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狂宴に招かれざる者達

「紫雨、ちょっと待て……ったく、行っちまった」


飛鷺の制止も聞かずにぱたぱたと廊下を駆け出して行ってしまう紫雨。

彼には紫雨程のテンションも行動力も無い為に紫雨を追いかけるのは至極面倒臭く乗り気ではなかったが、放っておく訳にはいかないと重い腰を上げた。

後を追いかけようと思いつつもあっという間に廊下を駆け出して行ってしまった紫雨の背中を見失ってしまう。

それでも全力で廊下を疾走すれば、丁度教室に入ろうとする紫雨の背中を捉える事が出来た。


「あ、飛鷺~こっちこっち」


「こっちこっちじゃねぇよ…さっさと行くな」


「え~だって気になるでしょ? だからいてもたってもいられなくなってさ~。じゃ、はいろはいろ」


飛鷺の窘めるような視線などまるで何処吹く風、紫雨はにこっと人懐こい笑みを浮かべながらずかずかと教室の中へ入っていった。

教室はがらんとしており、本来新学期であれば生徒達で賑わっている筈なのに何とも寂しい空間が広がっていた。

やはり自分達を同じような考えの者はいないのか…と少々弱気になりつつも室内をぐるりと見渡していると、不意に2人へ降り注ぐ一つの声。


「あら…2人共お早う」


「あ、梧さんだーおはよー! それに苣原さんもいるー」


どうやら、教室には飛鷺と紫雨の他に2人の女子生徒がいるようであった。

2人に声をかけたのはそのうち梧さんと呼ばれた方で、綺麗に切りそろえたおかっぱ頭に蝶の髪飾りをつけ、眼鏡の奥に潜む鋭い眼差しが特徴的な女子だ。

その絶対零度の視線に睨まれた者は一瞬にして凍り付いてしまいそうな程の冷たさを秘めていて。

だが、小柄な体格のお陰でそんな冷ややかな眼差しとは対照的に可愛らしい印象を受ける。

もう1人、苣原さんと呼ばれた方の女子生徒は2人の存在に全く気付いていなかったようで、紫雨の声にビクッと盛大に肩を震わせてみせる。

茶色の長い髪をサイドテールにしており、一見明るく社交性がありそうな雰囲気を纏っている。

ミニスカートにニーハイソックスといった出で立ちが特徴的だ。


「良かったねー飛鷺っ、教室に梧さんと苣原さんがいたよっ」


「……誰だこいつら」


「もー何言ってんの、クラスメイトの名前とか顔とか覚えてないの?」


「覚えてる訳ねぇだろ下らねぇ」


「ちょ、本人目の前にして下らないはマズイでしょ。ま、飛鷺らしいっちゃらしいけど」


まるで初対面とでも言いたげな態度の飛鷺に心底呆れたようにがっくりと項垂れる紫雨。

元々飛鷺は他人にまるで興味が無い上にHRや授業をさぼる事も多く、クラスメイトの顔を覚えていないのもある意味無理も無いか…と結論付けた紫雨はやれやれ、と溜息を零してみせた


