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童話シリーズ

シンデレラは離婚して、村の男と結ばれるか否か

作者: 睦月山

「シンデレラは離婚するだろうな。むしろ、あぁはなるなっていう教訓の物語じゃないのか」


 鍬園(くわぞの)は口を尖らせ、なぜか不機嫌そうに言った。


「はぁ!? なにそれ。あんたみたいにひねくれた奴はシンデレラのロマンチックさも分かんないの?」


 わたしは鍬園を睨んだ。


 だってシンデレラだ。女の子なら誰しも小さい頃に一度は憧れるはずなのだ。


 姉と義母に苛められている、孤独な少女。それがたった一夜だけ魔法使いによって煌びやかなドレス、カボチャの馬車、そしてガラスの靴を与えられ、お城のパーティーに行くことができた。そこで王子様に見染められ、一緒にダンスを優雅に躍って……。しかし魔法がとけてしまう十二時になってしまい、シンデレラは去ってしまう。残されたガラスの靴を頼りに王子様は忘れられないシンデレラを探し出し、そうして二人は結ばれる――。


 これでどうして離婚なんて結論に至るのか。

 わたしは頬を膨らませた。











 昼休み。

 わたしは友達の瑠衣とお弁当を食べながら、熱く話し合っていた。専ら語っていたのはわたしだけど……。

 話題は我が校のアイドル的存在、南先輩のことだった。お祖父さんがオーストリア人のクォーターで甘いマスクと完璧なルックス、穏やかな物腰と四拍子が揃った、もうなんていうか取り敢えずかっこいい。

 そんな憧れの先輩を今まで遠くから見ていることしかできなかったわたしだが今日、なんと初めて話すことができた。


 ことの始まりは昨日、プラスチック製の透明な髪留めを落としてしまったことだった。次の移動授業に遅刻しそうで焦っていたから気がつかなかったのだ。

 五百円程度の安物だけれどもお兄ちゃんに誕生日の時に貰ったもので、とても大切にしていたものだ。落としてしまったことに気づいた時はかなりのショックだった。食事は喉を通ったけれど。


 そして今日。


 がっくりと肩を落として登校してきたわたしだったがホームルーム前に南先輩がクラスにやってきたことで背筋がぴんっと伸びた。ちょっと前髪を整えて、読書をし始める。

 不意に南先輩の声が響いた。


 ――この髪留め、落とした子いない?


 持っていたのはわたしのものだった。

 なんでも拾ってくれていたらしい。先生に渡す前にこの階の教室だけ聞いてまわってくれていたのだ。


「なにそれ超優しい。これはもう運命かもしれないよ。お礼は何したらいいのかな。名前くらい名乗っておけば良かった。これってシンデレラのガラスの靴みたいじゃない?」


「あぁもう、うるさいよ。シンデレラってどこが?」


 瑠衣がパックのコーヒ一生乳のストローに口をつけながら言った。


「だって、だって!」


「あー、はいはい。……おっと。じゃあね」


 不意に瑠衣がストロー部分を器用にはみ、コーヒー牛乳を持ち上げながら、食べかけのお弁当を持って立ち上がった。


 ――え、わたし、ご飯一緒に食べたくないって思われるほどうるさかった……?


