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10.
こういう場所は苦手だった。
ならなんで来たんだと聞かれたら、うまく答えられない。
何の身にもならない話を延々と喋る。これのどこが楽しいのだろう?
「ねぇ、夢持ってる?」
「えー、そんなの決まってんじゃん! 一生遊んで暮らすこと!」
「何だよ、それー」
私の質問に、男の子たちはふざけながら答えた。
ユイナに呼ばれた飲み会で、男の子たちの子供っぽさに私はげんなりしていた。
来るんじゃなかった。時間の無駄だ。
「ミズホちゃん彼氏いるのー?」
ストレートな問いかけに、私はあいまいに笑う。
「この前男振ってたでしょー! 彼氏いるんじゃないのー?」
「えー、じゃあ俺奪っちゃおうかなー」
「やめとけやめとけ!」
ぎゃはははは! と下品に笑う男の子たち。
私はお酒を呑まない。あまり好きではないのだ。
「ねぇねぇ呑んでるぅ? ちゃんと呑まないと! 誰かミズホちゃんにお酒持ってきて!」
「いえ、私は呑めないから」
「いいじゃんいいじゃん。ハメ外しちゃいなよ! こういうときこそ楽しまないと!」
こういうときってどういうときだろう?
楽しむって? ぜんぜん楽しくないんですけど。
来るんじゃなかった。頑張って断りきればよかった。
「ミーズホちゃんっ!」
私の左側に男の子が来て馴れ馴れしく肩をまわしてくる。振り払おうとしたが、力が強かった。
「ほら、のも!」
酔っ払った男の子たちが無理やり飲まそうとしてくる。
そうか。
そういう場所なのか。
酔えば何をしてもいいのか。
私は呑んだ。お酒は好きじゃないけど、弱いわけではないのだ。
「呑めるじゃん、ミズホちゃん!」
「ほら、もういっぱ――」
ガンッ!
右にいた男の子が倒れる。
「うーん、酔ったかなぁ」
ブンッ!
左にいた男の子が倒れる。
酔えば何をしても許される。酔えば女の子を無理やり呑ましても許される?
いや、男の子たちはそんなに酔ってはいない。目を見れば分かるんだ。
報いは受けてもらう。
酔った振りして女の子を無理やり呑ましても大丈夫なら、酔った振りして男の子を殴ってもいいでしょう。
「おい、何するんだ!」
「落ち着けよ!」
右の男の子が激怒して私に殴りかかろうとする。呆然と見ていた冷静な男の子がハッとして止めに入った。
「無理やり飲ませたのは、あなたたちでしょう……」
「ミズホ酔うとそうなっちゃうんだ、知らなかった、ごめんね」
遠くにいたユイナが笑顔を崩さずに言う。
その謝罪は誰に向けたものだろう。私なのか、男の子たちになのか。
私は鞄とコートを持つと、よろよろと席を立った。
背中に複数の視線を感じながら。
大学に行くと、みんなが遠巻きに私を見ていた。
さすが友達の多いユイナ。噂はもう広がっているんだね。
無理やり呑ませようとした男の子たちに暴力振るったミズホ。
多分都合のいいように改ざんされて、「暴力を振るったミズホ」だけが取りざたされているんだ。
私には友達がいない。私を庇ったり真実を伝えたりする人はいない。
「聞いたよ、やるじゃん」
トモカがふわっと私の肩を叩いてくる。
……どうして私には嫌いな人が多いんだろう。
声を聴いた瞬間、私は頭を押さえた。
「気をつけなよ。アイツら、女の子を酔わせて襲うの得意だから。ユイナはそこに一枚かんでるの」
「え……?」
驚いて、トモカを見る。生まれて初めてまともにこの人の顔を見たかもしれない。
「だからライン教えてって言ったのに」
絶句していると、トモカは一枚のメモをくれた。
「これがアタシのラインIDね。何かあったら、いつでも連絡して」
どうしたらいいのか分からなかった。
ラインなんてやっていない。
「誰かトモカさんって言う人知っています?」
稽古の休憩中、思い切って聞いてみた。
誰だろう?
トモカの知り合いって。
「さぁ。誰か知ってる?」
「私の大学の同級生なんですが……」
「じゃあ若い女の子なんだね。その子がどうしたの?」
「彼女の知り合いがここにいるって聞いて……」
「そう? 誰だろう?」
「どしたどしたー?」
「ミズホんの友達の知り合いがここにいるって」
「いえ、友達じゃないです」
「誰だ!? そんな若い女の子と知りあいだなんて!」
「うらやましいぞ! 名乗り出ろー!」
いつもの劇団のノリで、とても楽しい時間だった。
だけど、結局誰かは分からなかった。