兄妹と救出と魔人去る②
「お? なんだ? 早かったな」
リビングに入ると、天道が先程と変わらず寛いでおった。唯一異なるのは、その斜向かいに白木が座っておるところか。
「どうしたの? 加賀美君、具合悪いみたいだけど」
彼女も、加賀美の様子が変である事を一目で看破した。
「あぁ。なんか今朝起きたときから調子ワリィんだ。だから朝練も早めに切り上げた」
「私は練習そのものを止めたのですが……」
「いや、まさかここまで酷いとは俺も……」
マネージャーの言う事は聞くものだぞ、加賀美よ。
「まぁとりあえず、汗を流して休んでいろ。無理をして倒れたらそれこそ“コト”だ」
「ああ、そうするわ」
天道の忠告を聞き入れ、彼は部屋を出た。
(ん?)
去り往く加賀美の後ろ姿を見送る士の目に、何かがチラついた。首筋で光っておる。
「士クン、あれ」
美輝にも見えておる様だ。
「あれは……糸?」
普通の人間ではない二人の眼に映った物は、加賀美の脰から床に向かって垂れ下がる糸であった。士はすかさずソレを掴もうとするが、何度やっても握る事は叶わぬ。
その動作を見習い、美輝も同様の行動を執った。しかし、結果も同じ。彼女の手も、糸に触れられずに霞の如く捕えられぬ。
(怪しい。あれが加賀美の不調の原因か?)
(まあ、そうであろうな)
超常の力を持つ女子も、人外二人と同一の結論に達した様である。美輝は即座に十数体の蝙蝠型ゴーレムを飛ばし、偵察に向かわせた。糸の出所を探る為だ。当然、この場に居る我等以外の誰にも悟られぬ様にコッソリとである。
「ただいまー」
「あ、兄様。お帰りなさいませ」
すると其処に、出掛けておった駿が帰宅。聞けば、足りなくなった銃弾を少し遠くの店まで買いに行っておったそうな。
「あれ? 一人足りない。あの男の子は?」
「加賀美さんでしたら、シャワーを浴びていますわ。体調が少々優れないようですので、今日はもうお休みになるそうです」
兄の問いに、妹が答えた。
「ほう、そうか。お大事に」
彼・彼女等の日常会話を余所に、美輝が士を部屋の外へ誘う。
「ちょっと来て」
リビングに居る者達に聞かれぬ程度に声を落とし、此方は此方で話をする。
「どうした?」
「ゴーレムで周囲数kmを探索したんだけど、何も見つからないの。糸も途中から感知できなくなってる。ただ、一応の心当たりはあるよ」
「浄蓮の滝か。まぁ、他に考えらんねぇしな」
昨日、彼が見せた奇妙な言動。それを今の状況と関連付けるのは容易である。というか、その他の要因が思い付かぬ。ただこれで、次に執るべき方針が決定した。例の滝へ出向くのだ。
「君達、どこへ行くんだ?」
二人が今正に出て行こうとしたところに、玄関まで追い掛けて来た駿が尋ねた。
(どうする? 本当のことを話しても大丈夫か?)
(いや、止めておいた方が良い)
我等が彼に真相を打ち明けるか否か躊躇しておると、美輝が先んじて言った。
「ちょっと滝の方まで行ってきます。二人で」
彼女はそう発すると同時に士の腕を組む。当たり前だが、士の心臓が跳ね上がった。
「そうか。あ、昨日は言い忘れていたが、あそこは気をつけなさい。観光地になってはいても、危険な所であることに変わりはない」
「「どういうことですか?」」
二人の声が重なった。それに返答する前に、駿は訳を話す様に促す。
「先に聴かせてくれ、彼に何があったか」
もう一度、我等は先程と一緒の思考に至る。彼に包み隠さず話しても良いものかと。
(いや、待て。こんなこと訊いてくる位なんだから、もう見当をつけた上でのことなんじゃ……?)
(彼も“そういった事情”に明るいと?)
(ああ。だって、加賀美の身に何か起こってるってことは感じ取ってるみたいだし)
そう結論付けた士は、昨日今日で見聞きした事を全て語ろうとした。
「続きはクルマで聞こう」
駿はそう言って自家用車まで歩いて行った。士と美輝も着替えに戻り、それが終わると急いで外へ。その間に、駿は玄関まで車を回す。そして、二人が後部座席に乗り込んだのを確認すると発車させた。
「じゃあ、聞かせてもらおうか」
そして彼は質問する。対して二人は、自分達がその目で見た事を言って聞かせた。
「……それは多分、絡新婦だな」
(ほう、絡新婦か)
(知ってんのか?)
