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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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第21話:硝子のメロディ

 魔界の刑務所から脱獄した凶悪な囚人の逮捕に協力し、伊豆に帰って来た士。事後処理は別の適任者に任せ、改めてこの地を踏んだ上級悪魔三人組。

 四人が真っ先に行った事は、別荘のリビングで爆睡しておった皆をベッドに運ぶ事であった。六人の男女を運搬する作業は、彼等にとって大した労力は不要。すぐに済んだ。

 時刻は真夜中。更に疲労困憊でもある。自分達も(とこ)()きたい。幸い、スコット達は家主の許可を得ておるらしい。そういえば、士達が加賀美に付いた絡新婦の糸を切って帰宅した時、既に彼等は来ておった。恐らく、その時に了承して貰ったのであろう。

 与えられた一部屋に入った三人を見送り、士も一直線にベッドへ潜り込む。案の定、数秒足らずで睡魔に襲われた。夢見心地の中、士は思う。今日もまた、生涯忘れられぬ刺激的で長い一日であったと。

 翌日。スコット、クリント、バッキーは、起床して間もなく他の者達にも挨拶し、正式に合流。皆に快く迎え入れられた。そして、家に帰るまで目一杯余暇を楽しんだ。

 ああ、それと、一日を通して加賀美を観察しておったが、特に異常は見受けられんかった。皆も別段思うところはなかった様だ。何よりである。宙高く舞い上がる程、彼女に蹴り飛ばされた甲斐があったというものだ。

 ○●○●○○●○●○

 何やかんやあって怒濤(どとう)の三連休も終わり、週が明けた。それから数日が経過した、ある日の放課後。士は街を歩いておった。何故か、美輝と二人で。

(これってデートじゃね?)

 気になる異性と無目的に街中を並んで歩く。女性経験が一切ない男子がこのシチュエーションになれば、そう勘違いしてしまうのも無理はなかろう。この際、真偽の程は置いておいて。

(って思ったけど、全然そんなことなかったわ……)

 (しばら)く歩いておると、如何(どう)やら“偽”の方であると思い知らされた。

「もう、毎日毎日、インスタントとかレトルトとか食べてちゃダメじゃない。コンビニ弁当とかジャンクフードなんて以ての(ほか)。ちゃんとした物を食べなきゃ」

 食生活の乱れを説教混じりに指摘されながら、食材を買い求める為にスーパーマーケットに行く途中であった。誰に聞いたのか知らんが、彼女は士の不規則な食事に御怒りの様子。まあ大方、兄に吹聴されたのであろうが。

「いや、自炊もするぞ? たまにだけど」

 目当ての店の自動扉を潜りつつ、士は言い訳をする。しかし、それは即行で言い返された。

「で、ほとんどはスコットくんが作った物を貰ってるだけ、でしょ?」

「はい、その通りです……」

 其処(そこ)まで見抜かれておるのか。ただ、これは予期せぬ好機でもある。好意を(いだ)く同級生が、態々(わざわざ)自宅まで来て手料理を振舞ってくれるというのであるから。

(でも、ちょっと待てよ……)

 ところが士は、歓喜する一方で不安に駆られた。ショッピングカートに買い物籠をセットすると同時に、美輝が転校する前の在りし日を思い出す。二人がまだ、同じ小学校に通っておった頃の一場面である。

(光って……料理できたっけか?)

 当時作って貰った料理の味を、舌が鮮明に覚えておる。

(たしか、お好み焼き……だったかな? 健児さんも一緒に食ったっけ。あと、オジさんも居たっけな)

 徐々に記憶が蘇っていく。懐かしい思い出だ。

(ビックリするぐらい不味かったなぁ~。お好み焼きって、あんなに不味く作れるモンなんだって思ったよ)

 此奴(こやつ)の記憶によると、それは二人がまだ小学二年生の頃。母親から事前に教わって、それをベースにして自分なりにアレンジした様だ。もしかしたら、上手く再現できんかっただけかも知れんが。

(でも、三人とも言い出せなくてムリヤリ飲み込んだんだ。けど、表情には出てたみたいで、光が泣いた。慰めんの大変だったなぁ)

