怨念蟲②
(そういや俺、昼メシ食ってねぇなぁ~)
ボンヤリとその様な事を考えながら一旦屋敷に帰り、士は他の二人と共に得られた情報を整理した。これ等を収集する際、士は殆ど何もやっておらん。そもそも能力的に期待されておらぬ。恐らく、住人が土蜘蛛として覚醒した時に、壁役をやらせる算段であったのであろう。
それは兎も角、判明した事は三つ。一つは行方を晦ませた者達が皆、土蜘蛛である可能性が高いという事。一つは、人間に危害が加えられた様子はないという事。最後の一つは、死体はまだ上がっておらぬという事。
「なんでこの人……土蜘蛛たちは居なくなっちゃったんでしょうね?」
士は美咲に訊くと同時に、夕食に舌鼓を打つ。これは神城が屋敷のキッチンを借りて拵えた物だ。料理をする者が居らん様になってしまったものでな。因みに、此処の主である老人は、体調が優れぬらしく床に就いておる。
「自分が人間じゃないことに気づいて、家族や友人を襲う前に山へ逃げたとか?」
「まぁ、無くはないわね。他人に話せることでもないし」
「あとはなんですかねぇ……単純にナニカから逃亡した?」
「何から?」
「さぁ、そこまでは」
当てずっぽうでモノを言っておるだけであるからな、此奴は。聞く価値は今のところ無い。だが、眼前に座る美女は、何故かそれを真に受けた。
「う~ん、土蜘蛛の本能が何かを感じ取ったのかしらねぇ」
「身に迫る危険、ですか?」
「他に何か考えられる?」
文字通り何もかもをほっぽり出して消え失せたのであるから、自身の危機以外に理由はなさそうである。ならば、土蜘蛛たる彼等を形振り構わず逃走に追いやる原因とは、一体何であろうか。自覚がないとはいえ、緊急事態に陥れば否が応でも本性が現れる筈だ。ふむ、待てよ、或いはそれすら出来ぬ程に血が薄まっておるとも示唆される。
(そこまで行ったら“本能”とやらも働かないんじゃないか?)
士の言う事にも一理ある。しかし、謎は深まるばかりで、解決の糸口さえ見付からん。如何したものか、と悩んでおる内に食事は終了。あれよあれよという間に、神城に風呂場へと誘われた。
(神城さんがここの風呂は広いって言ってたな)
ワクワクを抑え切れず、いそいそと浴場へ向かう士。人様の浴室を主人に何の断りもなく借りるのは、少々どころではない位に気が引ける。だが、その辺の事は二人が手際良く事前に交渉してくれておった。一泊させて貰う旨も込みでな。よって、我等が気兼ねする必要はない。存分に寛がせて頂こうではないか。余談ながら、宿泊の準備は例の如く神城がしてくれておった。こうなる事を予測しておったのか、はたまたそれが前提であったのか。
(はて、そういえば美咲は何処へ行った?)
脱衣所に到着した士が上機嫌で服を籠に投げ捨てておると、我の中でふとその様な疑問が過った。
(さぁ? 食後の酒でも嗜んでじゃないか?)
