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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    綿津見(わだつみ)の激突②

 入浴後は、特にこれといった(もよお)し物は無い。銘々(めいめい)、自由に過ごす。例年通りであれば、この時間は肝試しが行われる予定であったそうだ。しかし、今年は流石に実施されんかった。スコット達や沢渡達が記憶を消して回ったとはいえ、教員達の心にはしっかりとオリエンテーリングでの惨劇が刻まれておったらしい。

(肝試しなんか一年に一回で充分だろ。なんで今まで二回もやってたんだよ)

(貴様は既に二回目もやったがな)

(あんなモン、肝試しとは言わねぇ)

 言われてみれば確かに、あの廃病院で肝が冷える様な局面を目の当たりにした覚えは無いな。士は若干怯えておった様な気もするが。

(って、今はそんなことどうでもイイんだよ。早くこいつを何とかしねぇと……)

 普段以上に真剣に、士は眼前に広げられた物を見詰める。此奴(こやつ)は今、友人達とトランプゲームに興じておる最中なのだ。

「フフフ、お前ももう終わりだなぁ。いい加減、諦めろよ」

 士は正面で相対しておるクリントを挑発した。それを受け、彼は啖呵を切る。

「ハァ? 何言ってんだ? 終わるのはオマエの方……だっ!」

「ハッ!! アホめ!! そっちじゃねぇよっ!!」

「うわっ!? しまったぁっ!」

 士の手札から取ったカードを見て、クリントは自らの選択が(あやま)ちであった事を思い知らされた。

「ダァ~ッ、クソッ!」

 クリントは唸った。今度失敗すれば、自分が負けるかも知れぬ。その可能性を少しでも低くする為に、彼は元々持っておったカードと士から取ったカードを背中に回した。そして、それ等を此方(こちら)からは見えぬ様にして突き付ける。

「ホラ取れ!」

「フン、シャッフルなんかしたって無駄だ。お前の胸中なんて手に取るように分かるんだからな」

「ハッ、言ってろ!」

 士の発言をただの虚仮(こけ)(おど)しと受け取り、クリントは鼻で(わら)った。

「フフン、こっちだろ?」

 それを更に(あざわら)い、士は躊躇う事なく右端のカードを選んだ。すると、クリントの顔面が徐々に絶望の色に染まっていく。

「なっ……!? バッ、バカな……っ?!」

「ハイ、これでお前の負け決定。俺の勝ち」

 手札にあるカードの数字が揃った士は、クリントの敗北と自身の勝利を宣言した。敗れた彼は、残った手札を宙に放り投げて床に寝転んだ。

「ダァ~ッ! クソッ! また負けたぁっ!」

「フハハハハハ! これでお前の五連敗だな!」

 士は高笑いし、クリントは悔しがる。

「畜生っ、なんでだ!?」

 自分の敗因は何なのか。それを求める彼に、士は回答を与えてやる。

「お前、マジで気付いてなかったのか?」

「は? な、何が? 後ろの窓ガラスにはずっと注意してたぞ?」

 己の背面にある硝子の窓を、鏡の如く反射を利用して盗み見た。士の勝因を、クリントはそう推測した模様。だが、残念ながらそれは誤りである。

「じゃあ何だ? オレの瞳に映ってたとか?」

「お前じゃあるまいし、そんな器用なマネが出来るか」

「だったら一体……」

「別にたいしたことはしてない。単にカードの裏に印をつけてただけだ」

 士の放った一言に素早く反応し、クリントはカードの裏を見る。ところが、其処(そこ)には特に目立った跡は見受けられぬ。

「ん? ……別に何にもねぇぞ?」

「当たり前だ。目に見える印なんかつけたらお前に一発でバレんだろうが。俺がつけたのは匂いだよ、匂い。つけたって言うより覚えてただけだけど」

 士の嗅覚は、カードに付着した微妙な匂いの差異を判別できる。一見すると利便性がありそうだが、実際は現代社会では役立ちそうもない能力である。

「ニオイかぁ……オレも鼻にはそこそこ自信あるけど、全然わかんなかったわ」

「まぁ、昔から鼻は良かったからな。この体質になってから更に伸びたんだろうよ」

 嗅覚に関して、我は上級悪魔の中ではそれ程でもなかった。その為、これは士自身の長所である。

「にしても、意気込んだ割には弱かったな、お前」

「うーん、やっぱ(ひい)ジイサンみてぇにはいかねぇか」

 トランプゲームで勝負する前に、クリントの曾祖父(そうそふ)は賭博師であると聞いた。我の知り合いにも賭け事が好きな者が()る。もしかしたら、彼は其奴(そやつ)曾孫(ひまご)かも知れんな。