 士はその時オロオロしておっただけで、実際に(なだ)めたのは彼女の父母であったがな。

(いやでも、あれから何年も経ってるし、自分から『作る』って言ってくれたんだから、かなり自信があるってことだよな)

 豚肉を選ぶ美輝の後ろで、カートに体を預けて待ちつつ、士はそう結論付けた。

(あぁ~、早く食いてぇなぁ~)

 期待で胸が一杯な士の傍らで、美輝は必要な具材を選び終えた。小麦粉とキャベツは家にある故、買い物はこれで終了。レジに向かい、精算を済ませる。勿論、費用は士が支払った。

「昔とは違うってところを見せてあげるから」

 店を出た美輝の第一声には、自信が満ち溢れておった。以前よりも格段に腕前を上げたと見受けられる。余程、悔しかったのであろう。精進を重ねた事が、言葉の端々から感じ取れる。聞けば、お好み焼き以外のメニューも(こしら)えてくれるそうな。

(今日ほど家に帰るのが楽しみな日は、今後二度と来ない!)

 材料が詰め込まれたレジ袋を片手に、心中でそう断言する。それ程までに、士の胸は高鳴っておるのだ。しかし、無粋にもそれを邪魔立てするモノがあった。

(あ? なんだ?)

 その正体は、ヒトや悪魔どころか生物ですらなかった。音である。

「なぁ、なんか聞こえないか?」

「え?! ううん、何も聞こえないけど」

 美輝に尋ねるも、全く気が付いておらぬ様子。だが今尚、士の鼓膜を揺さぶる音は()んでおらぬ。

「そうか……気のせいかな」

 士は彼女に余計な心配を掛けぬ様に、表向きはそういう事にしておいた。

(気にならないワケじゃねぇけど、今は何よりも優先しなきゃならない大事な用がある。音もダンダン遠くなってるし、ほっとこう)

 謎の音に後ろ髪を引かれる思いであったが、目先の欲望を求めた士は美輝と共に帰宅した。現時刻は十七時前。丁度良い時間である。

「じゃあ、すぐに作るから待っててね」

 家に着くと、彼女は学生鞄の中からエプロンを取り出し、それを着けながら台所に立つ。他方、士はその後を追い、食材を置いただけ。そして、普段寛(くつろ)いでおるソファでテレビを見ながら待機。手伝いは不要との事だ。

(お好み焼きって、よっぽどのことがない限り誰が作ってもそこそこ美味いし)

 粉物は出汁が決め手であるからな。

(他の惣菜は完全に未知数だからなんとも言えないけど、まぁ大丈夫だろ)

 その様な事を考えておると、壁の向こう側から話し掛ける声があった。

「ツカサ、誰か居るのか?」

 隣に住むスコットであった。加えてバッキーとクリントも()る様だ。

「女の子の声だったね」

「ああ、それも聞き覚えのある声だ」

 彼等の声は、台所でお好み焼きのタネを準備中の美輝には届いておらぬ。また、テレビの音である程度は掻き消えておる。

「誰か来てると思ったんなら横着すんなよ。壁がないことバレたら説明がメンドくせぇだろ」

「まぁ、そん時は忘れてもらえばイイ」

「そんなことのために支給されたワケじゃないだろ、アレは」

 士の注意に、クリントが軽い調子で返した。(ちな)みに、此奴(こやつ)の言う“アレ”とは、記憶消去装置の事である。

「何を言っている、そういう事態も想定して渡された代物だ」

「あーそうかい」

 スコットの弁論に、士は生返事をした。

「ねぇ、そんなことより誰が来てるの?」

 痺れを切らしたバッキーが訊く。だが、士が答える前に、クリントがそれを遮った。

「いやいや、待て。オレが当ててやろう」

「ああ、光が来てんだ」

 しかし、士は更にそれを阻んだ。

「オイ! オレが当てるっつったのにっ!」

「悪いけど、お前の遊びに付き合ってるヒマがなくなった。そろそろ光がタネとホットプレートを持ってこっちに来るからな。俺の至福の時を邪魔すんなよ」

 会話を一方的に切り上げ、士は立ち上がった。忘れずに忠告もする。それから間もなくして、美輝がリビングに入って来た。ホットプレートをテーブルに置き、電源を入れて充分に温まるのを待つ。お玉とタネが入ったとボウルも、その横に配置。其処(そこ)で一旦、彼女は台所へ戻った。それと時を同じくして、呼び鈴が鳴る。

