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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    二人はそれを我慢できない②

 オリエンテーリング当日――

「っ~~~んっ! イイとこだねー!」

「そうねー。思いっ切り体を伸ばせそう」

「ふぅ。随分と山奥なのですね」

「ふむ。心が落ち着くな。ここでなら勉強も捗りそうだ」

「お前、こんなトコまで来て勉強すんのか?」

「あ~~ストレスが消えて行くー」

 我等が二班は、目的地に着くなり、思い思いの感想を述べておる。(ちな)みに、最後に発言したのが士だ。ああ、これから丸二日、テレビもパソコンもゲームもお預けか……。我慢できるであろうか? 

 それから士達は、特に何事も無く、野外活動を楽しんだ。夕食は皆で作ったカレー。加賀美と風白が手際良く下拵(したごしら)え。(かまど)の火は天道が実に良い加減で番。味付けは白木が良い感じに主導してくれた。後片付けは、士と光が仲良く新婚夫婦の如く行った。

 何のトラブルも無かった為か、逆に不安を感じたが、これはもう重症なのではなかろうか。俗に言う職業病という奴である。我は働いてはおらんがな。

 宿舎に帰って風呂を済ませ、一日目の夜が更けていく。この日は拍子抜けする位に何もなかった。()いて挙げるとすれば、風呂上がりの光と偶然顔を合わせた事か。士の感情が激しく揺れ動いたからな。それと、彼女がその身に漂わせておったコンディショナーの香りが印象的であった位だ。年甲斐もなく酔いしれそうだ。

 これが、嵐の前の静けさでなければ良いのであるが。

 ○●○●○○●○●○

 オリエンテーリング二日目・午前――

「っあ~~たまには外で昼寝すんのも悪くないな」

 今は自由時間。皆友好を深めあったり、中には愛情を深めたりと、思い思いの時間を過ごしておる。その一方で、士は外で昼寝。(なん)とも面白みの無い。(つい)でに色気もない。

「あ~~昼飯まではこのままこうしとくか……」

 ダラダラしっ放しだな。まあ、日頃の疲れを旅行で取るのは普通の事だな。旅行とは違うか。何か、何処(どこ)となく日々仕事に追われるサラリーマンお父さんを彷彿とさせる様な気もするが。

 オオオオオォォォォォォ……。

(んん? この感じは?)

 如何(どう)やら、眠っておる暇はなさそうだ。我は何かとても嫌な感じがした。いや、正確には変な感じ、と言った方が正しいであろうか。ある種の寒気とでも言えば良いのか。

(どうした?)

(う~む、何と言うかこう、モヤモヤした感じが拭えんのだ)

(モヤモヤ?)

(うむ。休んでおるところ悪いのだが、少し辺りを探ってみてはくれんか?)

(えぇ~!? メンド臭ぇ~)

 今までの士であれば、此処(ここ)で終わる。しかし、今回は事情が違う。

(って言いたいトコだけど、お前がそこまで言うんなら本当に何かあるかも知んねぇな。皆に何かある前に確認だけでもしとくか。一応、念の為に)

(そうしてくれ。我の杞憂で済めば良いのだが……)

 士は我の提案を快く呑み、山の中を我の誘導に従いながら散策して行く。

「おい、こっちで合ってんのか?」

(ああ、ドンドン近付いておるぞ)

 その人間離れした持久力と強靭な足腰により、士は険しい山道なんぞ物ともせず駆けて行く。人の手によって、整備された道なんぞ通らぬ。草木を掻き分け、崖を登り、坂道を上がったり下ったり、変な感じのする方向へと一直線。最短距離を進んで行く。

 そして、士の足で約二十分後、我等は(ようや)く目的地であろう場所へと辿り着いた。

「これは……(ほこら)?」

 其処(そこ)に在ったのは、如何(いか)にも何か有りそうな古めかしい祠であった。心霊番組で取り上げられそうな感じの物だ。

(うむ、その様だな。我が感じたモヤモヤは、恐らく此処(ここ)から発されたモノであろうな。変な感じが強くなりおった)

 霊魂の残滓がこの辺りに漂っておるのが分かる。空を見上げれば、薄い筋の様なモノが幾つも伸びておる。我が感知したのはこれか。

「う~ん、さて、どうすっかな? ……お?」

(む? 何か落ちておるな?)