それよりも、早く温かいお湯にドップリ浸かろうと、士は勇ましく浴室の扉を横に開けた。
「あ~、ホントに広い、な……っっ!?」
その瞬間、士の視線と思考が停止した。中に踏み入れる事すら能わぬ。何故ならば、其処には大きな浴槽の縁に体を預ける全裸の美咲が居ったからである。
「ふぅ~、回れ右」
士に気が付いた彼女は、溜息を一つ吐く。そして人差し指を此方に向け、動揺する様子も見せず冷静にそう言った。
「す、すみませんでしたぁっ!!」
それを聞く前に、士は瞬時に体を捻り、脱兎の如く駆け出した。謝罪の言葉だけを、その場に置き去りにして。
「な、なんで美咲さんが居るんだよっ?!」
与えられた部屋に戻り、士は自問した。あの時点で、此奴に入浴を勧めたのは神城である。彼がタイミングを誤ったのであろうか。いやいや、美咲が入っておる事は分かっておった筈。まさか態と等という事はあるまい。
(とりあえず頭冷やそう……)
(その前に服を着ろ)
素っ裸にタオルのみを持ったまま部屋を出ようとした士。先程の光景が、余程ショックが強かったと見受けられる。
(あ、忘れてた)
億劫だ、と士は思った。服は脱衣所にあるが、今更どの面下げて戻れるというのか。なので、新しい服を着ようと士はスーツケースの中を漁る。すると、パンツとズボンを穿いた辺りで、襖がスライド。風呂上がりの美咲が、和風の屋敷には不似合いなバスローブ姿で登場した。
「お風呂あいたわよ」
「あ、はい……」
彼女はそれ以上何も言ってこず、隣の部屋へ入って行った。
(……なんか、不気味)
士はこれが嵐の前の静けさでない事を祈った。大人の女性特有の余裕であってくれ、と願った。
(まあ、風呂に入れ。考えるのはそれからだ)
(そうするか)
我の言を聞き入れ、士は改めて風呂場へ。ゆっくりと入浴し、二つの意味で良いお湯を堪能した。
(あとはフカフカの布団で寝るだけだな)
(貴様、本来の目的を忘れておるのでは無かろうな?)
サッパリと気分を一新した士は、用意された寝間着に着替えた。其処までは良い。自室に戻り、襖を開けるや否や現実を思い出させられた。
「石森君、そこに正座しなさい」
何時の間にか寝間着姿になった美咲が、畳の上を指差しておるのだ。直視したくない現況だ。素直に見惚れたいが、それは許されぬ状況でもある。
「はい」
だが、覚悟を決めて受け入れるしか選択肢はない。士は静々と正座した。
「ねぇ、なんであんな事したの?」
これは一人の女性として、及び警察官としての詰問であろう。居心地が物凄く悪い。正味な話、美咲がこの様な行動を採るとは想像しておらんかった。何と言うかこう、其方に関しては寛容なものだと。偏見だが。
「え、っと、その……か、神城さんにい、言われまして」
「ふ~ん、あのタイミングで入れって?」
美咲が浮かべた表情は、無。故に、心情は読み取れぬ。
「は、はい」
沈黙が二人を包む。頼むから何か喋ってくれ、と心の底から望む士。罵声でも良いから、とも考えてしまう。断っておくが、士にも我にも、そういう癖がある訳ではない。
「ま、イイわ。そういう年頃だしね」
美咲のその一言で、部屋に充満しておる剣呑な空気が柔らかくなった。難は逃れたか。いやぁ~、この数十秒間が永遠の様に感じたわい。
「でも、もし君がホンキでそういうつもりなら、こっちも考えがあるからね」
ところが、気が緩んだのも束の間。彼女の言葉には続きがあった。柔軟になっただけではなく、風向きも変わった様子。
「か、考えって……?」
「ちゃんと責任は取ってもらうから」
「え!? それってどういう……?」
「今日は遅いからもう寝なさい」
士には何も言わせず、美咲は隣の部屋に移った。残したのは意味深長な言葉のみ。何であろうか、彼女の思わせぶりな態度は。
(せ、セキニン……)
それをまともに受け取った士の脳内で、男子高校生ならではの妄想が次から次へと湧いてくる。多感な時期なのは分かっておるが、そんな気色の悪いモノを見せるな。ダダ漏れであるぞ。
(な、なぁ、い、今の美咲さんのアレってどういう意味?)
年長者たる我に質問してきた。いや、確認、と言った方が正しいか、この場合。思い返してみれば、我にもそういう時分があった。おっと、昔を懐かしむ前に答えてやるか。
(どう、と言われてもな。そのままの意味では?)
む、拙い。この言い方であると誤解を招く虞が、と直感した。
(できる! 美咲さんと一つになれる!!)
時、既に遅し。士は彼女の言動を勘違いして捉え、我が制止する暇もなく部屋を飛び出した。私見だが、何て事のない一言であったと思うがね。爺には理解できぬ領域なのか。
(イケル! デキル! ヤレル!)