(魔界でも美しいと評判だ)
(知らねぇんだな)
駿からその妖怪の解説と同時に、この辺りに伝わる逸話を聞かされた。
《絡新婦》とは、美しい女性に化ける蜘蛛の妖怪である。本来は、読みは同じで『女郎蜘蛛』と書く。しかし、人間共も認知しておる同名の生物が存在する為、専ら其方の表記が用いられる事が多い。
昨日の昼間に足を運んだ浄蓮の滝には、この様な伝承が残っておる。
ある日、男が滝壺の傍で休息を取っておると、足に無数の糸が絡み付いてきた。彼は瞬時に危険を察知。直様その糸を解き、近くの切り株に結び付けた。するとそれは、見る見る内に地面から引き抜かれ、滝へと引き摺り込まれて行くではないか。一命を取り留めた男は皆にこの出来事を伝え、それを聞いた人々は恐れた。絡新婦の仕業だ、と。それ以来、周囲の住人は滝に近付かんかった。
別の日、余所の集落から樵がやって来た。勿論、彼は先述の事情を知らぬ。彼が滝の近辺で木を伐っておったところ、手を滑らせて愛用の斧を滝壺に落としてしまう。それを拾いに水中へ潜ろうとすると、水面に美女が現れて斧を返してくれた。彼女は『ここで見たことは誰にも話してはなりません』と言い、樵もそれを承諾した。
彼は愚直に美女との約束を守った。しかし、何故か胸が痞える。意味の分からぬモヤモヤを抱えたまま日々を生きておった彼。その様なある日の事、とある宴の席で酒に呑まれ、その場に居合わせた者達に先日の事件の一部始終をウッカリ喋ってしまった。悩みを誰かに話した事でしこりが取り除かれた樵。その安心感からか、睡魔に襲われた彼は逆らえずに眠りこけた。そして、二度と目を覚ます事はなかった。
また、話し終えた樵が外へ出て行き、その翌日には彼の死体が滝壺に浮かんでおった。その時の様子は、まるで見えざる糸に引っ張られるかの如きものであったという。こういう別説もある。
更に、絡新婦の記録はこの伊豆の地だけではなく、岡山や徳島、宮城県の仙台等でも見聞される。
と、此処までは駿が話した。次に美輝が異説を語る。これは悲恋の物語である。
途中までは前述と同じだが、樵が件の美女に恋をする点が異なる。彼は彼女との逢瀬の為、毎日の様に滝壺へ通い詰めた。ところが、彼の体はその度に衰弱していく。
その様子を見ておった近所に住む和尚が『あの樵は絡新婦に取り憑かれたのではないか?』と疑いを持った。其処で、和尚は樵と共に滝へ赴いて読経を行う事に。そうすると、水中から何本もの蜘蛛の糸が伸びた。しかし、和尚の一喝によって糸は消え去った。
ただ、この体験を経て尚、美女の正体が妖怪であると知って尚、彼は諦めんかった。その山を統べる天狗に許しを請う程、彼女に惚れておったのだ。だが、それが許可される筈もない。それでも懲りず、樵は再び滝に向かって直走る。すると再度、滝壺から幾本もの蜘蛛の糸が現れた。今度は和尚も居らぬ故、樵は逆らう事なく絡め捕られてその中へと消え失せた。
何方が真実で、或いは虚構なのか。それとも双方共に真か、嘘か。何にせよ、全くの無根拠という訳ではなかろう。『火のない所に煙は立たぬ』からな。
「これって悲恋か? 絡新婦からしてみりゃ、単に餌が自分からノコノコ食われに来たってだけの話だろ?」
「そういう見方も出来るけど、これは決して報われない、叶うハズもない相手に恋心を抱いた樵が悲しいねっていうお話だから」
士の無粋な感想に、美輝は補足を入れる。というか彼女も知っておったのだな。
(まあ、絡新婦の心裡は不明だが、案外、今頃は二人仲良く水底で暮らしておるかも知れんぞ?)
無論、“実在すれば”の話であるが。
(お前、意外とロマンチストだな)
(ふむ。老若男女、思った事に差が出たな)
そうこうしておる内に目的地へ到着した。駿は士と美輝が付いて来る事に疑念を抱きもせず、滝へ下りて行く。それは予定通りなのだが、此処から如何すれば良いのか。取り敢えず、加賀美に繋がっておると思しき糸は確認できる。
「ふぅ」
溜息を一つ。我々の疑問はさて置いて、駿は分かっておる様だ。己が何をするべきなのか。その手には猟銃(恐らく散弾銃)を握り締めておる。足も少し震えておるな。
(オイ、おかしいぞ)
士はキョロキョロと周囲を見渡し、我に話し掛けた。
(何がだ?)
