだろう。無理に誘うものではない」

「ん? そうなのか?」


雨の精霊アリオの背中から顔だけ出して様子をうかがっていたリースは、シムナスに目を向けられて慌てて答えた。


「え、ええ。これから南へ行かなければいけないの」

「なんだそうなのか。それは悪かったな。じゃあ、また誘うよ」


断られたことに気を悪くした風もなく、太陽の精霊は去って行った。


「…………断っても良かったんだ」

「シムナスはおおらかな性格だから、そうそう怒ることはない。むしろ、はっきり言わないとこちらの都合などお構いなしに好き勝手しようとするから、不都合があれば伝えた方がいい」

「そうなのね」


ぽつりと呟いたリースの言葉に、アリオが丁寧に答えてくれた。


リースはこのときまで、雨の精霊と親しく話したことはなかった。アリオはあまり他の精霊と付き合うような性格ではなく、どこかで出会っても挨拶くらいしかしないからだ。

だが、困っているところをかばってくれた背中は安心感があるし、リースを見つめる雨雲のような黒い瞳は思ったよりも穏やかだった。


「あの、……助けてくれてありがとう」

「いや。君が困っていたみたいだから」

「ええ。シムナスが気にしてくれるのはありがたいけれど、ちょっとおせっかいすぎて困るわ」

「新しい精霊は、みなそう言うさ。そのうち慣れる。頑張れ」


励ますようにアリオが微笑む。その穏やかな優しい笑顔に、リースの心がことりと動いたのかもしれない。

気がつけば、虹の精霊は雨の精霊に恋をしていた。




それ以来、リースとアリオの交流が始まった。

虹は雨の後に出るものだから、顔を合わせる機会はちょくちょくあったのだ。以前は挨拶程度だったものが、リースから距離を縮めていくと、そのうちにアリオもリースを見て微笑んでくれるようになった。その笑顔を見るだけで、リースは幸せな気分だった。


お互いに時間があれば、一緒に過ごすこともある。

霧雨を降らせた後の湖で、リースが虹を出している間、アリオも隣に腰を下ろしていたときのこと。


「……器用だな」

「そう?」


リースがひらりと手を振って小さな虹を出してみせると、アリオが感心したように言った。これくらい、虹の精霊には簡単なことだ。


「私は雨を降らせるのは得意だが、それ以外のことはあまり」


そう言って、アリオが手をかざして小さな水玉を宙に浮かせた。だがそれはすぐに大きく膨れ上がり、ばしゃりと弾けてしまう。飛散した水滴が顔にかかり、アリオは悲しそうに眉を下げた。


「ほら、すぐに破裂してしまう」

「ふふっ。アリオったら、ずぶ濡れだわ」


アリオは持つ力が大きすぎて、細かく操るのが苦手なのだろう。

顔に張りついた黒髪をリースが手を伸ばしてよけてやれば、アリオは目を閉じて素直に受け入れる。他人が触れることを好まない性格であるのに、こうしてリースが触れることをアリオは嫌がらない。そのことにリースは嬉しくなって、小さく微笑んだ。



そうして時間を積み重ね、ふたりはずいぶんと親しくなった。アリオからの好意をリースは感じている。だが、好きだと言われたことはない。

アリオと過ごす時間に幸せを感じながら、この関係を確かなものにしたいとリースは願っていた。


そんな折。

唯一神ラミーが、神の庭で宴を開くと告げた。

神の庭での宴はラミーの気まぐれにより開かれるもので、多くの精霊が参加する。

ラミーは母性の強い女神で、自分の子供のような精霊たちが親しくなることをとても喜ぶ。そのため、神の庭の宴において、男性が自分の力を練って作った精霊の花を贈り、それを女性が身につけることで、ふたりは心を通わせたのだということを周囲にお披露目する慣習ができていた。