(誰だ? まさか……)

 玄関まで行かずとも、嫌な気配がビンビンと伝わってくる。こういうモノに疎い士でも分かる程だ。だが、美輝が()る手前、無視する訳にもいかぬ。なので、渋々扉を開けに行った。すると、その予感は的中した。

「お邪魔しまーす」

 無邪気な声が尋ねて来た。

「邪魔すんなら帰れ」

 訪問者を確認するや否や、士は扉を叩き付ける様に閉めた。ところが、扉が閉まる音は何時(いつ)まで経っても聞こえぬ。見下ろせば、招かれざる客が足を挟んでそれを阻止しておるではないか。このままでは(らち)が明かぬ。そう悟った士は、面と向かって彼と応対する事にした。

「ヒドいなぁ~、用件も聞かずに閉めるなんて」

「チッ。はぁ~、分かったよ。なんか用か? バッキー」

「『邪魔するな』って言われたから、邪魔しに来たんだよ」

「真面目に聞いた俺がバカだった」

 押し掛けた理由が到底容認できぬモノであった為、強引に扉を閉める士。だが、バッキーの足が挟まったまま扉を力任せに閉めようとした結果、彼はその痛みから叫び声を上げる。

「痛い! イタイ!」

「あっ、スマン」

 士は直様(すぐさま)その手を緩めたが、時既に遅し。彼の叫びを聞き付けた美輝が、玄関に顔を出した。

「どうしたの? 士クン。お客さん?」

「ヤッホー、ヒカリさん」

「あ、バッキーくん、こんばんは」

 他人の家の玄関で、互いに挨拶を交わす美輝とバッキー。

「あ! そうだ! バッキーくんも晩御飯、いっしょに食べない?」

「えっ!? イイの?!」

「うん。あ、もちろん、スコットくんとクリントくんもいっしょに」

「ありがとう! じゃあ二人を呼んで来るね!」

 思い掛けぬ美輝の提案に、バッキーは喜色満面。ダッシュで隣室へと戻って行った。

(うおぉぉ……マジかぁ……)

 逆に士は驚愕した。気分もドン底まで沈んだ。しかし、それと同時に納得もした。彼女は、士の乱れた食生活を正すと共に、己の料理の腕が上がった事を証明したい。ならば、複数人に食べて貰った方が良い。こうなるのは必然か。仮にバッキーが訪ねて来ずとも、自分から『皆で食べよう』と誘ったかも知れぬ。

(そういえば、健児には食べさせたのかねぇ)

(知るか。もうどうでもイイわ)

 リビングに戻る士の足取りは重い。ただ、気落ちこそしたものの、美輝の料理を食べられる事に変わりはない。それに、御飯は皆と食べた方が美味い。士は前向きに考える事にした。

(まぁ、こういうのもイイか)

 程なくして、バッキーがスコットとクリントを連れて入室。当然、玄関からである。

「いやぁ~悪いねぇ、オレらまで誘ってもらっちゃって」

「良いのか? せっかくの蜜月だったのに」

「まぁ、たまにはな。てか蜜月って今日び日本人でも言わねぇぞ」

 士は三人を歓迎し、改めて五人で夕食を頂く事にした。今晩のメニューは、メインのお好み焼き、副食のサラダと金平(きんぴら)牛蒡(ごぼう)沢庵(たくあん)、そして味噌汁と白飯だ。

「今から焼くからもうちょっと待っててね」

 そう言って、充分に熱を帯びたホットプレートの上にタネを広げる美輝。小さめの物を人数分だ。各々着席し、焼き上がるのを待つ。(しば)しの歓談。そうしておる内に片面が焼けた為、引っ繰り返して豚肉を乗せた。

