第20話:危険な賭け
(クソッ!! どうすりゃ良いんだ!?)
無慈悲な現実を目の当たりにし、士は混乱する。それと共に悟る。ずっと胸につっかえておった不安の正体はこれかと。
【クククッ、これに気付いたってこたぁ、どっかに監視役が居るな。ソッチからじゃ見えねぇし。さしずめレラジェかバルバトス、後はウヴァルってとこか。ハーゲンティじゃちと力不足だし、ヴィネ……は、来るワケねぇな】
我々の耳にも届く様な音量で、ジンメンは独り言を呟く。士とスコットの反応を観察し、己が優位に立った事を確信しておる様子。
「あ……お……」
ジンメンが我々から意識を逸らしておる間、なんと香奈が薄らと目を開けた。
「お、じちゃ、ん……た、すけ、てぇ……」
今にも消え入りそうな声で、士に助けを求める彼女。それだけ言うと、また目を閉じてしまった。
【ケケケケ、健気だねぇ。どうやら夢の中でもオマエが出てくるみてぇだな。モテるじゃねぇの、オジちゃ~ん】
「んの野郎っ……っ!!」
見せ付けられた残酷な光景と、奴が発した不快極まりない言葉。この二つで士の怒りは沸点に達し、無意識に側頭部から角が伸びた。腕も魔人化し始めた。
【あ~ん? オマエ、人間じゃなくて人外とのハーフだったのか】
微妙に異なるが、奴に士の正体が割れてしまった。最早、油断を誘えん。
(チッ、こうなったら今すぐあの甲羅引っぺがして……!!)
そう意気込んでジンメンに迫る士。ところが、それは奴の次の発言によって阻まれた。
【言っとくが、オレを無傷で拘束しようとしても無駄だ。オレが何らかの危害が加えられたと感じたら、この娘に致命傷を負うぐれぇのダメージが伝わるからな】
そう言われれば、士は歩みを止めざるを得ん。角と腕も、元に戻すしかなかった。
最悪、奴だけを攻撃して無力化しようと模索しておったが、それも不可能。この際、ジンメンの発言が真実か否かは争点となり得ぬ。我々には、それを証明する術がないのであるから。本当の事を述べておると仮定して行動するしかない。香奈に何かあってからでは遅いのだ。
(八方ふさがりだ……。香奈ちゃんの身柄を文字通り押さえられてる以上、援軍も無意味だ)
我もまさか、人質を斯様な方法で盾にされるとは、全く予想しておらんかった。ただ、一つ言える事がある。昔の彼奴に、この様な外道な芸当は出来んかった。無論、性格や倫理観ではなく、技能面での話だ。
【現状が理解できたか? ならこれを着けな。そうすればこの娘を解放してやろう】
ただ立ち尽くす事しか出来ぬ士とスコット。そんな二人に、振り返り様に奴が投げて寄越した物は仮面。これは見覚えがある。紗枝が被らされておった物だ。
「こんな物をオレたちに着けさせてどうするつもりだ?」
受け取った仮面をプラプラと揺らしてみせ、スコットが尋ねた。
【あ~ん? 分かんねぇか? ちったぁ利口なヤツかと思ったが、オレの勘違いだったみてぇだな】
「ゲスの思考なんか分かるワケないだろう」
【言ってくれんじゃねぇか】
下手をすれば、奴の神経を逆撫でしかねぬ台詞を吐くスコット。ジンメンはそれを軽く受け流し、その真意を話し始めた。
【オレはこれからも逃亡生活を送らなきゃなんねぇ。でもオレは、基本的に独りだと何もできねぇ。ましてやココは異境も異境。必要なんだよ。強くてパシリにもなる下僕が】
奴は貴族として生まれ、長い間その中で育った。何千年もな。それは逮捕され、投獄された後もあまり変わっておらぬ。質はかなり低いが、獄中生活は意外と充実しておると聞く。彼処は犯罪者共を罰し、閉じ込める為ではなく、更生させる為の施設であるからな。
「関東中の安置所からパクった死体があんだろ」
今度は士が問う。この推論に辿り着く事は必然である。
【オマエらがバンバン始末してくから、あっちゅう間に底ついたってぇの。さっきのヤツらで最後だ。さっきも言ったろ? 最後の賭けだって】
今の情報は有益である。奴に手駒はない。
(でもこのままじゃ、せっかくの有利な条件も活かせない)
寧ろ、現況は我々に不利な要素しかない。それは一つしかないが、その一つが決定的だ。どの様に転んでも、奴に手を出した時点で香奈の命が危ない。
【だが、オマエらがソレを着ければ、両方とも解決する。オレを追うヤツが少なくとも一人は減るし、なおかつ強い下僕も手に入る。それも片方は上級悪魔。良い事ずくめだ。この国で言う一石二鳥ってヤツだな】
高らかに宣う奴の顔と声は、この上なく忌々(いまいま)しい。
(でも……従わないと香奈ちゃんが……)
