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8.見ず知らずの婚約者

 ギルムーン皇国はウルアース王国よりも北に位置する、強国であった。

 大陸の中では唯一、ウルアース王国に匹敵する国で両国はお互い不可侵の条約を結んで親しくしていた。



 そして、それを確固たるものにするためにギルムーン皇帝とウルアース国王が、お互いの子が異性だった場合は婚姻させる約束をしていたのだ。


 そのような話が悠然と行えることからも、両者の仲はうかがい知ることができる。


 そうして、ユーリと第二皇女であるフロレンティーナの婚約が決まった。



 白銀色の長い青みがかった髪をハーフアップに編み込んでいる少女。

 服装は青を基調としたワンピース。

 少しとろ目ながらも、ぱっちりとした碧目と可愛らしい顔立ち。


 あと十年もしたら美人になるであろうことは、ゆうに想像ができる少女だった。



 第二皇女の理由は、ギルムーン皇帝に男の世継ぎが生まれなかったことにある。

 いざというときは第一皇女に帝位を引き継ぐことになるから、その婚約の役目は第二皇女に回ってきたのだ。


 最初は大国の王子が婚約の相手と聞いて、フロレンティーナは嬉しさから少し浮かれていた。



 ――どんなことをすれば彼に気に入ってもらえるだろうか?



 精一杯おめかしをして、初めての顔合わせに出向く。

 それがちょうど一年前。

 そして、そこでユーリに言われた言葉がフロレンティーナは忘れられなかった。



「なんだ、このちんちくりんなチビは……」



 相手に気に入られようと必死に笑顔を作っていたフロレンティーナだったが、さすがにその言葉を聞いて目から涙が流れてしまった。



 どうして、自分はこんな相手のために頑張っていたのだろう、と悔しくて仕方なかった。



 ただ、それでもその場はギルムーン皇帝や国王の働きもあって、完全に婚約を破棄するには至らなかった。


 しかし、フロレンティーナとしてはむしろ破棄をしてくれた方がありがたいと思っていた。

 このまま帝国と王国の仲が悪くならないかな、と。


 そんな矢先、再び顔見せをするから付いてくるように皇帝から言われて、フロレンティーナの顔は浮かばれなかった。



「お父様、本当に私はあのお方に嫁がないといけないのでしょうか?」



 また、前のようなことが起こるのでは、とフロレンティーナは不安でしかなかった。



 フロレンティーナはまだ八歳の少女なのである。



 将来、結婚をしたとなるとフロレンティーナは親元を離れて王国へ一人、行くことになる。

 果たして本当にそれができるのか、と不安を抱いてもおかしくないのだ。


 しかし、皇帝である父は優しく頭を撫でながら言ってくる。



「大丈夫だ、ティーナよ。王子もあの聡明な国王の息子だ。一年も経てば聡明さも見えてくるであろう」

「そ、そうでしょうか……?」

「もし、そうではないと確信したときは、そのときは全勢力を上げて、かの国を滅ぼしてくれる」



 フロレンティーナを安心させるために言った言葉なのだろうが、どうしても彼女にはそれが将来的に起こる予感しかしていなかった。


 もちろん、戦を起こすと帝国にも被害が出てしまう。

 それに相手は帝国と対を為す大国。


 下手をすると帝国が負けるかもしれない。

 フロレンティーナが不安の色を見せていると皇帝は更に言葉を続けた。



「大丈夫。我らが戦うときには既に王国は弱ったあとだ。既に王国の弱点はつかんでいる。やつらの食料の半分は我が帝国が握っている。そこを攻めてれば、やつらとてどうすることもできないであろうからな」