(俺ら以外に誰もいない。今日は土曜日、世間的には休日なのに)
そう言われてみれば確かに。此処は有名な観光地。だというのに人っ子一人どころか、鳥や虫の羽音や鳴き声も聞こえぬ。辺り一帯を静寂が支配しておる様である。
(これ、あん時に似てる。スコット達に襲撃された時に)
(否、あの時よりも静かだ。無音にも程がある。貴様等の足音と吐息位しか耳に入ってこぬぞ)
結界を張られたか、さもなくば彼奴の領域に呑み込まれたか。何れにせよ、これが絡新婦によって為されておるのだとすれば、相当な大妖と見なければならぬ。強大な力を持つ妖怪は、得てしてそういう存在であるからだ。
滝壺の辺に立った我々は、駿の行動を待った。彼は何かしておる。祈っておるのかね。以前にもこういう経験をした事があるのか、彼には恐怖の中にも僅かながら平常心・冷静さを感じる。
「ふん……変だな」
「どうかしたんですか?」
「俺も子供の頃に彼と似たような目に遭ってな。その時にやってもらった事を真似たんだが、あちらさんからは何の音沙汰もない」
「やり方が間違ってるんじゃないんですか?」
「かもしれない。う~む、やっぱり専門の人を連れて来るんだった」
今更だが、何故そうせんかったのだ。今からでも遅くはない。最寄りの僧侶か誰かを引っ張って来い。それが当てにならぬのならば、沢渡に連絡しろ。そう士に伝えようとする間もなく、眼前の巨大な水溜まりが波打った。
「あ、何か出て来たよ」
美輝の指摘通り、水面を割って現れたのは小さな蜘蛛。ただし、小さいとは言っても小型犬に匹敵する位の大きさである。
「火を吹く子蜘蛛だ。コンタクトには成功したみたいだな」
これは絡新婦の従者らしい。それからも続々と、水中から何十体も湧いて出て来た。それと同時に奴等は此方へ歩を進める。
「あの……これってホントに大丈夫なんですか?」
美輝の前に立ち、駿に問う士。彼の返事がその不安を払拭する。
「ああ。前と同じだ。問題ない」
ところが、一同がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。子蜘蛛共が一斉に火を吹き掛けた。幸い、美輝は士の後ろに居った為、被害は及ばず。駿も士の手が届く範囲内に立っておった故、襟を引っ張って後方に下がらせる事で対処できた。この際、士自身は如何でも良い。
「前にもこういう事があったんですか?!」
「い、いや……っ! 俺の時はすぐ交渉に入った……!! 攻撃を受けたことなんて……っ!!」
だが、現に危害を加えられておる。
「というか君! 火を浴びているが大丈夫なのか?!」
「これぐらいなら問題ありません!」
肉体は損傷なし。被害は服の一部が燃え落ちた程度だ。
(さて、如何する? もう対話や交渉の余地はなさそうであるぞ? 我々に傷害を与える意思はありそうだが)
(んなモン、今の火で一目瞭然だ。とりあえず、本体に出て来てもらおう。こんな下っ端じゃ話にならない)
そもそも意思の疎通は不可能であろう。この子蜘蛛共では。我がそう考えておる間に、士は服を脱ぎ始めた。
「つ、士クン、何をして……?」
その情景を目撃した美輝は、恥ずかしさからか目を掌で覆う。若干その下の頬が見え、赤面しておる事が分かる。一方、駿はポカンと口を開けておる。ただ、何をしようとしておるかは大体の推測が付いておるらしく何も言わぬ。
「よし」
パンツ一丁になった士は、滝壺に飛び込んだ。絡新婦が居ると思われる水底を目指して、グングンと潜っていく。水が澄んでおる為、透明度は高い。視界は良好である。
(けっこう浅いな)
確か、深雪が此処の水深は十五mと言っておったな。大した深さではなかった為、士の強靭な脚力によって二蹴り程で底へ至った。
(居た……っ!!)
如何やら、無駄足にはならずに済んだ様だ。
(こりゃまたデッカいクモだなぁ、オイ)
其処に鎮座しておったのは、牛をも喰い殺しそうな巨大蜘蛛。先日の土蜘蛛なんぞよりも、遥かに大きい図体をしておる。大層な美女と聞き及んでおったが、とんだ期待外れだ。
(そりゃ単に化けてただけだろ。って、これ寝てんのか?)