士はまだ良い。この仮面を被ったとしても、メンタルバリアがある故、意識を奪われる事はない。しかし、スコットはそうもいかぬ。彼にも多少の抵抗力はあろうが、そう時間も掛からず自我を乗っ取られるであろう。一度、彼と手合わせをして大体の力量は把握しておる。厄介な敵になる事は必至。そうなると、香奈の救出が更に困難になってしまう。
加えて、この機会を棒に振って奴を見逃してしまえば、被害がより一層拡大する事は明白だ。此処で取り逃がす訳にはいかぬ。しかし、状況がそれを許さぬ。
(クソ……これを着けても操れてないことがあいつにバレたら、腹いせに彼女が殺されるかもしれない。仮にヤツの命令に従うとしても、もし誰かを殺せとか言われたら……)
心が耐えられん。己の意思で悪事に手を染めるのであるから。
「ツカサ」
彼是と悩み、戸惑う士にスコットが声を掛けた。彼も最初は困惑しておったが、今は覚悟を決めた顔をしておる。
「カノジョのことは諦めろ」
彼は努めて冷静に言った。自分が取り乱せば、それが士にも伝播すると考えておるからであろう。
「はぁっ?! お前……っ! 自分がナニ言ってんのか分かってっ……っ!!」
当然、それを聞いた士は憤慨。スコットに詰め寄り、彼の胸倉を掴んだ。それでも尚、彼は落ち着いて話を続ける。
「分かっている。それでも、今ココでヤツを逃がしてしまえばどうなるか、オマエだって分からないワケではないだろう?」
「それは……っ!」
目の前にある一人の女児の命と、奴がこれから作り出すであろう無数の罪なき者達の命。両者を天秤に掛ければ、大多数が後者を救う選択をするであろう。この場に居らぬ、当事者ではない者共からすれば、単純に犠牲者の数が懸念材料なのであるから。
「オレたちがヤツの軍門に降れば、事態はもっと深刻になる。救える命も救えなくなる。それどころか、傷付かなくて良い者たちが傷付いてしまう。だが、今ココでカノジョごとヤツを殺せば、最小限の犠牲で済む」
スコットとて、香奈を助け出したい気持ちはある。それは見ておって分かった。我が身可愛さにそう言っておる訳ではない事も、また理解できる。
「か、数の問題じゃ……」
しかし、士とスコットでは異なる点がある。それは香奈達と知己か、そうではないかというだけではない。もっと根本的で、別次元の問題である。
「良いか、オレだってこんな手段は採りたくない。だが、カノジョをヤツの体内から排出する手立てがない以上、他に方法がないんだ。オレの意見を否定したいのなら、何か代替案を出せ。この状況で、ただ『嫌だ、ダメだ』は通用しない」
抗えぬ事実を突き付けられ、士はグウの音も出ぬ。
【オイオイ、どうすんだ? コッチにゃ、あんま時間ねぇんだけど?】
拙い。言い争う二人に、ジンメンが痺れを切らし始めた。
【まぁ、オレは寛大だ。仕方ねぇ。あと一分以内に決めな】
ふぅ、奴が余裕を持つと途端に温くなる性格で良かった。だが、後一分しかない。
「いい加減、覚悟を決めろ。もうどうしようもないんだ」
スコットがそう言って急かすも、士は押し黙ったまま。この逆境を打破できる方法が、何も浮かばんのだ。
(グッ……ッ!! クソ……)
奴に彼女を解放する心算がない限り、我々が手を出す事は許されぬ。かといって、香奈を見捨てるという選択も採れん。頭では、最早そうするしかない事は理解できておる。しかし、それを口に出した瞬間、大切な何かを失ってしまいそうな気がする。故に、決心が付かぬ。
「心苦しいのなら、オマエはソコで見ていろ。オレが終わらせてやる」
そんな士を見兼ねて、スコットが提案。彼の二つの眼球が赤く光る。切り札で一気に片を付ける腹積もりか。
(あぁ……所詮、こいつは人間じゃない。悪魔なんだ。いま一人の人間が犠牲になっても、これからの百人を救えりゃ良いんだ。だからこうもアッサリと……)
彼の横顔をボンヤリと見詰め、士は改めて思い知らされた。此奴自身、その考えを頭から否定はせぬ。見ず知らずの者が人質に取られ、その者を見捨てれば己の愛する者を守れる。もしも、そういう事態に陥ったのならば、少し躊躇した後、此奴も同じ様にしたであろう。
(俺も、厳密には人間じゃないけど、そこまで割り切ない)
だが、今回は事情が違うのだ。例え知り合って間もなくとも、逡巡するに足る理由がある。それは『香奈が幼い女の子だから』というだけではない。
【あと三十秒だぞぉ~】
心中で鬩ぎ合う論理と感情。そうこうしておる内にも、時間は無情に過ぎていく。
(それに彼女は……あっ!?)
