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ナンカヨウカイ~化け猫まひるの便利屋生活~  作者: スギヨシ ハチ
「折る」
7/26

7 姫子登場

 翌日、俺は朝早くから事務所へ向かった。


 事務所の中ではひとり、渡がヘッドフォンで音楽を聞いていた。

 なんだよこいつ、早起きだな。


「あ、まひるっち。おはよー」

「おっす。姫子いる?」


「んー、来てないよー」

「ったく、肝心な時にいねーんだから。補習だかなんだか知らねえけどさ」



「補習じゃないわよ、夏期講習!」

 りんと響いた女の声。


 見ると、事務所の入り口で腕を組んで仁王立ちになってる背の高い女がひとり。


 こいつが本城姫子ほんじょうひめこ。うちの事務所で唯一の人間だ。

 姫子は長い黒髪をさらりと揺らすと、つかつかと俺に歩み寄った。


「で? あたしに何の用かしら」

「おー、追試の合間に悪いな」


「だ、か、ら! 夏期講習だって言ってんでしょ!」

「そんなどーでもいいことは置いといて。お前、今回の事件の話聞いてる?」


「ええ、聞いてるわ――あんた、溺れたんですって?」

 姫子はにやりと笑った。


「……おい、渡」


「バラしたのは俺じゃないよー!」

 ということは。


「おっはよー! おっ、今日は全員集合じゃないの?」

 へらへらと手を振りながら、所長が姿を見せた。


「おいコラ、何が『おっはよー!』だ! このクソ親父!」

「なんだヨ、まひる。朝から機嫌悪いんじゃないの?」

 所長はおちゃらけたしぐさで自分の椅子に座る。


 俺はずいっと顔を近づけて、思いっきり睨んでやった。


「アンタ、知ってたんだろ」

「ん? 何のこと?」


「俺たちに依頼押し付けた時点で、プールで怪異が起きてるって知ってたんだろーが!」

「知ってたに決まってるだろ。そもそも、その怪異を解決してくれっていう依頼なんだから」


「何で最初から言っとかねえんだよ!」

「最初から知ってたらつまんないだろ? 実際に怪異を体験したうえで、調査したほうがいいじゃないの」


「ふざけんじゃねーぞ! こっちは死にかけたんだからな!」

「お前はそんな簡単にくたばらないだろ。オジサンはね、これでもお前たちのことを信頼してるのよ?」


「こっちはアンタのことなんて全く信用してねえけどな!」

 所長はウシャウシャと笑っている。ホントむかつく野郎だぜ。




「では。まひる、改めてお前の見解を聞こうか。お前は今回の怪異について、どう見る?」


 俺はポケットから例の紙くずを取り出して、テーブルの上にぽんと置いた。

「今回の犯人は、こいつを使って怪異を起こしてる」


「これは……」

 姫子の視線が鋭くなる。


「みゆは折り鶴じゃないかって言ってた。ほら」

 俺はもう片方のポケットから、みゆの作ってくれた折り鶴を取り出した。


「みゆちゃんと衛さん、これに触れたりしてないわよね」

「大丈夫。あいつらも分かってる」

 姫子はほっと息をついた。


「やっぱり何かの呪術?」

 渡が聞くと、姫子は頷いた。

「ええ。もう効力を失っているけれど。みゆちゃんの言う通り、これは恐らく折り紙だと思う。――見て」


 姫子は指を伸ばすと、紙くずの端っこを軽くつついた。

 そこにはかすかに、黒っぽい汚れがついている。


「これは墨で書かれた【印】よ。もしこれが折り鶴だとしたら、折りあがって初めて効力を持つように仕掛けられている」


「どういう効力なんだよ」

「そんなの、調べてみなきゃ分かんないわよ」

「ハア? ったく、使えねーな」


 ――バチィ!


 俺の目の前で火花が爆ぜた。

 凍てつくような笑顔で、姫子が「雷撃」と書かれた札をこちらに向けている。


「てめっ、何しやがる!」

「うるさいわね、この化け猫! 生意気言ってるとはらうわよ!」


「ほー、やれるもんならやってみろってんだ。このポンコツ巫女が」

「なんですってぇ?」


「ちょっと、ケンカはやめてよー。それよりプールの怪異だよ!」


 そうだった。


「犯人が誰なのか、何が目的なのかは分からない。分かってるのは、折り鶴が怪異を起こしているってこと」


「ってことは、犯人は――」

「ああ。妖怪じゃない。人間だ」


 犯人が妖怪なら、自分の妖力で怪異を起こす。

 呪術や依代を使うのは人間だけだ。


「じゃあ、あのラッパみたいな音はー?」

「それは鶴の鳴き声じゃないかって、衛が言ってた。鶴はラッパみたいにでかい音で鳴くんだそうだ」


「でも、それは本物の鶴でしょ? 折り鶴は鳴かないじゃん」

 渡が言うと、姫子が左右に首を振った。

「いいえ、呪術によってはありえるわ」




「犯人の目的なら、本人を締め上げて聞き出せばいい。犯人は誰なのか、こいつを徹底的に絞っていこうじゃないか」

 所長の言葉に、俺たちは顔を見合わせて頷いた。


「渡、これをプールの出入り口に貼っておいて」

 姫子がカバンから一枚の札を取り出す。


「これは?」

「呪術のかかったモノの侵入を拒むよう、呪がかけてあるわ。折り鶴が原因なら、これでひとまず防げるはず」

「おっけー。任せて!」


 俺は姫子に向き直った。

「姫子は折り鶴の分析を頼む。どんな呪術がかけられていたのか、もう少し調べてくれ」


「わかった。まひるは?」

「俺は聞き込み」

「了解。そっちはよろしくね」


「……ウチの社員は、皆優秀だねえ」

 所長がニッと笑った。


「笑ってねえで、今度こそクーラー直してくれよな!」

 俺はそう言い残すと、気温の上がり始めた町へと飛び出した。

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