硝子のメロディ②
自宅に帰ると、入浴を済ませたらしい三人がリビングで寛いでおった。
「どうだった?」
此方に背を向けたまま、クリントが訊く。士はただ首を傾げるのみ。
「何が?」
「なんか進展はあったか、って訊いてんの」
「あー、別に。なーんも無かったよ」
落胆した声でそう言った士。その答えを聞き、彼は呆れた様に溜息を付く。
「はぁ~、やっぱダメか」
「じゃあ、賭けはボクの勝ちだね」
逆に、バッキーは喜んでおる。クリントが更に愚痴を言い始める。
「クソッ、オマエが意気地なしなせいで、週末の掃除をオレがするハメになっちまったじゃねぇかっ!」
「だから大穴狙いはアレほどヤメろと言ったのに」
スコットも一言述べた。恐らく、クリントとは別の意味で呆れておる。
「うるせぇ、性分なんだよ」
「なんの話だ?」
「オマエがあの子と“コト”を進められるかどうか、バッキーと賭けてたんだよ」
「なんじゃそりゃ」
「一応、人の恋路を賭けの対象にするなと注意はしたのだがな」
ほほう、クリントとバッキーは中々に面白い事をしておったみたいである。ただまあ、スコットにある程度の良識があった様で一安心だ。結局、止められはせんかったが。
「まぁ、そんなことはもうイイや。俺、風呂入ってくるわ」
「ごゆっくり」
士は数十分間ゆるりと湯浴みを満喫し、今日の疲れを癒す。上がって寝間着に着替えておると、先刻の光景について彼等の意見を聴こうという考えに至った。
「そうだ、聞いてくれよ。さっきな……」
風呂場からリビングに入って早速、帰り道で遭った出来事について手短に話した。
「ふ~ん、ガラスが一斉にねぇ」
「で、ソレをやったのはオレらの同族の仕業かもしれないと」
「ふむ。先日もあのような事があったらから、そう考えるのも無理はないが、そういう報告は入っていないな」
彼等も何も知らぬ様だ。そう思いきや、スコットが補足する。
「ただ、前回は事が事だったから連絡が早かったという面もある。何せ、凶悪な脱獄囚だからな。急を要するのは当然だ。だが、オレたちのように正規のルートからコチラの世界に来た者が騒動を起こしたのであれば、情報が入るのは少し遅れるだろうな」
人間界に来られる悪魔は限定される。入界の際に、選別されるのだ。そういう者達が此方で問題行動を起こす事態は、若干想定の外にある。故に、反応に時間差が出てしまう。無論、密入界という法を犯して侵入する手段を採る輩も居るが。
「でもまぁ、そんなヤツが居たらすぐボクらの耳にも入るしねぇ」
「ああ。その線は薄いと考えてもイイと思うぜ」
「とはいえ、油断は出来ないがな」
そうなると、ミュータントや超能力者の所業という可能性も出てくるな。あまり考えたくはないが。もう一つの可能性としては、他のヒト族がある。しかし、彼・彼女等の大半は特区に居住しておる。もしもその様な事をすれば、住む場所を追われる。それは当人達も重々承知しておる筈。これは無さそうか。
「お! その話、ちょうどニュースでやってるみたいだぜ」
クリントの声に導かれ、其方を見遣る。帰宅した時から点いておるテレビの画面に、先程も観た光景が映し出された。ただし、先程と異なって“keep out”と書かれた黄色と黒のテープが張られておるが。
「けっこう物々しい感じになってるっぽいね」
「ああ。でも警察は、事件性はないと見てるみたいだな」
「おそらく、ただの事故として片付けるつもりだ。まぁ、それが妥当だろうな」
「誰かがやったっていう証拠もないしな」
ニュースから得られた情報を総合し、四人はそう結論付けた。もう二~三日もすれば、誰の記憶の片隅にも残らぬ様になるであろう。いや、今夜寝て起きたら忘れておるかも知れんな。
「さて、明日も学校だし、そろそろ寝るか」
生真面目なスコットが就寝を提案した。それに対し、まだまだ眠気の来ぬクリントが抗議する。
「ハァ? なに言ってんだ? まだ九時にもなってねぇじゃねぇか」
「ん~、たしかに寝るのには早すぎんな」
「そうそう、夜はコレからだよね~」
士とバッキーも彼に同意する。
「ん? 九時前? あぁ、本当だ。オレの時計が大幅にズレていただけだった」
如何やら、スコットの勘違いであった様だ。
それから夜が更けるまで四人で遊び、時計の針が十二時を過ぎた頃に眠りに就いた。
○●○●○○●○●○
数日後の朝、食事を摂りながらニュースを見る。
「銀行強盗か……物騒な世の中だな。毎日なにかしらの事件を耳にしてる気がするよ」
(ふむ、死人が出ておらぬ事が不幸中の幸いか。む? これはガラスが割れた所の付近であるな)
それも併せて報道されておる。また、犯人は依然として逃走中との事だ。
「あぁ、ホントだ。なんか関係あんのかな?」
(はて、如何であろうな。偶然ではないか?)
