Question14
Question14
パスカルは違和感を感じていた。心の中にどろどろとした嫌なものがまとわりつくような感覚だ。
「…さん。パスカルさん!」
後輩に名前を呼ばれて我に帰る。
「パスカルさん?大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「ここのところ忙しかったですし、疲れがたまっているんでしょうね」
「そうだね…」
パスカルはガロアと共に路地裏へ来ていた。行き場の失った人々が路上に屯していたが、いまいる場所には彼ら以外誰もいない。
「いくら政府の機密情報を盗んできた犯人がここに逃げてきたといっても、ここでは盗みなんて普通なのだから探しようがないですよね」
ガロアは画質の悪い顔写真とにらめっこを始める。依頼主からのメールに添付されたものだ。
「おい、アイツじゃないのか?」
「ホントだ。写真とそっくりだ」
周囲からの視線がちらほらと2人に集まっている。
「ガロア君、なんだか僕らに視線が集まってるみたいなんだけど?」
「お前が例のお尋ね者か」
「うわぁっ」
いきなりガロアの元に寄ってきた肉付きのよい大男にガロアは2,3歩ほど後退りをした。
「お、お尋ね者!?僕が?」
「この写真どこからどう見たってお前だろ?」
男が見せた写真は他人のようにも見えるが、ほとんどガロア本人だった。
「僕にしては少し違うような…額近くのつむじの位置も反対だし、奥二重でもないし…」
「だからお前だろ!!」
「ひぃースミマセン!お金はないです!」
「失礼ですが、なぜ彼にそこまでこだわるのですか?お尋ね者ならそこら辺にごろごろ転がっているでしょう」
ガロアと男の間にパスカルがスッと手を差し込み、会話に割り込む
「数日前に雨も降ってないのに傘をさした妙な女からコイツに多額の懸賞金を賭けた話をもらったんだよ」
「なるほどね…」
パスカルは顎に手を当て、思考を巡らせた。
(フェルマーの仕業か、あるいは第三者によるものか)
「傘をさした妙な女とはメアリの事かしら?」
突如聞こえた女性の声に、その場の貧民たちがざわめいた。
路地裏の向こうから身長160cm弱、高校生程の年齢をした女性が歩いてきた。まだ暖かい季節なのにマフラーとコートに身を包んでいる。確かに妙な姿だ。
「あら、お尋ね者を探してくれたのね。賞金は後で手下たちが送っておくわ。用が済んだなら去りなさい」
貧民たちは黙ってその場から立ち去った。
ガロア、パスカル、女性の3人だけの空間となると彼女は傘を閉じた。
「ふぅ…やっと見つけることができたわ。メアリの名前はメアリー・リチャードソンっていうの。ご察しの通り、フェルマー様からの使いよ」
「何で僕をお尋ね者にしたんだ」
「あら、理解してないみたいのね。もちろんうちの組織に勧誘するためよ」
「何だって…」
♪~
パスカルの懐から悲しげなオルゴール調のメロディが流れた。彼は携帯電話を取り出した。携帯の着信音のようだ。
「全く、こんなときに」
「雰囲気壊しのお電話ね。応答してあげたらどう?」
パスカルは彼女を睨んで、その電話をとる。
「もしもし?」
『もしもし、パスカル様?大変ですの』
電話の向こうからメルセンヌの声が届く。呼吸が乱れていて、焦っている様子だった。
『キャロル君たちが…仕事先で敵襲に…』
「ッ!!」
『私が現場にオイラー様と向かってますわ。そちらの用事が済み次第至急向かってくださいな』
「わかった、今すぐ行く。ガロア君、話は一旦終了だ。状況が変わった」
彼はメルセンヌとの通話を切り、ガロアに撤退を促す。
パンッパンッ
破裂音が鳴った。その一瞬、ガロアとパスカルの足元…冷たいコンクリート面に何かが当たった。
