6 鶴
「折り紙? なんだそりゃ」
「みゆ、学校でいっぱい折ったの!」
そういうが早いか、みゆは自分の部屋から紙の束を持ってきた。
いろんな色の、正方形の紙束だ。
「見ててね」
みゆは紙を三角に折り曲げると、ひっくり返して折り、またひっくり返して折り……何度も何度もその動作を繰り返す。
俺の見ている前で、紙はひし形に折られ、半分になり、そして。
「ほら!」
みゆの手が離れると、そこには羽を広げた鳥のような姿があった。
「へえ、器用だな。これは鳥か?」
「鶴だよ、折り鶴」
鶴か。あの頭の赤い、首の長い奴だな。
確かにそう言われれば、そんな風に見えてくる。
「学校でたくさん折ったということは……誰か入院でもしているのかい?」
「うん。クラスのシュウ君が、肺炎だって」
「なんで入院したら折り鶴を作るんだ?」
俺が首をかしげていると、衛が教えてくれた。
「千羽鶴というものがあってね。折り鶴をたくさん、それこそ千羽、折ってつないだものなんだ」
衛は両手の指を組むと、その上に顎を乗せた。俺と話をするとき、いつも衛はこうする。
「古くから、鶴は長生きの象徴だった。だから、病気やけがが早く良くなって、長生きできますようにという願掛けの意味があるんだよ。早く元気になりますようにという願いを込めて、鶴を折るんだ。昔からのおまじないだね」
「ふーん」
人は本当によく祈る。
消えそうな希望をつなぎたくて、あるいは、無駄だと分かっていながら、それでも人は祈る。
バカバカしい。願いが天に届くだって? そんなワケあるかよ。
天の上の誰かさんも、そんなお人よしじゃねえだろうよ。
俺なんかはそんな風にしか思えないんだけど。
だけどさ、どうしてかな。
そういう人間の愚かさが、俺たち妖怪にとってはどうにも愛おしく見えるんだ。
――衛も、何かを祈ったことはあるんだろうか。
目の前に置かれた折り鶴を眺めて、俺はそんなことを思っていた。
「まひる、どうかしたかい?」
「いや、別に。何でもねえよ」
俺はテーブルの上の鶴をつまみ上げた。
「みゆ、この折り鶴もらってもいいか?」
「いいよー」
みゆはまた別の一羽を折り始めている。
俺は手の中の紙くずと、みゆの作った折り鶴を見比べてみた。
濡れて折れ曲がって、ちょっと破れた紙くず。
確かに、広げる前の折り鶴に近い形をしている。
「なあ、衛」
「何だい?」
「鶴の鳴き声って、聞いたことあるか?」
ふと思いついた。あのラッパみたいな音は、鶴の鳴き声だったんじゃないかって。
衛はにこりと笑った。
「実際に聞くとびっくりするよ。『鶴の一声』なんていうけれど、まさにそれだね」
「どういうことだよ」
「鶴の鳴き声というのは、他の鳥に比べてかなり大きいんだ。喉の筋肉が発達しているためだと言われているね。雪景色の中に響く鶴の声は迫力があるよ。思わず手を止めて、息を飲んで見入ってしまったくらいにね」
「どんな感じの声なんだ?」
「そうだな、かなり強く、パァンと響く声だね」
「ラッパの音みたい、とか?」
「ラッパか……そう言われればそんな感じかもしれない」
鳴いた折り鶴と、プールの怪異、か。
「ったく、面倒なこった」
俺がそうぼやくと、衛とみゆが顔を見合わせて笑った。