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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
55/194

    怨念蟲②

(そういや俺、昼メシ食ってねぇなぁ~)

 ボンヤリとその様な事を考えながら一旦屋敷に帰り、士は他の二人と共に得られた情報を整理した。これ等を収集する際、士は(ほとん)ど何もやっておらん。そもそも能力的に期待されておらぬ。恐らく、住人が土蜘蛛として覚醒した時に、壁役をやらせる算段であったのであろう。

 それは兎も角、判明した事は三つ。一つは行方を(くら)ませた者達が(みな)、土蜘蛛である可能性が高いという事。一つは、人間に危害が加えられた様子はないという事。最後の一つは、死体はまだ上がっておらぬという事。

「なんでこの人……土蜘蛛たちは居なくなっちゃったんでしょうね?」

 士は美咲に訊くと同時に、夕食に舌鼓(したつづみ)を打つ。これは神城が屋敷のキッチンを借りて(こしら)えた物だ。料理をする者が()らん様になってしまったものでな。(ちな)みに、此処(ここ)の主である老人は、体調が優れぬらしく(とこ)()いておる。

「自分が人間じゃないことに気づいて、家族や友人を襲う前に山へ逃げたとか?」

「まぁ、無くはないわね。他人に話せることでもないし」

「あとはなんですかねぇ……単純にナニカから逃亡した?」

「何から?」

「さぁ、そこまでは」

 当てずっぽうでモノを言っておるだけであるからな、此奴(こやつ)は。聞く価値は今のところ無い。だが、眼前に座る美女は、何故かそれを真に受けた。

「う~ん、土蜘蛛の本能が何かを感じ取ったのかしらねぇ」

「身に迫る危険、ですか?」

「他に何か考えられる?」

 文字通り何もかもをほっぽり出して消え失せたのであるから、自身の危機以外に理由はなさそうである。ならば、土蜘蛛たる彼等を形振(なりふ)り構わず逃走に追いやる原因とは、一体何であろうか。自覚がないとはいえ、緊急事態に陥れば否が応でも本性が現れる筈だ。ふむ、待てよ、或いはそれすら出来ぬ程に血が薄まっておるとも示唆される。

(そこまで行ったら“本能”とやらも働かないんじゃないか?)

 士の言う事にも一理ある。しかし、謎は深まるばかりで、解決の糸口さえ見付からん。如何(どう)したものか、と悩んでおる内に食事は終了。あれよあれよという間に、神城に風呂場へと(いざな)われた。

(神城さんがここの風呂は広いって言ってたな)

 ワクワクを抑え切れず、いそいそと浴場へ向かう士。人様の浴室を主人に何の断りもなく借りるのは、少々どころではない位に気が引ける。だが、その辺の事は二人が手際良く事前に交渉してくれておった。一泊させて貰う旨も込みでな。よって、我等が気兼ねする必要はない。存分に(くつろ)がせて頂こうではないか。余談ながら、宿泊の準備は例の如く神城がしてくれておった。こうなる事を予測しておったのか、はたまたそれが前提であったのか。

(はて、そういえば美咲は何処(どこ)へ行った?)

 脱衣所に到着した士が上機嫌で服を(かご)に投げ捨てておると、我の中でふとその様な疑問が(よぎ)った。

(さぁ? 食後の酒でも嗜んでじゃないか?)

 それよりも、早く温かいお湯にドップリ浸かろうと、士は勇ましく浴室の扉を横に()けた。

「あ~、ホントに広い、な……っっ!?」

 その瞬間、士の視線と思考が停止した。中に踏み入れる事すら(あた)わぬ。何故ならば、其処(そこ)には大きな浴槽の(ふち)に体を預ける全裸の美咲が()ったからである。

「ふぅ~、回れ右」

 士に気が付いた彼女は、溜息を一つ()く。そして人差し指を此方(こちら)に向け、動揺する様子も見せず冷静にそう言った。

「す、すみませんでしたぁっ!!」

 それを聞く前に、士は瞬時に体を(ひね)り、脱兎(だっと)の如く駆け出した。謝罪の言葉だけを、その場に置き去りにして。

「な、なんで美咲さんが居るんだよっ?!」

 与えられた部屋に戻り、士は自問した。あの時点で、此奴(こやつ)に入浴を勧めたのは神城である。彼がタイミングを誤ったのであろうか。いやいや、美咲が入っておる事は分かっておった筈。まさか(わざ)と等という事はあるまい。

(とりあえず頭冷やそう……)

(その前に服を着ろ)

