第2章~男の勘 ~
今回は結構長くなってしまいましたが、
最後まで読んでいただけると嬉しいです!
薄暗い部屋の中でアラームが鳴り響く。俺はのそのそと起き上がる。
そういえば、昨日の夢は一体なんだったのだろう。そう思いながら部屋の電気を付ける。
すると、コンコンと軽くドアをノックする音が聞こえ、ドアが開いた。見慣れた女性が部屋に入ってくる。彼女は優しく微笑んでいた。
「御早う御座います、柊様。
今日の御朝食はパンと牛乳とサラダで御座います」
彼女は“松井楓マツイカエデ”。俺の唯一の従者である。彼女がお辞儀をすると、短い茶髪の隙間から赤の紅葉型イヤリングが見える。俺が幼い頃、おこずかいを集めて彼女に買ったものだ。今でも大事に着けている。
「おはよう、楓。兄貴達は?」
「はい。
椿様は財閥会議に、榥様と秋様は各自の御仕事へ行かれました。榎穂様は起床していらっしゃらなかったので、直ぐに起こしてきますね」
彼女は用を済ますと、失礼しますとお辞儀話をしながら言い、俺の部屋から出て行った。
着替えてから俺も自分の部屋から出る。直ぐ近くの階段を降りて、リビングへ向かう。
俺の家は二階建の一軒家だが、普通の家庭の家とは違う。大体2倍の広さがある。リビングは白を基調としたデザインで、所々に観葉植物が置いてある。まさにモデルルームのような感じだ。
俺は中央の黒いソファーに座り、目の前のテレビを点け朝食を食べ始めた。テレビのニュースには俺の姉貴が特集をしていた。
俺の姉貴“笠井秋カサイシュウ”は腹違いの姉弟である。笠井家の長女であり、昔から仲が良い。今秋姉貴は人気向上中のアナウンサーでファンクラブなんてものもある。
テレビの中の秋の目の前には大きな鳥居がある。
『皆さん、ご覧下さい‼︎ わぁ、この立派な鳥居ですね。
この辺りで最近神隠しが多発しているそうです。
この奥に今噂の場所があると言うので、行って見たいと思います。…では、行って見ましょう』
姉貴が連れのカメラマンと共に石畳の階段を上っていく。…小さい頃、誰かと一緒に来た気がする。…あ、と思い出す。
「…確か“金銀之亞神社コンゴウノツグジンジャ”。
小さい頃に、親父や母さんに連れてこられたっけ?」
けど、何か思い出せない。暇な時行けば、また思い出すだろう。そんな事を考えていると、テレビの中の姉貴たちは階段を上がり切って神主に話を聞いているところだった。神主は女性、黒の長髪に金色の瞳。何処かであった気がする…と言うのは気のせいだろう。
彼女は丁寧に質問に答えていた。
『大昔、私の先祖“月夜見比売命ツクヨミヒメノミコト”が建てられました。私達、この神社の巫女は彼女の事を“月夜見様”とお呼びしています』
神主の部下が出したお茶を一口飲んで、また話を続ける。
『元々この土地は、植物さえも育たないほど荒れ果てていたそうで、人々は飢えに苦しんでいたそうです。他の地域に行くものや、餓死などで人口は日に日に減っていきました。
ですが、月夜見様がいらしてからこの地は美しい草原へと生まれ変わりました。そして人々が集まり小さい村から町まで成長しました。
そして、月夜見様が去った今でもこの様に緑溢れる土地ですが、ここ数年の間に神隠しが始まってしまいました。私達にも原因は分かりませんが、何らかの意味を持っているのは間違いないと思います』
フーンと俺は理解したかの様な言葉を発する(実際は良く分かっていないが)。
「おはよう、柊兄ィ。あ、秋姉ェ出てるじゃん」
急に背後から声が聞こえ、俺は変な声が出そうになる。ギリギリの所で息を止める。彼女は俺の横に座り、手に持っていた朝食を食べ始める。
「おッおはよう、榎穂ミエル」
「…どうしたの、柊兄ィ?