士が目の前に浮いておるというのに、彼奴は何のアクションも起こさぬ。
(でも子蜘蛛は動いてたしなぁ……)
存在が矮小過ぎて、か。これ程の大妖が、我の事も感知できんとは到底考えられんが。
(まぁ何にせよ、目を覚ましてもらうしかない。で、糸を切ってもらおう)
士はそう決意し、絡新婦に近付いた。そしてその河馬の様な腹を掴み、激しく揺さ振る。
(全然起きねぇな)
反応なし。士は彼女にもっと衝撃を与えるべく、正確には痛覚に訴えるべく移動。持つ物を脚の一つに切り替えて、思い切り引っ張った。
(引き千切るなよ)
(ちゃんと手加減してるってぇ、のぉっ……?!)
士が懸命に絡新婦の意識を取り戻そうとしておると、突如として水が黒く濁った。
「グッ……?! ゴボッ……ッ!?」
唐突に視界を塞がれ、パニックに陥る士。驚きのあまり、空気を大量に吐き出してしまった。
(ヤベ……ッ!)
此奴は筋肉中のミオグロビンが異常に増加しておる。即ち、酸素貯蔵量が鯨並に増しており、その恩恵として潜水時間は長い。しかし、陸上生物であるが故にあくまでも肺呼吸。体内の酸素が消失すれば、当然に息継ぎが必要となる。結果、空気を求めて大急ぎで水面へ浮上。
「ブハァッ!」
「士クン! 大丈夫!?」
水上に顔を出すと、美輝が心配そうな表情で訊いてきた。距離がある為、声を張っておる。
「大丈夫だ!」
「何があった?!」
今度は駿が尋ねる。
「水がいきなり黒く汚れたんで、ビックリして上がって来たんです!」
「絡新婦は?!」
「なんか寝てるみたいなんで起してる最中です!」
「そんなことして大丈夫なの!?」
「まずそうしないと話になんねぇの! ってワケでもうイッペン行って来ます!!」
士はそう返すと、吸って吐いてを数回繰り返し、体内に酸素を充満させる。肺とは別に気嚢を持っておる。元は我のモノだ。これによって潜水時間が更に伸びる。多分、一時間位ならば余裕だな。再度、潜水を開始。
先程は遂、突然の出来事に錯乱してしまったが、今は物事が俯瞰で見える位置に居る。士は心を静めて周囲に目を配った。すると、とある一点から靄の様なもの――いや、水中なので墨の様なものと言うべきか――が噴出しておる事を視認。水を蹴り、同時に掻き分けて恐る恐る其処へ近寄る。
(ん~? なんじゃこりゃ? 石?)
眠る絡新婦から少し離れた所に、野球ボール程の大きさの石が転がっておった。
(これが発信源か)
それをそっと手に取った士は、グッと握り込む。それなりに硬かったが、此奴の握力に敵う筈もない。石は敢無く砕け散った。
(考えなしに壊しちまったけど、これで良いのか?)
(次回からは壊す前に一拍置こうか)
ただ、今回はこれで正解であった様だ。濁度が高かった水が段々と綺麗になっていく。
(ふぅ、これでやっとスタートラインに立てたか)
士が一息吐いておると、知らぬ間に絡新婦が覚醒しておった。
『ん……む? なんだ? お主』
(お! 起きたか!!)
異形の図体をしておる割に艶のある声が脳髄に直接響く。
『不届き者め! 失せよ!!』
「グブゥッ……ッ?!」
目覚めたばかりの彼女にとって、士は紛れもなく己の聖域に許可なしに入り込んだ不審者。その不法侵入者を撃退すべく、彼女はその丸太の如き御御足で士を華麗に蹴り上げた。絡新婦のキックの威力は凄まじく、勢い良く滝壺の外へ放り出される士。そのまま高く舞い上がり、最後は地面に叩き付けられた。
「だ、大丈夫?! 士クン!?」
滝外へ投げ出された士に、すかさず駆け寄る美輝。
(り、理不尽すぎる……ぅっ!)
