退屈な魔法使いと初夢
僕はふと、初夢のことを思い出す。
たしか、一富士二鷹三茄子が縁起がいいんだっけ。その続きもあった気がするが、まあどうでもいいだろう。
何でこんなどうでもいいことを考えているかというと、退屈だからだ。この時期は冬休みということもあるが、何もする気が起きないというのには理由がある。
それは僕が魔法使いだからだ。魔法で、どんなこともできてしまうから、やりたいことや楽しそうなことは全部やってしまった。だからそこ退屈というのはなんとも皮肉な話さ。
そこで初夢の話だが、暇つぶしには今の時期なら悪くは無いだろう。
しかし、僕からすると魔法で夢の内容を決めることもできなくはない。自分に魔法をかけたって、結果は分かりきっている。
確か、初夢は『自分で見なきゃいけない』というルールは無かったはずだ。
ふむ、面白いことを思いついた。僕は魔法の構築について少し考える。
「問題なくできそうだな」
新たに作り出した他人の夢に入る術式は無事に起動できた。
「さて、そろそろ頃合だ。向かうとするか」
街の明かりが減っている元旦の午前1時頃、僕は部屋の窓から飛んでいった。初夢が何日になるかは色々説があるらしいが、面白そうなことはさっさと楽しもうと思うからな。
それにしても、誰なら例の夢を見ているのだろうか?
一富士二鷹三茄子、富士山、鷹、それにナスか。普通の人なら絶対に見なさそうなラインナップだ。これは厳しい。
とりあえず、発想力豊かな子供なら、見る可能性はあるだろう。僕は外においてある自転車からおおよその見当をつけると、魔法で気づかれないようにこっそりと中に入っていった。
僕は何個かの部屋を魔法で探り目的の場所を見つける。そこでは、小学生くらいの男の子がすぅーすぅーと吐息を立てながら眠っていた。
「さて、おじゃましますか」
僕は右手の手のひらの上に魔方陣を光らせながら浮かべると、僕の体は光に包まれ部屋から消えた。
「どうやら、外と変わらないように見えるな」
僕は少年の夢の中に魔法で空を飛び街を見下ろすが特に変わった様子はない。
あえて言うのなら、ここでは日が昇り、明るくなっているだけだ。
しかし、様子を見てみるとどうもおかしい。街にいる人間が異常に多いのだ。
少年の家の前の玄関に立ち、集中して中の様子を調べるが、少年も中にいるし特に変わった様子は無かった。
「いって」
そして、僕の魔法は体にぶつかる衝撃によって中断された。
何かと思って周りを見ると違和感を感じる。ほぼ全員がこっちに向かって歩いてきている。
まるで、満員電車から駅の改札に向かっていくように人の山が周りの道全てからこちらに向かってきているのだ。
「ガハッ」
僕は、次々とこちらに向かってくる人に押しつぶされるが、何とか魔法で飛び上がり助かった。
そして、その人々はお年玉を入れる袋を皆、大切そうに持っていた。
「これは滅茶苦茶ってものじゃないな」
空から見下ろしながら現状を分析する。夢見る少年の家の周りには人が潰れそうなくらい押し寄せてきていて、家の中に入っていっている。
ちなみに家から出てくる人は一人もいなかった。
「なんにせよ。どうやらこの夢ではないらしい」
僕は手のひらに魔方陣を浮かべると現実に戻っていった。
子供のいそうな家を探して見つける。次に僕が夢に入るのは、小学校低学年くらいの幼女のようだ。
まあ、さすがにさっきの夢みたいなヒドイことは無いだろう。
僕はそんなことを考えながら、魔法を使って少女の夢に入っていった。
「いったいここは何なんだろうか?」
夢に入って僕が真っ先に出てきた疑問はそれだった。
見渡す限りの、海のような液体ばかりの世界なのだ。
しかし、一点だけ特殊なのがそれが肌色のような色をしているということだ。
なんにせよ、飛んでみるか。僕は飛行魔法に加速魔法を追加する。僕がしばらく飛ぶと、ちょっとした小島を見つける。
そして降りてみて気づいたのだが、どうもこの島の地面は柔らかい。魔法を使うのは少し休みたいということもあり、しばらく島を歩き回ったが特に変わった物はなかった。
「一応、上からも見てみるか」
僕は、先ほどよりも高く、島全体が見渡せる高度まで飛翔する。
そこからみえたのは、「巨大なかまぼこ」だった。
あれから僕は、巨大なもちを3回ほど見るまで永遠と飛行を続けたが、結局ナスは無かった。
「子供は野菜嫌いだから仕方ないよね」
苦笑いを浮かべながら、僕はお雑煮の世界から現実に帰っていった。
少し、考え直す必要があるかもしれないな。僕は夜空を飛びながら考える。小学生の夢というのは、発想が自由なのはいいがデタラメだ。
というか、そもそも富士山なら夢の中が現実世界を元にしたものならある可能性が高い。
夢の内容なんて無視して、富士山まで夢の中を飛んでいけばいいんじゃないか? 僕はそう考えると、とりあえず夢を見ている可能性が高い、中学生くらいの男子の夢の中に入っていった。
「どうやら現実世界の夢らしい」
僕は、現実と変わらない見慣れたの夜景を見下ろしていた。
ならば、好都合というやつだ。
もしここでダメなら、他の人に入るだけなのだが、一発目で引き当てるとはなかなか幸運だ。
「良い夢見ろよ!」
名も知らぬ中学生に届かぬ声をかけて富士山に向かって飛んでいった。
しかし、現実はそう上手くいかないらしい。ここは現実じゃないじゃんとか思うが、言葉を飲み込みまわりを分析する。
先ほど、轟音とともに、爆発のようなものが起きた。距離はここからかなりあるが、爆発の音や空に向かって上ってる煙からしてかなり規模は大きい。
僕は周囲を警戒する。
そうして、あたりを見渡した数秒後、今度は何が起こるかわかる距離で、爆発とほぼ同時にヒューという風の音を聞いた。
どうやら、上から何かが落ちてきたらしい、僕は空を見上げると、そこには赤く光りながら地上に向かってくる無数の隕石があった。
「ああ、そうですか! そういうことですか!! 年なんて明けなくて良いってことですね!!」
どうやら彼の夢は、『明日地球滅んでないかな』ってことらしい。
「上等だ。行ってやる。行ってやるとも富士山まで!」
ヤケだった。僕は加速魔法や短距離の転移魔法など、全力で夢の中の富士山に向かった。
しかしこの夢は現実以上に残酷らしい。
ゴゴゴゴゴという音とともに、三日月が、クルクル回りながら星空から地上に向かって落ちてきた。
「いやいやいやいや、ダメだろ! 三日月ブーメランは!!」
そして三日月が深々と地球に刺さり、僕とこの夢はほぼ同時に消滅した。
そして僕は、理不尽な夢なんかよりは、初日の出でもみようかとしばらく飛行魔法で移動したあと、絶景を見ていた。縁起が良いとされる初日の出、しかも富士山から出るすばらしい景色。
「これが夢ならよかったのに」
だけれど、僕の口からはそんな言葉がこぼれていた。