 素っ裸にタオルのみを持ったまま部屋を出ようとした士。先程の光景が、余程ショックが強かったと見受けられる。

(あ、忘れてた)

 億劫(おっくう)だ、と士は思った。服は脱衣所にあるが、今更どの(つら)下げて戻れるというのか。なので、新しい服を着ようと士はスーツケースの中を(あさ)る。すると、パンツとズボンを穿いた辺りで、(ふすま)がスライド。風呂上がりの美咲が、和風の屋敷には不似合いなバスローブ姿で登場した。

「お風呂あいたわよ」

「あ、はい……」

 彼女はそれ以上何も言ってこず、隣の部屋へ入って行った。

(……なんか、不気味)

 士はこれが嵐の前の静けさでない事を祈った。大人の女性特有の余裕であってくれ、と願った。

(まあ、風呂に入れ。考えるのはそれからだ)

(そうするか)

 我の(げん)を聞き入れ、士は改めて風呂場へ。ゆっくりと入浴し、二つの意味で良いお湯を堪能した。

(あとはフカフカの布団で寝るだけだな)

(貴様、本来の目的を忘れておるのでは無かろうな?)

 サッパリと気分を一新した士は、用意された寝間着(ねまき)に着替えた。其処(そこ)までは良い。自室に戻り、(ふすま)を開けるや否や現実を思い出させられた。

「石森君、そこに正座しなさい」

 何時(いつ)の間にか寝間着姿になった美咲が、畳の上を指差しておるのだ。直視したくない現況だ。素直に見惚れたいが、それは許されぬ状況でもある。

「はい」

 だが、覚悟を決めて受け入れるしか選択肢はない。士は静々と正座した。

「ねぇ、なんであんな事したの?」

 これは一人の女性として、及び警察官としての詰問であろう。居心地が物凄く悪い。正味な話、美咲がこの様な行動を採るとは想像しておらんかった。何と言うかこう、其方(そちら)に関しては寛容なものだと。偏見だが。

「え、っと、その……か、神城さんにい、言われまして」

「ふ~ん、あのタイミングで入れって?」

 美咲が浮かべた表情は、無。故に、心情は読み取れぬ。

「は、はい」

 沈黙が二人を包む。頼むから何か喋ってくれ、と心の底から望む士。罵声(ばせい)でも良いから、とも考えてしまう。断っておくが、士にも我にも、そういう(へき)がある訳ではない。

「ま、イイわ。そういう年頃だしね」

 美咲のその一言で、部屋に充満しておる剣呑(けんのん)な空気が柔らかくなった。難は逃れたか。いやぁ~、この数十秒間が永遠の様に感じたわい。

「でも、もし君がホンキでそういうつもりなら、こっちも考えがあるからね」

 ところが、気が緩んだのも(つか)()。彼女の言葉には続きがあった。柔軟になっただけではなく、風向きも変わった様子。

「か、考えって……?」

「ちゃんと責任は取ってもらうから」

「え!? それってどういう……?」

「今日は遅いからもう寝なさい」

 士には何も言わせず、美咲は隣の部屋に移った。残したのは意味深長な言葉のみ。何であろうか、彼女の思わせぶりな態度は。

(せ、セキニン……)

 それをまともに受け取った士の脳内で、男子高校生ならではの妄想が次から次へと()いてくる。多感な時期なのは分かっておるが、そんな気色の悪いモノを見せるな。ダダ漏れであるぞ。

(な、なぁ、い、今の美咲さんのアレってどういう意味?)

 年長者たる我に質問してきた。いや、確認、と言った方が正しいか、この場合。思い返してみれば、我にもそういう時分があった。おっと、昔を懐かしむ前に答えてやるか。

(どう、と言われてもな。そのままの意味では?)

 む、(まず)い。この言い方であると誤解を招く(おそれ)が、と直感した。

(できる! 美咲さんと一つになれる!!)

 時、既に遅し。士は彼女の言動を勘違いして捉え、我が制止する(いとま)もなく部屋を飛び出した。私見だが、何て事のない一言であったと思うがね。(じじい)には理解できぬ領域なのか。

(イケル! デキル! ヤレル!)

 完全に煩悩(ぼんのう)に呑み込まれた士は、脇目も振らず美咲の部屋の(ふすま)に手を掛けた。最早(もはや)、我の声では止められぬであろう。というか、あまり止める気が起きぬ。その理由は(じき)、明らかになる。

(イエス、アイ、キャ……ッッ!?)