(だが、これで対話が可能になったな)
一応、気落ちする士を慰めてやったが、すぐにその必要もなかった事が判明した。
「士クン、何があったか分からないけど、滝から伸びてた糸は切れたよ」
「ほ、ホントか?」
「うん。加賀美クンもこれで元気になると思う」
「じゃあ良かった」
(でも、しこたま蹴られたのは納得いかねぇ)
それに関しては依然、得心がいかぬままの士。しかし、文句を言いに行く訳にも、ましてや喧嘩を売りに行く訳にもいかぬ。此処は分別を持って引き下がるのが吉だ。それに、何はともあれ“加賀美に付着した蜘蛛の糸を断つ”という、当初の目的は達成できたので良しとせよ。
(まぁ、それで良いか)
「用は済んだことだし、帰るとするか」
駿はそう言うと、バスタオルを投げて寄越した。車に常備しておるそうだ。士はそれで濡れた体を拭き、トランクスに履き替える。因みにこれは、士が潜っておる間に美輝が土産物屋で購入しておいてくれた物だ。そして脱ぎ捨てた衣服を着込むと、一直線に車へ向かった。
来た時と同様、駿の自家用車で別荘に帰る一行。程無くして家に到着し、リビングの扉を開けると、意外な者が出迎えてくれた。
「おー! スコット! 来たのか!」
其処に居ったのは、今まで音信不通であったスコット。
「お前だけか? クリントとバッキーは?」
「来てるよ」
声がした背後を振り返ると、その二人が立っておった。
「お、お前ら何やって……?!」
士は驚いた。無理もない。クリントとバッキーはそれぞれ、気を失っておるらしい駿と美輝の体を支えておったのであるから。
「おいバッキー、そっち代わってくれよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。状況を考えてよ」
「そうだ。事は急を要する。オマエの冗談に付き合っている暇はない」
再びスコットの方に向き直る士。すると、先刻は目に入らんかった光景が映った。何と、彼の傍らに在るソファには、天道・白木・深雪の三人が背凭れにグッタリと身を預けておるではないか。
「オイッ! これはどういう……っ!?」
その様子を見た士は、彼等の身に何か良からぬ事が起きたと思い至った。そして鼻息荒く、血相を変えてスコットに詰め寄る。しかし、彼はそれを軽く往なした。
「事情は後で話す。東京に帰るぞ」
「はぁっ?! お前ナニ言って……!?」
更に掴み掛かる士をあしらいつつ、スコットは仲間二人に確認する。
「バッキー」
「皆には特製のクスリを注入したから、朝まで目覚めないハズだよ。もちろん後遺症もなし」
「よし。クリント」
「へぇへぇ、もう準備は出来てるよ」
「ま、ボクらが使ったヤツをそのまま使うんだから準備もクソもないけどね」
彼等は一体、何の話をしておるのか。問い質す暇も与えられぬまま、強制的に何処かへ連行される士。スコットは兎も角、徐々にバッキーやクリントまでもが雰囲気に真剣味を帯びてきておる。それ故、反抗したくても出来ぬ。二の足を踏んでしまう。
「ほら行くぞ。用意は良いか?」
駿を他のソファに座らせながら、クリントは確かめる様な口調で士に訊いた。
「ていうか、そんな時間ないから。スコット、早く」
同じく、美輝を更に別のソファに寝かせたバッキーが急かす。
「ああ、分かっている。ツカサ、大人しくしていろ。バラけるぞ」
何時の間にか此方に接近しておったスコット。彼は士を逃がさぬ様に、此奴の肩をガッチリと強く握ってそう言い放った。
「バラ……? なんの話だ? てかマジでなんなんだっ?!」
「バッキー! クリント! トばせっ!!」
激昂する士を無視し、スコットは叫ぶ。指示された二人もそれに応じ、両の手を打ち鳴らした。その瞬間、四人の姿が別荘内から掻き消えた。
○●○●○
次に士の視野に入ったのは、見知らぬ部屋であった。それと見知った人物、いや悪魔も。
「来たか」
「あ、あんたは……っ?!」
「久しいな、少年」
鋼鉄の椅子に座っても尚、見上げねばならぬ程の大巨漢。ブルースであった。
(士、代われ。我が話した方が早い)
(あ、おう)
久々に任意で主人格を交代。我は早速ブルースに食って掛かった。
「ブルースッ! これは如何いう事だっ!!」
「む? ローガンか。そう怒るな。スコット君、彼らに説明しなかったのかね?」
迫った我を宥めつつ、奴は此処へ連れて来た三人の方に目を遣った。
「直接アナタから説明していただいた方が良いかと思いまして。時間も迫っていましたし」
「まあ、致命的なミスではないか。良いかローガン、緊急事態だ」
「何?」
「耳の穴を掻っ穿って聴け」
脳の処理が追い付かず首を傾げる我に、ブルースは顰め面で告げた。
「“カメ”が、逃げた」
ああ……これは確かに、火急の事態だ。




