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二匹目 『草原の狼』 前編

「おい、いい加減起きろ。」

 体を揺すられ、深いところまで落ちていた意識が浮上していく。

 どうやら私は机に突っ伏して寝ていたようね。

「ん、ん~~ふぁ。」

 私は目をこすり、辺りを見渡す。ここは私の部屋、牧場にある家の二階にある。窓からは朝日が差し込んでいて寝起きにはとても眩しい。周りには昨日の夜食べ散らかした干し肉が散らばり、中身の無い大きな瓶が転がっていた。

 あぁ、そうだ。昨日ムツゴロウと酒を飲んで、

 その時、頭に激痛が走った。

「あいたたたた。」

「飲みすぎだ、バカ娘。」

 そういって頭をはたかれる。頭痛が酷くなった。

「あいたっ、ちょっと二日酔いの娘を叩かないでよ。頭割れそうなのにぃ。」

 私は机にうなだれる。

「早く降りて来い。朝ごはんだ、彼はもう降りてるぞ。」




「あ、お早うございます。いい朝ですね。」

 そう爽やかに挨拶をしてくる男、ムツゴロウ。こいつは昨日私と同じくらい酒を飲んでいるはずなのに二日酔いの気配はない。横では子犬が干し肉を戻したものを食べている。

 私はムツゴロウの向かいに座り、コップに注がれた水を飲み干す。冷えた水が頭痛を幾分抑えてくれた。

「あんた、なに当たり前にご飯食べてるのよ。」

「いやあ、食べて行きなさいって言われて。しっかし、この野菜うまいですね。」

 ムツゴロウはぱくぱくと皿に盛られた料理を口に運んでいく。

「そうだろ、私が心を込めて育てたんだ。ほら、アリアも早く食べなさい。」

「いらない、まだ気持ち悪い。」

「まったく。ほら、軽い物だけでも食べときなさい。」

「はーい。」

 私は目の前に置かれたサラダを食べ始める。採れたての野菜はみずみずしく、ドレッシングがとっても美味しい。

 これに私が作ったチーズがあれば最高なのにな。うん、早く牧場を再開させなきゃ。

 心の中で決意を新たにしたとき、呼び鈴がなった。

「おや、こんな朝早くにお客さんとは珍しいな。はーい、今行きます。」

 そう言ってお父さんは玄関に歩いていった。

「で、あんたはこれからどうするつもりよ。」

 ムツゴロウは腕を組み、考え込む。

「どうしたらいいんですかねぇ?」

「私に聞かないでよ、バカ。とりあえず、仕事でもしてお金を稼ぐべきなんじゃないの。まんほーるを探すにも、まずはお金がないとご飯も食べられないからね。」

「んー、ならここで住み込みで働くっていうのが一番手っ取り早いんですけどね。」

「動物もいない牧場に仕事があるわけないでしょ。街のギルドにでも行って仕事を探しなさいよ。てか、早くここから出て行きなさいよ。魔物も一緒に。」

 外に行け、とフォークを振りアピールする。その時お父さんが戻ってきた。

「アリア。お客さんだぞ。」

「え、私に?誰よ、こんな時間に。めんどくさいなぁ。」

 私はゆっくり立ち上ると玄関に向かった。



「ユナじゃない。どうしたの、こんな時間に。」

 そこにいたのは、親友のユナだった。私と幼馴染で王国衛兵として働いている。いつもならギルドの冒険者窓口にいる時間のはずだけど。

「昨日の件、覚えてる?」

「昨日?あぁ、研究所直営の話?」

「そう、それ。本気でやるの?」

 ユナは心配そうな様子で聞いてきた。

「え、やる気だけど。直営ってなれば箔がつくし、なによりお金ががっぽがっぽなんでしょ?」

 がっぽがっぽのポーズ。

「確かにそうらしいけど。どうせ言っても聞かないんでしょうけど、辞めといたら?」

「やるっていったらやるの。これも牧場のためよ!」

 私は決意を表すように、ユナの瞳をじっと見つめる。ユナは諦めたようにため息をつき、視線を外した。

「そう、じゃあこれ、契約書ね。」

 ユナは脇に抱ええいた書類の束を渡した。

「そこに契約内容書いてあるから確認したらサインって、あんた!ちゃんと読んだの?」