「神の庭での宴は、久しぶりだ」

「そうね。…………今回は、花を身につける精霊がいるかしら」

「どうだろう。リースは身につけてみたいのか?」

「…………ええ、憧れるわ」


リースは、アリオからの花が欲しかった。




「ちょっと、リース! どういうことよ?」

「なにが?」


神の庭での宴が近づいてきたころ、湖で他の精霊たちと水浴びをしているリースのもとへ、春風の精霊が飛んで来た。


「あ、その様子ではまだ知らないわね。アリオのことよ!」

「……アリオがどうかした?」


春風の精霊に限らず、風の精霊たちは噂好きだ。今回も、なにかの噂を聞いて、リースのもとへ来たのだろう。

それがアリオに関係するらしいと聞いて、リースは少しどきりとした。


「雨の精霊が花の精霊と仲良くなったって、みんな言っているわ。今度の神の庭の宴で、精霊の花を贈るんだって」

「はあ?」


新しい精霊は自然と生まれ落ちるので、神ラミーが生んだ精霊以外は同じ役目を持つものが複数存在する。

虹の精霊もリース以外に何人かいるし、件の花の精霊もたくさん生まれている。

だが、雨の精霊はラミーから生まれた精霊だから、アリオ以外にありえない。


「……なにかの聞き間違いじゃない?」


風の精霊が運ぶ噂はいい加減なものも多いので、リースはすぐには信じなかった。周囲と積極的に付き合わないアリオと最も親しくしているのは自分だと、リースは思っている。そのリースが、そんな話をアリオから聞いたことはなかった。

なにより、アリオが他の精霊に花を贈るなど、信じたくなかった。


だがそこへ、湖で同じく水浴びをしていた花の精霊が話に入ってきた。


「その話、私も聞いたわ。相手の花の精霊は、私たちの中でも生まれたのが早かった、先輩格のひとよ。落ち着いた雨の精霊とはお似合いねって、みんな言っていたもの」


この花の精霊は、リースがアリオと仲の良いことを知らないのだろう。無邪気に噂を信じて祝福している。


同じ花の精霊が言うなら、この話は本当のことなのかもしれない。少なくとも、ここまで広まるほどのことが、なにかあるのだ。

そう思えば居ても立ってもいられず、リースはすぐに湖から上がってアリオのもとへ向かった。



リースが探し当てたとき、アリオは花の精霊のひとりと一緒だった。華やかな花の精霊にしては落ち着いた雰囲気のその精霊は、きっと湖で聞いた噂の相手なのだろう。

ふたりは、顔を寄せてなにやら話していた。


(仲が良さそう…………)


ふたりの親密な雰囲気にリースは近づくことができず、立ったままじっと見つめてしまう。


相手の精霊は、落ち着いているといっても花の精霊らしい桃色の髪をふんわりと結い上げて、香るような可愛らしさがある。

一方でリースの持つ白銀色の髪は、光の角度によってきらきらと煌めく美しさがあり、派手すぎないところが黒髪のアリオともお似合いだと自負していた。だが、アリオの好みが花の精霊のような可愛らしい女性であったなら、それはまったく長所ではない。


アリオにはっきり好きだと言ってほしいと思っていたが、そもそもアリオが好きなのはリースではないのかもしれない。そんな望みはおこがましいものだったのだと、リースの自信はがらがらと音を立てて崩れた。

だが、虹は美しさで人間たちを魅了するもの。リースも虹の精霊として美しさには誇りがある。そのリースに対する、アリオのあの思わせぶりな態度はなんだったのだと、徐々に怒りがこみ上げてくる。


意気込んだリースは、歩を進めてふたりへ近づいた。

すると、近づく気配に気づいたアリオが顔を上げて目を見開く。その、いかにもまずいところを見られたといった表情に、リースはむかっとした。


「もう、アリオなんか知らない!」


ばちんと音がするくらいの勢いで、リースはアリオの頬をたたいた。

いきなり頬を打たれたアリオはぽかんとしていたが、リースの目に涙が浮かんでいるのに気がついて手を伸ばそうとする。

だがそれよりも早く、リースは踵を返してその場から逃げ出した。


「ま、待てっ」


慌てたような声が聞こえたが、リースは振り返らなかった。



翌日から、リースはアリオのことを徹底的に避け始めた。

アリオが会いたがっていると風の精霊に聞いても、決して会おうとはしない。

仕事が重なりそうなときには、他の虹の精霊に頼んで代わってもらうほどだった。

そのうちに、天気が不安定になり、あちこちで長雨が降るようになった。雨の精霊が落ち込んで降らせているのだと、精霊たちは噂した。


そんな状況を見かねて、太陽の精霊シムナスがリースのもとへやって来た。

シムナスは、リースがこの世界に慣れてくるとそれほど構いに来ることもなくなっている。適度な距離を置けば、シムナスは親切で頼りになる、付き合いやすい精霊だった。

だが、そんなシムナスの太陽のように光り輝く姿は、今のリースの気分にはそぐわない。


「おいおい、なにがあったか知らないが、許してやったらどうだ」

「なにが?」

「アリオのことだ。分かっているだろう」


生まれたばかりのころのリースは、シムナスにどう対応して良いのか分からず困ったものだが、今では付き合いも長くなって無駄な遠慮はしなくなっている。

だから、ここで素直に聞き分けたりはしない。


「…………別に、私はなにもしていないわ」

「そんなわけないだろう。あれの落ち込みようがひどすぎて、手がつけられない。天気にまで影響が出ているじゃないか。こんなに雨ばかりだと、私も力を発揮するのが大変なんだ」