 士の悪行を(はば)む者が現れたのだ。

「大変です!! 御嬢様っ! 石森様っ!!」

 神城である。主の貞操の危機を察知し、駆け付けて来たのか。血相を変えてまで。ハンサムな顔が焦燥で(ゆが)んでおる。

(神城ぉっ!! 空気読めよテメェッ!!)

 読んだ結果がコレなのである、多分。それはそうと、士はこの状態でも、ある程度の理性は働いておる様だ。語気は荒いが、口には決して出さぬ。悪態を()いておらぬ。

「どうしたの、拳。そんなに慌てて」

 男二人とは対照的に、美咲は落ち着いた面持(おもも)ちで自室から出て来た。士よ、彼女に見習うべき点は多いぞ。そうでない部分も多々あるかも知れんが。

(これは……タダ事じゃなさそうだぞ!!)

 士が至極まともな結論を導いた。普段の理性を取り戻したのだ。

「御大の姿がどこにもありませんっ!!」

 神城の叫びは、正気の士にもちゃんと聞こえた。タダ事どころか一大事ではないか。老人は体調が悪かったのではないのか。

「手分けして探すわよ。家に残ってる人も起こしなさい」

「それは不可能です、御嬢様。ここに残っているのは、どうやら我々だけのようでございます」

「確認したの?」

「はい。夕方には御大も含めて五人おられましたが、今は影も形もございません」

 ほんの数時間で全員失踪した。それも、我々に一切気取(けど)られもせずに。言うまでもなく由々(ゆゆ)しき事態である。

「集落に向かったんですかね?」

「それは分からないけど、多分あっちでも」

「失踪者が現れてる?」

「可能性は高いわ」

「私もそう思います」

 三人は一つの結論に達した。この屋敷に住む五人が一斉に蒸発したのだ。この推論は(あなが)ち間違ってはおらぬ筈。だとするならば、此処(ここ)でじっとしておる訳にはいかぬ。三人は即座に行動した。

「俺、集落の方を視てきます」

「そう。一人で大丈夫ね?」

「はい。もちろん」

 美咲との短い()()りの後、士は自室に帰った。動き易い格好に着替える為である。それが完了すると、集落へまっしぐら。この地域に外灯なんぞ有りはせんが、此奴(こやつ)は夜目が利く。それに、今宵(こよい)は月も出ておる事であるしな。暗い夜道も何のそのだ。

(今更だが、貴様、場所は分かっておろうな?)

「あ、あー、多分こっち」

 我の問い掛けに、士は曖昧な返事をしつつ暗がりに人差し指を向けた。今、此奴(こやつ)が立っておる所は道路。(すなわ)ち、人の手が入っておる場所だ。指差しておるのは、その先。

(分かっておらぬではないか)

「うるせぇ。空から探せばイイだけだろ」

 士はそう言うと、長袖のシャツを脱いだ。長袖なのは、六月とはいえ山中の夜は結構冷え込むであろう、という神城の心遣いだ。

「それに、腰に巻いとけるからな。半袖だとこうはいかない」

 シャツの袖を、(へそ)よりも下の位置で結んで二言(ふたこと)。それと共に、士は翼も生やした。ズリ落ちぬ様に結び目を調整し、それが終わると跳ぶ為に身を(かが)める。

(む?! ちょっと待て!!)

 と、その寸前、視界に何かが映った。ただそれは、士の意識の外にあった様だ。

「っとぉ!? なんだよ!? 出鼻くじいてんじゃねぇぞ!!」

(今、何か見えんかったか?)

「は? あー、そう言われりゃ違和感があったような気が……アレか!」

 目線の先に、何やらガサゴソと動くモノが。今度は士も気付いた。

「ん~、道路を渡ってんなぁ」

 一瞬、道路の先で波が打っておるかの様な錯覚に陥った。士はグッと目を凝らす。

「うっ……!! あれは……っ!!」

 八本の脚をシャカシャカと動かし、山林へと入って往く巨大蜘蛛を視認。情報通り、中々の大きさである。胴体は本当に虎並で、脚も長く気持ち悪い。憶測だが、脚を広げれば乗用車程度はありそうだ。横を向いておる為、顔は不明。

「なんだありゃ!? 気色わりぃ!!」

 更に凝視してみると、それ等が行列を為しておる事が判明した。

(ふむ、あれが土蜘蛛であろうな)

 恐らく、数十は()るな。百に満たぬのが、せめてもの救いか。

「とりあえず後をつけるぞ」

 士は尾行を開始し、森林へ突入する。(つい)でにシャツは着直した。士も土蜘蛛も走る、走る。彼奴等(きゃつら)は八本の脚を巧みに用いて、山道を駆け登る。彼方(あちら)さんは立ち並ぶ樹木をものともせぬ。

