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学び舎へ

頭がおかしくなりそうだ。

苛立ちを吐き出すように乱暴に携帯を閉じ、ポケットに捻じ込む。


そもそも、8月32日などあり得る筈が無いと思う飛鷺が正常なのか、それとも全く気にする素振りもない叔母親子の方が正常なのか。

どちらが正常か──それを証明するものがカレンダーや携帯のディスプレイなのだとしたら、飛鷺自身がこれまで培ってきた常識がガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。


「…ちょっとあんた、何ボーっとしてんの?」


「……っ! 何でもねぇよ」


「全く…あんたに病気でもされたら面倒な事この上ないわ」


叔母に声を掛けられてハッと我に返る飛鷺。

兎に角気を落ち着けようと肺の奥に溜まった息を吐き出そうとした瞬間、不意に叔母のヒステリックな声が響き渡った。


「ほら尭斗、携帯見ながらご飯食べるんじゃないのお行儀悪いでしょ!」


「…別にいいだろ見たって」


「全く…あんたは一日中携帯弄ってるじゃないの。そんなんだからこの間の模試も成績悪かったんじゃない。このままじゃ第一志望受からないわよ?」


いつの間にか話が飛躍して小言のオンパレード。

最早飛鷺の耳には入っていないが、ガミガミ叱られている尭斗と言えばスマートフォンの画面から一切視線を外す事無くポツリと反論する。


「携帯と成績は関係ないだろ」


「関係あるわよ! 携帯弄る時間があったらその分勉強しなさい! 大体お母さん、携帯は勉強の妨げにならない範囲でやるなら許可するって約束したでしょ? いい加減にしないと携帯没収するわよ!」


尭斗の態度は火に油を注いでしまったようで、激情した叔母が彼の手から携帯を奪い取ろうと手を伸ばす。

すると、まるで般若のような形相で叔母を睨み付けると過剰な程に強い力で叔母の手を振りほどいて携帯を腕に抱え込んだ。


「ふ、ふざけんな! おれの携帯に触るなっ!」


その異常なまでの抵抗に叔母は一瞬怯むも、すぐに気を取り直すと、


「何ですかその反抗的な態度は! 全くもう、勝手にしなさい! ただし、少しでも今後成績が下がったら携帯没収しますからね!」


堪忍袋の緒が切れたらしい叔母は一方的にそう捲し立てると、食べ終わった食器を纏めてそのままずかずか大股でキッチンへと姿を消した。

その一方で、未だに今日が9月1日である可能性を捨てきれない飛鷺はとりあえず学校へ向かおうと結論付けた。

若しかしたらおかしいのはこの家だけなのかもしれない──そんな僅かな望みに縋るようにして。


それならば早く出発しようと考えた飛鷺は手短に身支度を整えるとそのまま足早に家を出た。



◆◇◆



県立桜華高校。

偏差値はそこそこ、だが歴史は古く部活動も割と活発な為、地域との繋がりも深い。

飛鷺の家からは徒歩で15分程で通いやすく、彼がこの高校を選んだのもそれが理由だ。


飛鷺は校門を潜り昇降口へ。

彼の他に生徒はおらず、シンと静まり返った校舎は独特の不気味ささえ感じられて。

一抹の不安を感じつつも、それを顔には出さずに上履きに履き替える。


廊下へ出るが、やはり生徒の姿は見当たらず不気味な程の静寂が辺りを支配するばかり。

とりあえず教室にでも向かうか、と歩を進めようとした飛鷺の背中に、一つの声が投げかけられた。


「…ん? 何だ璃月か、お前が夏休みに学校に来るなんて珍しいな。どうかしたか?」


「……、別に」


視線をずらした先には、男性教師の姿。

彼の放った“夏休み”という単語にピクリと片眉を上げるも、それに全く気付いていないらしい男性教師は軽い口調でさらに続ける。


「あ、もしかして今日が1日と勘違いしたんじゃないだろうな? それと、宿題ちゃんと終わったんだろうな?」


「……そんなんじゃねぇよ」


教師の言葉に落胆を覚えたのか、ぶっきらぼうにそれだけ言うと教師とすれ違うような形で廊下を歩いていく。

背後で教師が何やら声を投げかけていたが、今の飛鷺の耳には入っていないようであった。


(チッ…教師も駄目か。他にまともな奴はいねぇのか…?)


心の中で悪態をつきながら、階段を上がろうと階段の傍へと差し掛かったその時。

背後からバタバタと忙しない足音がしたかと思えば、突如飛鷺の背中に何か重いものが圧し掛かってきた。


「おっはよーひーさぎっ!」


「……紫雨しぐれ…重いんだよ乗っかるな」


やれやれ、と小さく溜息を漏らしながら背後を振り向けば、そこには朝からハイテンションでにこにこ飛鷺に笑いかける1人の男子生徒の姿。

ぱっちりとした透き通った瞳と少々女顔なのが特徴的で、飛鷺よりは些か小柄でオレンジ色の鮮やかな髪が目を引く。

一方飛鷺と言えば、彼の突撃に態度はいつものぶっきらぼうではあるがその表情は何処か柔らかい。

それもその筈、飛鷺と紫雨と呼ばれた少年は中学からの付き合いであった。


「ほらーだって飛鷺と会うのも久し振りだから嬉しくてテンション上がっちゃってー!」


「あー耳元で喚くなうるせぇ。…って、何でお前が学校にいんだよ」


「何でって…今日1日じゃないの?」


飛鷺の問いかけに、当然でしょ? と言いたげにきょとんと首を傾げる紫雨。

その言葉に、飛鷺の顔色が一変した。


「……! やっぱり今日は1日だよな?」


「ん? そうに決まってるじゃん飛鷺どーしちゃったの?」


「…いや、やっとまともに話が出来そうな奴がいやがった…」


飛鷺にしては珍しく声を荒げ詰め寄るものの、紫雨と言えば相変わらず飛鷺の真意を汲み取れないのか頭上に“?”マークを浮かべるばかり。

その一方で、漸く自分と同じ考えを持つ者に出会えた事に心底安堵の息を漏らす飛鷺。


「…おい、今日周りの奴の様子がおかしいと思わなかったか?」


「え? …あ、そういえばさっき先生とすれ違ったんだけど、先生変な事言ってたなぁ…。32日がどうとかって」


「…だよな、そっちの方がおかしいんだよな。紫雨はまともみてぇで良かったぜ。なにせ、家の連中全く話が通じやがらねぇ」


「良かったー、飛鷺も32日とか言い出したらどうしようかと思ったよ。でもさー、ケータイには今日32日って書いてるよね?」


紫雨は一旦飛鷺から離れると、ポケットからスマートフォンを取り出しディスプレイへと視線をずらす。

そこにはしっかりと8月32日という単語が並んでいた。


「問題はそこだな。何でこんな訳分からねぇ事になってやがる…?」


「うーん、僕もよく分かんないや。ねぇねぇ、若しかしたら僕達の他にもおかしいって思ってる人がいるかもしれないし、探してみない?」


紫雨の突然の提案に思わず眉をしかめる飛鷺。


「はぁ? そんなんしてどうすんだ」


「ほら、皆で知恵絞った方が何か分かるかもしんないじゃん? とりあえず、校内に同じように新学期かと思って来た人がいないか探そうよ」


紫雨は一方的にそれだけ言い放つと、飛鷺の返答を待たずにぱたぱたと廊下を駆け出してしまった。

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