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1.


 時間を、戻してください。

 願うことは、それだけだ。



 桜が咲いたら迎えに来るよ――



 最後の言葉はそのはずだった。

 あれから3年が経つ。

 私は、幸せになってはいけない。

 彼のために、幸せになるわけにはいかない。

 



2.


 何がやりたいのか、特に目的や目標もないまま、私は大学生になっていた。

 やりたいことがないから大学生になったのかもしれない。

 目的がないから毎日ふらふらとしているし、目標がないから毎日だらだらと過ごしている。勧誘されて断りきれずに入ってみたテニスサークルも飲み会を開いてばかりなので嫌気が差して2週間でやめてしまった。

 何もしていないような日々が続き、もうほとんど一年が過ぎてしまった。ぼんやりと講義を聞いているだけだ。こんなぬくぬくした場所で眠い授業を聞いているなんて、冬の狸にでもなってしまいそう。

 暖房の効いた講堂の大きな窓から見上げる空は広くて白い。手で窓ガラスの曇りを拭うと、ようやく青い空が見えた。今は雪が止んでいて快晴だけど、地面の端っこや木の上にはうっすらと白いものが積もっている。並んでどっしりと立っている木々。今は茶色いだけだけど、この木もいずれ白い桜が咲いて、散って、緑になって、その緑も散っていく。生きている、この木も生きている。その生きている姿を見ている私も生きている。

 季節が移り変わっていく。ここから見えるその景色だけが楽しみだった。

「最近見てないから、死んじゃったのかと思った。生きてたんだ」

 ぼんやりしているところに声をかけられて、ハッと現実に戻ると、かわいい女の子が前の席から振り返って私を見ていた。

 あぁ、ユイナか。

 大学に入って唯一できた友達のユイナ。柔らかいショートカットを茶色く脱色して遊んでいる。大きくてパッチリとした目に、ぷっくらとした唇が可愛らしい。流行を追いつつもお金を掛けすぎないファッションとナチュラルメイクは好感度が高い。私と違って友達は多く、いつ見ても違う人といるし、ユイナと歩いているだけで色々な人から声をかけられる。なぜか私とも友達になってくれた、いい子。

「毎日来てるよ。雨の日以外は」

「雨の日は来ないんだ? じゃあ、雪の日は?」

「空が明るければ来る」

 コミュ障の私ともうまく話してくれるユイナは、コミュ力が高い。

「今日寒いね」

「うん。あまり外に出たくないね」

「ここにいれば暖かいよ。暖房効いてるからね」

「空が暗くなる前に帰りたいな」

 目がキラキラしているときのこの子は、何か話したいことがあるときだ。だから、本題に入るのを、ユイナのタイミングで待っていた。

 内容のない会話を繰り返していると、そのうちユイナが切り出した。

「あのさ、今度バレンタインでしょ? 本命も義理も友チョコも歓迎! でチョコレート作りするんだけど、ミズホも来ない?」

「どこでやるの?」

「トモカん家」

 その名前を聞くと、私は目を伏せた。

 トモカはゆるふわパーマで茶髪の今どきの女の子。化粧も派手で、いつも大きめのアクセサリーをつけている。最初見たときからなんとなく、本当になんとなくだけどあんまり好きじゃない。明らかに嫌いオーラを発しているのに、トモカは私を見ると付きまとってくる。

 トモカは私のことをどう思っているのだろう?

 私はあまり関わりたくないのに。もしかしたら、ユイナを使って私を誘い出そうとしているんじゃ?

 でも、どうして?

「ごめん、あまり行きたくないや」

「そう言うと思ったよ」

 あっさり引き下がる。ならどうして誘ったんだろう?

 断られると分かっている誘いを、どうしてするんだろう?

 だけど間違いなく、この子は、いい子だ。

 少し沈黙したけれど、嫌いな沈黙じゃなかった。

「ねぇ、ミズホって好きな人いるの?」

「いるよ」

 突然の質問に、あっさり答えた私。

 驚いたのか、ユイナは大きな目をさらに丸くした。

 もう2年以上待っている。

 次に桜が咲いたら3年になる。

 そしてその人物は、3年前に死んでしまった。


 私も3年も囚われている。

 16歳のときからずっと。

 今はもう19歳。大学2年生だ。

 この3年は長かった。これからも、長い時間は続くのだろう。

 自覚はある。だけどどうしようもない。




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