第16話:前兆
週が明け、学校にやって来た士。先日の件は、美咲や沢渡達に丸投げした。士には処理し切れん事柄であるとはいえ、少々後味は悪い。と、思わんでもないが、それぞれの役割を果たしておるだけか。また、彼処はオリエンテーリングで訪れた場所と近いという。何かしらの因果関係がありそうである。
(鬼の被り物にケラミノ、ハバキ。で、鉈と出刃包丁。やっぱナマハゲだよなぁ)
今は授業中だが、士は別の事を思索しておる。ズバリ、先刻のそれについてだ。
(士よ、教師の話を聞かんで良いのか?)
(あー? どうせあと五分もすりゃ帰れるよ)
(ふむ、それもそうか)
我も、今の今まで寝ておった故、気が付かんかった。
(後処理、大変そうだな)
曲がりなりにも日本人としての戸籍を持つ者が、一晩で大量の死体となって発見されたのだ。原形は留めておらぬが。国家権力の介在がなければ、今頃は様々なメディアが賑わっておろう。
(まぁ、俺にできることなんて何一つとしてないし、いつも通りに過ごすか。アレを忘れちゃダメだけど)
帰り際、家まで送って貰った者に、ナマハゲについて説明を受けた。
《なまはげ》とは、山の神々の使いとして里に来訪する鬼・妖怪の類である。大きな出刃包丁や鉈を持ち、鬼の面・ケラミノ・脛巾を纏っておる。
奴等は大晦日の夜になると『悪い子はいねがー』『泣ぐ子はいねがー』と発しながら家々を回り、悪や災厄を諌めると共に幸福を齎すとされる。家に入ると、子供や初嫁、怠け者を探しながら暴れ回る。なので、家人は丁重にこれを持て成し、主人が家族の犯した悪事を釈明する。その後、酒等を振る舞い、送り返す。
想定通りの内容であった。たった一つの事実を除いて。
(でも、ビックリだよなぁ。ナマハゲが実在しねぇなんて)
あれはあくまで、秋田の伝統行事に過ぎんそうだ。“ナマハゲ”という妖怪は存在せぬらしい。
(じゃあ、俺らが見たアレは一体……)
ただのコスプレ野郎、としか思えんな。酔狂な奴よ。奴の目的も分らんし、そもそも土蜘蛛に関しても真相は掴めておらん。このまま迷宮入りなのであろうか。
(そのへんは領分じゃない。ってか無能だし。美咲さんと沢渡さんに任せるしかないな。う~ん、でも何もしないってのもなぁ~)
昨日からずっとこの調子である。完全に委ねろ。貴様が携わっても足を引っ張るだけだ、と忠告しておるというのに。己の能力の限界と実際に関わった責任感の間を、行ったり来たりしておる。
(貴様の本分は学生。学生の仕事は勉強とその他諸々。先日の事を忘れろとは言わんが、それ等を疎かにして良い訳ではない)
彼女達もそれを考慮してくれておるからこそ、平日はあまり呼び出さんのだ。放課後に何回かあった程度である。授業がある時は連絡すらしてこぬ。
(今日はいつになく説教臭いな。でもまぁ、お前の言う通りだ。こっちに集中するわ)
やっと理解したか。全く、世話を焼かせるわい。
(もう終わったけどな)
そうこうしておる内に、チャイムが鳴っておった。本日の授業は、これにて終了。
(さて、これからどうしようか?)
鞄を手に立ち上がる士。
(ふむ、美輝をデートに誘ってみてはどうだ?)
(それには、もう一度、上級悪魔四人と戦う以上の勇気が要るな)
つまりは、尻込みしておるという事だ。
(ってか今日は部活だって言ってたから、どっちにしろ無理だ)
(では貴様も行けば良いのでは? どうせ暇であろう?)