「オマエたち、そろそろ就寝時間だぞ。寝ろ」

 二人の決着が付いて間もなく、スコットから眠りに付く様にとの御達しがあった。しかし、クリントがそれに反発する、

「ハァ? だから何だよ。イマドキ就寝時間を律義に守るようなお利口ちゃんなんてオマエぐらい……」

 其処(そこ)まで言い掛けたクリントであったが、中断を余儀なくされた。スコットが音量を抑えて我々だけにこう告げたからだ。

「イイからさっさと寝て備えろ」

「備える? 何に?」

 士がそう問うと、スコットの代わりにクリントが(おど)けて言い放つ。

「フフン、そんなの決まってんじゃねぇか。夜這いだよ、夜這い。学校の旅行の定番だろ。女子の部屋に忍び……」

 クリントの言葉は、またもや途中で途切れた。彼の頭上に、スコットの鉄拳が振り下ろされたからである。その威力を物語る様に、鈍い音が部屋中に響く。

「ってーな!! 何すんだよ!!」

 無論、クリントは怒った。それに対し、悪びれた様相もなくスコットが毅然と言い返す。

「ふざけたことを言ってないで早く(とこ)()け」

「だからって殴るこたぁねぇだろ!」

「ソレについては悪かった。謝るから早く寝てくれ」

 スコットは如何(どう)してもクリントに睡眠を摂って欲しいらしい。強情な性格であるとは思っておったが、これは(いささ)か常軌を逸しておる。士も我と同じく疑問に感じた様なので、彼に理由を訊く。

「どうしたスコット? なんでそんなに寝かしつけたいんだ?」

「ああ、もしかしたらオレたちが動かなくてはならない事態になるかもしれない。だから、それまで心身を休めて力を蓄えていて欲しい」

 そう言った彼から、唯事ではなさそうな雰囲気が伝わってきた。何故ならば、日本語ではなく彼等の母国語で会話を始めたからだ。

「実は、オレが風呂から上がった後、魔界から知らせがあった」

「ほう、んで?」

 スコットの報告を聞き、クリントは彼に早く続きを話す様に促した。

「ソレによれば、日本近海に在る魚人たちの国のトップが替わったそうだ」

「それがどうかしたのか?」

 今度は士が尋ねた。その設問に、スコットが厳しい顔で答申する。

「どうもこうもない。大問題だ。政権交代自体はよくあることだが、今回はその替わったヤツにかなり問題があるんだ」

「そ、そんなにヤバイのか? そいつ」

「ああ、なんでも極端な魚人至上主義者らしくてな。人類を滅ぼして海も陸も支配することが自分たちに課せられた使命だと本気で信じている。少なくともそういうヤツだと聞いている」

 地球上の海や一部の湖に面する多くの人間の国は、水中に存在する魚人の国と相互不可侵条約を結んでおる。それが、二つの種族が生き残る最善の方法であると思案したからだ。事実、表面上ではあるものの、現在まで平和は保たれておった。ところが、とある国でその均衡を崩しかねぬ連中が指導者となった。もしも、この話が真実であるならば、由々しき事態である。

「危険な思想の持ち主が国のトップになったのは分かったけど、いますぐどうこうってワケでもないんだろ?」

「いいや、ソレがそうもいかない。この情報が入ったのはついさっきであるが、交代劇が行われたのは何週間も前だ。準備は整いつつある、もしくは完了していると考えた方がイイ」