汗かいてるみたいだけど、今日ってそんなに暑かったっけ?」
「お前のせいだよ、馬鹿榎穂」
「…ヘ?」
天然なこいつは、双子の妹“笠井 榎穂”。俺と違い、ほぼ毎日大学に通う真面目、しかも美人の類に入っている。こんな性格のため、友人も多い。大学の成績ランキングも上位10位に入る、意外に頭の良い奴である。俺はと言うと、上位に入っていないと落大させられるので上位5位以内に入っている。
こんな完璧と言っていいほどの妹でも、苦手なものはある。…料理だ。彼女に料理させると、レシピを見ているにもかかわらず、変なものを作ってくる。彼女には料理させないほうが身のためであろう。
朝食を食べ終えて、それぞれの部屋に戻る。俺は早く準備を終わらせて、玄関へ向かう。そこに楓がいた。いつも出迎えてくれる。
「行ってらっしゃいませ、柊様。お気を付けて」
彼女は一礼する。俺はそれに答えるように、行ってきますと返事を返した。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
最寄駅から電車に乗って、大学前の駅で降り、歩いて大学に向かう。それが俺の予定だ。これが狂わないように祈る。実際、早く帰りたいと言うことしか考えていない。
【プルルルルッ】
俺の電話が鳴り始める。見ると、相手はあのうるさい奴である。俺はため息を吐きながら、仕方なく電話に出る。
「…はい、もしもし」
『もしも〜し?…あ、柊ちゃん?
俺だよぉ〜、俺俺』
「…オレオレ詐欺なら、切るぞ」
『えぇ〜、俺だよぉ!
…誰かって?正解は瀬野君でーす‼︎』
「…サッサと用件を言え。マジで切るぞ、辰樹」
『分かったよもう。相変わらず冷たいなぁ、柊ちゃんは。
そんなに冷たくすると、瀬野君泣いちゃうぞ?』
スマホ越しに泣き真似をしてくる。こいつは“瀬野辰樹”。俺の数少ない友人の一人だ。とにかくうざったいが、女性(年齢関係なしに)モテる奴だ。でも、友人の中では一番信頼できるし、中学時代に俺と釣り合ったのはこいつだけだ。
『…早くしろ。俺は今日、大学のテストなんだよ』
「そっか、ゴメンゴメンッ!
それで聞きたいことなんだけど、俺の親父が聞きたいことがあるらしくて…。秋姉さんは、まだ帰ってきてないの?」
「俺が外出する前は、まだ帰ってきてなかったが…。
…帰ってきてない?」
俺は自分の言ったことに、違和感を感じる。確かあの場所は、神隠しが多発していたところだったはず。
「まさか、“神隠し”に遭ってるんじゃ…」
俺は珍しく弱音を吐く。今考えている俺の勘が当たっていなければいいが…。もし勘が当たっていたら、身内で“神隠し”に遭うのは2人目である。
『…大丈夫、柊ちゃん?
珍しいね、柊ちゃんが弱音を吐くなんて』
瀬野が俺を心配して話しかけてくれた。彼は意外と気が効く奴だ。
俺は大丈夫と返事を返した。
『まぁ、秋姉さんがいないならしょうがないね。
また夜に連絡するよ。…秋姉さんの情報が入ったらすぐに連絡するからね』
「あぁ、よろしく頼む」
プツリと電話が切れる。…本当に姉貴はどこに言ったのだろうか?しばらくすると、電車が到着し乗る。
大学前の駅に着き、テスト会場へ向かう。そこへ向かう途中、大学生達とすれ違いざまに目が合ってしまい、直ぐに目を逸らした。…とりあえず、早く終わらせて帰りたい。そう思うたびに早足になっていった。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
無事教室に着き、テストが終わる頃。俺は一刻も早く家に帰るため、大学の廊下を早足で歩いていた。
すると、【ドンッッ】と突然、背後に衝撃が走る。俺は「グエッ」と変な声が出て、前のめりに倒れた。こんなことするのはあいつしかいない。俺は起き上がり、振り返る。
「えへへ。柊にいちゃん、おどろいた?」
後ろには、無邪気な笑みを浮かべる、クリクリとした大きな金色の瞳の少女が立っていた。やはりか。俺は苦笑する。
彼女は“笠井棆”。俺の兄貴“笠井椿”と“笠井天里”さんの一人娘である。現在6歳。もうすぐ弟ができるという。嬉しそうに俺の周りをグルグルと走り回る。
彼女の短く黄色っぽい髪がなびく。元々彼女は黒の髪と瞳だったが、アレを体験した後今の姿になってしまった。同年代の子供達よりも体力も頭脳も長けている。
すると今度は見慣れた女性が棆の名前を呼びながら歩いてきた。棆はまた嬉しそうに彼女に抱きつく。女性は俺に手を差し出して、立たせてくれた。