(あー、そうすっか。たまには顔くらい出さねぇとな。せっかく入ったんだし)
という訳で、本日は学生らしく部活動に勤しむ事と相成った。
「加賀美ぃ、今日部活あんの?」
士は隣の席の彼に尋ねた。
「お、珍しいこと訊くな。でも今日はねーんだわ」
「そうか」
やる気になったその日に限って、やれぬという事は多い。タイミングが悪かったな。
「いやホントはあるんだけど、ちょっと用事が。まぁ、部活がらみではあるけど」
「どういうことだ?」
「実は……あー、ちょうど良いや。お前も来いよ」
「どこに?」
「新しい自転車を買いに行くんだ。部費でな」
加賀美も鞄を手に席を立った。ロードバイクは結構な値段であったと記憶しておるが、高校の部費程度で賄えるものなのか。士はそれを代弁した。
「ああ、先輩たちがいろいろ頑張ってくれたお陰で軍資金は潤沢なんだ」
問題ないらしい。いざとなれば自腹も切るとの事だ。
「自転車か、久しく乗ってねぇな。体重のせいで」
此奴の体重に耐えられる代物が、手に入り難いのだ。百五十㎏前後は厳しい。マウンテンバイクならばギリギリいけそうではある。だが、親に強請れる様な値段ではない。
「お前って筋肉質なのは見たら分かるけど、そんなに体重あんのか?」
「ああ。骨の色んなトコにボルトが入ってんだ」
「ふ~ん、大変だな」
同情の入り混じった声色で、独り言を漏らす加賀美。
「乗ってはみたいんだけどなぁ~」
「じゃあ、この機会に石森も買ったらどうだ? ガタイの良い欧米人と荷物が合わさりゃ百五十㎏くらいになるから、探しゃあ意外とあるぜ。物によっちゃ何十万もするけど」
「やっぱ高いんだな。キツイ」
彼の誘いに、躊躇いを見せる士。欲しくはある。移動手段が増えるのは良い事だ。また、買えぬ訳でもない。しかし、購入を希望しておる物は別にある。一千万円もの超高級品が。
「スチール製なら安くて頑丈だから、お前にゃピッタリなんじゃねぇか? 重いのが難点だけど」
「へぇ~、そうなのか」
時間を惜しむ加賀美は、士を急かす。
「まぁまぁ、悩むのは店に行って実物を見てからにしようぜ」
「そうするか」
そう言って彼は教室を出た。士も流されるまま彼に続く。此処でふと疑問。
「あれ? 風白は?」
「え、あ、ああ、今日は実家から兄ちゃんが来るから帰るってよ」
「ふ~ん」
(あいつ、兄ちゃん居るんだ。ってか、あいつも上京組なんだな)
(上京したとは限らんぞ)
風白への親近感と共に、士は加賀美の案内で自転車屋へと向かった。
○●○●○
数十分後、加賀美の行き付けの自転車屋に到着。店の規模が結構大きい為、品揃えは良さそうだ。少し遠出したが、その価値はあるであろう。
「じゃあ俺、あっち見てくっから」
加賀美は迷わずロードバイクが置かれたエリアへ。買う物は既に決まっておるらしい。他方、士は己の求める製品があるエリアへ足を向ける。
「あー、ここだな。マウンテンバイク売り場」
百㎏強の体重を支えられ、それでいて長時間・長距離走行に耐え得る頑丈さ。そして、なるべく低価格である事。要求するスペックはこれだ。
(加賀美は『スチールが良い』って言ってたな)
(だが、錆びるぞ)
(外側は塗装があるから良いけど、問題は中か。コーティングとかして貰えねぇのかな?)
