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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    回収指令②

 帰宅し、風呂も夕食も済ませた士は、明日の用意をしておる最中である。旅路に不可欠な諸々の物を、やや大きめのデイパック(一日分の荷物が入る位のバックパック)に詰めていく。

「水とスポーツドリンク、非常食に着替え、合羽……」

(念の為、余分に持って行っておいた方が良いぞ)

 士の基礎体力ならば、多少過剰に積もうと物の数ではない。

「分かってるよ。備えあれば憂いなしって言うしな」

(ポケットティッシュとタオルも忘れるなよ)

「それは最初から入ってる。文房具と新聞紙も。他は……コンパスだな」

 今回は未知の地域を訪ねる。故に、方位磁針と共に必須とも言える地図は、最も取り出し易い位置に収納。(ちな)みに、これは学校から帰る途中に購入した物である。

「えーと、軍手とロープに……レザーマン(マルチツールプライヤー)も」

(ほう、チャージTTiか。貴様にしては随分と高価な物を持っておるな)

「こりゃジイちゃんから貰ったモンだ。てか、よく知ってんな」

(長く生きておると、興味のない事でも自然と知識として蓄積してしまうのだ。新鮮な事柄が少なくなってくるからな)

「ふーん、そんなモンか」

 そう呟き、引き続き作業を行う士。日帰りの予定とはいえ、遠出である事に違いはない。目的地は人里からも離れておる。たとえ、使う必要性が一寸たりとも感じなくとも、下準備を(おろそ)かにしてはならぬ。まあ、本当に遭難したとなれば飛べば良いだけだが。

「それと、いちおうマグライトと救急キットも入れとくか」

(スペースは空いておるのか?)

「ああ。これで、終わり……っと」

 これで支度は整った。後はもう就寝するだけである。ところが、部屋の電気を消そうと立ち上がった(まさ)にその時、招かれざる来客が顔を覗かせた。クリントとバッキーである。

「よぉ、何してんだ? そんなモンまで出して」

 二人は虚像の壁からニュッと首から上だけを出しておる。この光景にも、とうに慣れ切った。

「アレ? もう寝るの? まだ八時だよ?」

「ああ。明日出かけるからその準備してたんだ。朝早いし、もう寝ようかと……」

「えーっ、せっかく休みの前なのにぃ。もったいない」

 夜通し遊ぶ心算(つもり)であった様子のバッキー。実に残念そうな声色だ。試験も終わって休日を得たとなれば、彼の様な心境になって当たり前である。士も、本来ならばそうしたかったであろう。

