恐怖と覚悟と
「ずいぶん器用よね、老犬のくせに」
「・・・亀の甲より年の功、なんて言うくらいだからね」
刺すように呟かれた皮肉に、つい喧嘩腰で答えてしまう。
いつもなら流せる言葉に反応してしまうのは、
先程までの状況で神経が高ぶっていたせいだろう。
今まで何度もあの施設で殺し合いをさせられて、
命がかかった状況には慣れたつもりでいた。
それに、死ぬことは俺にとっては一万回近く体験した、日常の延長線だ。
痛いし、悔しいし、そもそも「取り返しがつく死」こそが異常で、
だから、いつそのまま目が覚めなくなるかという不安とはずっと隣り合わせだった。
それでも、今回は、
もし自分がしくじればクイも巻き込んでしまうという点がいつもと違った。
「なに、怒ったの?」
「・・・・・・」
今までの経験から、俺の「取り返しがつく死」の範囲は自分だけだとわかっている。
だからクイに何かがあっても、おそらく俺には干渉できない。
そんなことに今さら気づいて、俺は訓練の何倍もの速度で精神的に消耗する事になっていた。
最優先の目的は、自分が死なないこと。それは変わらない。
でも、そのために何を犠牲にできるのか。
少なくとも、目の前の少女を見捨てることは、もうできない。
幼なじみとして八年間、一緒に戦ってきた、言わば戦友だ。
何度も互いに刃を向けて、何度も「殺されて」きた仲だ。
それに、
「ねえ、なんとか言いなさいよ」
「・・・・・・怖いんだな、クイも」
「っ!」
俺の言葉に、クイが瞳を揺らす。
怖くないはずがない。
クイにの命は一つきりで、取り返しがつくはずもない。
ましてやまだ十歳にも満たない身で、
隣にいるのは、老犬と呼ばれる足手まとい。
「そんなわけっ!」
「しっ!」
食いつくように声をあげたクイの口を手のひらでふさいで、
周囲の気配を探査する。
息を殺して、気配を押さえて。
今の声を聞き付けただれかが駆けつけて来るのではないかと、
耳を済ませて、しばらく。
「・・・大丈夫だったらしいな」
「、ぷはっ」
息苦しかったのだろう、赤い顔で睨み付けられるが、俺のせいではないはずだ。