(それは店員と相談だな)
(おう。っていうか、店員さんにオススメ訊きゃ良いんじゃねぇか)
士は売り物を整備中の店員に声を掛ける。先の条件を伝えると、以下の物を薦められた。
日本が誇るタイヤメーカー、BRIDGESTONE。其処の自転車部門が分離・独立したブリヂストンサイクル。彼等がお送りするブランド、ANCHORだ。
「これですか?」
「はい。クロモリフレームですので、お客様の要望に最も沿っているかと」
店員が手を添えて示したのは、『XC5』と書かれた札を下げた自転車。因みにクロモリとは、クロムモリブデン鋼の略称である。
「お~、石森ぃ。アンカーにすんのかぁ?」
声に引かれて振り向くと、加賀美が此方に歩み寄って来る。もう、自身の用事は終えた様だ。
「ああ。オススメらしい」
「ほう、XC5か。安い方だし、初心者ならそれで充分だけど、どうせアンカーのヤツを買うんならオーダーシステムが良いぜ。最低でも十五万くらいすっけど」
「オーダーシステム? オーダーメイドってことか? って、値段上がってんじゃねぇか!」
元々提示されたXC5の値段は約九万円。声の音量が変わるのも、必然と言える。
「まぁ、落ち着けよ。でもそうすりゃあ、自分に合った最適の自転車が作れるぞ」
加賀美は声を荒げる士を宥めつつ、そう主張した。
「別にそこまでは求めてねぇよ」
「ここって確かフィッティングも出来ましたよね?」
彼は士を無視して店員に向き直った。そして我等には分からぬ事を訊く。
「ええ。行ってますよ」
「フィ、何それ?」
士の問いに対し、店員が解説を入れてくれた。
自転車での走行に於いて、身体の配置や姿勢は最重要事項と言っても過言ではない。従来は、まず自転車を選んでから、己に最も適したポジションを模索していくものであった。しかし、アンカーはその順序を逆にした。発想の転換である。自分にとって最適なライディングポジションを調べてから、それに合ったモデルを選ぶのだ。その時に個々のパーツ調整も行えば、すぐに快適なサイクリングを楽しめる。
「いやでも、まだ買うとは言ってな……」
厳密には、ほんの少しだけ購買意欲が湧いた。
「買うにしろ買わないにしろ、自分の身体情報やフォームを知っておくのは損になりませんよ」
「そうそう。それに、いつかは買うつもりだったんだろ? じゃあ、いま買っても一緒じゃねぇか」
「いやまぁ、そうだけど……」
本音を言えば欲しい。しかし、懐事情が許さぬ。
「どうせ買うなら良い物を、って言うし、な?」
「う~ん……」
揺れる思い。暫く思案し、士は決断を下した。
「……買います」
(バイト頑張ろ)
物欲に負けたか。士は二人に説得され、マウンテンバイクを買う決意をした。それも、オーダーシステムとフィッティングシステムによって組み立てられた、自分だけの物を。
「では、こちらへどうぞ」
店員にそう言って、士をフィッティングマシンの元へ誘った。其処で色々と計測し、コンピューターに入力していく。得られた情報で、各種パーツを選抜。結果、出来上がったのがこれ。
(おお~っ)
フレームはXNC7 FRAMEで、サイズは四六〇。素材はクロモリ。また、これはNeo-Cotと呼ばれる、この会社独自の製法・設計で造られておる。性能が段違いだそうだ。
タイヤはエクステンザRR2LLで、サイズは七〇〇×二十五C。トレッドパターンは、舗装道路・オフロード両方を走る事を想定したセミスリック。耐久性と快適性のバランスが良く、またコストパフォーマンスにも優れておる。
ハンドルやサドル、ホイールやペダル等の諸々のパーツは、適当に見繕って貰った。メーカーはSIMANO、と言っておったかね。
内容は士の事情も考慮した、重量級の初心者に優しいラインナップだ。財布以外には、な。
「ホントに十五万ぐらいになったな」
「ライトとかロックも含めてだからな」
ボトルやそのホルダー、サドルバッグ等もある。
「それは良いけど、ヘルメットは要らねぇよ。ちょっと遠くまで出るときに乗るだけなんだし。他のも別に……」
其処まで本気の装備は不要だ、と突っ撥ねる士。ところが、加賀美は尚も食い下がる。
「コケたときに頭むき出しだと危ねぇだろ」
「そんな猛スピードで走らねぇよ」
「スピード出てなくても危ねぇの。ケガしてからじゃ遅いんだぞ。それに備えあれば憂いなし、って言うだろ。中でも水とか食料を容れるヤツは必須だ!」
「あーはいはい。分かった分かった。買う、買うから」
士は加賀美の説得に根負けし、様々なオプションも買い取る羽目になった。幾らかオマケして貰ったが、総額から見ればそれ程でもない数字だ。
(こいつ、ブリヂストンの回し者なんじゃねーだろうな?)
友達へ些細な不信感を募らせつつ、士は最寄りの銀行に走る。金を下ろしに行ったのだ。戻って来ると、自転車とその一式の清算をした。
「ありがとうございましたぁー!」
店員の見送りを背に受け、二人は店を出た。お互い、新品の自転車を押しながら。
(良い買いモン、だったのかな?)
