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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    脱獄デーモン②

「ツカサ、それではダメだ。コイツらはただ殴っただけでは止まらない」

 飛び掛かって来る二体の下僕を切り捨てながら、スコットは淡々と言った。その両手には、知らぬ間に剣が一振りずつ握られておる。随分と慣れた様子であるな。

「首を()ねるか、脊髄を砕くか、頭を潰せ。それが一番の対処法だ」

 一旦こうなってしまえば、単純に仮面を割っただけでは停止せぬ。彼の言っておる事は正しい。

「え……っ?! でも……」

 スコットのアドバイスを聞いた士は、次の敵を目の前にして拳を収めてしまった。そんな此奴(こやつ)を、彼は理と情を以て説得する。

「躊躇うな。コイツらはとっくに死んでいる。罪悪感など覚える必要はない。法的にも何ら問題はない。それに、オマエが下手に慈悲を掛けた分、ドコかで犠牲者が増えることを覚えておけ」

 そう言うと共に、此方(こちら)に迫る何体もの骸人形の眉間を仮面ごと貫くスコット。

「もう一つ言っておくと、仮面のお陰で顔を見なくて済む。抵抗感は薄いハズだ」

「スゲェ偉そうなのが(しゃく)(さわ)るけど、確かにお前の言う通り、だっ!!」

 士も彼の説教に一先(ひとま)ず得心がいった様だ。先程よりも力を込めて、勢い良く斧を振り被ってくる下僕の頭部を殴打。結果、仮面は割れて頭蓋骨は粉砕された。脳漿(のうしょう)も飛び散った。

「腹は決まったようだな」

 その様子を見て、スコットは静かに言った。(かたわ)らには、脳天から股間に掛けて真っ二つにされた下僕が倒れておる。

「おう。……あれ? お前なんで、今はローガンじゃなくて俺だって分かったんだ?」

「そんなもの当たり前だ。アモン様が今更そのようなことをおっしゃるワケがないだろう」

「あぁ……そりゃそうか」

「そうだ。さて、行くぞ」

 スコットはそう言って、己で作り出した死体を踏み越える。本格的に、奴等の殲滅に乗り出す魂胆だ。

「ツカサ、いま自分がやらなくてはならない事は分かっているな?」

 剣身に付いた血糊(ちのり)を振り払い、スコットは士に改めて確認する。勿論。此奴(こやつ)とて底抜けの馬鹿ではない。地元の警察官が住民の避難を先導し、ブルースの部下が仮面共を駆逐する。では、我々が為すべき事は何であろうか。決まっておる。

「脱獄囚を見つけ出すんだろ?」

「そうだ。だが、オレたちには犯人の居場所、その手掛かりすらない。地道に足で探す以外に、有効な手段がないのが現状だ」

 物言わぬ死体に訊く訳にもいかぬ故、致し方ない。

「なら、二手に分かれるか?」

 腹を(くく)った士は提案した。しかし、それは賢明とは言えぬ。

「そうしたいのは山々だが、オマエとの連絡手段がない」

 テレパシーのイヤリングは我の所為(せい)で使えぬ。更に、この騒動による混乱が原因で、電波が飽和状態になっておる為、携帯電話も使い物にならぬ。

「あー、じゃあ、一緒に居るしかない、かっ!」

 両手に握った包丁を振り回しながら、此方(こちら)へ早歩きで向かって来る下僕。それを蹴り飛ばし、士は仕方がなさそうに言った。

「ああ。オレの声が聞こえる範囲内に居ろ」

「へぇーへぇー」

 その短い会話の間にも、二人は鉈と鎌を持った下僕を各々一体ずつ行動不能にした。意外と息が合う両者。思い掛けぬ発見である。いや、厳密には、場慣れしておるスコットが未熟で経験不足な士に合わせておるだけか。

 それからは、一刻も早く奴の尻尾を掴んでやろうと、市内を二人で巡回する。(つい)でに、仮面を着けられた哀れな死人達に引導を渡す。

 このモノ達は、先日の報道にもあった、各地の死体安置所や霊安室から消失した人間の亡骸(なきがら)(もと)であろう。それ故、奴が過去に利用しておった下僕共と比べれば戦闘能力はかなり劣る。軍人やトップアスリートが、痛みも恐れも容赦もなく、筋肉に制限も掛かっておらぬ状態なのであるから。ただ、それが人間に置き換わった今、それはそれで厄介であると身に()みて理解できる。