「なんでそんなに情報が入ってくんのが遅いんだよ」

「元々アソコは鎖国していたんだ。それも昔の日本のような生易しいものではない。徹底されていたそうだ」

 現代となっては常識であるが、鎖国とは江戸時代の日本で採られておった対外政策、及びそれにより生じた孤立状態を指す。更に言えば、これも初等教育または中等教育で習う事だが、当時は明朝や清朝(現在の中華人民共和国に相当)、李氏朝鮮(現在の大韓民国及び朝鮮民主主義人民共和国に相当)やオランダ(より正確にはオランダ東インド会社)、そして蝦夷(現在の北海道の先住民であるアイヌ民族)や琉球王国(現在の沖縄県に相当)とは交流や通商関係を持っておった。しかし(くだん)の魚人の国は、間接的・直接的の区別なく諸外国との接触を可能な限り断っておったという。

「外界からの情報は遮断、それでなくとも操作・改竄されるだろうし、国の内状が漏出することもほとんどない。でもトップが替わって体制も変わった。だから今になってオレたちの耳に入ってきたんだろう」

 我々が想像しておるよりも、切迫した時局であると見た方が良さそうだ。

「フー、状況は分かった」

 スコットの説明を聞いて、クリントは溜息を()いた。続けて士も、心を落ち着かせる様に息を吐く。そして訊く。

「クリントに『備えろ』って言ったのは、ここが襲撃されるかもしれないからか?」

「そうだ。その確率はある」

「なんでココなんだよ」

 次は、(もっと)もな疑念を(いだ)いたクリントが尋ねた。すかさずスコットが(よど)みなく返す。

「強襲される可能性があるのはココだけではない。候補地は他にもある。たまたまオレたちがココに居たから役目が回ってきただけだ。ちなみに、ココの優先度は低い方だ」

「じゃあ、そんなに気張ってなくても大丈夫か?」

「無理に気負いする必要はないが、かといって気を抜いてイイほどでもない、としか言えないな」

 士が期待を籠めて確認したが、対するスコットの反応は曖昧なものであった。その流れで、クリントの口からも愚痴が(こぼ)れる。

「んだよソレ。メンドくせぇ、そういうのが一番タチわりぃんだよ。てか、そういうことなら大人しく寝てるワケにもいかねぇだろ」

「その点は問題ない。何か不審なモノが近付けばすぐに分かるように、結界の範囲を広く設定してある。バッキーも眠ったことだし、心配は無用だ」

 スコットはそう言うと、とうに寝入ったバッキーを指差した。するとクリントは、『ソレもそうだな』と呟いて納得。何故、二人共その様な結論に達したのかは謎であるが、士は彼等の振る舞いを見て案ずるには及ばないと感じた。

「ま、そういうことならさっさと寝るとするか」

 スコットの弁に素直に従って、士はベッドに向かおうとした。ところがその時、普段は最も聞きたくて今は最も聞きたくなかった声が脳内に届いた。

(士クン、私だけど、いま大丈夫?)

 美輝だ。それも携帯電話ではなく、ゴーレムを介して連絡を取ってきた。この事から、尋常の用件ではないと容易に想像できる。

(大丈夫だけど、どうした? 何かあったのか?)

 なので、士は言葉には出さずに心の中だけでそう問い返した。それに伴い、スコットとクリントは、突如として口を閉ざした此奴(こやつ)を不思議そうに見詰めておる。ただ、美輝のゴーレムについて(あらかじ)め教えておったからか、すぐに事情を察してくれたらしく静かに此方(こちら)の様態を見守っておった。

(あのね、士クンの話を聞いてからずっとゴーレムを辺り一帯に撒いてるんだけど、何かが海からたくさん来てるみたいなの)

(何か? 何かって、具体的には?)

(分からない。魚みたいなんだけど、大きさの割にはこんな所まで来るのはオカシイし……)

 美輝の報知を聞き、士は嫌な予感がした。しかし、まだ信じ(がた)い。その為、それを確実なものにするべく尋ねる。

(その『大きさ』ってどれぐらいなんだ?)

(人間くらい……かな? もうちょっと大きいモノもあるけど。ただ変なのは、泳ぐのがモノ凄く速いの。もう、人間とは思えないくらい)

 彼女の証言により、士の疑惑は決定的なものとなった。十中八九、接近して来ておる者共は魚人の群れだ。即時にこの考えを美輝に伝えるか否か迷っておると、彼女からの声が途絶えた。

(ん? あれ? 光?)