(実際に使ってみぬ事には、何とも言えんな)
実家に帰る時にでも乗れば良かろう。五百㎞以上あるが、貴様ならば大丈夫だ。
「いやぁ~、自転車仲間が増えて嬉しいぜぇ」
店を出た後、笑顔で道を行く加賀美。かなり上機嫌である。
「俺の周りじゃ乗ってるヤツ居ねぇんだよなぁ~」
「でも、東京じゃ乗り回しにくいだろ。ひと多いし、道路多いし、なんかゴチャゴチャしてるし」
「お前、東京に偏見持ちすぎ。ちゃんと走れるってーの」
「関西人は皆こんなんだ」
その評価は、貴様の中だけにある独善的なものだ。
「どうしても東京に対して斜に構えちまうんだよ。多分コンプレックスから来てんだろうなー」
「あー、それはあるかも。俺も神奈川だけど、そういうのあるし」
永遠の№2であるが故に、との事だ。
「へ~加賀美って神奈川出身なのか。どこ? 横浜? 川崎?」
「横浜。総護、天道も地元は一緒だ」
二人は幼稚園の頃からの付き合いだそうだ。
「まさか高校まで同じになるとは思わなかったけどな」
「腐れ縁だな。お前らって実家から通ってんの?」
「いや、俺らは寮だ」
(寮なんかあったんだ)
其方に拠点を置けば、家賃が安く済んだものを。今更か。
(まぁ、今の方が気楽だから良いか)
士は思考を切り替える。気になる事があった為、話題を変えた。
「お前さぁ、自転車好きなのに、なんでトライアスロンなんだ? 回りくどいじゃねぇか。ロードレースだけで良くないか?」
「ん~まぁ、そうなんだけど。ウチの学校、自転車部とかロードレース部とか無かったんだよ。で、一番近い鉄人部に入ったんだけど、一ヶ月で廃部寸前になっちまったし」
「じゃあ俺らが入ったとき、名前も目的も変えりゃあ良かったんじゃねぇの?」
「ああ、だからもう申請した」
「変更済みなのか」
取り留めのない会話をしながら通りを歩く二人。すると、向こうから見知った顔の女子が。
「あ、風白だ」
「えっ?! ど、どこにっ!?」
加賀美は必死の形相で彼女の姿を探す。
「前。知らねぇ男が隣にいる」
「マジか?! 見えねぇぞ?!」
士の視力で捉えられる距離だ。加賀美には見えぬ。
「こっちに来る。このまま行けばカチ会うよ」
予告通りに数十秒後、四人が出会った。
「あら、加賀美さん、石森さん、数時間ぶりですわね」
口火を切ったのは風白。隣には沈黙を貫く男。背は士とほぼ同じ。顔立ちは、何処となく彼女に似ておる。良い男だ。
「こちらは私の兄ですわ」
「どうも」
風白に紹介された男は、二人に軽く会釈をした。彼の名は駿というそうな。
「兄様、こちらはクラスメイトの加賀美さんと石森さん」
「妹がお世話になっています」
丁寧だが、杓子定規な挨拶。表情も不変。初対面ならば妥当な態度か。
(やべぇよ。これ以上、ハナシ広げらんねぇ)
人見知りで口下手な士は困り果て、隣を見遣った。
「な、なんだ、お兄さんかぁー。さ、さっき言ってたもんなぁーっ」
加賀美の顔に、安堵の色が窺える。二人と遭遇してから暫くは、焦燥の一言が相応しかった。分かり易いというか、何というか。
「深雪、ちょうど良いから彼らに言っておいたらどうだ?」
駿が風白――今後は我も深雪と呼ぶ――に耳打ちした。年齢は二十歳前後といったところか。顔に似合わず声が渋い。
「あ、そうですわね。今度の連休に皆さんをウチの別荘に招待したいのですが、どうでしょうか?」
「連休? ああ、創立記念日か」
彼女のお誘いは、今週末にある金・土・日曜日の三連休を利用してのお泊まり会。以前、話に上がっておった中間考査後の“遊びに行く”というアレだ。一ヶ月後には期末考査が控えておるが、それを指摘するのは野暮というものである。
「良いんじゃないか。石森も行くだろ?」
「あ、あー、バイト先に訊かないと分かんねぇな」
「では、予定が決まりましたらご連絡くださいまし。あっ、あの御三方にも伝えておいてくださいね」
「スコットたちだな。了解」
