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6.作戦は途中で壊すもの

「ユーリ王子、ご迷惑でなければ我々も一緒にお供させてもらってもよろしいでしょうか?」



 腹が満たされた男たちは頭を垂れて、ユーリに付いていきたいと懇願してくる。

 ただ、ユーリとしてはさすがに彼らを城へ連れて行くつもりはなかった。



 ――さすがにむさい男たちに囲まれて過ごすなんて嫌だからな。むしろ悪人である俺なら多種多様の美女に囲まれたハーレム生活を送りたい。



「いや、お前たちにはこの辺りのことを頼みたい。これから領主に畑を増やす話をしに行くところだからな。ついでにお前たちのことも話していてやる」



 ただ付いてこられるのが嫌だから、適当なことをいいつつ、ついでに農作業も押しつける。

 これぞ一石二鳥だとユーリは内心ほくそ笑んでいた。



 すると、男たちは目に涙を浮かべながら感謝をしてくる。



「食料をいただいた上に仕事まで……。感謝してもしたりません。本当にありがとうございます」



 ペコペコと頭を下げてお礼を言われると相手を支配した気持ちになり、ユーリは満足げに笑みを浮かべていた。

 そんな彼の肩をミーアが人差し指で軽く突いてくる。



「なんだ、ミーア?」

「あの、ユーリ様。少しだけよろしいでしょうか?」



 声を落として、他の誰にも聞こえないように告げてくる。

 何か問題でもあったのだろうか、とユーリも声を落とす。



「何の用だ?」

「そ、その、さっきの行動って……」

「あぁ、我ながらうまくいったな。これを続けていけば俺に忠誠を誓うやつも増えてくるだろう」



 満足げに答えるユーリに対して、善行をして良かったのか、ミーアは聞けなかった。







 ようやくユーリたちは領内の町へとたどり着く。



 アンデルハイツの町は円を描くように城壁で囲まれており、その中央に領主の邸宅、十字に走る石畳が敷かれた大通り沿いには宿や商店と言った煌びやかな店が並んでいた。



 しかし、そんな大通りから少しでも路地に入ると途端に土が見える整備されていない道へと変わり、ボロボロの建物や臭気すら漂ってくる貧困街が広がっていた。



 むしろ町の大半が貧困街で、贅沢をするために貴族であるアンデルハイツが重税を敷いているのだろうと予想できる。


 ユーリ的にはあまりいい印象を持っていない貴族だが、悪としては手本にすべき相手かもしれない。そんなことをユーリは考えていた。

 しかし、事実はその想像とは全く違うものだった。



 ユーリたちはアンデルハイツの館へとたどり着く。

 その館は小さめの城……といえるくらい巨大な建物だった。

 ただ、あまり綺麗にはされていない。



 壁は至る所が崩れ、庭の草木は伸びたままになっている。

 その様子を不思議に思ったユーリはランベルトの顔を見る。



「様子が変だな。この領地は廃墟か何かか?」

「いえ、ここは紛れもなくアンデルハイツ領でございます」

「ここが……そうか」



 館の状態を見て町の大半が貧困街だったのは、そもそもアンデルハイツ領が貧乏な領地だった、ということをユーリは理解した。

 それと同時に、贅の限りを尽くしている連中の鼻をへし折ってやる、という目的が果たせないことを思い知らされた。



 ――これだと、復讐を果たせないじゃないか。



 ユーリは唇を噛みしめる。

 そして、鋭い視線をランベルトに向けていた。



 あろうことか、ランベルトはユーリの復讐心を逆手にとって、命令に従っているフリをして、貧乏な領地へ支援をしようとしていたようだ。

 そうなると、ここは本当に黄金小麦(おうごんこむぎ)が育つ領地なのだろう、とユーリは予測する。



 こうなるとユーリには二つの選択肢が生まれてくる。



 一つ目はこのまま黄金小麦を育てさせて、その代わりに売り上げの大半を奪い取る方法。ただ、これだとランベルトの思惑通りに進んでいるようで気にくわない。



 そして、もう一つは黄金小麦を育てさせるのを中止させて、全く違うものを育てさせる。

 これだと突然育てさせる作物が変わり、ランベルトを焦らせることができる。

 しかし、種の準備が全くできていない。

 そんな状態で言っても、ランベルトに鼻で笑われるだろう。



 さすがにここの領民たちを放置する、という選択肢はユーリにはなかった。


 もちろん、それは善意の心から来ているものではない。

 もし、このまま飢えに苦しむ人たちを放置したら、反乱が起き、その結果ユーリは殺されかねない。


 危険を冒すくらいなら、今この場で懐柔しておくべきだろう。

 そんな保身的な考えをユーリは抱いていた。



 ――懐柔か。よし、それならただ育てさせるだけでは駄目だな。



 自分に逆らわないような状態にしておけば、いざというときに戦力になる。

 これは先ほど飢えていた男たちを助けたときにユーリが思ったことだった。



 個々の戦力だけだとできることには限りがある。それが一領地になるとどうだろうか?