 その言葉を聞いて、フロレンティーナは安心した表情を浮かべていた。

 そして、一応の礼儀として、ユーリに対して来訪する旨の手紙を書くことにした。



 そう、ウルアース王国を大飢饉に陥れ、王国滅亡への道へ進ませる一端。

 それは前世の記憶を思い出す前のユーリとフロレンティーナの婚約に対するいざこざだったのだ。



 もちろん、そのことを今のユーリが知るよしもなかった。







 アンデルハイツ領で黄金小麦(おうごんこむぎ)を育て始めてから半年が過ぎた。


 かの領地では黄金色の実をたくさん実らせ、農家たちが忙しそうに右往左往しているらしい。



 正直、ランベルトもここまでうまくいくとは思っていなかった。


 黄金小麦のパンを見て満足そうにしているユーリを見て、思わず畏怖を抱いてしまう。



 自分はそこまで読めなかったが、ユーリはここまで先のことを見据えていたのだろう。


 もちろんそれはランベルトの勝手な思いこみである。


 ユーリは黄金小麦のパンを貢ぎ物としてくれるなんて、あの領主もなかなかやるな。と見当はずれなことを考えていた。

 もちろんこんな結果になるなんて全く考えていないし、興味もなかった。



 パンを自分への賄賂だと考えて、にやけ顔になるのを必死に堪えるので忙しかった。



 だからその黄金小麦が通常のものよりも希少価値が高くなっているなんて全く知らなかったのだ。



 新しい生産地でできた、初めての国産黄金小麦。

 希少性とその物珍しさに、貴族たちが我先にと高値を付けて、購入していった。

 その結果、瞬く間にアンデルハイツ領は王国随一の農業生産領へと躍り出ていた。



 そこで稼いだ金で町の発展や館の改修に使った金は即返還し、その上で税も利子をつけて納めていたのだ。

 ただ、館の所有権はユーリのままだったので、彼は特に何も気にしていなかった。



 ――金を貢がれるなんて、それこそ悪人らしくなってきたな。



 受け取った金貨を見てにやけ顔を浮かべていた。

 これが大量になると金貨風呂にしてみたり、部屋にばらまいて来る人間を驚かせてみたり、色々なことに使えるだろう。


 そんなことを考えると笑みが止まらない。



 しかも、ユーリにそれだけ払った上でまだ余裕があるようで、領主バルドルは町の発展のために惜しみなく金を使っていた。

 それが更に町を大きくし、後々王国になくてはならない領になっていくのだった。



「それもこれもユーリ王子のおかげ、ということで今年一番に採れた黄金小麦と感謝状、それと黄金小麦にちなんだ、黄金のユーリ王子英雄像建設の許可をもらいたいという話が来ております」



 ランベルトが一枚の紙を読み上げてくれる。

 しかし、ユーリは黄金小麦でできたパンを食べることに夢中で聞き流していた。



 ――王国産だと味が落ちる心配をしたが、全く問題ないようだな。これで黄金小麦のパンはいつでも食い放題だ。それに俺の黄金像か。なんとも悪人らしい悪趣味なものだな。



 悪人らしい、という部分に思わずにやりと微笑んでいたユーリ。

 しかし、急に強烈な拒絶反応を感じた。



 ――なんだ、今の悪寒は。



 青ざめた表情を見せるユーリ。その理由はすぐにわかる。



「ユーリ王子を英雄として称える像ですか。金の像とはまさにユーリ王子にふさわしいですね」



 ランベルトが笑みを見せながら言ってくる。



 ――ランベルトめ! やってくれたな。この俺を英雄にすることで、悪行なんてさせないようにしているわけか。



 ランベルトの笑みが腹黒く見えてきて、ユーリは唇を噛みしめていた。



 もちろん、それはユーリの勘違いで、そもそも悪行を行うこと自体ができておらず、世間ではもっぱら、王国一の英雄として黄金小麦の件と合わせて、日夜語り継がれているなんて思いも寄らなかった。



 ――ランベルトの思惑通りに進めてたまるか!