 奴等が使っておる武器は、この国でも入手が難しくない物だ。包丁・鉈・鎌・斧・ナイフ等の刃物。バール・鉄パイプ・金槌・金属バット・レンチ等の鈍器。これ等の凶器を、仮面を被ったモノが全力で振るって来る様は中々に恐怖心を煽られる。

 果ては何処(どこ)で手に入れたのか、アーチェリーやクロスボウや猟銃等の飛び道具まで。これ等は精度が低い事が救いである。満足に使用するには、相応の訓練が必要であるのでな。思考力も判断力も学習能力もない素人以下の人形では、使い(こな)せんで当然だ。

「はぁ~、見つかんねぇなぁ~」

 続け様に三体の下僕を苦もなく倒し、溜息を()く士。

(餓鬼の頃、仲間内で奴はかくれんぼが上手かった。そう簡単にはいくまい)

 ましてや此処(ここ)はコンクリートジャングル。難易度は桁違いだ。

「クリントとバッキーからの連絡はねぇの?」

 先刻捕まえたばかりの下僕、その背中を強く殴り付ける士。背骨が砕ける音が耳を打つ。それが終わると、少し離れた所で下僕の首を()ねるスコットに尋ねた。

「向こうもコチラと同じような状況らしい。とりあえず、バッキーは犯人の捜索に専念。クリントは仮面を被っている者を片端から討ちつつ兼任、といったところだ」

 かなり行き詰っておるな。市内を散々探し回ったというのに、奴の影すら引っ掛からぬとは。う~む、もしかしたら、この街には居らんのではないか。我々は、まんまと奴の策に釣られたのではなかろうか。今頃は、もっと遠くへ逃げ(おお)せておるのではないか。その様な考えが脳裏を(よぎ)る。

(いや、山ん中はまだだ。あっちも捜してみよう。よそに行くのはそれからだ)

 他方、士はこの街に潜んでおる可能性を捨て切れぬ模様。山狩りか。だが、あれは人海戦術としての一面もある故、人数を集めぬと成立せぬぞ。

「悪魔たちに手伝ってもらえば良いんだよ。おーい! スコットォーッ!!」

 士は前へ進もうとしたスコットに駆け寄り、先程の意見を伝えた。

「確かに。この辺りはほとんど捜し尽くしたし、あとは高尾山だけだ」

 住民の避難も粗方完了し、奴の下僕共も大半が動けぬ状態になっておる。今が潮時だ。彼も同様の結論に至った。ブルースの部下達に、本格的に山狩りを行う様に指示を下す。

「何? そうか、了解した」

「どうした?」

「オレたちがこうしていた間に、バラム様の部下たちが既に高尾山への山狩りを敢行した」

 其方(そちら)にも部隊を展開させておったか。抜け目ない。

「で、なんて?」

「それがいま終わって、その報告を受けた。人っ子ひとり見つからなかったそうだ」

 市内を探し回って早数時間。奴が此処(ここ)には()らぬ事がほぼ決定的になった。やはり、この地で跋扈(ばっこ)しておったモノ共はただの囮であったか。

「じゃあ、他の街に行くか? もうここには居ねぇみたいだし」

 今し方まで捕えておった下僕を手放し、士はそう提言した。家族や友人が()らぬ地とはいえ、この異常な状況下でも落ち着いておる。今は頼もしいが、少し心配だ。

「いや、それがそうもいかない」

「え? まだ何かあんの?」

「というより、行く場所が確定した」

 今、クリントからスコットへ連絡が入ったのだ。奴と(おぼ)しき動く物体を東京二十三区内で発見したという。しかも其処(そこ)は、我々の生活範囲でもある場所であった。

 彼が何時(いつ)の間にその様な所まで移動したのかは不明だが、兎にも角にも御手柄だ。恐らく、偶然その辺りに配置された、もしくは行き着いたのであろう。或いは、狩人としての鋭い嗅覚・直感・本能かも知れんな。

(これで一歩前進か)