 考えただけでユーリはニヤけが止まらなかった。

 そんなユーリを見てランベルトは不思議そうに声を掛ける。



「ユーリ王子、どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。それよりも領主のところへ案内してくれ」

「はっ。では少々お待ちください」







 ランベルトが館の者と話をして、ユーリたちは応接室へと案内された。

 少し寂れた館だったが、その部屋だけは綺麗に整えられていた。


 壁には赤いタペストリーが掛けられ、床は豪華な絨毯、光沢のあるテーブル。

 そのテーブルにはいつでも食べられるように色とりどりの果物が置かれていた。



 町でも大通りだけは綺麗にされていたところからも貴族としての見栄だけは残されているのだろう。



 ――そんなところに金を使うなら別のところに使えば、もっと贅沢な暮らしができるのに。



 苦笑を浮かべながらユーリがソファーに座ると、その後ろにランベルトとミーアが控え立つ。更に部屋の壁沿いには帯剣をしたままの兵士たちが視線を光らせていた。



 これで万が一にも襲われることはないだろう、とユーリは安心して足を組んでおかれたリンゴを食べる。



 シャリッという甲高い音と共に瑞々しく甘い果汁が口いっぱいに広がる。



「なるほど、これはなかなかうまい」

「ゆ、ユーリ様。さすがにここで買い占めの命令は……」



 うまい、という言葉に反応してミーアが不安そうに言ってくる。

 ポテトの前科があるからだろう。

 さすがのユーリでもこの場はわきまえている。



 ――あとから料理長に命令すれば良いだけだからな。



「いくら俺でも、ここではそんな命令はしないぞ?」

「そ、そうですよね。良かったです……」



 珍しく分をわきまえるユーリの態度にミーアはホッとしていた。

 ただ、買い占め自体はしようとしていることにミーアは気づいていなかった。



 ――今はそれよりも大切なことがあるからな。



 ユーリはリンゴを囓りながら、アンデルハイツが入ってくるのを待った。







 アンデルハイツ家領主、バルドル・アンデルハイツは青ざめた表情を浮かべながら焦っていた。



 ――ど、どうしてユーリ王子がここに!? もしかして、この領地がまともに税を納められていないことに気づかれたのか?



 突然のユーリの来訪。

 しかも、その表情は決して和やかなものではなく、良いことの報告に来たとは思えなかった。

 考えられる理由は一つだった。



 先代アンデルハイツが田畑を減らしていったせいで、生産量の落ちた領地。


 ただでさえ、この領地には資金がほとんどなかった。

 心苦しく思いながらも領民たちに重税を課すことで、なんとかやってくることができたのだが今年は作物の育ちが悪く、思ったほど資金を集めることができず、税も納めることができなかった。



 おそらく、そのことを詰められるのだろう。

 下手をすると罰を与えられるかもしれない。



 そんな考えがバルドルの脳裏を過ぎっていた。

 なんとか穏便に帰ってもらいたい。そんな気持ちで一杯だった。



 そして、ユーリの前に出て行ったバルドルは、彼の後ろに風税省(ふうぜいしょう)の青年が立っていることに気づき、先ほどの考えに確信を持つことができた。



 ただ、もちろんユーリにはそんなつもりはなかった。

 それにバルドルが入ってきたときに全く別のことを考えていた。



 ――悪徳貴族なら痩せこけているのはおかしいよな。



 もっと恰幅が良くて、ねちっこい笑みを浮かべてくる人物が出てくると思っていたので、少し痩せた壮年の男性が出てくることは完全に予想外であった。

 そして、バルドルが臣下の礼を取ってくる。



「ようこそおいでくださいました、ユーリ王子。領主のバルドル・アンデルハイツにございます。何もないところですがくつろいでいってください」

「あぁ、本当に何もないところだな」



 バルドルの頬がピクッと動く。



 ――やはり今のこの現状に何か思うところがあったようだな。



 わざと今のような物言いをしたユーリ。

 相手を怒らせるために。

 そこで予定通り反応してくれたことに笑みがこぼれる。



「そこで俺から提案がある。ランベルト!」

「はっ」



 ランベルトは眼鏡をクイッと持ちあげると一歩前に出てくる。



「ランベルト・バインツにございます。風税省の役人で……」



 ついに来たか、とバルドルの表情が強張る。

 ただ、ランベルトの話はそこで終わらなかった。



「そして、今はユーリ王子の腹心として行動させていただいております。お見知りおきを」



 ランベルトは軽く一礼したあとに、ユーリの方を見て笑みを浮かべる。

 しかし、ユーリはランベルトが言ったことが全く意味がわからなかった。



 ――腹心? 敵の間違いではないのか?