「まぁ、それもそうか。なんでもかんでも結びつけりゃイイってワケじゃないか」
それよりも今日は土曜日。学校は休みである。予定は何もない、筈であった。
(ん? 誰からだ?)
士の携帯電話が鳴ったのだ。掛けてきたのは美咲である。
「はい、もしもし」
―『石森君、今ニュース見てた?』―
「え、ええ、見てましたよ」
―『そう、ならちょうど良かった。説明する手間が省けたわね』―
ふむ、一体何の話であろうか。その疑問はすぐに解けた。
―『今その事件の現場に来てるんだけど、どうも変なのよねぇ』―
「変? それってどういう……」
―『まぁ、詳しいことはこっちで話すからダッシュで来なさい』―
それだけ言うと、彼女は電話を切った。相変わらず一方的な女だ。
「んなことはどうでもイイ。今さらだ。それより、今回は給料が出そうだな」
急いで仕度をして、士は現場に向かった。大方の位置はニュースで報知されておった故、問題ない。それに、行けば警察官が集まっておろう。野次馬も居れば一目瞭然だ。
件の場所には、数十分で到着した。
「あぁ、来たわね。遅かったじゃない」
現場から少し離れた所で、美咲に出迎えられた。
「それはあんまりじゃないですか? 言われてから三十分も経たずに来たんですよ?」
「私が読んだらドコだろうと十分以内に来なさいよ」
「そんな無茶な……」
美咲の理不尽さに辟易しつつ、士は彼女に問う。
「それで? なんで俺を呼んだんですか?」
「あら、決まってるじゃない。普通の人間が相手なら警察の仕事だけど、これはどうやら違うみたいなの」
また獣人かね。或いは我の同族か、それとも士の同胞か。それを探り、捕えるのが此度の仕事の様だ。ただ、まず手始めとして確認したい事がある。
「なんで普通の人間の仕業じゃないって分かったんですか?」
「ニュースでは『死人は出てない』って言ってたわよね?」
「ええ、そう言ってました」
「それはその通りだけど、負傷者は居たのよ。正確には、ケガはしてないけど」
死傷者は零であるという事は理解できた。
「結局なにが言いたいんですか?」
「ほとんどの人の意識が朦朧としてたの。でも、ガスとかが使われた形跡はない。もちろん、暴力も用いられてないって。客は皆そう証言してるわ」
「はぁ、それはたしかに妙ですね」
如何なる方法で、彼等の意識を掻き乱したのか。疑問は尽きぬ。しかし、まだ何か珍奇なところがある様で、美咲が口を動かす。
「奇妙な点はもう一つあるわ。ガラスが割れていたの。ここの物がほぼ全部ね」
「ガラス? ここでもですか?」
数日前に目撃した――実際に肉眼で見た訳ではないが――騒ぎと類似しておる。それを思わず口に出すと、美咲は引っ掛かりを覚えた様子。
「ええ。……ここでも? なんで君、そのこと知ってるの?」
「そのとき、たまたま居合わせたんです。俺が見たのはもう割れた後で、野次馬が集まってた頃ですけど。あっ、あとニュースでもやってました」
「なんだ、そうだったの」
彼女も、報道の概要を全て把握しておった訳ではないらしい。士のその答えに納得し、美咲は続けて情報を伝える。
「しかもね、それのオカシイところは、何かが爆発したワケでも何かがブツかったワケでもないってことよ」
ふむ、その点も先日の事件と共通しておるな。
(これ、なんの関係もないって言う方が説得力ねぇな)
(うむ、貴様の第一印象は強ち間違いではなかったという事だ)
これで美咲が持っておる全ての情報を得られたか。いや、まだ気に掛かる事があるな。