 私は一番上の記名欄に走り書きで名前を書いた。

「やるって決めたんだから。それに読むのめんどくさい。で何をすればいいの?」

「もう、私は知らないからね。契約は成立。輸送隊に伝令、荷物を運ぶように伝えよ。」

「はっ。」

 後ろに控えていた兵士が書類を受け取ると敬礼をし、馬に飛び乗り去っていった。兵士が見えなくなって、そう時間も経たないうちに地響きが聞こえてきた。

「何、あれ。」

 遠くから砂煙をあげて何かが近づいてきた。それは異様な光景だった。二頭の馬に引かれた大きな荷車は黒い布で厳重に覆われており、何が載せられているのかわからないようになっていた。多くの兵士が荷車を中心に円陣を組み、少し怯えた様子で近づいてくる。それは牧場に近づいても速度を緩める気配がない。

 バキバキバキィ!

「ちょっとぉ!荷車大きすぎよ!入り口壊してるんだけど!?」

 私はユナに食ってかかる。

「元から壊れていたじゃない。」

「それはいくらなんでも酷くない?」

「冗談、後で直すから。」

「そっち持ち?」

「研究所が負担する。」

「ならいいわ。」

「いいのね。」

 ユナは少し呆れた様子だ。

「で、このでっかい荷物は何?」

「これが今回、研究所からアリア牧場に飼育を依頼する生物ね。期間は一ヶ月。」

 ユナは荷車の布を少しめくった。そこには檻があり、隙間から見えたものは……

「まじ?」

「まじ。」

「これ、今回の話は無かった事に」

 そう言って踵を返し、家に戻ろうとした私は首根っこを掴まれた。

「それは無理ね、もし依頼がこなせなかったらこの牧場は研究所が没収する決まりなっているから。」

「は?そんなの」

 抗議しようとした私の言葉をユナは遮った。

「契約書の中。だから読んでって言ったじゃない。まったく。」

「えー、どうするのよこれ。いくらお金のためとはいえ、私の綺麗な体を売る気は無いわよ。でも、後にも引けないのよね。」

 どうする、考えるのよ。このめんどくさい事この上ない状況をひっくり返す妙案を。今までだって、自分の手を汚さずに楽して儲けてたじゃない。

「ん、自分の手を汚さず?あるじゃない、いい方法が!」

「アリア、今の顔鏡で見たほうがいいわよ。すっごく最低な顔をしているから。」

 私はユナにちょっと待ってて、と言って家の中に戻った。家の中に戻るとムツゴロウはのんきにお茶を飲んでいた。

「あら、朝ごはんはすんだのかしら。」

「ご馳走様でした。お父さんのご飯とってもおいしかったです。」

「そう、それは良かったわ。」

 私は最大限の笑顔で切り出す。

「あなた仕事を探してたわよね。私の牧場で雇ってあげるわ、報酬は出来高で、三食、宿、美少女付き。どう?こんな好条件の仕事、今のご時勢早々ないわよ。うちで働かない?」

「え、えぇっといきなりですね。んー、たしかに、この世界での拠点は欲しいですけど。さっき仕事無いって」

 ぱしっ、と彼の手を取る。

「なら契約成立ね。さっそく初仕事よ。来なさい!」

「は、え、っちょっと!」

 私はムツゴロウの手を掴み外へと連れ出す。

「あれ、君は昨日の。」

「お早うございます。で、これはいったいどういった状況で?」

「あなたの初仕事はこれよ。」

 そういってムツゴロウを荷車の前に突き飛ばす。彼はよろけてこけた拍子に荷車の布を掴んでしまった。その勢いで黒い布が派手に取り払われた。

 牧場に響き渡るは唸り声。その声の主は私よりも、彼よりも、ここにいる誰よりも大きかった。若草色の体毛に包まれ、口からよだれが滴り落ちる。

「ひぃ、な、なんなんですかこいつ。」

 ムツゴロウは腰が抜けたのか、尻餅をついたまま後ずさりをしている。

「グラスウルフ、ある冒険者パーティが捕獲に成功したの。通常1メートルくらいのサイズなんだけどこのグラスウルフは2メートルを越えているからこの辺りの主なんじゃないか、って言われているのよね。」