「そろそろ出来そうだから、ご飯とお味噌汁入れてくるね」

 美輝が御飯を(よそ)いに一時席を離れると、珍しく士からスコット達に話し掛けた。

「なぁ、あの仮面ってホントに俺が持っててイイのか?」

「だから何度も言っているだろう、構わないと」

 士の言う“仮面”とは、先日のジンメンの事件が終結した時に渡すのを忘れておった、被った者を操る仮面の事だ。遂ウッカリそのまま伊豆まで持って行ってしまったので、その場でスコットに預かって貰おうとしたら、彼は『持っていろ』と言った。

「いずれ役に立つかもしれないからな」

 (ちな)みに、紗枝が被らされておった物については、彼女自身がゴミとして処分した様だ。ブルースの部下から、スコットにそういう報告が為された。

「いやでも、こんな危なっかしいモン、ちゃんと回収しとかないとマズイんじゃねぇの?」

「あぁ、それについては問題ない。その仮面にゃ今なんの効果もねぇよ」

 クリントが補足した。

「そうなのか?」

「ああ。どうやら使い捨ての代物らしい。ま、顔を隠したいときにでも使うんだな」

「ふ~ん。まぁ、そう言うんなら持っとくか」

 仮面が正式に自分の物となったところで、美輝が御飯と味噌汁をお盆に乗せて運んで来た。それを各自の前に並べて、『頂きます』の挨拶を済ませて食事開始だ。

「オイ、コレってどうやって食えばイイんだ?」

 そう思ったが、早速躓(つまず)いた。クリントが、食べ方が分からぬと言い出したからだ。

「このソースを掛ければイイんじゃないの?」

 それに対して、バッキーが自分なりの正解を導き出した。しかし其処(そこ)で、スコットがまた新たな疑問を(いだ)いた。

「サラサラの物とドロドロの物があるが、どっちを掛けるんだ?」

 用意されたソースは、ウスターソースとトンカツソースの二種類。勿論、その両方を掛ける。士はそう教えた。

「二つとも掛けるんだ。で、その上にマヨネーズとカツオ節、最後に青ノリを掛けて完成だ」

「ほうほう」

「ソース、ドバドバ~」

「こらバッキー、掛け過ぎだぞ」

「俺らの分がなくなるだろ。さっさとこっちにも寄越せ」

 調味料のトッピングも完了し、銘々箸を入れ始めた。

「お! こりゃ美味い!」

「ホント!? 良かったぁ」

 お好み焼きを一口食べ、素直な感想を述べた士。それを聞いた美輝は喜んだ。もう一度惚れてしまいそうな笑顔も見せてくれた。

「ほう、お好み焼きとはこういう味なのか。興味深い」

「ソースが白飯とからんで美味しいね」

「たしかにウメェけど、炭水化物オカズにして炭水化物を食うのって、なんか違和感あんな」

 他の三人も舌鼓(したつづみ)を打っておる。和気藹々(あいあい)と進む夕餉(ゆうげ)。皿の上のお好み焼きは瞬く間になくなり、二枚・三枚と焼いては皆の胃袋に収まっていく。そしてあっという間に、用意した分のタネを平らげた。ただ、タネは元々二人を想定しておった。故に、それを五人で分けるとなると少々物足りんな。一枚一枚も小さいし。

「このまま御馳走になりっぱなしはアレなので、デザートはオレたちが提供しよう」

 スコットはそう言って席を立ち、自分の部屋へ一旦帰る。数分後、彼は手提げの紙箱を携えて戻って来た。駅前で買ったケーキだそうだ。最近、評判の店らしい。紅茶とコーヒーも()れて、皆で美味しく頂いた。

「ごちそうさま。あ~っ、ひっさびさに充実した晩飯だったわ」

 美輝の料理と(ちまた)で噂のケーキを存分に味わい、満足気な声を出す士。形相も想像が付く。

「夜も更けてきたし、後片付けはオレがやっておくから、オマエはカノジョを家まで送ってやれ」

 二十分程ゆっくりした後、スコットが切り出した。しかし、責任感の強さ故か、美輝はそれを渋る。流石に、此処(ここ)までして貰っておいて、片付けまでさせる気はない。そう士が説得すると、(ようや)く折れてくれた。