「そういえば監視カメラは? もう確認したんですか?」
「出来たらとっくにやってるし、君を呼んだりしないわよ」
何でも、カメラのレンズも一つ残らず割れており、犯行現場は撮れておらんかったそうだ。
「中に居た人もそいつの顔を見る前に、意識を混濁させられたみたいから証言も取れないし、手詰まり状態よ」
確かに、お手上げであるな。手掛かりも殆どない。この状況では、士は役に立ちそうもない。彼女もそれは理解しておろう。此処へ呼び付けた意味が分からぬ。
「何も、君に犯人探しを手伝えって言ってるワケじゃないわよ。もし、そいつがタダの人間じゃなかったら警察の手には負えないかもしれないから、いざって時のために君に来てもらったのよ」
「なるほど、そういうことですか」
「まぁとりあえず、一度現場を見てちょうだい。意外と見落としてることがあるかも」
「分かりました」
力になれるかは不明だが、実際にこの目で視認する事で得られるモノもある筈だ。それに、プロフェッショナルとはいえ人間である警察官と、素人だが人外である士の目に映るモノは異なるかも知れぬし。
「あの、返事しといてなんですが、俺が入っても大丈夫なんですか?」
「ええ、問題ないわ。外部の協力者ってことで話は通してあるから」
美咲の言う通り、士は止められる事もなく店内へ立ち入る事が出来た。
「で、どう?」
想像よりは荒れておらぬ店内に入り、感想を求める美咲。尚、検証が完了しておらぬ為、現場は保全されたままである。
「どうって言われても……ガラスが散乱してる以外は、特に変わった様子はないと思います」
辺りを見回し、思った事を素直に述べる士。それを聞き、美咲は溜息を吐く。
「ハァ~、やっぱダメか。まぁ仕方ないわね」
やはり、無理があったか。土台、警察が調べた所を一介の学生が一見したところで、新たな発見なんぞある訳もない。そう都合良くはいかぬか。
「ガラスって内側から割れたんですか?」
店外に散らばる硝子の破片に視線を移し、士は監視カメラの下に立つ美咲に尋ねた。
「ええ、そうよ」
それを確認したところで、謎は益々深まるばかりである。
(いやそうでもない。少なくとも犯人は、店の中でアクションを起こしたってことは分かる)
逆に言えば、それしか分からぬという事だ。
(そりゃ俺らに分かることが警察に分からないハズがないし……)
此処でふと、一つの疑問が浮かぶ。先刻この事を聞いた時は何も感じんかったが、今になって妙であると気が付いた。
「銀行内に居た人たちは、みんな意識が定かじゃなかったんですよね? じゃあ、犯人はどうやって金を手に入れたんですか? イメージですけど、銀行強盗って職員に金をバッグに詰めさせますよね? まさか自分で取りに行ったとか?」
士に立て続けに質問されるも、美咲は動じずに回答した。
「あのね、今日は土曜日よ? ATMを利用する客は居ても、窓口は開いてないし職員も居ないの」
「あー、そうでしたね。じゃあ自分で取りに行った?」
「ええ。多分ここの設備に詳しいヤツの仕業だと思うわ」
直接、金庫に侵入されたという。それはもう強盗ではなく窃盗ではなかろうか。いや、実力は行使しておるから強盗と言えるか。因みに、盗られた物は主に貴金属や宝石、もしくはそれ等で拵えられたアクセサリである。また、少額だが現金も盗まれた。
「金庫を破られたって、どんな風に? 床か天井に穴でも開けられたんですか?」