 彼女に続き、気が付けば先程まで其処(そこ)に座っておった筈のクリントも居らぬ。スコットはまだ()るが、彼も部屋を出ようとしておるところであった。

「ツカサ、行くぞ」

 そんな彼は、士に誘いを掛ける。否、口調から判断するに強制の様だ。

「えっ?! で、でも……」

「イイから。ヒカリさんも眠っただけだから心配ない」

 当たり前ながら士は戸惑うが、スコットはその不安の種を取り除く発言をした。

「えっ!? また何かやったのか?」

「ソレは道中で説明するから早く行くぞ」

「あ、ああ」

 スコットに促され、士も立ち上がって部屋を出た。その道すがら問い掛ける。

「な、なぁ、さっき光から魚人らしき集団がこっちに来てるって……」

「分かっている。結界に反応があった。おそらくヒカリさんの言う通りだ。だから今、カノジョも含めたこの施設の敷地内に居る全員を眠らせたところだ」

 実行者は、何時(いつ)の間にか姿を消しておったクリントである。大方、催眠用のポーションを噴霧機か何かを用いて拡散しておるのであろう。或いはその(たぐい)の魔術を行使しておるか。使えるのか如何(どう)かは知らぬが。

「い、行くってどこに?」

 宿舎の廊下を競歩選手並みの速度で往きながら、士は隣を歩くスコットに訊いた。すると彼は、至極当然といった面構えで返す。

「もちろん、ココを襲おうとしているバカ共の顔を見に行くんだ」

「お、襲いに来たとは……」

「なら、他に大勢で来た理由を説明できるか? ソレもこんな夜中に海から」

 スコットにそう言い切られてしまい、士は彼を納得させられる自信を失った。兎も角、早歩きから小走りになりつつ、思考を切り替えて次の質問に移る。

「行ってどうすんの?」

「ソレは向こうの出方次第だ。話し合いで解決できれば一番だが、最悪の場合は荒事になるかもしれん。いや、多分アチラは最初からそのつもりだろう。極力そうならないように努力はするが、まぁ覚悟はしておくんだな」

 結局、頼れるのは己の腕と技と頭という事か。

「クリントは用事があるからイイとして、バッキーは起こさなくてもイイのか?」

 もう一つ気懸かりな事があった士は、スコットにそう問うた。

「ああ、必要ない。アイツは万が一の時の為の保険として置いて行く。というか、無理に前線に引っ張って来るよりもソチラの方がアイツの真価を発揮できる」

 スコットは応じてくれたが、それ以上は語ってはくれなんだ。理由を話す前に、浜辺に到着したからだ。眼前には、真っ暗な空と海と共に不気味な静寂が広がっておる。砂浜に立って奴等の訪問を待つが、それらしき影は無い。

「オイ、何の気配も感じねぇけど、ホントに魚人たちが来てんのか?」

「なんだ? ヒカリさんの言うことが信じられないのか?」

「い、いや……そういうワケじゃねぇけど……」

 スコットに皮肉で返され、士はグウの音も出ぬ。

「たしかに静かだが、近付いては来ているぞ」

「どんぐらい来てんだ?」

「ソコまでは分からないな。オレたちが張れる程度の結界では」

 ()いて言えば、招かれざる来訪者の数は徐々に増えてきておるという。先程からずっと、結界に設けられた侵入者を報せる警告音が途切れぬそうだ。

「話し合うのはイイけど、言葉は通じんのか?」

「ああ、翻訳機があるからな」

 スコットはそう言うと自身の左耳を指差した。其処(そこ)にはイヤリングがある。以前見た、テレパシーを利用して仲間内で連絡を取る為の物とは全然違う。

「ホラ、オマエも着けろ」

 そう言って、彼は同じ物を此方(こちら)に寄越した。士はそれを急いで左耳に着用する。

「これ、どうやって着けんだよ……」

 初めての事なのでやや手間取ったものの、何とかイヤリングを着け終えた。それとほぼ同時に、スコットが短く言い放つ。

「来たぞ」

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