9 願い
ショッピングモールの屋上。
昼間はクソ暑いが、隣のビルの影になる一か所だけはまだ涼しい。
相変わらず誰もいない。
俺はいったん人の姿に化けた。
猫のままじゃ、さすがに携帯電話は使えないからな。
『もしもし、まひる?』
「よう姫子。どうだそっちは。何かわかったか?」
『ええ。あの印は、願いを叶える呪いよ』
「まじか! ソレ俺も欲しい」
『残念でした。これは本人の代わりに依代――つまり折り鶴がその願いを叶えるようにできてるわ』
「なーんだ。じゃあ世界征服とか願ったら、俺の代わりに折り鶴が世界の帝王になるってことかよ」
『そういうこと。しかも、より凶悪なカタチで叶えるように仕組まれていたわ。世界征服を願ったとしたら、征服するはずの世界を滅ぼされてしまう感じね』
「うへぇ、とんだ開運グッズだな」
『ただ、制限があるの。ひとつは、世界征服みたいな大規模なものは不可能ってこと』
だろうな。所詮は折り紙なんだし。
「ほかには?」
『もうひとつの制限は、贈られた側の願いを叶えるものだということ。自分で折り鶴を作っても、自分の願いを叶えることはできないわ』
「なるほどね――だんだん見えてきたぜ」
俺は聞き込みで得た情報を並べる。
プールにラジオ体操、校庭でのサッカーボール。
「なあ姫子。これが折り鶴による暴走の結果に起きたことなら、願った者の「本当の願い」は何だと思う?」
『それは……「楽しく遊びたい」とか?』
「正解! さすがは補習出席組だな」
『夏期講習だって言ってんでしょ! このバカ猫!』
「何怒ってんだよ。さては本当に補習だったんだろ」
『違うっての! それにしても、もしアンタの推測が当たってたとしたら、願った者っていうのは……子供?』
「そ。間違いなく小学生――怪異が起こっている範囲からして、恐らく花咲小学校に通ってる」
遠くでクラクションの音がする。
少しずつ、少しずつ、空は夕暮れに向かって傾いている。
『で、どうするの?』
「ここまでくりゃ、あと少しさ。渡のほうはどうだ?」
『今のところ問題なし、ですって』
「了解。また連絡する」
「さすがは赤虎の旦那! もう事件は解決したようなモンでございますね」
クロノスケが目をキラキラさせて、俺の顔をのぞき込んでいる。
「ばーか。これからが本番だっつーの」
「では、旦那はこれからどちらへ?」
「ハルさんに会ってくる」
俺がそう言うと、クロノスケはヒェッと言って飛び退った。
クロノスケはハルさんが苦手なのだ。
「心配するなよ、お前を連れていったりしないから」
俺は笑いながら、自分の影に身を沈めた。そうして猫の姿へと身を変える。
「クロノスケ、今日はありがとうな。助かったぜ」
「何をおっしゃいます! あっしに何かできることがあれば、またお声をかけてくだせえ」
俺は尻尾を軽く振って応えると、柵の外へと飛び降りた。