「でも、別に一晩ぐらい徹夜しても大丈夫だよね?」

 バッキーは更に食い下がってくる。普段であれば、彼の言う通り数日眠らずとも大して支障はない。体力だけは無駄にあるからな。しかし、今晩はそういう訳にもいかぬ。

「ダメだ。明日行くトコは何があるか分かんねぇから、疲れはなるべく残したくない」

「ほう、オマエがそこまで用心するなんて、一体ドコに行くつもりなんだ?」

 隣室で話を聞いておったらしいスコットまで顔を出してきた。

「ほら、ここに行くんだよ」

 士は壁の所に立ったままの三人を手招きし、霊能者が置いて行った手紙を見せた。

「あん? ドコだぁ? こりゃ」

 部屋に上がった三人の内、真っ先に声を発したのはクリント。その次はバッキー。両者の反応は全くの正反対であった。

「あっ! ボク知ってる! ココって有名な心霊スポットだよね、たしか」

「そうなのか?」

 彼の言葉を聞き、スコットが士に確認する。

「ああ、そうだよ。てか、よく分かったな。写真もないのに」

「まぁね、名前だけでピンときたよ」

 得意気な表情をするバッキー。それに呆れた顔をしつつ、クリントが改めて尋ねる。

「で、ココに行くのか?」

「ああ。バイトでな」

「何をしに行くんだ?」

 今度はスコットが質問してきた。それに対し、士は正直に返答する。

「なんか、取って来て欲しい物があるんだとさ」

「盗って来る?」

 クリントが訊き返した。その口調から、彼が失敬な勘違いをしておるに違いないと感じ取った士は、何か問われるより先に言い放つ。

「言っとくけど、盗みをするワケじゃないぞ」

「わ、分かってるって」

「ならイイけどよ」

 (いわ)れのない誤解は避けられた。今度はスコットが質問する。

「それで、具体的には何を取りに行くんだ?」

「さぁ?」

「さぁ?!」

 士が嘘偽りなく答えると、スコットは険のある言い方でその台詞(せりふ)を繰り返した。

「オイオイ標的もちゃんと定まってねぇのかよ!?」

「バカだねぇ。ボクでもそんなヘマはしないよ」

 クリントとバッキーも呆れ果てておる。

「うっせぇな。んなことお前らに言われるまでもねぇんだよ。でも仕方ねぇだろ。手紙には何にも書いてないし、あの人こっちから電話かけても全然出ねぇんだから」

「よくそんなの引き受けたね」

 士の精一杯の反駁(はんばく)に、バッキーが確かめる様な声音で訊く。他の二人は呆れて物も言えぬ様だ。

「金が貰えるからな。楽そうだし」

「ふ~ん、いくらぐらい?」

「いつもと同じぐらい」

「二十万前後か……。なら、けっこう早めに買えるかもね」

 バッキーが言っておるのは、先日予約した亜空間に物品を収納できる腕輪の事である。

「つっても報酬は交通費とかも含めてだけどな」

「でも自転車で行くんでしょ? その分は浮くじゃん」

「まぁ、そうだけど……てか、まだ二十万も貰えるとは決まってねぇぞ。簡単な仕事だからもっと安いかも」

 指定された物を回収する。それだけを鑑みれば、これ以上に難度の低い仕事も少ない。問題はそれが何か分からぬ事と、それを手にするまでに何かしらの危険が待ち受けておるかも知れぬという事だ。場合によっては割に合わぬ可能性もある。

「ま、やってもないウチに金のこと考えたってどうしようもねぇよ」

「うーん、それもそうだね。えーと、たしか日本にはこーゆーときにピッタリのコトワザがあったよね? 何て言うんだっけ?」

「捕らぬ狸の皮算用か?」

「そう! ソレ!!」

 バッキーの脳味噌に新たな知識が刻まれた。短い時間ではあったが、今夜の即席談話はこの辺りで御開きとなった。

 ○●○●○○●○●○

 翌日の早朝。荷物を背負った士は、愛用の自転車に跨って出発した。往路は順調そのもの。何のトラブルもなく目的地に到着した。

「はぁー、やっと着いたー」

 一応、関東圏内ではあるが、自宅から此処(ここ)まで実に数時間は掛かった。疲労は其処(そこ)まで感じておらぬが、流石に一息吐()きたい。距離にして数十kmもの間、ペダルを漕ぐ足を止める事が無かったからな。士は最寄りの道路脇に自転車を停め、降りるとすぐに施錠した。簡単に持ち去られぬ様に、電信柱に固定する事も忘れぬ。

「ちょっと休んでから行くか」

 時刻は丁度、太陽が頭の真上に到達しようとする頃。少し早いが、休憩がてら持参した昼食を頂く事にした。尚、この弁当はスコットが(こしら)えた物である。

(ホントは光に作って貰いたかったけど、贅沢言っちゃダメだよな)

 士はその様な事を考えながら、腰を下ろせそうな所を探す。というか、そもそも彼女には此処(ここ)へ行く事すら伝えておらぬ。

(ここでイイか)

 程なくして手頃な切り株を発見。レジャーシートを引いてその上に座ると、ナプキンに包まれた弁当を取り出した。上部の結び目を解けば、中からアルミホイルに(くる)まれた特大オニギリと弁当箱代わりの大容量タッパーが現れる。その内容物は、オカズが焼きウィンナーと玉子焼き。栄養が偏らぬ様にと、蒸したブロッコリーと生のプチトマトも添えられておる。シンプルながら、士にとっては非常に食欲がそそる品が揃っておった。また、季節は夏に差し掛かって来ておる故、食材が(いた)まぬ様に保冷剤も同梱するという気遣いも有難い。

 まずは日本人の魂たる米から食すべく、口を限界まで開けて(かぶ)り付く士。

(おおっ、ただのオニギリなのにメッチャうめぇな)

