Question17
Question17
「それでは二人とも、本日はお疲れ様。また明日からも仕事よろしく頼むよ」
「まぁ、今回は成功…なんですかね?」
「何が成功よ!予想外過ぎて今回は瀕死状態にもなったんだから!」
デスクを激しく叩き、リチャードソンは声を荒げる。
「そのところは、危険に晒して申し訳なかったね。いくら能力で治したと言っても完全には回復できているかわからない。今夜はしっかりと休養をとるように」
「フェルマー様…」
彼女の腰には、服の血痕は残っているものの、傷は完全に癒えており、滑らかな肌へと戻っていた。
「それに、君もこんな時間に呼んですまない。そろそろ日も暮れ、外も暗くなるから今夜は使いの者に送らせるよ」
「御気遣いありがとうございます」
部屋の隅で静かに佇んでいた少女がペコリと頭を下げる。
「こちらの方々は怪我人が絶えないのでいつでも頼ってくださいね」
「それならいっそこっちに所属すれば良いんじゃない?治癒系の能力者はいないから君が入れば皆大歓迎だぜ?」
メビウスの誘いに彼女はゆっくりと首を振る。
「ありがたいお誘いですが、ボクにもやるべきことがありますので」
「それは興味深いね。何かの研究とかかい?」
「人探し…というのでしょうね。ボクはある人物を探しているんです。多分この街にいると思うのですが…ボク自身も新参者であまり詳しくは」
「もしかしたら、メアリ達なら知ってる人物かな?何て言う人?」
「…『チェルシー・カルダーノ』という齢16程の女の子です」
3人は顔を見合わせ首をかしげた。
「その名前…つい最近どっかで…」
「いや、存じ上げないね」
記憶を掘り起こそうとするメビウスの言葉を遮り、フェルマーは目を閉じ、首を振った。
「そうですか…お時間とらせてすみません。それでは失礼いたします」
彼女もあっさりと納得した。3人に頭を下げてから、そそくさと退室した。
「ところで、エヴァンス・ガロアの方は…」
「あわわっ、走り回ったら危ないですよ!」
廊下の方からメイドの騒ぐ声が聞こえる。
同時に扉がガンッと大きく開かれ、ガロアが飛び込んできた。
「おいフェルマー!なんでここにボクがいるんだ!」
「目が覚めておはようもないのか」
かなりご立腹のようである。リチャードソンは傘を構え、メビウスは「ヤバイ漫画のワンシーンみたい」と口元を押さえ笑いを押さえている。
「君は何も覚えていないのかい…まぁ、あの事も覚えていないんだから当たり前か」
「は?…とりあえず、状況を説明してくれ」
「『説明してくれ』じゃ言っている意味が理解できないなぁ」
「ぐぬぬ…説明してください」
「ブフッw」
二人のやり取りにメビウスは堪えていた笑いを吹き出した。
「単刀直入に言うが、君は戦闘系の『サクリファイス』だ」
「え」
「驚くのも無理はない。僕も覚醒した頃は同じ反応をしたよ。きっとレオーノス・オイラーも君に何らか能力があることは薄々気づいていただろう。帰ったら詳しく聞くといい」
フェルマーの話を聞いてもガロアの脳内は情報の整理整頓が追いついていない。
その事を裏付けるようにリチャードソンは自分の傘を差し出した。
「これ、わかる?大きなドリルで貫かれたような穴があるでしょ?この穴は貴方が能力で撃ったこんな小さな弾丸で出来たの」
「じゃあ…僕がその能力を使えばフェルマーたちも易々と殺せたってこと?」
「僕を殺すなんて甘いこと考えるなよ」
フェルマーは声のトーンを低くした。それを聞いたリチャードソンとメビウスがギョッと目を見開いた。
「ちょっ、フェルマーさんそれをいま使うのは…」
「彼には使うつもりはない…まぁ今後の行動次第では…ね?」