「柊君久しぶりね。テスト、お疲れ」
「はい、天里さん。お元気そうで何よりです」
天里さんは俺に微笑む。彼女が上記した“笠井天里”さんだ。元々細井家の養子だ。幼い頃に契約結婚という形で椿兄貴と夫婦になった。親同士が決めた自分達の意思がない結婚と見られがちだと思う。
だがお互いに一目惚れだったらしく、これも幸せな結婚と言えるだろう。
「随分と会っていない間に、また男前になって…」
「は、はぁ。男前ってのはよくわかりませんが、元気にやっていたので安心してください」
「良かったわ。…でも、まだ人前に出るのは嫌なのね?」
バレバレだったようだ。俺は『あはは』と苦笑いするしかない。
「ところで、なんでここに天里さんが?」
彼女は『そうそう!』、と思い出したように話す。
「椿君が柊君とご飯食べてきなさいって言ってきたのよ。
珍しいと思わない?」
「そうですね。あの天里さんと棆にメロメロな椿兄貴が…一体どうしたんでしょうかね?」
天里さんも分からないようで、首を傾げる。あの兄貴なら、会議をすっぽかしてでも家族3人で昼飯を食べそうなのに…。
「ママ、柊にいちゃん‼︎
棆、おなかすいたぁ!はやくたべにいこうよぉ」
棆は空腹に耐え切れなかったのか、怒った仕草をして駄々をこねる。
「棆もお腹が空いたみたいだから、行きましょうか」
うんともすんとも言っていないが、天里さんを怒らせるとメチャクチャ怖いので、俺は彼女たちと食事することにした。俺たちは近くの安いレストランへ向かった。
レストランに到着する。あまり混んでいなかったので、直ぐに席に座ることができた。俺たちはそれぞれ好きな物を頼んで、食事を始める。
俺が黙って食べていると、天里さんが話しかけてきた。
「そういえば、今朝秋さんテレビに出てたのよ、見た?相変わらずお綺麗よね〜。今日、ご挨拶していかなくちゃね‼︎
柊君が家出るとき、秋さんいらした?」
俺は首を横に振った。
「…いえ、まだ帰ってきてなかったんです。
朝に帰ってくるって言ってたんですが、連絡も入ってないらしいし」
彼女の顔が暗くなる。アノ時の気持ちが蘇ってしまったのかもしれない。無理もない。彼女の娘が体験したアレとは、神隠しの事だ。神隠しの間、彼女は毎晩悲しい思いをしていた。
俺は大丈夫と言おうとするが、本当に姉貴も神隠しを体験しているところかもしれない。何も言えず、俺は天里さんを見守るしかできなかった。
「秋ねぇはだいじょうぶだよ‼︎」
棆が彼女なりに空気を読んで、俺たちを励ます。随分と暗い顔をしていたようで、彼女は少し焦っているように見えた。天里さんは『ありがとう、元気が出たわ』と言い、彼女の頭を撫でる。棆はとても嬉しそうに笑みを浮かべる。
俺と天里さんは安心して、食事を再開した。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
別世界、異世界。柊たちがそう呼ぶ世界の話。
同時刻に白妓は長い石畳の階段を上がっていた。
空には大きな鳥が旋回している。小さい島に今上っている階段と頂上に神社があるだけだ。これが崩壊した世界だというのか。
天気は雲ひとつない快晴。風が吹くと、彼の長く黄色っぽい髪が靡いた。
一番上まで上がり、ひとつ息を吐いた。彼の目の前には、少し大きな鳥居と立派な神社があった。
「…オイ、誰かいないカッ⁈」
彼の声が響く。すると神社の後ろから1人の女性が現れた。
「ようこそ、いらしてくれました。随分と早いですね、白妓王子?」
女性はクスクスと上品に笑う。彼女は短い水色の髪に金の瞳をしている。左目は前髪で隠しているが、隙間から銀紅色の瞳が見える。
「貴様がこの神社の主カ?」
白妓は彼女を睨む。彼女が何をするか分からない。なぜなら、彼女には様々な噂がある。
『彼女が世界をコントロールしている』とか、『世界を三つに分けた』とか、『何回も転生している』とか。彼女に聞いても、肯定も否定もしない。何もかも謎の人物だ。
彼女は白妓の問いに答える。
「…はい、お待ちしておりました。
私はこの神社の神主にして月夜見の巫女としています。
…“詩薇晴院 銀疏シラハルインギンソ”と申します。以後お見知り置きを」
彼女は優しく微笑んでいた。
暖かい風が吹くと、彼女が纏っている白の羽織りが靡いていた。
お疲れ様です。
今回の章はどうでしたか?
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