 士が祠を探ろうと近付くと、その前に何か紙が落ちておった。

「ん? こりゃなんだ? 御札か?」

 祠の前に落ちておったのは、悪魔である我にとっては非常に好ましくない御札であった。士は(おもむろ)にそれを拾い上げた。

(うむ。紛う事なき御札であるな。あまり近付けるな。気分が悪くなる)

「俺と合体してんだから大丈夫だよ。それより御札ってさぁ、何かを封じるのに使うよな?」

(ああ。だが、それが剥がれて落ちておるという事は……)

「封印が、解けた?」

(そう考えて良いであろうな。というか、それしか考えられんな)

「ん~、封印されてたって事は、そいつはあんまりヨロシクないモノだって事だよな?」

 そうでなければ封印されんであろうな。それもこの様な山奥にひっそりと。誰が如何(どう)考えても(ろく)な展開になりそうにないな。

「それが自由になったってことは……」

(その辺に()るのであろうな)

「そ、そりゃヤベェ! どうする!? どうすりゃイイ?!」

 他の生徒にも危害が及ぶと考えた士は、焦燥の色を隠せず、慌てふためく。

(落ち着け! まずは此処(ここ)に何が封印されておったのか突き止めねば)

「そ、そうだな……」

 我の一言で、士は落ち着きを取り戻し、改めてこう問うてきた。

「……よ、よし。誰に聞けば分かる? やっぱ地元の人?」

(いや、その前に彼奴(あやつ)に聞くとしよう。何か知っておるかもしれん)

「あいつって?」

(貴様の上司。こういう事には詳しい筈だし、知らなくても調べて貰える筈だ)

「お、おお! そうだな! 沢渡さんならなんか知ってるかも」

 士はケータイを取り出し、早速沢渡に連絡を取ろうとする。

「あ、ここ、圏外……」

 ところが、此処(ここ)はかなりの山奥。電波なんぞ届く筈もない。

(仕方がない。一旦戻るか。彼処(あそこ)からならば電波も入るであろう?)

「そうだな。戻ったらちょうど昼飯の時間だし、一旦帰るか」

 士は拾った御札をポケットに仕舞い、行きと同じ速さで元来た道を戻る。

 それにしても一体何があったのだ。そして何故、封印が解けたのであろうか。士はその様な事よりも昼飯の方が気になる様であった。危機感のない奴め。

 ○●○●○

 その日の午後――

 昼食後、士は沢渡に連絡を取った。この辺りの言い伝えや伝説について、話を聞く為だ。

「……え? そうなんですか?」

 ―『はい。その辺りには昔、大量の怨霊が封じられた、という記録が残っています』―

 今から数百年もの昔の事だ。彼女の話によると、この辺りで突然、間断なく怨霊が湧き出したそうな。そして、それを見兼ねたとある高僧とその弟子達が力を合わせ、我等が午前中に発見した祠に封じた。そういうお話であった。

 ―『こちらからも対策班を向かわせますので、石森さんは御学友の方々に危険が及ばない様に注意して下さい』―

「そうですか、分かりました。ありがとうございました。失礼します」

 ―『はい。石森さんも御気を付けて』―

 通話終了。要するに、時間の経過で封印が弱まったのだな。もっとしっかり封印しておかんか。

「さて、これで何が封印されてたかは分かった。助けも来るみたいだし、俺らに出来んのは皆に被害が及ばないようにすることだな」

(ふむ。その事なのだが、士よ、大事な事を忘れておらんか?)

「え? 何を?」

(今日の夜、何がある?)