そして、タイムリミットが刻一刻と迫る中で、士に天啓が閃いた。
「待て」
チャージが完了し、今にも撃ち出しそうなスコットの両眼を塞ぐ士。
「うおっ?! バカ!! 危ないだろうがっ!!」
「聴け。お前の言う代替案が見つかった」
激昂するスコットであったが、眼の光が弱まった。士の言葉で、即座に傾聴の態勢に入ったのだ。
「時間がない。ヤツに聞こえないように手短に話せ」
士はジンメンの耳に届かぬ様に、自身が考え付いた作戦を彼の耳元で囁く。
「彼女を起こせ。何をしても良いから」
「……それだけか?」
確かに『手短に』とは言った。ただ、これ程までに短く話すとは思わんかった様だ。暫しの間、スコットは目を瞬かせた。
「ああ。おれの推測が正しければ、それで香奈ちゃんを助けられるハズだ」
「ふむ……よし。やり方はコチラで考えるから、オマエは時間を稼げ」
スコットに話せば、他の二人にも士の言っておる事は伝わる。直様、三人の脳内で作戦会議が開始された。
【ごー、よーん、さーん、にー、いーち、ゼロー。はーい、しゅーりょー】
ジンメンが腹立たしくカウントダウンを刻み、我々に与えられた猶予がなくなった。方針は決まったが、救出が間に合うか如何かは賭けだ。
(とにかく、やるしかない)
仮面を被り、奴へと接近する士。特に何も起こらぬ。メンタルバリアの恩恵である。対して、スコットは動かぬ。
【ソッチの兄ちゃんは被んねぇのかい? 困るなぁ~】
タイムリミットが過ぎても仮面を着けぬ彼。奴の内面は、大体予想が付く。穏やかな口調の反面、ジンメンはそれに業を煮やす。それにスコットが反論、というか言い訳する。
「アンタがさっき言ったように、オレはカイム家の者だ」
【ほう】
感心と同時に、奴から若干の焦りが漏れてくる。そんな声色であった。
「オレがもし、アンタに操られていると家の者たちが知ったら、アンタの立場はもっと悪くなるんじゃないか?」
【この状況でどうやってバレるんだ? オマエの相方は既にコッチ側だぞ。知られる頃にはオレはとっくに逃げてるし、そん時はオマエも死体になってるさ】
隣までやって来た士に顎を刳り、奴はそう言った。スコットはそれを嗤い、こう返した。
「オレの仲間はソイツだけではない。これまでのことも全て伝わっている」
それもタイムラグ無しでな。以心伝心である。
【ふむ、オマエを攫うとソイツらに知られるということか。たしかに、カイム家を敵に回すのはリスクが高いな。ヘタすりゃ他の家も動くし、しゃーねぇか】
スコットの言い分を聞き、ジンメンは彼を戦力として組み込む事を諦めた。
【だが、この小僧は良いのか? コイツも仲間だろ?】
今度は己の後ろに立った士を、親指で差して言った。丁度、香奈の顔が見える位置だ。
「ああ。ソイツは別に構わない」
【オレが言うのもなんだが、酷くねぇか?】
「フフン、純血の上級悪魔であるオレが、ハーフ如きに仲間意識があるとでも? たとえ半分は同種だとしても、心外だな」
(エラい言われようだな)
一連の遣り取りを聞いて、士は少し悲しむ。まあ事実、大半の上級悪魔は人間や混血に対してそういう感情を抱いておるよ。近頃は大分とマシになってきたが。
【ほう、コイツはワレらが同胞との合いの子か】
「同胞? オイオイ、カイム家の嫡男と、名も知れない下級悪魔と下賤な人間とのハーフ風情と一緒にしないで欲しいな」