 鈍亀めぇ……っ、手間を掛けさせよって。しかし、これで短い逃亡生活も今を以て終わり。年貢の納め時だ。

「じゃあすぐに行こう。ここに連れて来たときにみたいに転移すんだろ?」

 士の確認する様な問い掛けを、スコットは首を横に振って否定する。

「それは出来ない。あれは準備に時間がかかる。ほんの数分だが、今のオレたちにそんな時間はない」

「ならどうすんだ? 走って行くのか?」

「いいや、悪魔らしく“コレ”で行く」

 そう言ってスコットは己の背中を、立てた親指で示す。其処(そこ)にあったモノは(つぐみ)の翼。彼は空を往く心算(つもり)なのだ。士もそれに(なら)い、同じ様に(ふくろう)の翼を背に生やす。

「急ぐぞ」

 地面を強く蹴り、跳び上がるスコット。それとほぼ同時に、士も勢い良く跳躍する。これは、飛翔前の助走の様なものだ。数秒足らずで、周囲のビルよりも高く飛び上がる二人。しかし、此処(ここ)に来て突然、スコットの動きに迷いが生じた様に見られた。もしかしてと思い、士は尋ねる。

「お前、方角がどっちか分かってんの?」

 その質問に、沈黙で返すスコット。此奴(こやつ)、顔や性格に似合わず、実は方向音痴なのであろうか。

「はぁ~、あっちだ」

 嘆息し、士は目的の方向を指差した。

「あ、ああ、分かっていたさ」

(嘘つけ)

 そんなこんなありつつ、必死で翼を羽ばたかせる二人。奴をとっ捕まえるべく、クリントが知らせてくれた場所を目指して。全速力で。

(なぁ、お前の幼馴染ってなんの罪状で捕まったんだ?)

 飛行中、(しばら)くして士が訊いてきた。無口なスコットとの気まずい空気に耐え切れんかったか。現況を考慮すれば、無難な詰問である。

(大量殺人だ)

(そりゃまた……物騒だな)

 先述の通り、奴は仮面作りを生業としておった。それとは別に、魔界の王侯貴族達からデスマスクを作る命を授かっておった。奴もその内の一人だが。

(ん? デスマスクってなんだ?)

 死者の顔を、石膏や蝋で型を取った物の事だ。現代で言う遺影の様な物である。

(校長室に飾ってある歴代校長の写真みたいなモンか?)

(まあ、概念的には似た様な物だ)

 何にせよ、奴はその魅力に(はま)った。途轍もなく美しいのだそうだ。その感性は徹頭徹尾、我には理解不能であったが。ただ、趣味と実益を兼ねた仕事に就き、充実した日々を過ごす奴はとても幸せそうであった。それが例え、他者から見て(いびつ)であったとしても。

 ところが、その満たされた生活は突如として途切れる。デスマスク作製の依頼がこぬ年が何年も続いたのだ。ただ、これは当然の帰結ではある。顧客達は長命で、そもそも数自体も少ない。下級や中級悪魔達にも、そういう慣習がない訳ではなかった。だが、浸透具合は低い。

 その反面、仮面の製作要請は変わらずあり、無くても作れば作った分、全てに買い手が付いた。しかし、デスマスクは依頼が無ければ作れぬし、売れぬ。やっと見付けた生き甲斐を心ゆくまで堪能できず、奴の不満は溜まっていく一方。そして、仕方がないと割り切れる程、奴は理性的ではなく、また分別もなかった。

(あぁ~、そっからはだいたい想像つくわ)

 奴は順序を逆転させた。死んだ者の為にデスマスクを作るのではなく、デスマスクを作る為に死者を量産し始めたのである。その歪んだ欲望の犠牲になった者の数は、合わせて二千は下らぬ。内訳は下級や中級悪魔が大多数を占め、上級悪魔も何人かが変わり果てた姿で発見された。

 ただ、奴の魔の手が人間にも及ぶ直前で逮捕できた事は、不幸中の幸いであった。当時は。今となってはそれも無意味だが。

(なんでそんなヤツ、さっさと死刑にしなかったんだよ。てか殺され過ぎだろ。何やってんだよ。魔界の警察は)

 士の指摘も(もっと)もである。我も何度となくそう進言した。しかし、人格面にやや問題があったとはいえ、奴は押しも押されもせぬ大貴族かつ名家の当主。人間の世界と同様、社会的地位の高い者を糾弾・拘束・逮捕する事は非常に難しい。色々と圧力が掛かるからな。

 加えて物的証拠が少なかった事も、逮捕に踏み切れんかった理由の一つであった。また、肝心の遺骸も殆ど見付かっておらんかった。行方不明者が増える一方で、死者の数はこれまでと大差なかったのである。

 死体が見付からなければ、事件にはならない。奴はそう(うそぶ)いておった。実に腹立たしい。何等かの手法で消滅、或いは何処(いずこ)かに隠したのだ。そういえば、奴と会ったのは、そのしたり顔を思い切り殴り付けてやった時が最後であった。

(じゃあ、どうやってそいつが犯人だって分かったんだ?)