 ユーリはそんな疑問が浮かんでいたが、今は聞かなかったことにしていた。



 一方のバルドルの表情が強張る。

 しかし、それを気にすることなく淡々とランベルトは説明を行っていく。



「まず、こちらの領地は今期の税が支払われていないそうですね」

「申し訳ありません。なにぶん資金ぶりがカツカツでして。払いたくても払えないのです」



 心苦しそうに唇を噛みしめながら伝えてくる。

 その表情を見ていると、ユーリは前世で自分を追い詰めた人間のことを思い出した。



 弱っているときこそ、その全てを奪い取ってくる。

 それこそが真の悪というものである。



 だからこそ、ユーリは口を開く。



「わかった……」



 その言葉を聞き、バルドルが期待のこもった視線を向けていた。



「わかった……といいますと、もしかして税の減額を?」

「いや、税金が払えないならこの館で払えば良いだけだ。ボロ小屋だが、今年の税金分くらいの価値はあるだろう」

「なっ!?」

「ゆ、ユーリ様!?」



 バルドルとランベルトが驚きの表情を見せていた。



 当然だ。ランベルトの本来の策はここで減税する代わりに黄金小麦(おうごんこむぎ)を作らせる、というものだった。



 しかし、ユーリが行ったものは全くの別。



 既にほとんどの資金をなくし、あまり力を持っていない貴族ではあるが、それでも人脈という武器を持っている。

 領地を奪い取るなんてことをしたら、下手をすると王国にいる全ての貴族が謀反を企てる可能性がある。

 今までのユーリならそんな愚策を行うはずがない。



 ――いえ、主が道を逸れようとするならそれを戒めるのもまた臣下の務め。



 ランベルトに今回の黄金小麦の件を任せたように、ユーリ自身が全てのことを一人で決めようとしないのは、自分が間違えたときに戒める人間が欲しかったからだろう。

 だからこそ今回は自分が戒める番だとランベルトはユーリに告げる。



「ユーリ王子、さすがに領地を取り上げるのは問題があるかと……」

「領地を取り上げる? 何を言ってるんだ? 俺はただ館を取り上げるだけだぞ?」

「ですから、それが貴族にとっては領地を奪われることにも等しく……」

「領地を治めるなんてそんな面倒なことは今まで通り、こいつにしてもらう」



 ――良いところ取りだけするのが本当の悪だ。領地経営なんて面倒なことは部下に任せて当然であろう。



 ユーリはにやり笑みを浮かべながら、バルドルを指さして告げる。



「それと、この館は俺のものになったんだ。このままボロ小屋で置いておくのは許さんぞ。俺の館らしくしっかり改築してもらう。そのくらいの財源、確保できるな?」

「そ、それは、ユーリ王子の館ということでしたら、なんとか資金を集めますが……」

「よし、あとはこの町もだぞ? 臭くて汚い貧困街なんて残すことは許さん!」

「か、かしこまりました!」



 ランベルトは困惑していた。

 ユーリの意図がつかめず、無駄な散財を行っていることに。

 しかし、その理由もすぐに気づくことになる。



「あと、俺はこの館に常駐するわけではない。俺がいない間はお前がしっかり守ってみせろ!」



 ユーリがバルドルに伝えると、彼はポカンと口を開けていた。

 そこまで聞いて、ランベルトはユーリが何をしたのか理解した。



「えっと、それじゃあ、私は以前と変わらずにこの館に住んで、この領地を守ったらよろしいのでしょうか?」

「あぁ、俺のためにしっかり働け!」



 ユーリのその言葉を聞いて、バルドルは目から涙を浮かべていた。



「あ、ありがとうございます。このバルドル、ユーリ王子のために誠心誠意、頑張らせていただきます」



 以前と変わらない待遇の上に、館や町まで直してもらえる。

 そのことにバルドルは感謝の言葉しか見つからなかった。

今朝は日間総合ランキング14位、ジャンル別ハイファンタジーランキング8位になりました。

本当にありがとうございます。

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