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7.
大学生活は流れていくようだった。
課題の傍ら、のんびりと就職活動を始めた。
就職なんて生きるためにすることで、そんなものが一体どんな風に私の役に立つのか分からなかったけれど、何もやっていないというのは興ざめで、だから仕方なく始めた。
どうせやるならエンターテイメントの世界にいたい。そんな風に思っていると、『舞台』というワードが頭に浮かんでくる。
私はやっぱり演劇がやりたいのか。
事故を起こして、ヒトをひとり殺しても私は……
「エンゲキ? 興味があるの?」
聞きなれない、だけど知っている声。振り返る。ゆるふわパーマのお人形みたいなトモカが、目をキラキラとさせて私が読んでいた本を覗き込んでいる。
勘弁して欲しい。
どうして大学の図書館なんて場所で会うんだ。
「別に……」
あんまり関わりたくなくて、冷たい声を出す。
トモカは気にしてない風でスマホを取り出した。
「ラインやってる?」
「やってない」
「じゃあ連絡先教えてよ」
「何で?」
何でだろう、どうしてだろう、私は関わりたくないのに。
トモカは近づいてくる。
「ユイナと仲いいでしょ? この前だって一緒にカフェに行ったって聞いたよ。アタシもミズホさんと出かけたいなって」
ユイナと仲いい?
あれ以来、ほとんど会話もしていないのに。
トモカを見た。キラキラした瞳。
表裏があるのかないのか。
他意のない友達作りなのか。
私は……
「また今度ね」
ごまかすと、本気か演技か、トモカは悲しそうな表情をした。
雪の降る世界。この白と一緒に消えてしまえたら、どんなに楽だろう。
バイトからの帰り道、私はひとり静かに歩く。
あの時死んでいたのが私だったら、今こんなに思い悩まなくてすんだのに。
「もう一回やってみればいい。いつでも待っているよ」
リーダーは優しい顔で言ってくれる。
吐く息が白くなって、空に消えていく。
こんな風に消えていけたなら……
『演劇やってるんだって? トモカから聞いたよ』
ユイナからメッセージが入ってくる。
舌打ちがこみ上げてくるのをこらえる。
トモカ、口が軽いんだ。
しかも、演劇をやっているなんて言っていないのに。それなのに演劇をやっているって言いふらすなんて、おかしくない?
嫌なんだ。
勝手に人のことを決め付けて、それを広めて、真実にされてしまう。
違うのに。
私はユイナのメッセージを無視した。
それで大学で唯一の友達をなくしても構わない。
もう、いらない。
幸せにはなれない。なってはいけない。
私はあの人を死なせてしまった。
あの人をおいて、幸せになんてなりたくない。
「キミの好きな映画にしよう。舞台でもいい。……デートしよう」
リーダーは優しい。
その優しさに甘えている自分がいる。どうしてもひとりだとさびしいと思うときがあって、そんな日にはついていってしまう。
この日は寒波が来ていてとても寒い日だった。寒暖差の激しい冬。
北風が冷たくて、コートの襟や袖の隙間をなくすように縮こまる。待ち合わせの時計塔にはまだリーダーは来ていなかった。時計塔を見上げるけど近すぎて時間が見えなくて、仕方なく寒いのを少し我慢して腕時計を見る。20分前か、少し早く着きすぎた。
近くにオシャレな雑貨屋さんがあった。ショーウインドウからは大小さまざまな置時計が並んでいる。色合いを考えられているのだろうか、とてもオシャレに見えた。引き寄せられるようにふらりと中に入ると、かわいくて暖かそうな手袋があって、つい手にとってしまった。バイト代で買える値段だった。迷っていると、小さくてかわいい店員さんが話しかけてきたから買った。後悔はしていない。
外に出ると、リーダーの姿があった。黒いコートに紺のマフラーを口元まで覆っている。駆け寄ると、微笑んでくれた。その優しい笑顔に安心する。
「寒くない?」
「さっき、あそこのお店で手袋を買ってきました。だから暖かいです」
「なんだ、買い物も付き合いたかったな」
どこまで本気の言葉なのか。笑顔を絶やさない人の本心は分からない。
並んで歩いていると、わたしたちはカップルに見えるのだろうか?
通りにチョコレートのお店があるのが目に入った。横目で通り過ぎる。明日はバレンタインだ。誰にも用意していない。リーダーは誰かからもらうのだろうか?
ふと見上げると、少し脱色した髪がふわふわして柔らかそうだと思った。
「ん?」
リーダーが気付いて私を見る。
「どうしたの?」
「いえ……」
「そう」
リーダーが手を差し出してくる。
躊躇いながらその手を取った。暖かかった。
前に行った所とは違う映画館に入った。私はココア、リーダーはコーヒーを買って、テレビで大々的に宣伝していたハリウッドの映画を見た。
好きだと思った。
壮大な世界観に、魔法の綺麗な演出と、迫力。犠牲を払いながら、主人公は悪に立ち向かっていく。
帰りに売店でパンフレットを買った。
「キミとは映画の趣味は合わないかもなぁ」
「好みの問題ですし、仕方ないです。もし誘ってくれなかったら、ひとりで観に来てました」
「それは寂しいから、見たい映画があるときは僕を誘ってよ。好みじゃなくても勉強にはなるし」
カフェに寄って少し話した後、アパートの前まで送ってくれた。
ふいにリーダーの体温が近づいて、大きな何かに包まれた気がした。だけどそれは一瞬のことで、気のせいかもしれない。