妹と幸福と
夕食の時間にはやはり間に合わなかったようだ。
明かりの消えた食堂にため息だけを残して、
盛大に不満を訴える腹の虫をなだめながら部屋に戻る。
月明かりだけが照らす廊下を歩いて部屋の扉を開けると、
音もなく、小さな体が俺の胸に飛び込んでくる。
「お帰り、おにい!」
「おっと、ただいま、ミニ」
既に消灯時間だというのに、
わざわざ俺を待って飛びついてくる、金髪の幼女。
俺にとって、ここで唯一家族、妹と呼べる子だ。
司祭達から32064と呼ばれるミニは、
純人族ばかりのココでは珍しいハーフエルフという種族だ。
人間とエルフの間に生まれる混血種。
彼らとエルフの違いは、特徴である耳が少しだけ短く、
寿命や成長が人間に近いくらいだ。
しかし、それがエルフにとっては重大な問題らしい。
「尊き血を穢している」として迫害され、憎まれる。
ミニがこんな場所にいるのもそのせいだろう。
おそらくはそんな理由でこの施設へ入れられたミニだが、
幸か不幸か、誰より「順応」してしまった一人でもある。
「ごめんね、おにい。せっかくのチャンスだったのに今日も殺してあげられなくて(・・・・・・・・・・・・・)」
心の底から、申し訳なさそうに謝ってくるミニ。
今日の「実践訓練」の最後。
俺の腹を後ろから貫いて「殺した」のは、
他でもない、この胸に抱きついてほっぺたをすり寄せてきているミニだった。
「・・・まだ負けるわけにはいかないからな。ほら、今日は寝よう」
「むうむう、はーい」
金の絹糸のような髪を撫でてから、
ベッドに寝かしつけて毛布をかけてやる。
この子にとって、
人を殺すということはきっと、
司祭が「教え(せんのうし)」ているように「救い」であるのだろう。
「ねえ、おにい。寝る前のお祈り、しないと」
「ああ・・・主よ、我らの尊き父よ」
「今日もあなたの与える糧で、私は刃を振るい」
「・・・苦しみに縛られたあなたの子らを」
「あなたの身許へおくります」
司祭は語った。
俺たちにとって、
人々を痛みや苦しみから解放し、
父たる聖霊の下へと導くために刃を振るうのが正義なのだと。
その為に「苦難」を引き受けるのが、
この「施設」で育つ子供たちの使命なのだと。
「おやすみ、おにい」
「おやすみ、ミニ」
前世の記憶と価値観のせいで殺人に踏み切れない俺や、
賢すぎるがゆえに「気付いて」しまいつつあるクイーンと違い、
この子にとっての殺人は、本当に救いなのだろう。
逃げることも逆らうこともできないこの「施設」では、
司祭たちの語る試練と使命を信じ続けるのが「幸福」なのだ。
例えそれが、兄と呼んでなついている俺を殺すことだとしても。