「夜? ……あ! 肝試し!」

 そうだ。今回の肝試しは恐らく、山中を練り歩く事になるであろう。其処(そこ)で皆が怨霊に遭遇し、取り憑かれでもしたら大パニックだ。

「惨劇になるな。させねぇけど」



 此処(ここ)で、《怨霊》について論説しておこう。

 《怨霊》とは、西洋では《スペクター》や《ファントム》等と呼ばれ、戦死や事故死、他者による殺害、自殺等の非業の死を遂げた人々の霊である。強力なモノになれば、《レイス》と呼ばれるより強力な零体となる。未練を残したままこの世を去った者が大半なので、生きておる者を羨んで、或いは憎しみを打つけて災いを与えるのだ。

 有名な奴としては、酒呑童子や玉藻之前と並び、日本三大妖怪にも数えられておる《崇徳上皇》、首塚伝説の走りであり、東京の守護神としても有名な《平 将門》、現在は学問の神様として崇められており、飛梅伝説でも有名な《菅原 道真》が日本三大怨霊とされておる。他には、『東海道四谷怪談』の《お岩》が有名であろうか。元は人間であるというのに、大したものだ。



「ん? でも東京からここまでなら夜までには来るんじゃねーか?」

(電話したのが午後一時前、肝試しが午後七時からだから……六時間か)

「車だとルートにもよるけど五時間、いや準備時間も考えたら一応六時間は見といた方が良いから、う~ん、ギリギリだな。俺等でどうにかするしかないか?」

 しかし、例え見付ける事ができたとしても、我等では如何(どう)する事も出来んぞ。貴様は体力馬鹿だし、我はこの状態であるから魔力は(ろく)に使えんし。いやまあ、元の姿でも役立たずだが。

「打つ手なし。う~ん、どうすっかな……」

 そもそも奴等が何処(どこ)()るのか、見当すらついておらんのに如何(どう)しろと。

「あー! 士クン、こんなトコに居たー!」

 我等が怨霊について彼是(あれこれ)と考えておると、光達二班の五名に見付かってしまった。

「石森、午後からは近隣の山で登山だぞ? あまり単独行動はせんでくれ」

「登山かー。体動かすのは好きなんだけど……ねぇ?」

「いいえ、私は好きですよ、登山」

「メンドくさ」

 風白以外は殆ど文句だな。分からんでもない。しかし、世間では流行っておるらしい。

「ご、ゴメン。ちょっと寝不足で……」

「そういや昨日も結構遅くまで起きてたよな?」

「む! 良くないぞ! 夜更かしは!」

 天道は士の健康を気にしてくれておる。

「い、イヤ~、俺枕変わると寝らんねーんだ」

「私も枕が変わると眠れませんので、自宅から普段使用している物を持参して来ましたわ」

「あーあのムダに高そうなヤツねー」

「そうでしょうか? オーダーメイドで十万円程の物なのですが?」

「いや風白、枕で十万は高けーぞ?」

 風白の枕の値段については、加賀美と同意見だ。

「おーい! そろそろ出発するから集合しろー!」

「先生が呼んでる。石森、早くしろ」

「あ、お、おお……」

 士は班の五人に連れられて登山へと向かう。今回の登山は、午前中に登った山とは別の山である為、危険はないと思うが。

(士、念の為、周囲への警戒は怠るなよ)

(ああ、分かってるよ)

「士クン? 何か言った?」

「いや何も」

 願わくは、彼等に災難が降りかからぬ事を祈ろう。大魔神(だいましん)様に。

 ○●○●○

 午後は当初の予定通り、近隣の山で登山が行われた。

(う~ん、特に怪しい感じとかはねーな。お前はどうだ?)

(我も特には。やはり此方(こちら)の山には来て()らんのであろうか?)

(だと良いけど……。つーか、俺等ってそういうヤツ向いてねーんだよなぁ)

 嫌な、変な感じはするものの、それの発信源が何処(どこ)なのかがサッパリ分からん。(ほこら)は見付けられたのだがなぁ。

(確かに。我等では探索は期待出来んな。除霊とかも出来んし)

 皆の()る山に、怨霊らしきモノが見当たらん。その事に、若干の安堵と言い知れぬ不安を感じておると、二班の皆が何やら騒ぎ出した。

「ん? あれ、人か?」

「人? ……ああ、確かに誰か居るな」

「遭難者でしょうか?」

「こんな山で遭難? 学生がハイキングで登るような山よ?」

「でもほっとくワケにも……」

 そう話す皆が見ておる方に、士は目を向ける。すると、確かに奇妙な人影が在った。他の登山者である可能性もあるが、其奴(そやつ)()るのは登山道から外れた藪の中。その様な所で、人が身動きもせず突っ立っておるとは到底思えん。余程のモノ好きか、それとも……。

(おい……! もしかして……!)