 かなりショックだ。

 が、それもさっきまで瑠衣が座っていた椅子にガタンと勢い良く着いた男を見て納得した。


「シンデレラは離婚するだろうな。むしろあぁはなるなっていう教訓の物語じゃないのか?」


 鍬園だ。



 ◇◇◇


 また始まったよ、というクラスの雰囲気を無視してわたしは不機嫌な顔を隠すことなく食事を再開する。目の前の男も無視だ。

 大きな唐揚げを一口でぱくり。


「うわ、女子力ねぇな」


 イラッときたわたしは机の下で思いきり、足を踏んでやった。悲鳴をあげた鍬園に多少気分がよくなる。


「なにがシンデレラだよ。お前なんか継母で十分だ」


「うるっさい」


 顔をしかめ、話しかけてくる鍬園を一刀両断。


「離婚するなんて考えるリアリストにシンデレラについて語ってほしくありませんー! 大体どう考えたらそんな結論に至るかっての」


「王子様はシンデレラに理想を求めすぎるからだよ」


「はぁ!?」


「化粧した女に恋だろ? 信用ならなねぇな。化けてるんだから」


「……あんた今、世界中の女を敵に回したよ」


 まぁ、それは置いといて。

 鍬園はそう一息ついて缶コーヒーを一口飲んだ。机にはわたしのお弁当と鍬園が買ってきたパンが転がっている。こいつは購買派なのだ。


「ガラスの靴のせい……かな?」


「どゆこと?」


 多少の興味が湧いてきたわたしは尋ねた。


「王子様は一瞬を美化してガラスの中に閉じ込めてるんだ。シンデレラなんか見ちゃいないね」


 小難しい言葉を並べやがって。全く意味が分からない。


「わたしのことバカにしてんの」


「何でそうなるんだよ」


 鍬園は眉をひそめて、コロッケパンにかぶりつく。食べ物が口に入っているうちは話さないのか、その間、会話が止まった。仕方がないのでわたしも箸を動かす。

 しばらく経って、ごくん、と鍬園の喉が動いたのを感じ、わたしは視線を鍬園に戻す。


 その瞬間。


 ばちり。


 視線が合った。鍬園がむせた。


 なんでだ。


「ごほっ、こ、ごほっ」


「え。だ、だいじょぶ?」


 慌てて鍬園が飲んでいた缶コーヒーを渡そうとするけれど、空。水筒くらい持ってきているのかもしれないが、見あたらない。仕方ないのでわたしが買ってきていた新品のペットボトルを差し出した。


「ほら」


 キャップを外して差し出すと鍬園は一気に半分ほどまで飲み干した。


「あ、ありがとう。助かった。というかいきなりこっち、向かないでくれ」


「なにそれ。わたしのせい? あとそのお茶あげるから」


「は…………飲みかけだったか?」


「ん? 新品に決まってるでしょ。今度何か奢ってよね」


 はい、となぜか敬語で返事が返ってくる。横を向いて、何かやらかしたように顔を覆う姿にわたしは首を傾げるしかない。時々、俺のバカ、みたいな呟きをこぼしていて、ますます意味不明だ。


「というか、話の途中だったじゃん。話してよ」


「え、あー。何かもうどうでもよくなってきた」


「わざわざ瑠衣をどかしてまで割り込んできたのはそっちでしょー。途中までとかモヤモヤするから」


 ほれほれ、と促すわたしに仕方なさそうに鍬園が顔を正面に戻した。よく見ると、顔は普段通りだが、耳の端っこが赤い。蚊にでも刺されたのかもしれない。ああいうとこってめちゃくちゃかゆいんだよねー。

 鍬園の視線はなぜか、しっかりとこっちを向いていず、斜め上に視線をずらしながら話を再開する。


「こほんっと。えぇっと。お前、王子様がどうやってシンデレラを探し出したかは知ってるよな」


「そりゃあ、ね。靴のサイズが合う人を国中、探し回ったんでしょ。あ、まさかサイズが合う人なんて五万といるだろ、みたいな現実的なことはいわないよね」


 女性の靴のサイズは現代で言うと、22cm~25cmくらいなはずだ。それを0,5cmずつで区切っていけば全てで7つにしか分けることができない。そうなると、理論上、8人そろえば同じサイズの人が必ず出てくる……はっ!


 駄目だ。現実的なことを考えちゃ。鍬園と同類になってしまう……!

 そんなわたしの内心は見えない鍬園は応えた。


「あー、はいはい、言いませんよ。じゃあ、なんで王子様はガラスの靴のサイズが合う人なんだ? 普通に探せば良いだろ」


「だって、残された手がかりは靴しかないじゃない」


 何を言ってるんだ、とばかりにわたしは自信満々に言った。

 鍬園がにやりと笑う。


「――顔は? 見たはずだよな」


「あっ!」


 確かに。見ていない、なんてありえないはずだ。黙って頷くしかない。

 調子を掴んだらしい鍬園は頬杖をつき、


「シンデレラの起源とか言われてるストラボンのロードピスの話なんかじゃ実際に会ってないが、その他のグリム童話の『アシェンプテル』においても、ペローの『サンドリヨン、または小さなガラスの靴』でも相手と対面している。にも関わらず、靴のサイズで探してるんだ」


 あしぇ……? さんどり……?