「う~ん、見えない……」

 しかし、此方(こちら)はそういう訳にもいかぬ。士も必死で追い(すが)るが、乱立しておる木々が視界と走行の邪魔をする。暗闇は如何(どう)にでもなるが、遮蔽物は無理だ。透視力なぞ有る訳もなし。仕方なく視覚は諦めて、鼻と耳で追跡を継続。結果、距離は広がりも縮まりもせず、一定を保っておる。

「ん? 今なんか踏んだ……?!」

 走っておる途中で、奇妙な感触が足裏を刺激した。腐葉土よりも柔らかく、それでいて生肉の様に弾力がある物。その所為(せい)で危うく転倒しそうになったが、何とか踏み(とど)まった。

「チッ」

 その代償として、先行する奴等を見失ってしまった。足の速さに脱帽である。思考を切り替え、一旦停止。気を取り直して、下を確認する。それを見て、士は眉を(しか)めた。

「ぐっ……!? うぉっ……っ?!」

 先程、『生肉の様だ』と表現したが、ズバリその物であった。其処(そこ)にあったのは、脚を全て切り落とされた土蜘蛛の死体。腐敗臭が士の鼻を突く。

(うじ)も湧いてる。さっきのヤツらじゃないな」

 少なからず時間が経っておる証拠だ。刃物で滅多刺しにされた(あと)もある。均一ではない故、牙で咬み付いたり爪で引っ掻いたりした可能性は低い。何回もやれば別だが。一先(ひとま)ず人為的なもの、つまりヒト型生物の犯行であると推察する。

「でも、普通の人間じゃムリだろ」

(それはまあ、そうだが)

「あとは、悪魔とか?」

(理由がないし、だとしてもやり過ぎだ。悪魔でもコレは流石にない)

「だよなぁ……ん?」

 士が何気(なにげ)なく別方向に視線を動かすと、他にも連中の死体を発見。よくよく観察してみれば、この辺りに(いく)つも散乱しておる。数えると七体あった。捜せばもっと見付かるかも知れん。死に姿も殆ど同じだ。胴と脚を切り離され、刺し傷が無数に付けられておる。

(同士討ち……でもなかろうな。蜘蛛のままでは、あの様な殺害方法は採れん。人間としての意識が残っておったとしてもな)

「仮に人間に戻ったとしても、逃げることもできずに喰い殺されそうだしな」

 他に考えられるのは、此処(ここ)の周囲に隠れ住んでおる亜人や獣人の仕業(しわざ)だという可能性。ただ、その確率はかなり低い。大半の者は、特区に移住済みの筈であるからな。

「そのことは美咲さんたちに報告してからにしよう。今はあいつらを捜さないと……っと、その前に」

 士はそう言うと、土蜘蛛の遺骸を一ヶ所に集め始めた。目印にする為だ。奴等の異様な風体(ふうてい)は、昼であれば目立つであろうとの魂胆である。

「こいつらってホントに鬼の顔してんだな」

 遺体を運びながら士は呟く。ふむ、醜悪というより強面(こわもて)といった風貌だ。決して整ってはおらん。鬼とはこういう(つら)構えなのであるな。

「ふぅ、これで良し」

 最後の亡骸(なきがら)を置き、積み上げる。無論、その間も耳の神経は尖らせておった。逆に、嗅覚は使い物にならんかったが。

(オイ、士)

 成果はあった。

「なんだ? ……なんの音だ、これ?」

 (かす)かだが、確かに聞こえる。風の吹く音でも、葉っぱが(こす)れ合う音でもない。人ならぬモノが発する、断末魔の悲鳴が。

「あっちか!!」

 それが鼓膜を揺らすと同時に、士は反射的に地面を蹴った。未だに続く叫喚(きょうかん)に導かれ、不安定な登り坂を駆け上がって行く。一歩前進する(たび)に、耳に届く絶叫が大きくなる。それに伴い、無惨に打ち捨てられた(しかばね)も数を増しておる。

(だんだん近づいてるな)

 重なり合う葉の隙間から、月明かりが漏れる。それに縁取(ふちど)られ、姿形が少しずつ浮き彫りになってきた。これ等を築いたモノの正体が。

(ヒト、かな?)