(ああ、その可能性はある。誰かが行く前に貴様が行け!)

「お、俺ちょっと見てくる!」

「え!? ちょっと?! 士クン!?」

「後で追い付くから先に行っといて!」

 光達にそう言い残し、士は人影の方へと走って行く。すると其処(そこ)には確かにヒトは()った。いや、“在った”、というべきか。

「うっ……! こりゃ……!」

(むぅ……! これは……!)

 其処(そこ)に在ったのは、男の死体であった。木の枝に(くく)り付けられた縄で、首を吊って死んでおる。

「自殺者……! これも怨霊の……!」

(ああ、恐らくな。兎に角、教員に知らせた方が良いのでは?)

「あ、ああ、そう……」

「ねぇ士クーン! 誰かいたー?!」

 士は自殺者の死体がある事を、教員に知らせに行こうとした。しかしその時、先に行く様に言っておいた筈の光達が、此方(こちら)に向かって来た。

「おーい! 石森―!」

「皆こっち来んなっ!」

 この様な悲劇とは無縁の五人の目に、目の前に在る悲劇を触れさせぬ為に、士は此方(こちら)に来ぬ様に声を張り上げ伝える。

「何よー。一人じゃあれだと思って人がせっかく……!」

「キャァァァァ―――!」

「見るな!」

 士は咄嗟に、女子三人の前に視界を遮る様にして立った。彼女達に、男の首吊り死体が見えん様にする。しかし、士の咄嗟の行動は間一髪で間に合わんかった。彼・彼女等は、一生見る事のない筈のモノを見てしまった。互いの好意が擦れ違った結果だ。

「こ、これは……! 自殺死体、か……!」

「お前等も見んな」

 自分も、生の人間の死体は見た事無いであろうに。

「とりあえず女の子三人は戻って。天道は彼女たちについて行って」

「あ、ああ、了解した……」

「加賀美はこのことを先生たちに知らせてここに連れて来て」

「お、おお、分かった……」

 女子にはすぐに此処(ここ)から離れる様に指示し、男には仕事を与えた。考える隙を与えぬ為である。

「それとこの事は他の生徒には言うなよ。パニックになるからな」

「わ、分かった。石森は?」

「俺はここに残る」

「え?! そ、そんな!? 危ないよ?!」

 光が士を心配して、そう言ってくれた。なんと優しい子なのだ。

「危なくない。こりゃタダの死体だ。動きゃしねーよ」

「そりゃそうだけど……。な、なんでアンタが残んのよ?」

「そ、そうですわ。石森さんが残る必要はありませんわ」

 他の二人の女子も同じ事を言ってくれた。まあ、我に向かって言った訳ではないが。

「え、えーと、め、目印だ、目印。加賀美が迷うかもしれねーだろ?」

「いや俺、そこまでバカじゃ……」

「あーもう良いから早く行け。こんなトコに長居したくねーだろ?」

 士は追い立てる様にして、光達をこの場所から遠ざける。彼女達は士の言葉に従い、この場から離れた。一応、善意から出た行動ではあるが、流石に横暴過ぎるのでは。と、悪魔である我が言う事ではないか。

(それで? 何故残ったのだ?)

「ん? ああ、さっき言った様に目印。後、周りにまだ怨霊が()るかどうかの確認。この男の霊がまだこの辺りに居る可能性があるしな」

(ふむ。貴様にしては考えておるな。珍しい事もあるものだ)

「一言余計なんだよ、お前は。まぁ、見付けてもどうする事も出来ねーけど……」

(ふ~む。我はこの辺りには何も感じぬが?)

「じゃあ、俺の考え過ぎか。この人には悪いけどそれならそれで良いや。……この人の霊は怨霊共が連れて行ったのか?」

(恐らく。奴等は生者を死に追いやると自分達の仲間に引き入れるからな。おぞましい限りだ)

「じゃあ、皆が奴等の仲間入りしない様に、俺等が頑張らないとな」

 ふむ、仕方がないから付き合ってやるとしよう。

 この後、加賀美が連れて来た教員達が後処理をしてくれた。そしてこの事は、教員達から生徒達へ知らされなんだ。光達も士の忠告に従い、この事を他生徒に言い触らしたりはせんかった。パニックは避けられた様で、一先ずは安心であるな。

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