が。

ちなみに女生徒2人のフルネームはそれぞれ梧玖音あおぎり くおん苣原雫結ちさはら なゆというようだ。


一方、紫雨の言葉に何か気になる点でもあったのか、玖音が鋭い眼差しをぶつけた。


「…確かに私達が教室に居るのは事実だけれど、それがどうかした?」


「だってだって、廊下にも昇降口にもだーれもいなくて寂しかったんだもんっ」


「嘘臭いわね」


玖音に一刀両断されてぐうの音も出ない紫雨。

しかし、さほど気に留める様子も無く、あっけらかんとした態度を崩そうとはしない。


「うー、相変わらず梧さん厳しいなぁ。…じゃあ一つ聞いてもいい?」


「…答えられる範囲なら、どうぞ」


「今日は何月何日?」


紫雨の問いかけに、玖音と雫結が一瞬表情を強張らせる。

どう答えるべきか考えあぐねるように2人はさりげなくアイコンタクトを交わし、暫く沈黙が続いていたがやがてゆっくりと口を開いたのは玖音の方であった。


「…私はあくまで、今日は9月1日だと思っているわ。世間の認識は違うようだけれど」


「うん、わたしも同じだよ。でも皆今日は8月32日だって言うから、くーちゃんと2人でどーいう事なんだろうね~って話してたんだ」


玖音に続くように、はーい、と自己主張するように手を元気よく上げつつ声を上げる雫結。

ちなみに雫結が口にした“くーちゃん”というのは玖音の事だろう。


一方、2人の返答を聞くなりパッと顔を輝かせるのは紫雨だ。

まるで新しい玩具を手に入れた子供のようにきゃっきゃとはしゃぎながら飛鷺の手を取ると、


「わーい良かったね飛鷺っ僕達だけじゃなかったよー!」


「…何でてめぇはそんなテンション高いんだよ。つか俺にいちいち言うな」


「いーじゃん別に飛鷺と喜びを分かち合いたいのっ」


「別に俺は分かち合いたくねぇ」


「むー、飛鷺はツンデレだなぁ」


「誰がツンデレだ。…ってかツンデレって何だよ」


2人の温度差が傍から見ていると凄まじいものがあるが、2人共特に気にする事も無くその辺りは慣れたものなのだろう。

また、飛鷺の突き放すような態度も紫雨にとってはいつもの事らしく、全く気に留める様子も無い。


…と、2人の会話に気になる点でもあったのか、玖音が僅かに眉をしかめる。


「…それ、どういう意味?」


「へ? どういうって?」


「貴方達も私達と同じ認識という事かしら?」


「うん、僕も飛鷺も、今日は9月1日だと思ってるよー」


にっこりと満面の笑みを浮かべつつ放たれた言葉に、玖音の表情に僅かに安堵の色が見える。

ふぅ、と肺の奥に溜まった息を吐き出しつつ、


「……ふぅ、漸くまともな話が出来そうだわ」


「あー、やっぱり家族とか友達とかもダメだった?」


「ええ、親も訳の分からない事を尤もらしく言っていて困惑したわ。最初は『何言ってんのコイツら頭おかしいんじゃないの』って思ったけど」


「…梧さんって、たまに凄い毒吐くよね」


「あら、そうかしら?」


眉一つ動かさず全く持って無表情で放たれた刺のある発言に、思わず乾いた笑みを浮かべる紫雨。

一方、しれっと毒を吐いた玖音であるが、ふと雫結の事が気になったようで、


「兎に角、私と雫結だけこんな状態だったら困っていた所だわ…あら?」


雫結に話を振ろうと思ったものの、視線をずらした先に目的の人物の姿は無く。

何処へ行ったのかと眉間に皺を寄せつつ教室中に視線を彷徨わせていたが、玖音の視線の隅に映り込んだ光景に彼女は胃がずっしりと重くなるのを感じた。


「…アンタ何やっているのよ」


「ちょっと隠れてみたでござる」


呆れと侮蔑を孕んだような眼差しを向けた先には、何故か机と椅子の間に隠れるようにして身を縮める雫結の姿があった。

玖音の冷ややかな視線にも全くめげる様子のない雫結はそれどころかドヤ顔で答える始末。


「隠れてどうするのよ」


「だって目の前にわたしが密かに妄想してたCPがっ! イケメンで仲良いとか美味しすぎるし。しかも何かいい感じだしこれはもう陰からそっと成り行きを見守るしかないじゃないですかイイゾモットヤレ」


「……何の話?」


「わたしにとって男子の麗しき友情こそ最大の妄想ネタなのだよ大いなる萌えをありがとう2人共っ!」


「私アンタの言ってる事が1ミリも分からないわ」


目をカッと見開きながら先程までの若干控えめな態度は何処へやら、ぐいぐい前につんのめりそうになるくらい暑苦しく自分の趣向を語り出す雫結。

鼻息荒く主張する雫結の視線の先には飛鷺と紫雨の姿があり、どうやら2人の事を言っているらしい。

ちなみに、雫結は所謂腐女子と呼ばれる存在のようで、熱く語り出すと止まらなくなる気質なのは彼女を見れば最早明白。


「…って事でわたし妄想滾らせてるからくーちゃん頑張って!」


「何馬鹿な事言ってるの、アンタも来なさい」


「え~今いい話が思い浮かびそうだったのに!」


未だにぶーぶー文句を零していた雫結であったが、半ば強制的に引き摺られる羽目になったのは言うまででもない。

ちなみに、雫結の声は聞こえてたものの何を言っているのかさっぱり理解出来なかった飛鷺と紫雨は、2人揃ってぽかんとしているばかりであった。

…否、飛鷺に至っては彼女の声すら耳に届いていなかったであろうが。


挙句玖音と雫結のやり取りを遠巻きに見遣りつつ、


「2人共、仲良いんだね~仲良いのはいい事だよ」


「…下らねぇ」


とか言っていたとか何とか。

何にせよ、雫結を2人の前まで引き摺って行くと、玖音は改めて2人の男子生徒に向き直った。


「まともに話が出来そうなのは璃月君と雪凪君しかいなさそうだし、これからどうするか考えない?」


「そーだね、賛成~!」


「…ケッ、勝手に群れてろ。俺には関係ねぇ」


「飛鷺も一緒に考えてくれるって~!」


「はぁ? 誰もンな事言ってねぇだろうが」


「いーじゃん飛鷺も一緒に行こうよ行こうよー!」


「あぁもう煩ぇな。勝手にしろ」


「わーいやったー! 飛鷺話分かるから好きー」


「バカかてめぇ」


何だかんだで紫雨の思い通りに転がされている感じはしなくはないが、最終的に飛鷺が折れる事になったようだ。

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