 ぱちぱちと目を瞬くわたしに鍬園はどっちも題名だよ、と注釈を入れてくれた。

 よくよく考えてみると不思議だけれど、鍬園の言葉は衒学的な感じはしない。するり、と頭の中に入ってくる。それは、まるでちょっとした思いつきのように語られ始めるからかもしれない。

 ペダントは疎まれるかもしれないけど、鍬園はそうじゃない。むしろ、わたしにとっては鍬園は知識のメタファーだ。ひけらかすのではなく、暗喩。だから、気まぐれに始まる鍬園との会話がわたしは楽しいのだ。


「これは王子の目が不自由だってことを匂わせるためだ、なんていう説もあるけど、俺はそうは思わないね。靴は自分で捨ってるんだし。で、何でだと思う?」


「なんでって……」


 鍬園は食事を再開していた。ようは口に物が入っている間に考えてろ、と言うことか。ここで分からないのはなんだか釈だ。そう思って脳みそを回転させ始める。まったく……休み時間だってのに。


「うーん。全員の顔を見ている暇はないから?」


「それだったら、『この間の舞踏会で靴を忘れていった奴がいる。取りに来い』とで言えばいいだろ? なのにそうはせず真っ先に靴のサイズが合う人を探してるんだ」


 鍬園がすぐに反論を返してきた。

 なんだか大事そうにちょびちょびとペットボトルのお茶を飲んでいる。金欠なのかな。


「じゃあ、なんで?」


 ギブアップ、とわたしは肩をすくめてみせて、そう示す。

 すると、鍬園はニヤリとして、とんでもないことを言い出した。


「王子様はシンデレラの顔なんて覚えてねぇんだよ。王子様にとってはガラスの靴のサイズが合う人がシンデレラなんだ」


「はぁっ!!?」


 思わず大きな声を出してしまった。慌ててクラス中を見渡すが、みんないつものことだ、とばかりにちらっとこちらを見るだけだった。

 納得いかぬ。鍬園とはよく言い合いはしてるけれど。

 わたしは居住まいを正し、鍬園と向き合った。


「そんなわけないよ」


「そうか? うーんと。お前、母親の顔、思い浮かべてみろよ」


 お母さんの顔?


 わたしは目をつぶって、お母さんの顔を思い浮かべ――。


「ああ――! 目は瞑んなくていい!! せめてこっち向くな、あっち向けっ!」


 なんだそれは。

 鍬園のなぜか必死な形相に仕方なく椅子に横向きに座り直し、思い浮かべた。


 一重瞼に整えられた眉毛、皺が増えてきた肌。前髪は横に流していて……。だんだんと形づくっていく。


「できたよ」


「じゃあ、次。校長先生の顔」


 意外なセレクトに眉に皺を寄せて、目蓋の裏に週一の集会で会う校長先生の顔を描く。


「あれ?」


 一瞬できたと思ったその姿は刹那の内にぼやけていってしまった。目、鼻、顔の輪郭、がなくなり、のっぺらぼうみたいだ。

 尚も諦めずに、男の顔……男……、と念じているといつの間にかお父さんの顔になっている。

 わたし別にファザコンじゃないし。

 唸るわたしに鍬園が笑った。


「そうだろうな。定期的に会っていてもこうなんだ。たった数時間、しかもしばらく会えなかったら人の顔なんてすぐに薄れるさ」


「そんなことないよ!」


 わたしはムッとして、そう言った。何だかシンデレラを馬鹿にされた気分だ。


「一目惚れだよ。その好きな相手を忘れるはずないよ」


「いや、でも……」


「でも、もないよ! 恋なんかしない鍬園には分かんないだろうけどね!」


 一瞬、教室の中が沈黙。

 その後、吹き出す笑い声やら、むせる声が響いた。なんだ、と思ったけれど、よく出きてしまう静寂だろう。一方、鍬園は空気を求める魚みたいに口をパクパクさせていた。


 ――な、なに。そんなにショックだったの? もしかしてクラスメイトに好きな人がいたとか? それなのにわたしが大声で否定しちゃったから……?


「え、えと」


「いい。何も言うな」


「はい」


 据わった目でそう言われ、頷くしかない。

 鍬園は自分の顔をぱんっと叩いて、頭を二、三度振った。


「よしっ! 大丈夫だ、俺。いつものこと、いつものこと」


 調子を取り戻したらしい鍬園は再び滑らかに言葉を紡ぎ始めた。


「まぁ、解釈は色々あるからな。今回はそういうことにしといて……。

 一目惚れした相手。その相手の顔が薄れていくんだ。忘れたくないよな?」


「それはそうだよ」


「けれど残されたのはガラスの靴のみ。王子はガラスの靴にシンデレラを思い描くしかない。そうしていくと王子の中でガラスの靴=(イコール)シンデレラの図式が出来上がっていくんだ」


 どゆこと?