「………………」


とても困ったという風に訴えてくるシムナスに、だがリースはつんとそっぽを向いて答えなかった。

そんなリースの様子を見て、シムナスは小さく息を吐いた。


「はー。お前も頑固だなあ。……それなら仕方がない」


次の瞬間、ぐっと背中を押された感覚がして、虹の精霊はどこか別の場所へ落とされてしまった。

素直になれよと、背後で太陽の精霊の声が聞こえた気がした。


そうして、顔を上げれば。


「…………リース?」


そこには、驚きに目を見張っているアリオ。

雨雲のような黒い瞳が、今はさらに暗く曇っている。


「っ、」


その姿を認めたリースは考える間もなく立ち上がり、慌てて逃げ出そうとした。

だがアリオが素早くその腕を掴み、胸の中に抱き込む。


「やだっ、離して」

「離さない。リースが逃げるから」


ますます力を込めて抱きしめられ、久しぶりのアリオのぬくもりに、リースは涙腺が緩みそうになるのを堪えるのが大変だった。


「……逃げないから、離して」

「………………やっぱり、いやだ。もう少しこのままで」


だが、子供のような駄々をこねて、アリオは腕を解こうとしない。


「ああ、久しぶりのリースだ…………」


リースの白銀の髪に頬を寄せるアリオが、思いを込めて呟いた。

そういえば雨の精霊は太陽の精霊とともに神ラミーから生まれた存在だから、ふたりは兄弟だったなとリースは思い至った。こうして自分の希望を通してしまうところが、似ていなくもない。リースがここへやって来たのは、問答無用でシムナスに押し出されたからだ。


「あなたって、意外と自分勝手だったのね」

「……私も知らなかった。でも、君に関することは譲れないのだと、この数日でよく分かったから」

「…………」


この思わせぶりな態度と言葉を、リースはどう受け取ればいいのだろう。

緩まない腕を押しのけるべきかと悩むリースに、アリオが言った。


「好きだ」

「え?」

「リースが、好きだ。だから離したくない。どこにも行かないで」


それは、ずっと欲しかった言葉。

だが、今のリースは素直に受け取ることができない。あのときの、花の精霊との親しげな様子とアリオの気まずげな顔は、どう判断すればいいのか。


「でも、アリオは花の精霊が、」

「…………あれは、精霊の花の作り方を教わっていたんだ」

「はあ?」

「リースも知っているように、私は不器用だ」

「そうね」


雨を降らせる以外の力の使い方は、アリオは得意ではない。

細かく操作しようとすると、すぐに暴発してしまう。


「……実は、私は精霊の花を作ることができないくらいに不器用なんだ。今まで作りたいと思ったことがなかったから気にしていなかったが。君が欲しいと言ったのを聞いて、他の男から贈られる前に、どうしても私が贈りたかった。それで、やはり花のことは花の精霊に聞くのがいいかと考えて……」


確かに、いつだったか花のことを聞かれたとき、リースは欲しいと答えた記憶がある。だがそれは、アリオからの花が欲しかったからだ。それがどうして、他の男性から贈られるという話になるのか。


「…………私は、アリオの花が欲しいと言ったつもりだったわ」

「そうなのか?」


とても驚いたといった風に目を丸くしたアリオが、次いで嬉しそうに笑った。


「では、リースも私のことが好きなのか」

「………………」


精霊の花を身につけて神にお披露目することは、ふたりの思いが通じた証だ。花が欲しいと言えば、その相手のことが好きだということになる。

だがなんとなく、この流れで素直に気持ちを言いたくなかったリースは、他のことを口にした。


「だいたい、私のことが好きだと言いながら、花の精霊と噂になるなんて無神経すぎるじゃない」

「噂…………?」


なんのことだろうかと首を傾げるアリオに、リースは嫌な予感がした。


「もしかして、…………花の精霊と噂になっていたのを知らないの?」

「なにか言われていたのか? 私は他の精霊とはあまり話をしないから。……ああ、だからリースは私に腹を立てていたのか」

「………………」


どうやら、雨の精霊のもとへ噂を持って行く風の精霊はいなかったらしい。シムナスあたりは言いそうなものだが、会う機会がなかったのだろう。


ならば自分が勝手に怒って拗ねていただけではないかと、リースは眉を寄せた。だが、アリオが隠れてこそこそするから不安になってしまったのだし、リースがすべて悪いわけでもない、はずだ。

