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ナンカヨウカイ~化け猫まひるの便利屋生活~  作者: スギヨシ ハチ
「折る」
2/26

2 事務所にて

 窓の外から中をのぞくと、ジーパンに包まれた長い脚が見えた。


 何やらチャラチャラした装飾のされた、先のとんがった靴をはいて、足を高く組んで腰掛けている。

 俺はそのヒザめがけて、ツメを出したまま窓から飛び込んだ。


「いっ、痛たたたたたっ!」


 俺はひらりとソイツの脚から離れると、そのまま影に潜る。


「ひどい! まひるっち、何すんだよ!」

「おー、悪いねカッパくん」


 俺は人の姿になると、ふんと鼻で笑ってやった。


「もー! その呼び方やめてって言ってるじゃん!」


 涙目で言うソイツは、溝淵渡みぞふちわたる


 今時流行りの恰好なんかしてやがるが、コイツの正体は河童。

 イメージがカッコ悪いとかで正体を隠したがっている。


 すらっとした長身で茶髪。

 ま、見てくれはよくても中身は大したことない。


「だいたい何なんだよ、その靴は」

「あ、これ? カッコいいでしょ! 新作ブランドだよ」


「知るか。で、所長と姫子は?」

「姫ちゃんは学校。所長はまだ来てないよ」


「学校? 夏休みじゃねえのか?」

「夏期講習だって。高校生は大変だねえ」


 ふーん、ご苦労なこった。

 俺はスプリングのイカレたソファにボスっと座ると、宙を仰いで「あー」と声を漏らした。


「どしたの、まひるっち」

「暑くねえの、お前」


「うーん、暑いけど……ほら、俺って夏の妖怪だからさ! 暑さには強いみたい」

「皿が乾いて苦しいとかないわけ?」


「ちょっと、ソレいつの時代の河童の話だよ」

「時代とか関係あんのかよ」


「あるに決まってるじゃん! そんなの、現代日本でちょんまげ結ってるくらいの時代錯誤だよ」

「そんなことはどうでもいいけどよ、なんでクーラー直ってねえわけ?」


「そんなことって何! どうでもよくないよ!」

「クーラー直すからって、前回の給料削られたんだぞ。何で直してねえんだよ、あのクソジジイ」


「誰がクソジジイだって?」


 急に背後から響いた声に、肩が小さく跳ねた。

 ……苦い気分で振り向いた俺の視線の先で、男はさも嬉しそうにウヒャウヒャと笑っている。


 細身の黒いスーツに細いボウタイ。

 ちょっと小洒落た陽気なオッサンにしか見えないこの男が『ナンカヨウカイ』の所長、中川草介だ。


「よー、朝からご苦労。さて、お仕事の時間ですよ」


 ご機嫌な様子でそう言いながら、所長は自分のデスクに腰かけて俺たちを見回した。


「ちょっと待てよ、何でクーラー直ってないんだよ」

「それがさ、クーラーの修理代にはちと足りなかったわけよ。なので今回の依頼達成で、めでたくクーラーが直ります。やったね」


 所長はタバコをくわえると、おちゃらけた調子でそう言った。


「ふざけんな! なんでまた給料削ろうとしてんだよ、お前が自腹切って直せよ!」

「そうだよ! どうせ麻雀でスッたんだろ!」

「ブラック企業反対! 給料上げろ!」

「そうだそうだ!」


 珍しく意気投合した渡と俺が、ふたりして意気揚々と吠えた、次の瞬間――。



 パキン、と固い音がした。



 振り返った俺の視線の先で、分厚いガラスの灰皿が真っ二つに割れている。


「上等だ、ガキ共」


 所長がゆらりと立ち上がる。

 ぞわ、と足元の影が蠢いた。


 窓枠が音を立てて震え始め、どろりとした濃い影が壁を這う。


 真夏の日差しも蝉の声も、一瞬で掻き消えていく。

 俺たちのいる事務所だけが世界と切り離され、闇の中へと堕ちていく。


 ぐにゃ、と空間の歪む感覚がした。


 思わず手を取り合った俺たちのほうへ、所長が一歩ずつ近づいてくる。


「妖怪にゃ義務教育もテストもないが、裁判所も労働組合もないって知ってたか。俺たち妖怪に『法』なんか存在しない。もめごとを解決するのは己のチカラのみってわけだ。なあ?」


 俺たちを射抜く所長の目は、いつもの漆黒ではなく、血のような赤。

 ヤバい。これは相当ヤバい。


「てめーらみてえな木っ端妖怪が、誰にケンカ売ってんのか分かってんだろうなァ!」

 


 闇が、爆発した。



 息が詰まって悲鳴も出せない。

 皮膚には見えない何かがグサグサと突き刺さって、体の内側が急激に冷えていく。

 痛みと吐き気が全身を駆け巡る。


 見ることすら敵わない、ケタ違いのチカラ。

 それが俺たちを掴んだまま、ミシミシと膨れ上がっていく。


「じ、ジョーダンだよ、冗談! なあ渡!」

「も、もちろん!」 


 俺たちは抱き合うようにして互いを支えながら、へへっと笑ってみせた。


「なーんだ、冗談かよ」


 部屋を支配していたチカラがフッと消えた。

 闇は一瞬で溶けて、焦げるような日差しと蝉どもの合唱が戻ってくる。


「もー、お前らが突然妙なこと言い出すから、オジサンびっくりしちゃったじゃないの。もっと笑える冗談言えっつーの」


 所長はそう言ってソファに寝転ぶと、ばさりと競馬新聞を広げた。


「じゃあ、そういうことだから。ふたりとも、仕事よろしくねん。すっぽかしたら承知しねえからな」


 それだけ言うと、所長は鼻歌なんぞ歌いながら新聞を読み始めた。


(このクソジジイ……!!)


 だが、これ以上は命取りだ。

 俺は渡に目配せすると、そそくさとその場を後にした。

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