 わたしは首を傾げた。


「ガラスの靴といえばシンデレラ。シンデレラといえば……」


「……ガラスの靴?」


 鍬園の声に導かれるままになんとなくのノリで答えた。

 鍬園は頷いて、


「そう。そういうこと」


 だから、どゆこと?


 さらに首を傾げる角度が大きくなっただけだ。


「具体例プリーズ」


「そうだな。新川センセと言えば」


 唐突に鍬園が言った。

 新川先生は社会科の先生だ。だからね~、という口ぐせも印象的だが、それよりも、


「カツラ」


 即答する。


 一回、風の強い日に生徒達の目の前でカツラが飛んでいってしまったことがある。それに関わらず、カツラをつけ続けているある意味、勇者だ。


「だよな」


 鍬園もうんうん、と肯く。


「本当なら新川センセからカツラっていうイメージの流れなんだ」


 ちょっと借りる、と言ってから、わたしのシャーペンで机の端っこに何かを書いた。


 わたしは覗き込むと、


 新川→カツラ


 と意外と綺麗な字で書いてあった。わたしは丸文字になってしまうのでちょっと羨ましい。


「敬称略。だけどそのイメージが続くと、街中でカツラを見かけて、ポンっと新川センセが思い浮かぶようになる。要は……」


 新川⇄カツラ


「一方通行じゃなくて、両方から流れができるんだ。これが究極までいくと……」


 新川=カツラ


 消しゴムを使って、鍬園はこう書き直した。

 なるほど。


「なんとなくわかった」


「それ、後で消しとけよ。さすがにあの勇者でも傷づくだろ」


「自分で消しといてー」


「あー、はいはい。了解」


 二人で一応ごめんなさい、と机に向かって謝罪の礼。

 馬鹿にしているわけじゃないですよー。

 むしろメンタル面とかは尊敬してます。

 ゴシゴシと消しゴムでこする鍬園に、しばし考えた後にわたしは話しかけた。


「それで、シンデレラなんか見ちゃいないってわけか。見てるのはシンデレラじゃなくてイコール関係のガラスの靴だもんね。でも美化のどうのこうのって?」


「そっちも経験あると思うよ。数ヶ月前に食べて最高においしいと思った料理があるとするだろ。その味は食べない間に美化をされる。その後においしいものを食べても、あの料理の方が美味いってな。結局、しばらくたってもう一度食べてみると、こんなもんだっけってことになる」


「あ、あるかも」


 小学生の時、好きだった男の子がいた。運動ができて、わりと女子に優しかった。卒業して以来会ってないが、ついこの間、卒業アルバムを見てみたらイメージしていたのと大分違ったのだ。