金属の分厚い扉を破壊した、という可能性も無きにしも非ず。
「穴……まぁそうね。その目で見てもらいましょうか」
そういう訳で、次は金庫が在る部屋に案内された。其処は地下。安全上、此処が最適なのであろう。士は金庫を視界に入れた。見るからに頑丈そうな扉である。今の此奴が殴っても、五~六発は必要な位だ。更に、周りも鋼板とコンクリートで固められておると聞かされた。例え、何処かから地面の下を掘り進んで来たとしても、この中へ入る事は容易ではないとも。
「それも無意味だったみたいだけどね」
ところが、それを真っ向から否定する様な光景が目に飛び込んでくる。大掛かりな金庫の扉の横、其処の壁が崩れ落ちておるのだ。それ以外の壁にも、幾つもの亀裂が走っておるのが見える。一体どの様な手法で行ったのか、とんと見当も付かぬ。ただ、何れにせよ傍迷惑である。
「こんなことされたら警報装置が作動して警備員が殺到するんじゃないですか?」
「したわよ。でも、彼らもここに倒れてた。フラフラ状態でね」
ATM利用者達と同じ様な目に遭ったという訳であるな。
(なんかこの壁、力でブチ破ったって感じがしないな)
崩落した壁に目を遣り、違和感を覚える士。確かに、壁材は金庫の内にも外にも満遍なく散っておる。強引に何かしらのパワーで破壊されたのならば、破片は何方かに偏る筈。しかも、一粒一粒が細かい。それ等の残骸が壁の在った所に、山の如く積もっておる様に見えるのだ。
「これ、触ってもイイですか?」
「ええ、いいわよ」
美咲に許可を貰い、士は瓦礫に手を伸ばす。コンクリートの欠片を一つ摘み、少しだけ力を入れる。すると、それはボロボロと崩れた。やや脆くなっておる。
「それねぇ、もしかしたら共振によるものかもしれないわ。詳しいことは、いま鑑識が調べてる最中だけど」
「共振? あぁ、高い声を出してグラスを割るアレですか。でも、それで鋼板が崩れますかね? コンクリならまだ分かる気もしますけど」
「さぁ? 私に訊かれてもね。ただ実際に突破されてるわ」
彼女の言い分は尤もである。だがコンクリートにしても、此処まで粉砕する事はそう簡単ではないぞ。時間も掛かり過ぎるであろうし。如何なる犯罪も、迅速に行わねばならぬというのに。鋼板に至っては想像も付かぬ。
「仮に何らかの機械でやったんだとしても、携行できるような装置じゃ難しいかも。たぶん短時間で広範囲に音を当てたんだろうけど、どうやったのかは分からないわね」
個人ではこの様な所業は困難であると言いたいのだ。それこそ人間業ではない。悪魔であるならばスコット達に連絡がいくのであろうが、彼は『無い』とハッキリ言っておった。能力や性格から言って他のヒト族でも無さそうだ。皆無という訳ではないが。ただこれはやはり、ミュータントか超能力者の仕業と考えるのが妥当か。
「つまり、犯人は音を使ってこの壁を崩して金庫に侵入。中身を奪った後、理由は不明だけど店中のガラスを割って現在も逃走中。ってことですか」
「推測だけどね」
そう言う割には具体的であったな。
「そういえば桜から、口から高振動波を発するミュータントが居るって聞いたことがあるわね」
「そこまで分かってるんなら俺いらないじゃないですか。ていうか、早くそいつん所に行きましょうよ!」
「そして一年前に死んだとも聞いたわね」
結局、振り出しに戻っただけではないか。図らずも事件解決と思いきや、数少ない糸口は消失。捜査は暗礁に乗り上げた。現在、解明の見込みはない。