(使用人の密告だ)

 主人の行動を怪しんで、独自に調査しておる内に奴の本性を知ってしまったのだ。ただ、外道にも程がある悪事を働いておったとはいえ、密告は長年仕えた主を裏切る行為。その者は後に自ら命を絶った。天晴(あっぱ)れ・見事とも言えるし、履き違えておるとも言える忠誠心である。ただ、その甲斐あってか、事件は解決へ向かった。使用人は無駄死にとならずに済んだ。

(お前が逮捕したんだよな)

(ああ)

 其奴(そやつ)の話を聴いた直後、我と他数人で奴の家に踏み込んだ。すると奴は、まるで待っておったかの如く、驚く位に大人しく御縄についた。しょっ引いた彼奴(きゃつ)を尋問すると全てを白状。余罪が出るわ、出るわ。まあ、隠しておっても心の内を暴く方法はあるが。

 結論として、使用人が話した内容は奴の凶行の一部。氷山の一角に過ぎんかった。

(てかお前、ほとんど何もしてねぇじぇねーか)

(まあ、そう言うな。逮捕した事は事実だ)

 詳細は知らされておらんが、行方不明になっておった者達も皆、帰って来た。呼吸も脈拍も止まった状態でな。

(でもさぁ、普通、当主がそんなことしたら、そいつの家はお取り潰し決定じゃねぇの?)

 ふむ、意外なところに突っ込んでくるな。確かにその通りだ。だが、奴の家の者もそれは避けたかった。当たり前である。何千年も続いた御家を、この様な不本意な形で失いとうはなかろう。

 其処(そこ)で奴の家族・親族一同は一計を案じた。世間に発表する前に、奴を当主の座から引き()り降ろしたのだ。それと同時に一家から追放。新たに別の者をその地位に()えた。そうする事で、『彼が勝手にやった事で(うち)とは無関係』という主張を押し通したのである。

(いやいやいや、そんな理屈が通るかよ。流石にムリがあんだろ)

(そうでもないさ)

 蜥蜴の尻尾切りではないが、一応の面目は立つ。その時に切ったのは頭だが、即座に()げ替えた。拙速さもあってか、御家の機能も損なわずに済んだ。

 また、奴はあまり表舞台には立たんかった。それ故、大半の者達は奴の顔を知らぬ。当主が変わったところで、下々への影響は少ない。正味な話、自分達の生活に響かねば、国民は誰が当主になろうが知った事ではなかろう。

 そして数回の裁判を経て、奴には終身刑の判決が下った。何故、あれ程の罪を犯していながら死刑にならんかったのかは、今を(もっ)て不明だ。鑑みるに、奴を切り捨てた御家が庇った訳もない。寧ろ、一家の恥晒しには一刻も早く死んで欲しかったであろうに。全く分からん。

(これで大方は語り終えた筈だ)

(そうか。だいたい分かった)

 奴に関するエピソードに一区切りつき、以降は会話もない。未だ不慣れな飛行に若干苦戦しつつも、士は何とかスコットに追随する。順調だ。

(そういや、あいつの名前知らねぇな)

 もう間もなく目的地に到着かというタイミングで、士が至極当然の疑問を口にする。

(ふむ、そういえばまだであったな。教えてやる。奴の名は……)

 奴の名はクラーシス・オスマン・マブロニック・アガレス。魔界七十二柱の序列二番に格付けされる大公爵家の元頭首。だが、仲間内では別の名で通っておった。

 奴が作った仮面には、多種多様な効果が宿る。それが能力だ。また、奴の腕前はそれだけに(とど)まらぬ。見た目の美しさや繊細さ等に()いても群を抜いておった。造形美という奴である。幼少の頃から、対象を一目視認しただけで本物と見紛(みまご)う仮面を作ってしまう。類稀(たぐいまれ)なる才能の持ち主であった。故に、皆はこう呼んでおった。

(ジンメン)

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