「もう少しかっこよかったと思ってたんだけどなぁ」


 知らないうちに口に出していた。

 すると、鍬園がいきなり身を乗り出してくる。わたしは驚いて椅子ごと身体を三十センチほど下げた。

 ガタンと椅子が音をたて、スカートがふわりと肌を撫でる。


「な、なに」


「お、男?」


「別に何でもいいでしょ。わたしは男子と恋バナする気はないんですー!」


「こ、こい……ばな」


 初めて言葉を囗にしたような声だった。そのまま固まっているので、仕方なく鍬園の目の前で手を叩く。

 パンっと小気味よい音が響いた。


「おわっ!」


 肩を震わせて、鍬園が驚きの声を上げた。


「顔、近いんだけど」


「うわっ!!」


 遠ざからない鍬園にそう文句をつけると、ようやく認識したらしく、さっきの倍ほどのリアクションが返ってきた。


 わたしはお化けか。


 鍬園は首が捻切れるんじゃないかというべき速さで体ごと後ろを向いて、動かなくなってしまった。


「ちょっと、どした?」


「……は、恥ずかしいだろ」


「……」




 乙女か。


 地味にイラッときたわたしは椅子の底をつま先で蹴りつけた。

 鍬園が間抜けに飛び上がる。


「ほれほれ、続き」


「え、あ、はい」


 鍬園は背筋を伸ばし、取り繕うような声色で言う。


「こほんっ。シンデレラの美化の話だったか。この時に重要なのは王子様のシンデレラに対する美化はガラスの靴を同じ存在として定義し、行っていることなんだ」


「イコールだっけ」


「そう」


「うーんと、それって靴を見てシンデレラを覚い浮かべるのと何か違うの?」


 箸を手の中でくるりとペン回しの要領で弄びながら、わたしは聞いた。

 頭の中。

 コロンと転がるガラスの靴。

 その上にシンデレラが幻想のように現れた。

 さっきは分かった気がしたが、だんだんごちゃごちゃになってきた。(両方通行)=(イコール)。同じもののように感じるけど。


「なるほど。ガラスの靴がシンデレラの全体像におけるトルソみたいなものであると」


 小難しくなって返ってきた。こいつはそういう系の変換ボックスなのか。


「はあ……、そこまでは言ってないけどね。トルソって手足のないやつだっけ」


 わたしだって馬鹿ではない。

 頭の隅に埋もれていた知識を掘り返す。美術の教科書にそう載っていたはずだ。


「そう。胴体だけの彫像だ。俺たちはその肩や付け根から伸びる手、足を想像してしまう。ようはその手足がシンデレラ、胴体がガラスの靴、と言いたいんだろ」


「たぶん」


「多分ってなんなんだよ。自分が言ったんだろ」


 たぶんはたぶん、だ。


「でもそれじゃあガラスの靴である必要はないよな。イコールは、うーんと、あ。担任の先生は俺たちにとっては谷崎先生でしかないって感じか。あとは母親=鍬園美智子みたいな」


「誰?」


「俺の母親。で、話を戻すと。お前の考えでいくと、靴なら何でもよくなるんだよ。赤のパンプスとか……」


「あぁ、それアウト。なんか、あんま雰囲気に合ってない……」


「じゃ、ガラスの靴は何色?」


 唐突にやってきた簡単な質間に拍子抜けした。

 そんなのは決まっている。


「色はないよ。透明」


「そう、透明」


 鍬園は横を向き、ガラス窓に目をやった。

 その先に広がるのはグラウンド。

 ギラギラと照りつける日差しの下、そうそうにお弁当を食べ終わったらしい男子たちがサッカーを勤しんでいた。


 ――そういえば、鍬園は最近、遊びに行かないよね。昼休みの後の男子は汗くさいってわたしが文句を言ったからかなぁ。


 気にしてるのか、と無神経だったかもしれない言葉を思いつつ視線をすこし上へ。

 空には綿菓子のように真っ白な雲がぽんぽんと浮かぶ。

 鍬園も同じ景色を眺めながら、


「空に向ければ水色に、地に向ければ土色に。どんな色にでもなれるんだ。

 この透明性はイコールで繋がれたシンデレラに対しても機能するんだよ。つまり、王子様の美化はシンデレラという色のある実体を離れて、ガラスの靴のシンデレラを対象とする」


 『ガラスの靴のシンデレラ』。

 イメージが繋がり、結ばれ、片方によって支配される。


「透明なシンデレラはどんな色にもなれる。ある程度基盤がある美化よりも自由奔放に、あるいは自分勝手に想像できるし、制限がないからこそあたかも現実に即したように思えるんだ」


「それでシンデレラに対する理想が高くなるってこと?」


 鍬園が右手をパーにして突き出してきた。


「それじゃ、五十点しかあげられねぇな。もはやシンデレラである第一条件が先行しているガラスの靴であること。だから、さっき俺は靴が合う人がシンデレラだって言ったんだ。