 ユナは魔物の説明をしている。

「あなたの仕事はこいつを手なずける事よ。」

 私はグラスウルフから距離をとろうとするムツゴロウの肩を後ろから押さえる。

「い、いやいや。無理ですよ。こんなの、人間より大きいじゃないですか!」

「大丈夫よ、一度手なずけた事があるあなたなら。」

「はあ?正気ですか!噛まれて死んじゃいますよ。」

 ムツゴロウは必死の表情で訴えてくる。

「その時はまかせなさい!こう見えてもヒーラーなのよ、」

 駆け出しの

「しっかり蘇生してあげるわ。」

 成功率は低いけど

「そもそも、仕事の契約なんてしてな」

「男なら四の五の言わずに当たって噛まれろ!」

 ぐだぐだ言うムツゴロウにイラッとした私は、なめし革で作くられたグローブを彼の腕に取り付けて檻の中へ放りこんだ。

「ちょっと!なにする、ぎゃー、か、噛まれた。やばい、やばいって!出してくれぇぇぇ。」

「大丈夫なのか、あれ。」

 ユナは心配そうに檻の中を見ている。

「彼は外国から来た魔物のスペシャリストよ。なんだって手なずけるわ。」

「ふぅん。あ、そうそう。私も期間の間滞在するからよろしくね。」

「どうして?」

 私が訪ねると、ユナは腰に下げた剣に手をかける。

「万が一魔物が逃げ出した時の対策。ま、スペシャリストがいるなら私の出番はないと思うけど。」

「そうね、ユナの手を借りる事は無いから安心してもらっていいわ。ところでさ、あの子覚えてる?魔術師になった。この間久しぶりに会ってさ、」

「え!彼女にあったんだ。今何してるの?」

 無駄話に夢中の二人には、助けを求めるムツゴロウの声が届くことは無かった。




 目が覚めると二人が覗き込んでいた。

「ほら、成功したでしょ?」

「君、大丈夫?」

 起き上がろうとするが、手足が痺れて上手く力が入らない。

「おえはいっはい」

 ろれつも回らず、上手く喋る事が出来ない。

「失敗してる、アリア?」

「えー、ちゃんと教科書通りにやったんだけどなー。」

 そう言ってアリアは左手に持った分厚い本をパラパラとめくっていく。

「んん?このページ、蘇生、の項目じゃない?あ、これ創世術じゃない!どうりで上手くいかない訳だわ。」

「何を作る気よ、あなたは。」

「うっさいわねー、ちょっとしたミスじゃない。」

 そう言ってアリアはぶつぶつと呪文らしき言葉を発し杖の先をトントン、と俺の体に当てていく。

「あ、動いた。」

 杖を当てられた部分に力が入るようになっていく。

「よっし、成功。」

 アリアはガッツポースをしている。

「俺はどうなったんですか?」

 檻に放り込まれて、グラスウルフに噛まれたところまでは覚えているのだがそこから記憶が抜けていた。

「覚えてないのね。それは良かったわ。思い出さないほうがいい事もあると私は思うの。」

 ぽんぽんとユナさんに肩を叩かれる。

「死んだ、んですか?」

 ここは異世界、二人のさっきの会話、考えられる最悪の結果。そうなってしまったのか問いかける。アリアはにこやかにこう言い放つ。

「大丈夫、瀕死だから死んでは無いわ。」

「いや、それほぼ死んでますよね?」

「ちゃんと回復させたじゃない。」

「いやいや、さっき何か作り出そうとしてましたよね?俺の体で!」

「うるさいうるさい、あんたがちょぉ~っとグラスウルフに噛まれたくらいで瀕死になっちゃうもんだから、もう夜になったのよ?お父さんがご飯できたって呼んでたから、私は家に帰るわ。あんたも来なさい、夜ご飯食べるわよ。今後の話はその後。」

 なんで俺が悪いみたいに言われてるんだろう。

 そう思いながらまだ違和感がある体を引きずりアリアの後を着いて行った。


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