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4.
繰り返す日常。
これといった変化は起こらなかったけれど、この日私は勇気を出した。
他の人から見たら、たったそれだけのこと、とか思うんだろうな。
毎週水曜日の夕方。雨や雪の降っていない日。そんな日、この公園に演劇グループはいる。
ずっと前から、この集団のことは知っていた。眠れなくて夜道を散歩していたときに偶然見つけたんだ。
そのときは見てみぬ振りをした。
だけど、気付いたらこの集団の前を通りかかったりするんだ。何度も。無意識に。
それでもその度に見てみぬ振りをした。
だけど、今日はここで足を止める。
この足を止める行動に、とても勇気が必要だった。
「……行こう」
小さく声を出して、自分を勇気付ける。
公園の中に入って一番近い古めかしい木製のベンチの端っこに座って眺めた。
知らない人たちが発声練習をしているところだった。男女合わせて10人くらいいる。
懐かしい。
発声練習の方法はいろいろあるけれど、ここでは口を開かず、口の中だけで音を出しているんだ。私みたいに演劇をやっていた人間じゃなければ、あれが発声練習だなんて思わないだろうな。宗教とか思うかも。
演じたい。
私の中の何かが爆発しそうになる。
自分ではない誰かになりたい。それが一番生きているという実感が持てる。
知らない人たちばかりの集まりというのは全く問題ない。演劇の集団に入っていくことに、何の苦もない。
あとは一歩、自分の足を前に出せばいいだけ。今のこの気持ちのまま、向こうに行ってしまおうか。
ふと、長身の男の人が振り返って私を見た。黒い髪で切れ長の目。ふらふらと前に出そうか迷っていた足が止まる。
セのタカい、オトコのヒト。クロいカミ。
脳裏に蘇る、惨事。
『桜が咲いたら、迎えに来るよ』
聞こえるはずだった、そのセリフ。
永遠に失ったヒト。
あぁ、これ、フラッシュバックだ。あれから何度かあった。
何度かあっても、克服されることはなかった。
だって、今も吐きそうだ。
……気持ち悪い。
ニゲナイト。
足元が覚束なくなってよろめいて、その場から走り出して、コンビニのトイレに駆け込んで吐き出してしまった。