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7.非常食(ポテト)はこのときのために?

 結局のところ、ユーリは今と何も変わらない状況のままで、貧しい領民や領主を救ってみせた。

 それもユーリのわがまま、という定を取っているのでランベルトはおろか他の貴族も反対することができない。


 そして、そのことがわかっているからこそ、バルドルは感謝のあまり、涙を浮かべていた。



 ――ここまで懐の広いお方は見たことがない。



 そんな状態に持っていったあとだからこそ、容易に黄金小麦(おうごんこむぎ)の話へと持っていくことができた。



「館の話はこれでいいとして、このままではいずれこの領地は食糧難に襲われる。だからこれを用意した。ランベルト、例のやつを出してくれ!」

「はっ、かしこまりました!」



 ランベルトが黄金小麦を取り出すと、バルドルは食い入るようにそれを見ていた。



「これは……黄金小麦でしょうか?」

「あぁ、そうだ」

「し、しかし、黄金小麦は育てられる場所が少なく、適しない場所で育てると実がなる間際で駄目になってしまうという作物ですよね?」



 この黄金小麦がどういう性質のものかはバルドルも理解しているようだった。



 黄金小麦を育てたいから……というよりは、懲罰目的で育てさせたらたまたま育ってしまった。

 今、黄金小麦が育てられているところは、元はそういう理由で育てられると判明したところだった。

 意味合いとしては今も懲罰目的で使うことの方が多い。



「やはり、何も罰がないというのは駄目ですもんね」



 諦めにも似た表情を浮かべるバルドル。

 その様子を見たユーリはため息交じりに答える。



「何を勘違いしている? この領地は黄金小麦を育てるのに最も適しているんだぞ?」

「えっ?」



 ユーリのその言葉にバルドルは口をぽっかりと開けていた。



「ランベルト、説明を頼む」

「かしこまりました」



 ランベルトはテーブルの上に紙の束を置く。

 そして、その一枚一枚を手に取り、ゆっくり説明していく。



 しかし、ユーリにとってはそれが子守歌のようにしか聞こえない。

 眠気を堪えるのに必死で、内容はほとんど耳には入ってこなかった。



 ただ、わかることは、他所で黄金小麦が育っている環境とこの環境が似通っていること。

 それだけだった。



 ランベルトには、これからはもっと簡潔に時間も短縮して説明するように言わないといけないな。

 そんなことをユーリはぼんやり思っていたが、バルドルは何度も頷いて感心していた。



「なるほど……。確かに我が領でなら育つ可能性があるわけですね」

「そういうことになります。私もユーリ王子に言われるまで、その可能性を見落としていましたが」



 ランベルトとバルドルの視線がユーリへと向く。

 当のユーリはテーブルに肘をつきウトウトと船をこぎそうになっていた。



「……へっ?」



 思わず変な声が出てしまうが、すぐにいつもの表情へと戻る。



「あ、あぁ、そうだな。全くもってその通りだ」



 わけがわからないので、取りあえず同意しておく。

 それが穏便にことを運ぶ唯一の手段だった。



「それで、どうだろうか? 俺のために(・・・・・)それを育ててくれないか?」



 ユーリは『俺のため』という部分を強調しながら伝える。

 ここが特に大事な部分だった。



 ――お前たちは既に俺の部下だぞ。



 そう強く認識させることで、ユーリはバルドルを裏切らない手下にしようと考えていた。



 もちろん黄金小麦が育たない可能性もある。



 既に生活が困窮している人が出ているこの領地。

 放っておくと犯罪に走るか、どこかへ逃げていく人物が増えていく。

 そのためには、もし黄金小麦が育たなかったとしても最低限の暮らしを保証する必要がある。



 ただ、元がかなり貧しい生活をしているのだから、それほど高い金を使う必要もない。

 安い金で裏切らない手下が手に入る。損をして得を取れ、とはまさにこのことを言うのだろう。



 ユーリがにやり微笑むとバルドルが話題についていけず、恐る恐る聞いてくる。



「かしこまりました。ユーリ王子のためと言われたら断るわけにはいきません!」



 目を輝かせながらバルドルは大きく頷いてみせる。



「あ、あぁ、よろしく頼む」



 あまりの態度の変貌ぶりにユーリは気圧されてしまう。



「そういえば、黄金小麦を育ててる間に、近くの畑で別の作物も育ててもよろしいのですか? さすがに育つかわからない黄金小麦だけを育てるとなると、育たなかったときにこの領地の人間、全てが路頭に迷うことになりますので」