それでも、このままいつまでも拗ねていたら仲直りの機会を失ってしまう。


自分の中で折り合いをつけて、リースはため息を吐いた。

腕の中でため息を吐くリースに、アリオが恐れるようにびくりと体を揺らした。


「リース、すまない。君に不快な思いをさせた。これからは気をつけるから、」

「……もう、いいわ。分かった。今回は私が折れてあげる。あなたも、準備に手をかけることを私に知られたくなかったのだろうし」

「リース…………」

「ただし!」


急に声量を大きくしたリースに、アリオは再び体を揺らした。


「すべてを相談してくれとは言わないけど。その代わり、ささいなことで私が不安にならないくらいに、たくさん愛情を示してくれないと駄目よ!」


力強く宣言された言葉に、雨の精霊はきょとんとした。

それから、雨上がりの庭のような爽やかな笑顔を浮かべて。


「もちろんだ。君を毎日たくさん愛でる自信はある」

「そ、そう……。だったらいいわ」


たくさん愛でるとはどのくらいだろうかと、リースは思わず想像してしまって頬を染めた。

するとそこで、アリオが同じように頬を染め、期待するように尋ねた。


「……その、つまり、君も私のことを好きだということだな?」

「………………」


リースがまだはっきりと言葉を返していないということに気がついたらしい。

アリオと仲直りすることに決めたものの、すぐに素直にはなれず、リースは目を逸らして黙り込んだ。


「リース?」


そんなリースの態度を見て、逃がさないようにしっかりと体を固定していたアリオの腕が、するりと腰へ回される。

渋々と、リースは逸らした目をアリオへ戻した。


「言ってほしい」


雨雲のような瞳が近づいて、こつりと額が合わさる。

その瞳の中には雨のような煌めきがあるのだなと、リースは初めて気づいた。リースの瞳にも、虹の煌めきがあるのかもしれない。

意識が逸れたのが分かったのか、アリオが目を細めた。そうすると、ますます雨の瞳に引き込まれそうで、リースはぞくりとした。

吐息が触れるほどの距離で、形の良い唇が懇願するように囁く。


「リース、…………お願いだから」


ここまでされて、黙っていることなどできるだろうか。

けっきょく、アリオの望む通りの結果になるのだ。やはり雨の精霊は、太陽の精霊と兄弟だ。

そして悔しいことに、リースの望みもまた同じものだから、どうしたって言わずにはいられない。


「……………………アリオが、好き、……んっ」


抗えない悔しさから小さくなったリースの声は、それでもごく近くまで顔を寄せていた相手にはしっかりと聞こえたらしい。

言葉にした次の瞬間には、その言葉ごとアリオの唇に飲み込まれていた。

腰をぐっと抱き寄せられて、遠慮なく貪られる。

初めての口づけがいきなりこれなのかと頭の片隅で思いつつも、リースもアリオの首へ腕を回し、懸命に応えた。


「………………」

「………………」


しばらくしてふたりはようやく顔を離したが、それでもまだ、腰に回されたアリオの腕は緩まない。


「ここ数日、君に嫌われたと思ったらとても悲しかった……」

「私だって、あなたが別の女性に精霊の花を贈るんだと思ったときは、すごく悲しかったわ」

「気づかず、すまない…………」


しゅんと沈んだアリオに、リースもこれ以上腹を立てる気にはならない。あのときたたいた頬に、そっと触れた。


「ごめんね、思いきりたたいて。痛かった?」

「……少し。だが、リースが泣いていることに驚いてそれどころではなかった」

「うん。悲しくて悔しくて、泣いちゃったわ」

「すまない。責任はとる」


アリオは、詫びるようにリースの目元へ口づけを落とした。


「もう、君を泣かせたりしないし、もっとずっと幸せにする」

「うん…………」


腰に回された腕に力が込められ、その力の強さが思いの強さのようで、リースはうっとりとアリオの胸へ顔を寄せた。


「……そうだ。神の庭の宴では、アリオの花がもらえるのね」


ふと、この発端になった精霊の花のことをリースは思い出した。

だが、アリオは気まずそうに口を開く。


「いや…………、実は、作れていないんだ」

「え?」

「その、花の精霊に作り方を聞いている途中でリースに見つかって。あれ以来、リースに避けられていることに動揺して、それどころではなくなってしまったというか、花の精霊に会いにも行っていないし…………」