フェルマーはタブレットの電源を入れて映し出された映像をガロアに見せる。ある牢獄の監視カメラから見たリアルタイムの映像だ。
牢獄には一人の囚人が菌まみれの不衛生な床に寝転がっている。
「…Final Sentence」
フェルマーが呟いた直後、囚人はムクリと起き上がり、洗面所の下においてあった紙箱から中身の詰まった小瓶を取り出した。
「おい…やめろ」
ガロアの頼みは虚しくも画面越しの彼には伝わるはずもなく、彼は狂ったように掌に小瓶の中身を落とす。米粒のような白い錠剤が彼の手から溢れるほど出てきた。
それをすべて口に流し込み____
ガロアは耐えきれなくなり、画面から目をそらした。
「嗚呼…彼は隠し持っていた睡眠薬でこの世を去ったようだね。
薬を飲もうが飲まないが彼は2日後に死罪の予定だったしね。どちらにせよバッドエンドさ」
「なんで僕にこれを…」
「僕の能力はいわば『殺戮の能力』自分が狙った相手を自分の手を汚さず殺す能力だよ。9割が自殺や事故死だけどね。銃殺、絞殺、溺殺、薬殺、刺殺…バリエーションも様々だよ。但しどの効果が出るかは僕でも予測できない」
「パスカルさんが拷問係をやめたのも…」
「僕の能力が覚醒したからだ。まぁ、今は争いを嫌っているように振る舞っているけど、本人にやめたい意思はあったのかはわかんないよ」
フェルマーはやれやれと首を振る。
「あの頃のパスカルさんは囚人達に、毎日聞くだけでも吐き気のするような酷い拷問をかけていたよ。でもその時が一番彼が生き生きとしていた。君と初めて対面したときにパスカルさんは僕の銃を暴発させただろ。あの時一瞬だけ見せた笑顔は昔のままだったよ。」
「さっきから過去の事をペラペラ話すけどお前ホントに何歳だよ」
「ん?17歳だけど?」
ガロアはフェルマーが本当に自分と同い年なのか疑ってしまう。考え方が根本的に大人びているのだ。
「失礼します」
メイドの一人が部屋に入ってきた。
「エヴァンス・ガロア様、貴方とお話がしたいという方からお電話です」
「僕に?」
彼女は深く頷き、固定電話の子機を差し出した。怪訝そうにそれを受け取ったガロアは保留音を解除し、自分の耳に当てる。
「もしもし?」
『もしもし?ガロア君?僕だけど覚えてる?』
「すみません、『僕』だけでは誰だか…」
『あぁごめんね。…アイリッシュ・ケプラー…って言ったらわかるかな?』
「もしかしてケプラー先輩!?」
ガロアは驚きのあまり、子機を落としそうになった。
「どうして先輩が」
『ちょっと風の噂で君の居場所を聞いたんだ。このあとどこかで会えたりしない?』
「え…」
彼は戸惑ったようにフェルマーに視線を送る。フェルマーは片手でO.K. サインを作った。
「はい、大丈夫です」
『うん!じゃあいま都市中央の裁判所前にいるからここで待ってるね!』
普通に建物の外で全力待機していた。
「僕も用件は済んだからね。先方との話が終わったら自分の組織へ戻ったらいい」
「じゃあ僕はこれで」
「あ、待って」
メイドと共に部屋を出ようとすると、背中越しにフェルマーが呼び止める。
「忠告しておく。君は今後能力にまつわる自信の過去を知ることになる。そして、多くの人を傷つけていくだろう。…賭けてもいいよ」
「お前の忠告が的違いだったら?」
「僕を殺してもいい。けれど僕の予想通りなら君の肉を一つ残らずもらう。」
ガロアは返事をせず、その場を去った。
「フェルマー様、あの人の肉をもらってどうするの?」
「考えてない…」
「焼き肉でもするか?」
「うんみゅ…」
悩むフェルマーの後ろでキャハハッと子供の笑う声が聞こえた。