「そこはどうなんだ、ランベルト。他の作物は育てても大丈夫か?」



 ユーリは念のためにランベルトにも確認を取る。

 しかし、彼はすぐに首を横に振っていた。



「いえ、黄金小麦だけにしてください。余計な作物に土の栄養がとられるのは避けたいので」

「なるほどな。でも、黄金小麦ができるまでこいつらが生活ができないのも困る。最低限の食料は国から支給する必要があるな。それも準備してくれ」

「最低限の食料……ですか。しかし、王国にもあまり食料がなく……」

「そんなことないだろう? 城には食料が余ってるはずだ」



 いつもあれだけ豪華な料理が出てくるのだから、食材はいくらでもあるはず。

 ユーリはそのように判断したが、ランベルトは違うものを想像していた。



「なるほど……。確かにいざというときのために、ポテト(ひじょうしょく)は大量に購入していますが、それをここで使うのですか?」

「なんだ、あるのではないか。今がその非常事態だ。その非常食を存分に使うといい。ただ使うだけではなく減った分は追加購入すればいい」

「かしこまりました。では、そのように手配させていただきます」



 ランベルトは恭しく頭を下げてくる。



 ――まさに神の如き慈悲なる心の持ち主。やはりユーリ王子のことを信じて良かった。



 本人の意図とは全く違う方向で、ランベルトからの評価が更に上がっていく。



 ランベルトがしようとしたのは、ただ黄金小麦を育てさせるだけ。

 もし、黄金小麦が育たなかったら、この領地は滅んでいただろう。



 しかし、ユーリのやり方だとまず困っている人を救っている。

 町を整備し、更に黄金小麦ができるまでの生活を保障しているので、安心して作物を育てることができるだろう。



 確かにランベルトの策の方が費用はかからない。

 しかし、駄目なら切り捨てる、という考えではバルドルの賛同は得られなかっただろう。



 その点、ユーリの策(だと思っているもの)なら領主や領民の心証も良く、進んで作業に取りかかってくれるだろう。

 嫌々やるのと自ら進んでやるのでは結果に大きく差が出てくるものだ。



 ただユーリの策の問題は大量の食料とかなり金が必要になること。



 金は黄金小麦ができたときの先行投資と考えたらおかしい話ではない。

 ランベルトが徹底的に調べあげた黄金小麦の育ちやすい場所。


 最適な温度、しっかりとした土壌、適度な水分。

 その他、黄金小麦の生産地と可能な限り近い条件を調べあげ、割り出した場所がここであった。


 黄金小麦が育ち、それが売買されるようになると、のちの収益で考えるならプラスになる。



 ――おそらく、ユーリ王子が黄金小麦の生産場所として睨まれていたのもこの場所なのでしょうね。だからこそ、金の心配をされていない。



 実際は金は派手に使う方が悪人らしい、という考えの基でどんどん使っているのだが、ランベルトの眼鏡は曇っているようだった。



 食料の方も、ポテトはこういった貧困に喘ぐ地域に配って回るように買い溜められていたのだ、と勝手に勘違いしていた。


 地方の飢饉を未然に防ぐことで、のちにくる大飢饉を最低限の被害で食い止める。

 そもそも、自国でしっかりした量の食料を生産できていれば、大飢饉が起こることは稀なのだ。



 ランベルトが感心している中、ユーリは置かれているリンゴを満足げに食べていた。







「では、この館は今日よりユーリ王子のものとなります。バルドル卿は引き続き、領主の仕事と共にこの館の管理も任せます。あとは具体的に黄金小麦を植える畑をどこに作るのか、館や貧困街の復旧に必要な金品や食料は後ほどお送りさせていただきます」

「そうだな。あとはここに来る道中にいた奴らだな。あいつらも畑で働く気でいたようだから雇ってやると良い」

「はい、かしこまりました」



 ランベルトが今回の一件を書類にしたためていく。

 そこにバルドルとユーリのサインを書く。これでこの館は無事にユーリのものとなった。



 もちろんバルドルの実態は何も変わっていない。

 以前同様に、いや、綺麗に直された館に住み、特産品となる黄金小麦で領地の収入が上がり、貧困街がなくなり活気あふれた町の領主として働いていくのだから、以前以上にやる気に満ち溢れていた。



 それと同時にユーリにはただただ感謝しかなかった。



 目には涙を浮かべ、ユーリが領地を去っていく際には何度もお礼を言ってきた。



 ――ふふっ、俺の威厳に気づいたようだな。



 ユーリとしてもこの結果にかなり満足していた。

 無理やり唯一の財産であった館を奪い、更にただ汚いところに住むのは嫌、という理由だけで町を勝手に直させる。



 大量に金を使う事業を自分のためだけに行う。これぞ、自分勝手。悪逆非道の行いである。



「よし、ミーア。またポテトの準備をしてくれ!」



 馬車に乗ったユーリは迷うことなくミーアにそのことを告げていた。



「えっと、これから王都に帰るのですけど、よろしいのですか?」

「もちろんだ!」



 機嫌がいいのだから、こんなときはポテトを食うしかない。

 さっきまで散々果物を食べていたのだが、そんなことは気にすることなく、ユーリはポテトを準備させる。



 来るときに気分が悪くなって、青ざめていたことはすっかり忘れて。







 しばらくすると、ユーリがアンデルハイツ領を救った上で、黄金小麦の育成を無事に成功させた話が貴族たちの間で瞬く間に広がっていった。

 更に畑を広げたアンデルハイツは王国内でも力を持つ一大勢力へと成長していくことになる。



 すると、その話を聞いた貴族たちが自身の領地にも畑を作っていく空前の農業ブームが貴族間の間に来て、その結果、農家の地位が向上したのだが、そのことはユーリの耳に入ることはなかった。



 そして、国の食糧自給率を上げることができた結果、大飢饉へ向けて最低限の手を打つことができていた。

 ということにもユーリは気づかずに、今日も贅沢にフライドポテトを口にして、満足そうな表情を浮かべていた。



「おいっ、ポテトが足りないぞ! あと、リンゴも買い占めろ!」

「ゆ、ユーリ様……、リンゴは買い占めないって……」

「いや、それはあの場では買い占めないってことだ! こんなうまいもの、買い占めない手はないだろう!」

この話にて、第一章『王国の大飢饉』が終わりとなります。しかし、まだまだ謎は残されたまま。それは今後の話にて出していけたら……と思います。



第二章『ユーリの婚約者』は明日より開始予定となります。


また、夜の日間総合ランキング14位、ジャンル別ハイファンタジーランキング7位になりました。

本当にありがとうございます。

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