 数回の咀嚼(そしゃく)の後、士は予想外の美味しさに驚く。このオニギリの中身は梅干しであった。

(海苔も焼き海苔じゃなくて味付け海苔なのも嬉しいな)

 オニギリに満足した士は、続けてオカズ二品を口に含む。此方(こちら)もまた美味。この様な物を作ってくれる良き隣人と巡り合えた事に対して、士は感謝の念に堪えぬ。食欲に任せ、次々に弁当の中身を口へ運んでいく。

「ふぅ、食った食った。ごちそうさん」

 そして最初の勢いそのままに、あっという間に弁当を平らげた。その間、初対面の時に殺されかけた事なんぞ、一切脳裏を(よぎ)らんかった。

「にしても寂れたトコだなぁ。そりゃ幽霊も住みつくわ」

 水筒の茶を(あお)りつつ周辺を見渡すと、士は率直な感想を述べた。(つい)でに言えば、辺り一帯にはヒトが滞在できる様な施設もない。物凄く辺鄙(へんぴ)な所である。

 本日、我等が訪れておる所は、元々は病院であったという。しかし、今やその面影は微塵もない。病人や怪我人を癒すどころか、逆にそれ等を生み出してしまう場所に成り果ててしまった。

「まだそうと決まったワケじゃねぇだろ。ただの偶然かもしんねぇし」

 そう言いながら、士はタッパーと水筒をデイパックに仕舞って立ち上がった。

(偶然? 貴様も今し方、『幽霊も住みつきそう』と言ったばかりではないか)

「住んでても何か悪さをしたとは限らない、って言いたかったんだ」

 我と会話しながらも、ズンズンと病院に向かって行く士。敷地の周囲には、工事現場でよく見掛ける橙色の柵が張り巡らされておる。しかし、来訪者を拒む為に設けたそれ等も、我等にとっては低過ぎる。到底、障害物にはなり得ぬ高さだ。それ故、士は難なく跳び越えられた。

 そのまま直進すると、病棟に到着。其処(そこ)の自動扉は当然ながら機能しておらぬ為、手動で開けて御邪魔する。中へ入ると、昨晩思い描いた通り荒れ放題であった。

「こりゃヒデェな……。建物って、誰も管理しなくなるだけでこんなボロボロになんのか」

 昨夜、就寝前にインターネットで検索したところによれば、此処(ここ)は閉鎖されてからかなりの年月が経っておるらしい。何十年間も風雨に(さら)され続け、何の手入れもされずに放置されれば、こうなってしまうのは必然である。それに、庇護するモノがなくては建物の方も力を維持できぬ。朽ちていくのは自然の摂理だ。

「そういや、廃病院に入ってカルテを持って帰ったら、その病院から『カルテを返して』って電話が掛かってくるっていう怪談があったな」

 一階に設けられたナースステーションを物色しておると、士は(かつ)て聞いた説話を思い出した。

(ならば、霊能者が言う『回収して来て欲しい物』とはカルテの事なのか?)

「いやぁ、いくらなんでもそんな罰当たりなこと頼まねぇだろ。仮にそうだとしても適当に目に入った人のモンでイイのか、誰か特定の人のヤツが必要なのかも分かんねぇし。もし後者なら探すのスンゲェ大変だし。だいたい、まだ残ってるかも定かじゃねぇし。つーか、そんなモン何に使うんだよ」

 余程、持ち帰りたくないらしい。まあ、それは良いとして、まずは目標物が何なのかを突き止めぬ事には話にならんな。

「見れば分かるって言われてもなぁ」

 一階を散策し終えた士は、そうボヤきながら階段を上がる。

(取り敢えず、手当たり次第に部屋を探索して回るしかなさそうであるな)

「虱潰しってワケか。ま、なんの手掛かりもない以上、そうするしかないか。はぁ~、夜までに帰れるかなぁ……」

 この病棟は六階建て。更に、地下にも二つの階層が在る。その他にも二棟、同規模の病棟が建っておる。一棟一棟の面積はそれ程でもないが、先述の全部を隈なく探査するとなると相当な手間を要する。下手をすれば、今日中に完遂できぬかも知れん。

「チッ、こんなことならツェルト(一人用の小型テント)とシュラフ(寝袋)も持って来とくんだったな」

(そうは言うが、貴様は何方(どちら)も所有しておらぬではないか)