「スコットくん、ありがとう。じゃあ、お願するね」

 彼に礼を言い、帰り支度をする美輝。そんな彼女を尻目に、クリントが士に耳打ちをする。

「こういうとき日本じゃなんて言うんだっけ? えーと、送りオオカミになんなよ?」

「まぁ、そう言うときもあるな。てかそれ、意味分かって言ってる?」

「いいや、どういう意味なんだ?」

「知らねぇのに使うなよ。女の子を家まで送るフリして襲うなよ、ってこと」

「ふ~ん、そういう意味があんのか。じゃあこの状況にピッタリだな」

 士がクリントに『送り狼』の意義を教えておる内に、美輝が帰る準備を整えた。

「あぁそうだ。一昨日、母さんから届いたモンがあるんだ。今日のお礼に持って帰ってくれよ。光、これ好きだったろ?」

 士が食料棚から取り出した物は大きな缶。

「わぁ~! これ風月堂のゴーフル?! ありがとう!」

 見せられた物が何か理解した美輝は、歓喜してくれた。余程、嬉しい物の様だ。彼女の御満悦な表情を確認し、士はそれを紙袋に入れて手渡した。

「じゃ、後は頼んだ」

「ああ、任せろ」

 スコットに食器洗い等を委任し、士は美輝を連れて玄関まで行こうとする。

「ねぇツカサ、ゲームしてイイ?」

「セーブデータ消すなよ」

「分かってるよ」

「ツカサ、風呂借りてもイイか?」

「それは自分トコで入れ」

 彼等なりの見送りを受け、二人はやっと家を出た。それから美輝を、彼女の自宅まで送る。道中、他愛のない話をしながらも、それ以外は平和なモノ。本当に何事もなく、悲しい程に何もなかった。ところが、それは往路のみの事。復路には適用されんかった。

「あ、さっきのヤツだ」

 またもや、高周波の様なモノが聞こえてきたのである。しかもそれは、士が歩いておると徐々に強まっていく。

(これは……音源に近付いてんのか?)

 奇妙な出来事が、ほんの数時間で二度も起こった。これは素通りできぬ。士は真相を突き止めるべく、己の聴覚を頼りに音の発信源を辿り始めた。自然と歩調が速まる。

(あー、クソッ、耳が痛くなってきた)

 だがそれは、音源に接近しておる何よりの証左である。士もそれを理解しておる故、段々と歩行から走行に変わろうとした。

(ん? あれ?)

 ところがその瞬間、士が歩を緩めた。つい先刻まで聞こえておった音が、嘘の様にパッタリと消えたのだ。ただし、それとはまた別の音が耳に入ってきた。人が騒ぐ声である。

(なんか分かるかも!)

 手掛かりを失って呆然とする暇もなく、其方(そちら)に向かって走り出す士。幸い、その現場は最寄りであり、予想以上に早く到着。すると其処(そこ)には、黒山の人だかりが出来ておった。しかし、人の壁に阻まれて、何が起こっておるのかよく観えぬ。なので、士は近くに()ったサラリーマンと(おぼ)しき男性に尋ねる。

「何があったんですか?」

「あぁ、なんでも、この辺の建物のガラスが一斉に割れたらしいよ。ケガ人は出なかったみたいだけど」

 男は興味を失った様で、そう言ってすぐにこの場を立ち去った。それを皮切りに、物珍しさに集まった人々は解散していく。自身に関わりのない事だと分かり、足を止める理由がなくなったのであろう。それでもまだ何人かの物好きが残っておったが、やがて数人の警察官がやって来て『危ないから近付くな』と警告。それに従い、彼等も(じき)何処(どこ)かへ歩き出した。

(なんだ? テロか? でも、それにしちゃ火気はないっぽいな)

 此処(ここ)に留まっておっても如何(どう)しようもない為、士も家路に()いた。その道すがら意見を提示する。

(うむ、爆弾ではなさそうだ)

(自然災害ならこんな小規模な被害で済むワケないし、それか何かしらの前触れぐらいあるハズ。これは明らかに不自然だ。まさか、またお前の友達じゃないだろうな?)

(ふむ、貴様の同胞かも知れんぞ?)

(あー、その可能性もあんのか)

 それから家に着くまでの間、彼処(あそこ)で何があったのか二人でずっと考えた。だが当然ながら、この疑問が晴れる事はなかった。

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