完全に煩悩に呑み込まれた士は、脇目も振らず美咲の部屋の襖に手を掛けた。最早、我の声では止められぬであろう。というか、あまり止める気が起きぬ。その理由は直、明らかになる。
(イエス、アイ、キャ……ッッ!?)
士の悪行を阻む者が現れたのだ。
「大変です!! 御嬢様っ! 石森様っ!!」
神城である。主の貞操の危機を察知し、駆け付けて来たのか。血相を変えてまで。ハンサムな顔が焦燥で歪んでおる。
(神城ぉっ!! 空気読めよテメェッ!!)
読んだ結果がコレなのである、多分。それはそうと、士はこの状態でも、ある程度の理性は働いておる様だ。語気は荒いが、口には決して出さぬ。悪態を吐いておらぬ。
「どうしたの、拳。そんなに慌てて」
男二人とは対照的に、美咲は落ち着いた面持ちで自室から出て来た。士よ、彼女に見習うべき点は多いぞ。そうでない部分も多々あるかも知れんが。
(これは……タダ事じゃなさそうだぞ!!)
士が至極まともな結論を導いた。普段の理性を取り戻したのだ。
「御大の姿がどこにもありませんっ!!」
神城の叫びは、正気の士にもちゃんと聞こえた。タダ事どころか一大事ではないか。老人は体調が悪かったのではないのか。
「手分けして探すわよ。家に残ってる人も起こしなさい」
「それは不可能です、御嬢様。ここに残っているのは、どうやら我々だけのようでございます」
「確認したの?」
「はい。夕方には御大も含めて五人おられましたが、今は影も形もございません」
ほんの数時間で全員失踪した。それも、我々に一切気取られもせずに。言うまでもなく由々(ゆゆ)しき事態である。
「集落に向かったんですかね?」
「それは分からないけど、多分あっちでも」
「失踪者が現れてる?」
「可能性は高いわ」
「私もそう思います」
三人は一つの結論に達した。この屋敷に住む五人が一斉に蒸発したのだ。この推論は強ち間違ってはおらぬ筈。だとするならば、此処でじっとしておる訳にはいかぬ。三人は即座に行動した。
「俺、集落の方を視てきます」
「そう。一人で大丈夫ね?」
「はい。もちろん」
美咲との短い遣り取りの後、士は自室に帰った。動き易い格好に着替える為である。それが完了すると、集落へまっしぐら。この地域に外灯なんぞ有りはせんが、此奴は夜目が利く。それに、今宵は月も出ておる事であるしな。暗い夜道も何のそのだ。
(今更だが、貴様、場所は分かっておろうな?)
「あ、あー、多分こっち」
我の問い掛けに、士は曖昧な返事をしつつ暗がりに人差し指を向けた。今、此奴が立っておる所は道路。即ち、人の手が入っておる場所だ。指差しておるのは、その先。
(分かっておらぬではないか)
「うるせぇ。空から探せばイイだけだろ」
士はそう言うと、長袖のシャツを脱いだ。長袖なのは、六月とはいえ山中の夜は結構冷え込むであろう、という神城の心遣いだ。
「それに、腰に巻いとけるからな。半袖だとこうはいかない」
シャツの袖を、臍よりも下の位置で結んで二言。それと共に、士は翼も生やした。ズリ落ちぬ様に結び目を調整し、それが終わると跳ぶ為に身を屈める。
(む?! ちょっと待て!!)
と、その寸前、視界に何かが映った。ただそれは、士の意識の外にあった様だ。
「っとぉ!? なんだよ!? 出鼻くじいてんじゃねぇぞ!!」
(今、何か見えんかったか?)
