Question9
Question9
窓の外から朝日の柔らかい光が流れ込む。チチチと小鳥たちのさえずきをアラームにガロアは気持ちよく目覚めた。
体を起こして背伸びをし、気持ちのよい朝を実感した。
「あーーーーーー」
そのつかの間、少年の絶叫で気持ちのよい朝は悲しくも終わってしまった。
ドタドタドタドタッ
勢いよく階段を駆け下りる音が盛大に聞こえる。
ガロアも不信感を抱きつつもその音に続いて、1階へと降りていった。
「なんでみんな起こしてくれなかったんだよー!!!!」
キッチンを覗くと、寝癖がついたままホールがオーバーなジェスチャーをして暴れまわっていた。
トーストのパンくずを口につけて苦笑いのキャロル。すまし顔でカフェオレを飲むチェルシー。焼きたてのスクランブルエッグをさらに盛り付けて呆れるメルセンヌ。彼ら3人はいまだに喚くホールを静かに見つめていた。
「何度も起こしましたわよ?すっかり夢の住民と化してましたもの」
「フレディ…チェルシー…」
彼は涙目で仲間に助け船の出向を求めた。
「お、おはようマー君」
「あら、もうこんな時間。キャロル君、行きましょう」
キャロルはにこやかに挨拶はしたものも、チェルシーと共に出発する様子だった。二人ともまだ新しい制服に身を包まれ、紺のスクールバッグを肩に掛けている。
「ちょっ!あと5分待って!着替えて来るから!」
「朝食はどうしますの!!!」
「おかずは全部パンに挟んでおいて!学校で食べるから!」
彼は階段を駆け上がっていった。朝から台風が来たのかと勘違いするほどの騒がしさ、そして去ったあとの静けさだった。また戻ってくるみたいなのでいまは台風の目辺りの状況だろう。
「朝から騒がしいですね…」
振り子時計を見ると時刻は7時15分を指していた。まだ寝坊しても全然平気な時間帯だ。
「おはようございますガロアさん♪起こしてしまいましたか…」
「いやいや、この時間帯が一番目覚めが気持ちいいと思うよ?」
「まぁ、この教会にホールがいる限り、彼よりも長く快眠でにる保証はありませんが」
チェルシーとメルセンヌはフフフと女の子らしく笑う。キャロルは朝食が食べ足りないのか、ホールが戻ってくるまでサラダを一人でおかわりしていた。華奢な見た目によらず大食いなのかもしれない。
「っとりゃー!ギリギリセーフだよな?」
パーカーの上に学校指定のブレザーを羽織ったスタイルでホールはキッチンへ滑り込んできた。
しかし、爆発的芸術的な寝癖は放置されたままだった。
「タイム…4分59秒ですわね」
「っしゃーい!」
彼は制限時間以内に目標達成出来たことに喜んで跳ね回っているが、先に準備を終えていたキャロルとチェルシーは、玄関で靴を履いていた。本気で置いていくらしい。
「フレディ、チェルシー待てよー」
ホールは置いていかれそうなことに気がつくと、朝食を詰め込んだサンドイッチを口にくわえて、玄関へ向かった。
「いってきまーす」
少年少女3人の元気のある声が彼らの一日の幕開けとなったーーー
キャロル、チェルシー、ホールの3人が通う学校は至って普通の市立高校である。しかし、朝はテスト前以外は基本的に早くから『0限目』と称された講習が始まる。その上週2日は『7限目』まで存在するそれなりのスパルタ進学校である。
「3人ともやっほー♪今日も仲良いねー」
昼休み。
クラスメイトの一人が挨拶と悪意のない冷やかしをしてきた。周りは彼らが『サクリファイス』といことを知らない。万が一発動してしまわないようにそれぞれ監視し合うため、基本的に行動を共にしている。
「フレディ~数Ⅰの予習写させて?」
『僕、理系苦手だから答え合ってるかわかんないよ?』
学校内では人の目が多いので、キャロルは親友にも筆談で会話する。
「実はね、英語も出来てないの」
『英語でよかったらいいよー』
満面の笑みでホールに英語のノートを渡す。中は魔術書ではないかと錯覚するほど、びっしりと筆記体の英文が並んでいる。
「キャロル君、数Aはできるのに何で数Ⅰは駄目なの?」
『数Aは基本的に図とか使ったり、文章題だから物語をつくって解けるから…』
「成る程」
キャロルは文系ならば余裕で学年1位に居座ることができている。チェルシーは得意不得意の差は激しくなく、安定した成績で学年の上位層にいる。しかしホールは赤点スレスレの場合があったりして、テスト前日は一夜漬けで頑張っている。
「カルダーノ君。
ちょっと資料運ぶのを手伝ってもらえないか?」
「あ、はい。ごめんね、二人で食べてて」
チェルシーは自分の弁当箱を片付けると、教室の外へ出ていってしまった。
同時に、残った2人の携帯電話にオイラーから同じようなメールが届いた。
『いまから屋上へ行って待っててくれ。新しい仕事について話したい』
二人は屋上へ移動して食事の続きをする。
今日は生憎の曇天であり、屋上には誰もいない様子だった。
3限目と4限目の間に早弁をしたホールは鞄から一冊の新書サイズの本を取り出した。
「もぐっ…?マー君が読書なんて珍しい」
食事中でもキャロルは会話のログを更新し続ける。口一杯にいちごサンドを詰めてフランスパンの欠片をポロポロこぼしている。好きなものはハムスターのように口の中に詰め込むのが彼の癖である。
屋外で二人きりの環境となったため、キャロルは声を出しての会話へとモードチェンジする。
口一杯にいちごサンドを詰めてフランスパンの欠片をポロポロこぼしている。好きなものはハムスターのように口の中に詰め込むのが彼の癖である。
「何もかいてねーよ。白紙の本だ」
ホールは呆れたように真っ白なページをキャロルに見せつける。
「ガロアにーさんと持って帰ってきたあの金庫から出てきた。詳しいことはよくわかんねーけどな…他のみんなもこれの研究に行き詰まってる感じかな?」
「あっ、ピタゴラス先生ならわかるかも!」
「せんせーねぇ…」
キャロルが心当たりのある人物の名を挙げては、ホールはなにかを思い出すように重々しい表情で白紙のページに視線を戻す。
「正直俺はあの人を信用していない。いまだって『Secret』のみんなに対してもすべてを信頼している訳じゃないしな」
「…みんな僕らの親族と違っていい人だよ」
「だからだよ!」
ホールは声を荒げた。キャロルは少し驚いた顔をしてから、視線をそらした。仲の良い従兄弟に怒鳴られて反応に困ったのであろう。
「お取り込み中だったかな?」
突如聞こえた第三者の発言にホールはビクリと驚いた。いつの間にか彼らの前にオイラーが現れていたのだ。
「…さっきの話聞いてたのか?」
「おっと誤解しないで!盗み聞きしてた訳じゃない。まぁ信用されてないみたいだけどね」
怪訝そうな表情を浮かべるホールに対して、彼は両手を挙げて降参のポーズをとる。
「そう思われてたのも仕方ないか…。誰にも言えないような事を経験して、経歴書を黒く塗りつぶして、生きてきた。そんな俺らが集まっての『Secret』だからね…まぁ、現にガロア君の経歴はわかんないけど」
「それで?急に呼び出したならそれなりの重要な仕事なんだよね?」
「今回の仕事はね…」
オイラーの声は遠くから聞こえる雷の轟音に掻き消された。その後、強い雨がノイズのように校舎を包み込んだ。