「いや、これを機会に買っとこうかなって。お、ちょうどイイや。帰ったら天道んトコで買うか」

 新たな出費が決定した。無駄遣いにならぬ事を祈ろう。

「う~ん、この病室にもなさそうだな。次!」

 士は引き続き、野宿せずに済む様に、この病棟内を入念かつ手早く探訪する。ところが、二階にもそれらしいモノはない。それは三階・四階・五階、そして最上階である六階も同様であった。

「ふー、あとは地下だな」

 屋上に出た士は、階段で下りるのが面倒臭くなったのか、其処(そこ)から一気に地上まで飛び降りた。当然、負傷なんぞする訳もなく着地。再び病棟内に入ると、今度は地下へと向かった。

「当たり前だけど暗いなぁ」

 何の光源もないからな。夜目が利くとはいえ、少々歩き辛い。加えて、其処(そこ)彼処(かしこ)の壁や床や天井が崩れておる故、その困難さは倍増である。なので、士は持参したマグライトを構え、行く先を照らした。不要と思っておったが、役に立ったな。念の為に持って来ておいて正解であった。

「ここはなんだ? ……ゲッ!? 霊安室かよ!」

 とある扉の前で立ち止まり、士は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。頭上には『霊安室』と書かれた札が見える。

(今更、何を恐れる事があるのだ? こういう場所は初めてではないし、幽霊も何度も目撃しておる。それに何といっても我と融合しておる。恐怖を感じる要素なんぞ何一つとしてないではないか)

「いやまぁ、そうなんだけどさぁ。子供の時に刷り込まれた苦手意識って、そう簡単には消えてくんねぇんだよ。悪魔と一緒でもな。それに体験済みって言っても、お前と二人きりなんてこれが初めてなんだぞ。そりゃちょっとは不安にもなんだろうが」

 ふむ、言われてみれば、今までは誰かが(かたわ)らに立っておったな。自分の中だけではなく、外にも誰かが()らねば真の安心感は得られぬか。

「つっても帰りたくなるほどじゃねぇからな」

 士は強がりにも似た台詞(せりふ)を吐くと、霊安室の扉をゆっくりと開けた。足を踏み入れ、室内の調査を開始する。

 そういえば、美輝の別荘に忍び込んだ時も似た様な状況になったが、その時は特に動揺しておらんかったな。当時は他にもっと懸念すべき事由があったからか。本人に訊くまでもない事であるな。

「目ぼしいモンは何もないな。死体もない」

 此処(ここ)の捜索が終わり、流れる様に別の部屋も見て回る士。だが御多分に漏れず、下の階も含めてこれといった発見は何もなかった。結果、この病棟での収穫はなし。なので、潔く捜査の範囲を二つの別棟まで広げる事にした。

「どっちから行こうかな」

(早くせぬと日が暮れるぞ)

「じゃあこっちから探すか」

 士が選んだのは、今まで入っておった棟の東側に建つ病棟。この両棟は三階と五階の渡り廊下で繋がっておるが、崩落によって通行は不可能になっておった。

「はぁー、また同じ作業の繰り返しかぁ」

(文句を垂れる暇があったら早く帰れる様にもっとキビキビ歩け)

 憂鬱そうに溜息を漏らす士を叱咤(しった)し、東棟へ向かう歩調を速めさせた。しかし、入ったのは良いが、相も変わらず首尾は上々と言えぬ。結局、此方(こちら)での探索の成果も(かんば)しくはなかった。()いて挙げるとするならば、『何もない』という事が分かった程度だ。

「あー、もう夕方か……」

 その病棟の屋上で夕焼けをボンヤリと眺めつつ、士は呟いた。先刻まではあった筈の意気込みが欠片も感じられぬ。

(ほれ、休んでおる時間はないぞ。まだ一棟残っておるのであるからな。それとも、此処(ここ)で一晩過ごしたいのか?)

「へぇへぇ、分かってますよ、っと……?」

 再度、横着して屋上から飛び降りようとする士。だが、その行為を寸前で中断した。無論、怖気付いた訳ではない。その理由は至極単純。この辺りで発せられる筈がない音を、我から受け継いだ超聴覚が捉えたからである。

「これは……エンジン音?」

 如何(どう)やら、招かれざる客は我等だけではない様だ。

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