「は? あー、そう言われりゃ違和感があったような気が……アレか!」
目線の先に、何やらガサゴソと動くモノが。今度は士も気付いた。
「ん~、道路を渡ってんなぁ」
一瞬、道路の先で波が打っておるかの様な錯覚に陥った。士はグッと目を凝らす。
「うっ……!! あれは……っ!!」
八本の脚をシャカシャカと動かし、山林へと入って往く巨大蜘蛛を視認。情報通り、中々の大きさである。胴体は本当に虎並で、脚も長く気持ち悪い。憶測だが、脚を広げれば乗用車程度はありそうだ。横を向いておる為、顔は不明。
「なんだありゃ!? 気色わりぃ!!」
更に凝視してみると、それ等が行列を為しておる事が判明した。
(ふむ、あれが土蜘蛛であろうな)
恐らく、数十は居るな。百に満たぬのが、せめてもの救いか。
「とりあえず後をつけるぞ」
士は尾行を開始し、森林へ突入する。序でにシャツは着直した。士も土蜘蛛も走る、走る。彼奴等は八本の脚を巧みに用いて、山道を駆け登る。彼方さんは立ち並ぶ樹木をものともせぬ。
「う~ん、見えない……」
しかし、此方はそういう訳にもいかぬ。士も必死で追い縋るが、乱立しておる木々が視界と走行の邪魔をする。暗闇は如何にでもなるが、遮蔽物は無理だ。透視力なぞ有る訳もなし。仕方なく視覚は諦めて、鼻と耳で追跡を継続。結果、距離は広がりも縮まりもせず、一定を保っておる。
「ん? 今なんか踏んだ……?!」
走っておる途中で、奇妙な感触が足裏を刺激した。腐葉土よりも柔らかく、それでいて生肉の様に弾力がある物。その所為で危うく転倒しそうになったが、何とか踏み止まった。
「チッ」
その代償として、先行する奴等を見失ってしまった。足の速さに脱帽である。思考を切り替え、一旦停止。気を取り直して、下を確認する。それを見て、士は眉を顰めた。
「ぐっ……!? うぉっ……っ?!」
先程、『生肉の様だ』と表現したが、ズバリその物であった。其処にあったのは、脚を全て切り落とされた土蜘蛛の死体。腐敗臭が士の鼻を突く。
「蛆も湧いてる。さっきのヤツらじゃないな」
少なからず時間が経っておる証拠だ。刃物で滅多刺しにされた痕もある。均一ではない故、牙で咬み付いたり爪で引っ掻いたりした可能性は低い。何回もやれば別だが。一先ず人為的なもの、つまりヒト型生物の犯行であると推察する。
「でも、普通の人間じゃムリだろ」
(それはまあ、そうだが)
「あとは、悪魔とか?」
(理由がないし、だとしてもやり過ぎだ。悪魔でもコレは流石にない)
「だよなぁ……ん?」
士が何気なく別方向に視線を動かすと、他にも連中の死体を発見。よくよく観察してみれば、この辺りに幾つも散乱しておる。数えると七体あった。捜せばもっと見付かるかも知れん。死に姿も殆ど同じだ。胴と脚を切り離され、刺し傷が無数に付けられておる。
(同士討ち……でもなかろうな。蜘蛛のままでは、あの様な殺害方法は採れん。人間としての意識が残っておったとしてもな)
「仮に人間に戻ったとしても、逃げることもできずに喰い殺されそうだしな」
他に考えられるのは、此処の周囲に隠れ住んでおる亜人や獣人の仕業だという可能性。ただ、その確率はかなり低い。大半の者は、特区に移住済みの筈であるからな。
「そのことは美咲さんたちに報告してからにしよう。今はあいつらを捜さないと……っと、その前に」
士はそう言うと、土蜘蛛の遺骸を一ヶ所に集め始めた。目印にする為だ。奴等の異様な風体は、昼であれば目立つであろうとの魂胆である。
「こいつらってホントに鬼の顔してんだな」
遺体を運びながら士は呟く。ふむ、醜悪というより強面といった風貌だ。決して整ってはおらん。鬼とはこういう面構えなのであるな。
「ふぅ、これで良し」
最後の亡骸を置き、積み上げる。無論、その間も耳の神経は尖らせておった。逆に、嗅覚は使い物にならんかったが。
(オイ、士)
成果はあった。
「なんだ? ……なんの音だ、これ?」
微かだが、確かに聞こえる。風の吹く音でも、葉っぱが擦れ合う音でもない。人ならぬモノが発する、断末魔の悲鳴が。
「あっちか!!」
それが鼓膜を揺らすと同時に、士は反射的に地面を蹴った。未だに続く叫喚に導かれ、不安定な登り坂を駆け上がって行く。一歩前進する度に、耳に届く絶叫が大きくなる。それに伴い、無惨に打ち捨てられた屍も数を増しておる。
(だんだん近づいてるな)
重なり合う葉の隙間から、月明かりが漏れる。それに縁取られ、姿形が少しずつ浮き彫りになってきた。これ等を築いたモノの正体が。
(ヒト、かな?)