そう約束し、風白兄妹と別れた。上級悪魔三人組には、帰ってから伝えよう。
「じゃあ、俺もこの辺で」
間もなくして加賀美も、門限を破らぬ様に急いで寮へ帰った。
(帰ったらとりあえず、沢渡さんに週末は何もないか訊こう)
帰宅途中、まるで狙い澄ましたかの様なタイミングで、士のケータイが鳴った。彼女からだ。
「もしもし?」
士は歩みを止めず、通話ボタンを押した。
―『石森さん、沢渡です。今、お時間よろしいですか?』―
「良いですよ。なんですか?」
―『先日の件で報告がございます。まず土蜘蛛ですが、山に居た個体は全て事切れていました。が、目的地らしき場所は判明しました』―
「らしき場所?」
沢渡にしては不明瞭な言い方である。
―『はい。彼らの進行方向から推測しただけですので』―
「あ~、そうなんですか」
判明とは言わぬのではなかろうか、それは。
―『それでですね、彼らはおそらく新潟市、もしくは燕市へ向かっていたと思われます』―
「想像してたのより限定的ですね」
―『ええ。ですが、あの周辺には他にも土蜘蛛が住んでいる地域がいくつかあります。そこの個体もその方面に歩を進めていましたので、それほど的外れという訳でもないかと。あと、彼らも亡くなっています。覚醒したモノは一人残らず』―
連中は何を目指しておったのであろうか。其処に何が居るというのか。我々には最早、知る由もない。覚醒した個体は全て死に、その他は自覚すらないのであるから。下手に刺激すれば、余計な惨事を招く事になる。
「やったのはやはりナマハゲでしょうか?」
―『その可能性が最も高いかと。そちらに関しては現在調査中です。ただ、何も手がかりを残していないので難航しています。石森さんも、何か分かったことがありましたら御一報ください』―
「はい、分かりました」
沢渡からの報告は以上。次は士が要件を伝える番だ。週末は旅行に出掛けても問題ないか、と。
―『そう、ですね……はい、大丈夫ですね。特に、石森さんに要請するような件はありません。楽しんで来てください』―
「分かりました。失礼します」
沢渡との通話を終え、士は思う。
(俺って必要とされてんのかな)
(平和な証拠では? それに、貴様にやれる事なんぞたかが知れておるし。悩んでも詮無い)
(まぁ、お前の言う通りなんだけど)
士は釈然とせぬまま帰宅。テレビを点けると、丁度ニュースの時間であった。何でも、隣の県で仮面を被った不審者が現れたらしい。それだけならば特筆すべきものではないが、東京都を囲む幾つかの県からも目撃情報が相次いだそうだ。其処彼処で、同じ仮面を着けた人間が何十人も。此処までくると、不気味を通り越して恐怖と不安が綯い交ぜになる。
「新手の宗教団体か?」
(それにしては目立ち過ぎでは?)
「別に『布教活動は目立っちゃダメ!』ってことはねぇだろ」
(それもそうか。我の偏見であった)
引き続きニュースに耳を傾けると、まだ警察沙汰にはなっておらん様子。一安心だ。
「怪しさ満点でも、事件にならなきゃ警察は動かねぇしな」
(それでも職務質問位はされるであろうよ)
この時間のニュースはそれで終わり、コマーシャルが流れた。毎週視聴しておるバラエティ番組までの繋ぎである。
(仮面、か……嫌な記憶を回顧してしまった)
「なんだ? お前もか?」
(何故、貴様に“仮面”で思い起こす事があるのだ?)
「初めてスコットたちと遭ったとき、仮面かぶってただろ? だからだ」
成程、そういう事か。しかし、我が想起したのは別の事柄だ。
「あ! あいつらにも言っとかねぇと」
今し方スコット達の事を思い出したので、先刻の事を教えてやろうと彼等の部屋を勝手に覗く。だが、誰も居らぬ。
「珍しいな。あいつら、いつもならもう家に居るハズなのに」
(ふむ、学校には来ておったのにな)
「ああ、昼飯いっしょに食ったし。ま、帰って来てから言えば良いか」
しかしこの晩、彼等の姿を見る事も声を聞く事もなかった。




