8 捜査開始
捜査の基本、現場百回。
ってことで、俺は虎猫に姿を変え、手始めに花咲プールアイランド周辺で聞き込みを開始した。
相手はもちろん、近所の野良猫どもだ。
「おはよう、お前ら」
俺がたまり場に顔を出すと、2匹の野良がニャーとあいさつを返した。
「なんだい赤虎、仕事か?」
「まあな。お前らに聞きたいことがあるんだけど」
俺は、ラッパみたいな妙な鳴き声を聞いたことがないかと訊ねた。
2匹は顔を見合わせて、首をかしげている。
「聞いたことないなあ」
「そうか。変な鳥みたいなのは見てないか?」
「変な鳥? 見たぞ」
「マジか、どんなヤツだった?」
「紙飛行機みたいな妙なヤツ。向こうの方から飛んできて、あの建物に入っていくんだ」
ブチ猫が鼻先で示したのは、例のプールアイランドの入口だった。
「向こうの方ってのは?」
「町の方。学校がある方向」
「ふん、なるほど」
俺は2匹に礼を言うと、町の方へと歩き出した。
頭上で、バサ、と羽音がした。
見上げると、枝の上に黒い影が降り立った。
「旦那、水くせえじゃないですか。調査ならあっしにもお手伝いさせてくださいよ」
「おー、クロノスケ! 助かるぜ、お前ら翼のある連中が手伝ってくれりゃあ百人力だ」
「あっしは旦那の片腕、じゃなかった、片翼ですぜ。すぐにここいら一帯を調べてまいりましょう」
「よろしくな! 頼りにしてるぜ」
カア、と一声残すと、クロノスケは再び空へと舞い上がった。
古い屋敷が多い住宅地。塀伝いに歩くと、やがて大きな楡の木が見えて来る。
木陰には3匹の猫が涼んでいた。
「おっす、久しぶりだな」
「おお、赤虎か。毎日暑いなぁ」
伸びをしながらそう答えたのは、マルって名前の白黒の猫だ。
こいつは近所のクリーニング屋の飼い猫で、俺とは顔見知り。
ここでも俺は、ラッパみたいな鳴き声の変な鳥を見なかったか聞いてみた。
「その声なら聞いたよ」
そう言ったのは、ウズって名前の虎猫だった。
「どこらへんで?」
「公園のあたりかな。朝早くに、カォーン、って感じの音」
「それ、俺も聞いた」
もう1匹の灰色猫も顔を上げた。
「いつだ?」
「先週だよ。えらい騒ぎだったからよく覚えてる」
ジロンという名前の灰色猫によると、それはラジオ体操のときに起こったらしい。
ラジオ体操も終わりに近づいた時だった。
突然、音楽がぐにゃりとゆがんだようにひずみ始めたという。
スピーカーからは不気味な不協和音とともに延々と同じフレーズが繰り返され、音源の電源を抜こうが電池を抜こうが、音楽は止められない。
あまりの気味の悪さに子供たちは泣き出すし、大人たちも怖くなってきたころ、突然ぴたりと音楽が鳴りやんだ。
そして、あの鳴き声が響き渡ったのだそうだ。
「そりゃあ、ずいぶんと薄気味が悪いな」
「だろ? 大人たちも真っ青な顔してたぜ」
そいつは間違いなく、折り鶴の起こした怪異だろう。
でも、なんのためにそんなことをするんだろうか。
俺が考え込んでいると、頭上を黒い影が横切った。
「旦那、ここにいらっしゃいましたか」
クロノスケがスイーっと地面に降りて来た。
「ごくろうさん。何かわかったか?」
「ええ、例の鳴き声は、やはり花咲町内で聞かれてますね。だいたい小学校近くです」
「やっぱりそうか。他には?」
「小学校の校庭でサッカーをしていた子供が数人、軽いけがをしています。サッカーボールが急に変な動きをしはじめて、猛スピードでぶつかってきたと言っているそうです」
プール、ラジオ体操、サッカー。
それらをぶち壊すような怪異。
「どうもしっくりこねえな」
とにかく、もう少し情報が欲しい。
俺はマルたちに礼を言うと、クロノスケを連れて移動することにした。