「そう簡単には帰らせないわよ。ふふふっ」
リチャードソンが傘の先端を2人に向けていた。傘の尖った先端は金色に輝いている。その中央には数ミリ程の空洞があった。
感付いたパスカルは自身の足元を見て弾丸が転がっていないか調べた。コンクリートには鋭利なもので掘ったような跡があった。
「空気砲か」
「大正解♪けれど、空気砲だからって甘く見ては酷いことになるからねー」
傘の先端から見えない弾丸が発射される。
「『Crash Pressure』!」
空気弾はパスカルの作った圧力により、減速したのち消滅した。
「圧力使いは貴方のことだったのね。でも残念。メアリはあなたより勝った『大気使い』よ。圧力なんて私の前では効かないわ」
彼女は傘を開いて、一振りした。すると風が舞い、彼女の体はふわっと中に浮いた。ある程度の高さを保つと、再び傘を閉じて射撃体制に入る上空にあがって狙い撃ちするらしい。
「パスカルさん!彼女の目当ては僕です!ここは僕が何とかするので、先にキャロル君達のもとにいってください」
「何とかって!?」
「何とかです!!」
見切り発車だった。
「あははっ!愉快愉快。これ死亡フラグってやつじゃないの?ほんと一般人がいるからいまの世の中はダメなのよ~文明から廃れてるわ。
そして一般人のあんたがメアリと戦闘ねぇ…後世に残る喜劇の始まりね!
リチャードソンは手を叩いて、高らかに笑う。彼等を煽っているようにも見える笑い方だ。
「確かに僕は出来損ないの落ちこぼれた一般人なのかもしれない。けれど、この世界の文明を築き上げてきたのは、力だけで勝ち組の面をした有能なサクリファイス達じゃない。特殊能力をもたず、日々を懸命に生きて努力してきた人達だというのは確かだ!」
「は?」
彼女の笑顔が消えた。ゴミを見るような見下した目でガロアを睨む。
「組織の先輩たちに頼ってばかりで、自分のことはなにもできない鶏野郎が何偉そうな口叩いてんの?正義の味方ぶってて気にくわない。
あんたみたいなのがいるから文明の発展が遅れたんじゃない、死んでしまえば世の中に貢献できると思うわ。この社会のゴミ」
空気弾の雨がガロアに降り注がれた。
「ガロア君!!!」
廃校へと向かう車の中。運転するメルセンヌの隣でオイラーはタブレットの液晶画面から一秒たりとも目を離さなかった。
「オイラー様!車酔いしても知りませんわよ!」
「あぁ、わかってるさ」
彼が見ていたのはガロア達の向かった路地裏に設置されていた監視カメラの映像だ。とある人物にアクセスしてもらい、現場の映像を中継してもらっている。
(ったく、ガロア君も結構無茶するよね)
ガロアがリチャードソンに蜂の巣(?)にされたときに瞬時に出た感想だった。塵が舞って、彼の姿は未だ確認できない。
「ちょっとシスターちゃん。これしばらくは組織活動中止かも」
「そんなことはとっくに承知済みですわよ!!」
彼女はハンドルを大きく切り、華麗なスピンを決める。もちろん本業はスタントマンではなく、教会のシスターだ。
しかし、オイラーにとってはそれくらいの回転に目を回している場合ではなかった。彼の視線は画面の向こうに現れたガロアの姿に釘付けだった。
服は所々破れているものの、映像で確認できるほど目立った外傷はなかった。あったとしても小さな擦り傷程度だろう。温和そうな眼は正気を失っているようで、獣のような鋭い眼であった。破れた服の袖から見える白い手首には『10:27』からリアルタイムで数の減る刻印がぼんやりと光っている。
「ははっ、ついにやりやがった」
彼の変わり果てた姿を見て、オイラーは思わず笑ってしまった。
代償『Time Limit』
「おはよう、『時間の狂人』君」