 ユーリはまっすぐにランベルトに視線を合わせると首を横に振る。



「そんなものは必要ない。そんな金があるなら領地のために使うといい」

「し、しかし、象徴的なものはやはり必要になるかと。それこそユーリ王子の素晴らしさが他国にまで伝わるかと思いますが」



 ――なるほど、予想通りだ。ランベルトは俺を妨害しようとしていたようだ。



 そんなことに金を使わせてなるものか。そんなことに使うならもっと別のことに使わせた方がまだ有意義だ。



「必要ない。自分の名声くらい自分で広めてやる。それにまだまだ領地発展には金がいる時期だろう? 俺のためを思うなら、まずは領民たちが路頭に迷うことなく過ごせるようにしろ。話はそれからだ」



 キッパリと言い切るユーリ。

 すると、ランベルトは感心していた。



「かしこまりました。では、像の件はそのようにお伝えさせていただきます。あともう一点ですが、フロレンティーナ様よりお手紙が届いております」



 ランベルトが丁寧に一枚の手紙を渡してくる。

 それはギルムーン皇国の紋様が蝋で刻印されたものだった。

 しかし、ユーリにとっては全く知らないものでもある。



「フロレンティーナ? 誰だ、そいつは?」

「何を仰っているのですか? ユーリ王子の婚約者ではありませんか。そんなことフロレンティーナ様の前で言ってはいけませんよ」

「あ、あぁ、すまない。最近ちょっと忙しくてな……。ついど忘れしていたようだ」



 それは嘘だった。



 最近のユーリは特に何もすることなく、部屋でゴロゴロとポテトを食べたり、たまに視察という名の城にいる人たちにペコペコと頭を下げさせて優越感に浸ったり、といったぐうたら生活を送っていた。



 これで忙しいのなら、世の人間は全て働き過ぎの部類になってしまう。



 しかし、目が曇っているランベルトは納得してしまう。



「なるほど。確かにユーリ王子ほど、働いているお方は見たことありませんからね」



 眼鏡を上げながら言ってくるランベルトを見ているとどうしてだろうか。


 ユーリはなんだが馬鹿にされているように思えてくる。

 ただ、王子という立場上婚約者がいるのはおかしくない。



 ――むしろ悪人なら何人も愛人を侍らせるものか。それなら何も問題はない。むしろ、たった一人ですませるわけにはいかないな。あとは、その相手が美人かどうか……。



 しかし、そこでわざわざ封蝋までしてあることが気になってくる。



「この封蝋、他国のものだよな?」

「はい、ギルムーン皇国のものになります。第二皇女であるフロレンティーナ様の手紙を考えると封蝋は当然かと。危険はないと思いますが、念のために私が封を開けさせていただきますね」

「あぁ、頼んだ」



 ――そうか、手紙にものを仕掛けるのも悪人っぽいな。



 そんなことを考えながらランベルトが手紙を読んでくれるのを待つ。

 すると、ランベルトは一瞬顔をしかめていたが、すぐにいつもの表情に戻していた。

 本当は手紙の内容だけで、ここに来たくないけれど仕方なく来る、という雰囲気が見て取れるが、ユーリにそれを伝えるのははばかられた。



「簡単にまとめますと、今度この国にフロレンティーナ様がいらっしゃるそうです。会えるのを楽しみにしている、とのことです」

「なるほどな。それは歓迎の準備をしておく必要があるな」



 他国の姫ならいくらでも使い道はある。

 それに美人(だとユーリは想像している)の婚約者なのだから男としての器を見せておきたいと思うのは仕方のないことだろう。



「では、私の方でちょっとしたダンスパーティーでも開く用意をしておきます。当日はそのつもりでいてくださいね」

「あぁ……」



 ユーリが頷いたのを見て、ランベルトは部屋から出て行った。

 ただ、そんな彼を慌てて止めようとする。



「ちょ、ちょっと待て! ダンスパーティーは……」



 しかし、それがランベルトの耳に届くことはなかった。


 今のユーリには前世の記憶とここ半年の記憶しかない。

 もちろん、婚約者がどういった人間かは知らないし、それにダンスなんて前世では一回も踊ったことがない。


 つまり、それがどういうことかというと、ユーリは全く踊ることができないのだ。

 それなのに大勢の前で踊らされる。



 恥以外の何物でもない。



 ――くっ、ランベルトめ! 俺に恥をかかせるつもりだな。その手には乗るか! ここは堂々とサボってやる!



 実際ランベルトは素晴らしいダンスを踊ってくれるだろう、と内心心待ちにしていることはユーリには知るよしもなかった。



 そして、ダンスパーティーをサボることによって、ユーリはウルアース王国の命運を左右するフロレンティーナと初対面(相手は二度目)することになる。

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