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9.
リーダーに連れてこられた劇団は、個性的な人たちが集まっていた。
「ミズホちゃん、経験者なんだって? これから一緒に頑張ろうね!」
みんながフレンドリーに接してくれて、すんなり溶け込むことが出来た。
演劇を再度始めてみると楽しくて、すっかり夢中になった。仲間と何を話しても楽しくて、毎日があっという間に過ぎていく。
大学もサボりがちになって、面白くない授業には参加しなくなった。バイトは辞めてしまった。
劇団にはきちんと専属の脚本家がいて、オリジナルのストーリーをやっているし、次の公演が決まっている。
すごいところなんだ……
すでに春の公演に向けて練習が始まっていて、普通だったら入ったばかりの私は雑用係なんだろうけど、笹原さん(リーダーのこと)のよしみだからと、セリフのある役を与えてくれた。少しの出番だけどとても嬉しかった。ここは私よりもずっと年上の人も年下の子もいて、みんな誰かのスカウトで入団してくるようだった。リーダーはずっとここに所属しているようで、メインの役を与えられている。
「じゃあ休憩しようか!」
監督が声を張り上げる。休憩中も役になりきってアドリブで会話していく。ふざけ合っていると、ずっと黙っていた脚本家が「そんな役いない!」と急に怒り出す。それに私たちは笑う。脚本家も笑った。とっても楽しい。
陽が長くなりだして、寒いけれどその中にも暖かさを感じられるようになった。雪はもう見なくなった。テレビの気象ニュースに桜前線という言葉が並ぶ。にこやかに話すお天気お姉さん。私は慌ててテレビを消した。息苦しくなって、胸を押さえる。
どきどきこうして思い出して私は泣いている。
だけど涙の種類が変わってきた。以前は悲しくて悔しくて泣いていたけれど、今は罪悪感と罪の気持ちで泣いている。
桜が咲いても、もうあの人は還らない。迎えになんて来るはずがない。
私はまた演劇の道に進んでしまった。今がとても楽しい。
ごめんなさい。私は、あなたを殺しておきながら、自分は楽しいことをしている。
だけど、もう演劇をやめることなんて出来ない。
あっという間にホワイトデーはやってきた。
3月は大学の休みが多くて、お返しをする日も大学は休みだった。
だから、何もしなかった。
「最近、ミズホ明るくなったよね」
「そう?」
「うん。それにキレイになった」
大学の構内で久しぶりにユイナに話しかけられた。このところずっと演劇に夢中だったから、ユイナなんて存在すら忘れていた。
そういうユイナの方がかわいくて美人だと思うのだけど、そう言われて悪い気はしなかった。
「知ってる? ミズホのこと気にしている男子がチラホラいるんだよ。今度飲み会行かない?」
「うーん、お酒は飲めなくて」
「飲めなくても大丈夫だよ!」
ミズホが食い下がってくる。こんなに強く誘われたのは初めてかもしれない。
「ね、行こうよ」
「……うん」
断りきれなかった。ユイナは目をキラキラと輝かせる。
……嫌だなぁ。
「演劇始めたんだって?」
大学の図書館でトモカに話しかけられた。私は驚いて声が出なかった。
どうしてこの人がこんなところにいるんだ。それに、そんな情報どこから……?
「そんなに驚かないでよ。そのゲキダン、あたしの知り合いもいるんだ。時々差し入れにも行くんだよ。」
「…………」
何度も練習に行って、何度も仲間に会っている。
今までトモカに会った覚えはない。たまたま運がよかったのか?
「春に公演があるでしょ? 頑張ってね」
トモカはそう言って帰っていった。
知り合いって誰だ?
身震いがした。
この中にトモカの知り合いがいる。
そう思っても、一度演劇の練習を始めると打ち込めた。出番が少ないから、衣装や小道具を作っている時間も多い。メインで舞台に立つ人たちが休憩ついでに私に話しかけたりして、笑わせてくれる。私が作っていた飾りで使う大きな花がとてもよく出来ているとほめてくれて、とても嬉しかった。
「最近よく笑っているね」
リーダーが微笑む。
「やっぱり君には演劇が向いているんだよ」
ご飯食べに行こう、と連れてきてくれたのは、オシャレなイタリアンだった。高級というわけでも気取っているというわけでもなく好感が持てる雰囲気。好きなものを頼んでいいと言われ、迷いに迷ってシーフードのパスタを選んだ。
「あいつのこと、忘れられないの?」
不意に聞かれ、言葉が出なかった。
リーダーの言うあいつはひとりしかいない。
どうして死んでしまったのか。
リーダーは悲しそうに笑う。
「今ならね、あいつの気持ちが少し分かるんだ」
どういう意味だろう?
そういえばリーダーは少し痩せた。
「どうして3年なの?」
夢の中で、私が問いかけた。
『キリがいいだろ? 3年なら走り続けられる気がするんだ。その先にあるのが何なのか、俺は見たい』
あの人の胸の中はいつだって希望で満ち溢れていた。その笑顔を見て、私はこの人の傍にずっといたいと思ったのだ。
――あの人の夢を奪ったのは、私だ。