 二足歩行の生物ならば、確かにヒトである。例え、両の手に刃物が握られておったとしても。例え、周囲に物言わぬ化生(けしょう)が転がっておったとしても、例え、頭部が鬼の如き様相を(てい)しておったとしても。

(それはヒトじゃなくて、ただの化けモンだろ)

(ああ。というよりも鬼であるな)

 納得した。本物の鬼であれば、沢山(たくさん)の土蜘蛛を一方的に殲滅(せんめつ)する事も不可能ではない。問題は、その理由だが。

「んなモン直接あいつに訊きゃイイんだよっ!!」

 謎の鬼との距離を一気に詰めるべく、士は走るスピードを上げた。何体かの土蜘蛛が襲い掛かって来るが、それを軽くあしらう。

(間近で見ると、結構コエェな)

 肉眼で全体を捉えられる位まで接近。(ようや)く、真実を(あば)く為の鍵に辿り着いた。正体も“一応”は確認できた。後は捕まえて、吐かせるのみ。交戦開始だ。

「…………」

 敵方も、士の存在に気が付いておった様だ。言葉も発さず、得物を構え直す。

(鉈と出刃包丁が一振りずつ、か)

 奇襲は失敗。土蜘蛛は既に片付いておる。一対一。この短期間で、もう三度目か。

(いや、その前に質問だ)

 戦闘態勢は解かず、士は尋ねた。上手くいけば、労せず事件が終わるかも知れんからな。

「これはあんたがやったのか?」

 その問いに、奴は黙って首肯。理性的な相手と見える。ただし、凶器は下ろさぬ。

「ここに来るまでにあった死体も?」

 再度、奴は首を縦に振った。

「原因はあんたか?」

 次はダンマリ。肯定も否定もせぬ。奴も分かっておらぬのか。

「そうか。じゃあ、専門の人に話を聞いてもらうから、大人しく捕まってくれ」

 真摯な態度で士は申し出た。しかし、今度は否定された。

「なら、力ずくで……っ!?」

 士が言い切る前に、奴が何かを落とした。それが炸裂したと思った瞬間、中身が噴き出た。

「おぉぇっ……?! げふぅっ……っ!? な、なんだコレ!?」

 (むせ)る士。煙で視界が覆われた、等という次元ではない。涙と鼻水、咳やクシャミが止まらぬ。

(さ、催涙弾かっ!?)

 御自慢のキュアファクターも役立たずだ。これ等は免疫作用である為、如何(どう)にもならん。

「ゴホッ、ゴホッ、オエェ……ッ!」

 催涙剤の効果は、一分程度で治まった。当然ながら、奴は逃走した後。残ったのは、土蜘蛛の遺骸と士だけとなった。

(油断したな)

「あ、ああ。“あんな格好”してんだから、何か隠してる可能性も考慮しとかねーとな。ミスだ、ミス。次はないようにする」

 士はそう言うと、近くを流れる小川へ足を向けた。顔を洗う為だ。

 その後、ケータイを取り出して美咲に連絡する。此処(ここ)への行き方も含めた概略を伝えると、その場で待機する様に言われた。

「あいつ、受け答えはしてたよな」

 ケータイをポケットに仕舞ってからの第一声。

(うむ。喋りこそせんかったが、知性は人間と同等であろうよ)

「闇討ちとかされねぇだろうな」

(その心算(つもり)なら、詰問に応じたり敵前で逃走したりせんさ)

「そりゃそうか。まぁ顔はバレてないし、心配は要らない、かな?」

 暗かったからな。ただ、闇夜を見通せるモノは珍しくない。肩の力は抜くなよ。そう助言したら、『気を付ける』と一言だけ述べた。そして先程と同じく、土蜘蛛の亡骸(なきがら)を一ヶ所に固めて置いていく。此奴等(こやつら)、死んでも人間の姿には戻らんのだな。そういう生態なのであろうか。

 二十分もすると、美咲が駆け付けた。神城は()らぬ。

「石森君、無事?」

 何だかんだ言いつつ、彼女は士の身を案じてくれておる。

「ええ、なんとか」

「桜にも連絡したから、事後処理は私たちに任せときなさい」

「良いんですか?」

「君の役目はもう終わったわ。桜たちが来たら家まで送ってもらいなさい」

 士は少し考え、答えた。

「はい、分かりました。ただ、まだ土蜘蛛が居るかもしれませんのでここに残りますね」

「良いわ。許可しましょう」

(うわぁ~、スゲェ上から目線)

 それは初めから。そして魅力でもある事は、士も薄々感じてはおる。

「で? 何を見たの?」

 美咲が訊く。これは電話で知らせようと思ったが、彼女が沢渡への伝達を優先した。故に今、士は答える。

「はい。あれは、ナマハゲでした」

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