スコットは蔑んだ視線で此方を見た。
【なら何で、そんなヤツと行動を共にしてたんだ?】
「さっき知り合ったばかりだ。意外と頑丈だから、動く壁くらいにはなると思ってな」
【なるほど】
先刻から詰まる事なくスラスラと喋っておるが、本当に演技なのであろうか。
(まぁイイさ。時間はイイ具合に稼げてるし、ヤツの関心もスコットに向いてる。あとはクリントとバッキーの働きに掛かってる)
前者は、矢に特殊な効力を付与できる。また、遠距離からの狙撃も可能だ。後者は、対象に何も感じさせる事なく接近できる。更に、様々な薬品を用いる。ただし、調合はできんが。
(問題はそれをどう活かすかだな)
加えて、内容も実行のタイミングも、我等には分からん。奴に気付かれずに知らせる事も不可能。臨機応変に対処するしかないか。
【ところで、さっきから意味もなくくっちゃべってるが、コレはオレを引き留めとくためか? もうオマエがココに居る必要はねぇだろ?】
我々の真意に気付かれたらしく、唐突にジンメンが会話を切り上げた。
【思わず付き合っちまったが、長居は無用だ。ココいらでオサラバといくか】
ジンメンは踵を返し、立ち去ろうとする。一歩、二歩と遠ざかって行く。
「たしかに、コレまではアンタを動かさないように時間を稼いでいた。だが……」
しかし、士を追い越した辺りで、奴は足を止める事を余儀なくされた。
「もう必要ない」
この一言が作戦開始の合図であると瞬時に理解。まず、何処からともなく矢が飛来し、ジンメンの甲羅の隙間に突き刺さった。十中八九、クリントが放った矢であろう。
【痛っ……っ!?】
痛みに顔を歪ませるジンメン。スコットの方へ振り向き、表情を一変させて奴は怒鳴る。
【ほほう、オレの忠告を無視して攻撃したってこたぁ! この娘の命は要らねぇってことだな?!】
無論、こうくる事は分かっておった。彼女の命が危機に晒されるという事も。しかし、次に聞こえた呻き声で、士の賭けは成功したと確信できた。
「う……ん……」
ジンメンの背面に立つ士は視認した。不完全ではあるが、香奈が目を覚ましたのだ。今度は夢見心地に非ず。僅かに身動ぎもしておる。
(狙い通りだ!!)
そう、士はこうなる事を目論んでおったのだ。その証左に、奴の肉体に異変が起こり始めた。
【ガッ……ッ?! なっ?! なんだ……っ!?】
誰にともなく、ジンメンは不調を訴える。思う様に体を動かせんのである。
【く、クスリを盛ったのか……!? クハハハハッ、だが、それは裏を返せばこの娘にも危険が及ぶってことよぉっ!!】
ジンメンの言う通り、奴の肉体に取り込まれておる香奈も非常に危ない状態にある。人間、それも幼い女子である彼女が、曲がりなりにも上級悪魔である奴と同等の耐性を持つ訳がない。間違いなく不調を来す。
(よしよし、順調だ)
ところが、士の顔に浮かぶのは笑み。香奈の肉体が、奴の甲羅からゆっくりと出て来る場面を肉眼で捉えておるからである。
【グゥッ……ッ! 一体どうなって……っ!!】
しかし、折角の人質を失ってたまるかと、ジンメンも必死の抵抗を示す。その所為もあってか、香奈は依然、首から下は甲羅に埋まったままである。奴の細胞が、彼女の細胞を繋ぎ止めようと働いておるのだ。
(チッ! まだ完全に目覚めたワケじゃないから、スムーズに行かないのか! なら……っ!)
