初めての使命と夜狼と
朝食の後、俺を含めた数人に対して残るように声がかかった。
とうとう、時期が来てしまったらしい。
司祭の前に並んだのは五人。
俺とミニ、クイーン。
そして年上の少年たちが二人。
「さて、お前たちに声をかけたのは他でもない、我らの使命についてだ」
他の子供たちがいなくなったのを確認してから、
司祭がおもむろに口を開く。
「神に招かれ、それを拒んだ者がいる」
司祭の言葉に、
ミニと年上組の二人が不快そうな表情をする。
この「施設」の子供らしい反応だ。
「神の慈悲による奇跡。人の生きる苦しみを終える寛大なる赦し。それが死だ」
毎日のように繰り返される経典の言葉を、
司祭が改めてとりあげる。
「だが人は愚かで弱い。神の愛による御業でも、それと知らなければ拒んでしまうこともある」
まったくもって無表情のまま、
司祭は「哀れな事だ」と呟く。
「ゆえに、我らは主の指先となり、彼らをすくいあげてやらねばならない」
神の手のひらからこぼれ落ちた魂を、拾い上げて届ける。
つまり、その相手を殺すというわけだ。
神父の言葉に、今度は俺以外の全員が頷く。
何をすべきなのか理解したと。
「この使命を果たす事ができれば"執行者"見習いに推薦しよう」
神のために生きる子供たちにとって、
人々を「救う」ために戦う"執行者"になることは栄誉そのものだ。
司祭の言葉に目を輝かせている。
今回の「使命」は俺たちにとって初めての実戦であり、
そして同時に、俺にとっての大きな「分岐点」でもある。
いままでに一度も人を殺していない俺が、
自分のために人を殺して生きることを飲み込むのか。
それとも他の子供たちを見捨てて、逃げるのか。
死ぬつもりがない以上、
今の自分に選べるのはどちらか一つだ。
司祭も同じように思っているのだろう、
俺を見ながら目を細める。
「さて、では君達の成功を支える同志を紹介しよう」
司祭の言葉に合わせて、
いつの間に室内にいたのか、
部屋の片隅から壮年の男が現れる。
言葉通りに「現れる」だった。
おそらく姿を隠す光学系の魔法による隠身だろうが、
気配の消し方も、魔力の制御も、
見たことがないレベルの使い手だと感じた。
「以前に少し話したな。
わずか五人の手勢で大隊規模、およそ千人の「浄罪」を行った英雄にして、
今までに百以上の使命を果たした歴戦の執行者。
この男があの"夜狼"だ」
司祭の言葉を聞いて、
使命を言い渡されて緊張した様子だった子供たちの様子が興奮に変わる。
自分達が神の代行者だと信じる子供たちからしてみれば、
目の前の男はまさに偉大な英雄だ。
ミニなどは目を輝かせて見上げているし、
歳上の男子たちやクイーンは視線を交わして心強そうに頷きあっている。
「俺は"夜狼"と呼ばれている。
今回はお前たちを率いて使命にあたる。
以降は隊長と呼べ」
男の言葉に、子供たちが声を揃えて返事をする。
この男がいれば初めての「使命」への不安もいらない。
そんな期待が伺える返事だった。
ーーただ、俺はいざとなればこの男から逃げなくてはいけない。
そう思うと、どこまでも深く飲み込む底無し沼のような瞳と、
気付けば震えそうになるほどの威圧感をもった、
冷酷な戦士にしか見えなかった。