 でも、それを当然クリアしたシンデレラは実際のシンデレラで、ガラスの靴のシンデレラではない。まったくの別物なんだ」


「別物……」


「例えシンデレラをガラスで透かして見ても、王子様のシンデレラとは合致しない。所詮、灰かぶり姫(シンデレラ)の灰色だ」


 シンデレラを探すためのはずがいつのまにか王子様のシンデレラを見出だすことになっている。何ともちぐはぐである。



「確かに……それじゃあ結婚しても続かなそうだね」


 認めるのは釈だが。

 矛盾も反論も思いつかないんだから仕方ない。


「だろ? だから……その、し、シンデレラはその辺の村の男と結婚した方がいいんだよ!」


「は!?」


 今までの論理的な道筋から一気に吹っ飛ばされた気分だ。

 一体何がどうなってそうなった。

 矛盾、いきなり発見。


「いや、だから高望みしねぇでってこと。その……何とか先輩」


「なぁんだ、わたしのことか」


 わたしじゃ、南先輩の美化についていけない、と言いたいらしい。


「別にいいじゃん」


「い、いやいやいや」


 急に落ち着きがなくなった。ぶんぶんと首を振る鍬園の頭は今にもどこかに飛んでいってしまいそうだ。


「お前はガラスの靴のシンデレラ風に言うとプラスチックの髪飾りの鍛栖(かぬす)みずきだぞ」


 なにそれダサい。

 プラスチックの髪飾り=わたし、ということか。

 今さらながら、ガラスの靴の響きの良さを再認識する。


「いや、名前を名乗ってないんだったら、ただの女子だな。プラスチックの髪飾りの女子だ。先輩にはそうと認識されてるな。全校生徒の約半分のうち、プラスチック製の髪飾りを持ってる奴なんていっぱいいるだろ。その程度だ」


 プラスチックの髪飾り=女子。

 さらにグレードが落ちた。

 何だか全女子生徒に申し訳ない。

 やけに必死な鍬園の声は続いた。 


「その先輩が捨ったのも透明なんだろ。たった数分でも人は無意識のうちに想像力を働かせてしまうもなんだよ。そして、美しさを求めることも俺的には一次的欲求に区分してもいいと思えるくらい自然な行為だ」


「む、何それ」


 聞き捨てならない。


「ガラスの靴と同じ透明っていう性質を持ってるんだから、お前もシンデレラみたいに……」


「そこじゃないよ。流石にあんだけ説明されたから分かるって。じゃなくて、わたしが美しくないってことでしょーかねぇ」


「いや、そうじゃ、なくなくなくて」


 どっちだ。


「えぇっとむ、むしろ、そのえぇっとなんと言うか……」


 今までの饒舌が嘘のように鍬園がどもり始める。


「と、とにかく! そんな高嶺の花っぽいのはやめて……お、おれ、あ、おれ、に」


 鍬園の目がキョロキョロと動き、視線が空中をさ迷う。

 まるで壊れたロボットかステレオだ。


「なに? はっきりしてよ」


 わたしがそう催促すると、鍬園は大きく息を吸いこみ、その勢いのまま、


「俺に、お、お礼しろよ!」


「はぁ!?」


 鍬園はゼーハー、と息をはいていた。


 意味不明だ。

 これは頭の回転の速さとかの問題ではない。直感的にわたしは悟る。


「まじ訳わかんない。なんであんたにお礼しなきゃいけないのっと!」


 わたしは食べ終えたお弁当を閉じると、立ち上がった。


「おい、待て。逃げんな」


「逃げるなって……。変換ボックスさんは黙っててよ!」


「変換……なんだそりゃ」


 それともひねくれたリアリストさんでしたっけー?

 わたしは心の中でベー、と舌を出し、教室の外に向かう。


「っておい、ほんとにどこに行くんだよ」


 鍬園の焦った声が響いた。


「トーイレ! ついてこないでよー」


「つ、ついていくか! ばーか!!」


 何やら後ろが騒がしいようだが、無視。

 意外な長話で昼休みはあと僅かだ。さっさとして次の授業の準備しないと。



 ◇◇◇


「……俺のおくびょうやろう、ばか、あほ、どてかぼちゃ」


 呪言のように鍬園の囗から言葉が漏れた。

 それとは対照的な明るい声がわいわい騒いでいる。


「うわー、あれだけ長々と前振りしてたのに」

「あれ前振りなのかよ」

「でも最後であれはないよ、鍬園くん」


 その後の教室。

 机に突っ伏して燃え尽き、白くなっている鍬園の周りでクラスメイトが好き勝手に話していた。高校生はこの手の話題に弱いのである。

 一人の男子生徒が鍬園の肩を叩いた。


「ファイト、鍬園! だが俺の恋が成就するまで待ってろ」

「鍬園くん、頭はいいのにねぇ」

「何だかんだで鍬園が一番ロマンチストだよなー」


 鍬園はクラスメイトたちの好奇心にまみれた会話に耳に傾ける余裕もない。ピクリとも動かないまま村の男は昼休みを終えた。


 シンデレラが王子様と別れても、村の男の思いに気がつくか、はたまた別の男に愛を求めるのか。それは分からないし、論じたところで根拠のない想像し、創造された物語である。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 話自体は面白かった。 ただ、シンデレラってそこそこ身分高い家の子なんだよな・・・ 平民なら最低でも超豪商、普通に考えて貴族階級なんだよ。 だってそうじゃなきゃ舞踏会の招待状が届くわけがない…
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