示し合わせてはおらぬが、士はこうなった経緯と事由を把握しておる。ならば、ジンメンの体を思い切り蹴飛ばしてやれば、その勢いで香奈がスッポ抜けるのではないか。そう考えるや否や、奴の甲羅の下部に迷わず渾身の回し蹴りを食らわせた。脚に硬い物が破砕する感触が伝わる。
【なっ、ガアァッ?!】
肺の中の空気を全て吐き出しながら、何十mも吹き飛ぶジンメン。スピードは落ちず、遂には盛大に付近の建造物へと激突した。コンクリート製の壁がガラガラと崩落する。建造物自体は健在。
奴は、士がてっきり己の配下になったものと信じ切っておった。それが突如として加害してきたのであるから、驚愕するのも無理はない。
「うっ! いった~い!」
久し振りにこの声を聞いた気がする。発信源は、つい先刻までジンメンが立っておった場所だ。其方に視線を送ると、未だ覚醒に至らぬ香奈が空中に浮かんでおるのが見える。彼女が浮遊しておるのではない。透明化したバッキーが、彼女の下敷きになっておるだけである。
(ハァ~、計画通りだな)
それを見て、ホッと一息吐く士。斯くして、士の推理は的中し、香奈を五体満足で救い出すという悲願は無事成就した。
【チッ!! あぁ~っ、クソッ!! 何が何やら分からん!!】
ジンメンは文句を垂れつつ、ノソノソと立ち上がった。瓦礫を掻き分け、身に纏わり付く埃と煙を払う。しかし、ぎこちない。痺れはまだ取れておらぬ様だ。
そんな奴に、駄目押しとばかりに二本の矢が突き刺さる。
【グッ……ッッ!? か、体が……?!】
地面に倒れ込み、四つん這いになるジンメン。クリントが追加で麻痺矢を撃ち込んだらしい。
「お似合いだな。カメだから」
士はそれを見て、印象を素直に述べた。
【クッ……!! テメェ……ッ! 自我が残ってやがんのか……!!】
ジンメンが顔を顰めてそう言うも、士はそれを聞き流す。それどころか、今の内に行動不能へ追い込んでやろうと、助走してから跳び上がった。
【ウオォォッ!!】
奴はその間に、何とか後ろ足で立とうと踠く。だが、フラフラでまともに直立もできぬ。対する士は、宙空で体勢を変えた。トドメの一撃を打ち込む為だ。
【ガアァァッ! ハァッ、ハァ……!!】
足掻いた甲斐あって、ジンメンは再び二足歩行になった。しかし、それからは一切動かせぬ。仮に活動できたとしても、時既に遅し。士の準備は完了。地上十数mの高さから降下が始まった。
【チッ……これまでか……】
その寸前、小さく諦めの言葉が士の耳を打つ。勿論、ジンメンがふと漏らした台詞である。奴は己の敗北と逃亡失敗を悟ったのだ。此方を見据える奴の瞳が、それを物語っておった。
「さぁ……」
士はその覚悟を真摯に受け止めた。そして、奴のガラ空きとなった腹部へ目掛けて、必殺の跳び蹴りを放つ。
「お前の罪を数えろ」
ジンメンは回避も防御もせず、真正面から士の蹴りを受け止め、散った。
【グブッ……ッッ!!】
これでもかという程、コンクリートの残骸とアスファルトに力強く叩き付けられたジンメン。力なく横たわった奴は、空を仰ぎ見る。四肢はダラしなく放り出され、体の各所から折れた骨が突き出ておった。血反吐も吐いた。ただ、辛うじて息はしておる様だ。
「お、終わった……」
此処で、ずっと張り詰めておった士の緊張の糸が切れた。奴の傍で、膝から崩れ落ちる。肉体的な疲労も多少はあるが、まだ大丈夫。一方、精神力はそろそろ尽き果てる頃だ。
時を同じくして、奴の肉体が段々と人間の姿を形作っていく。十数秒経って現れたのは、それなりに筋肉は付いておるが、我々に言わせれば貧相な裸体。誰が見ても、戦う者の体ではない事は一目瞭然である。
「お疲れ。よくやった」
士に労いの言葉を掛けながら、スコットが接近した。それと同時に、素っ裸のジンメンを不憫に思ったのか、奴にシーツの様な物を被せた。まあ、視界に入れておきとうはない故、有難い。