リースは思わず呆れたようにアリオを見てしまうが、よく考えればそれで良かったのかもしれない。他の女性に教わって作った花など、きっと複雑な気持ちになってしまっただろう。


「そうだ、私と一緒に作ればいいのよ!」

「ん?」


精霊の花は、その精霊の力を編み上げて花の形にするものだ。アリオが苦手だというなら、リースが手助けをして一緒に作ればいいのだ。ふたりで作った花なら、きっとどんなものになっても嬉しいに違いない。

そう説明すれば、アリオも穏やかに微笑んだ。


「そうだな。そうしようか」

「ええ。アリオ、手を出して」


アリオが差し出した右手を、リースが両手で握る。それからふたりで目を閉じて、お互いの力を練り合わせていく。

アリオの静かな優しい雨の力と、リースの色鮮やかな煌めく虹の力が、ぐるぐると混ざり合う。他の精霊と力を混ぜるのは初めてのことだったが、お互いのぬくもりを分け合うような不思議な心地よさがあり、リースの気分を高揚させた。

そうして編み上げていったものを、最後にリースが花の形を思い浮かべて仕上げれば、そこにはきらきらと輝く花が現れていた。雨粒のように澄み渡り、虹のように様々な色に輝く、まさしく雨と虹の美しい花だった。


「できた!」

「ああ…………」


きちんと花が出来上がったことに感動しているアリオの手の上に、リースがそっと花を乗せる。


「ね、私の髪に挿してみて」


リースが白銀の頭を差し出すと、アリオが恐る恐るというように雨と虹の花を挿し込んだ。


「どう? 似合う?」

「ああ、とても似合う」

「ふふっ」


嬉しくてくるくると回るリースを、アリオの腕が捕まえる。


「リースに呆れられたくなくて、こっそり作ろうと思っていたが……、こうしてふたりで作った花の方がずっといいな」

「ええ、そうね。私も、この花がとても気に入ったわ」


アリオは目を細めてリースを見ると、花を挿した髪へ手を当てた。


「リース。君が好きだ…………」

「私も、アリオが好きよ…………」


今度は、しっとりと染みるような口づけだった。




自然の恵みをふんだんに配した神の庭で、楽の精霊たちがゆったりと奏でる華やかな音楽が響く。上座に座る唯一神ラミーを中心に、精霊たちは思い思いの場所で寛ぎ、宴を楽しんでいる。


そこへ手を繋いで現れた雨の精霊と虹の精霊に、周りの精霊たちから、わあっと歓声があがった。

神ラミーは、虹の精霊の髪に飾られた雨と虹の花を見ておっとりと笑う。


「まあまあ、微笑ましいふたりだこと。雨と虹のきれいな花ね。おめでとう」


リースが神の庭を見渡せば、ラミーの近くに座った太陽の精霊や、女性たちと一緒に座っているあのときの花の精霊が、笑って手を振っているのが見えた。

あちこちから、おめでとうという声がかかり、祝福の空気がふわふわと広がっていく。

精霊たちに祝福されて、リースとアリオは顔を見合わせて微笑んだ。


「さあみんな。初々しいふたりを祝福しましょう。雨と虹の踊りは、さぞ素敵でしょうね」


神に促され、ふたりは一緒に踊った。

自分だけに向けられるアリオの微笑みが嬉しくて、ふたりで作り上げた花を身につけていることが幸せで、リースは辺りに虹を出してしまい、それらはふたりの動きに合わせてきらきらと輝いた。周囲には、喜んだ花の精霊たちが色とりどりの花びらを飛ばしている。


「アリオ。約束、忘れないでね」

「ああ。リースが不安にならないくらいに、この気持ちをたくさん君へ伝える」


踊りに合わせてくるりと回転したところで、雨の精霊は虹の精霊へこっそり口づけを贈った。


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