二足歩行の生物ならば、確かにヒトである。例え、両の手に刃物が握られておったとしても。例え、周囲に物言わぬ化生が転がっておったとしても、例え、頭部が鬼の如き様相を呈しておったとしても。
(それはヒトじゃなくて、ただの化けモンだろ)
(ああ。というよりも鬼であるな)
納得した。本物の鬼であれば、沢山の土蜘蛛を一方的に殲滅する事も不可能ではない。問題は、その理由だが。
「んなモン直接あいつに訊きゃイイんだよっ!!」
謎の鬼との距離を一気に詰めるべく、士は走るスピードを上げた。何体かの土蜘蛛が襲い掛かって来るが、それを軽くあしらう。
(間近で見ると、結構コエェな)
肉眼で全体を捉えられる位まで接近。漸く、真実を暴く為の鍵に辿り着いた。正体も“一応”は確認できた。後は捕まえて、吐かせるのみ。交戦開始だ。
「…………」
敵方も、士の存在に気が付いておった様だ。言葉も発さず、得物を構え直す。
(鉈と出刃包丁が一振りずつ、か)
奇襲は失敗。土蜘蛛は既に片付いておる。一対一。この短期間で、もう三度目か。
(いや、その前に質問だ)
戦闘態勢は解かず、士は尋ねた。上手くいけば、労せず事件が終わるかも知れんからな。
「これはあんたがやったのか?」
その問いに、奴は黙って首肯。理性的な相手と見える。ただし、凶器は下ろさぬ。
「ここに来るまでにあった死体も?」
再度、奴は首を縦に振った。
「原因はあんたか?」
次はダンマリ。肯定も否定もせぬ。奴も分かっておらぬのか。
「そうか。じゃあ、専門の人に話を聞いてもらうから、大人しく捕まってくれ」
真摯な態度で士は申し出た。しかし、今度は否定された。
「なら、力ずくで……っ!?」
士が言い切る前に、奴が何かを落とした。それが炸裂したと思った瞬間、中身が噴き出た。
「おぉぇっ……?! げふぅっ……っ!? な、なんだコレ!?」
咽る士。煙で視界が覆われた、等という次元ではない。涙と鼻水、咳やクシャミが止まらぬ。
(さ、催涙弾かっ!?)
御自慢のキュアファクターも役立たずだ。これ等は免疫作用である為、如何にもならん。
「ゴホッ、ゴホッ、オエェ……ッ!」
催涙剤の効果は、一分程度で治まった。当然ながら、奴は逃走した後。残ったのは、土蜘蛛の遺骸と士だけとなった。
(油断したな)
「あ、ああ。“あんな格好”してんだから、何か隠してる可能性も考慮しとかねーとな。ミスだ、ミス。次はないようにする」
士はそう言うと、近くを流れる小川へ足を向けた。顔を洗う為だ。
その後、ケータイを取り出して美咲に連絡する。此処への行き方も含めた概略を伝えると、その場で待機する様に言われた。
「あいつ、受け答えはしてたよな」
ケータイをポケットに仕舞ってからの第一声。
(うむ。喋りこそせんかったが、知性は人間と同等であろうよ)
「闇討ちとかされねぇだろうな」
(その心算なら、詰問に応じたり敵前で逃走したりせんさ)
「そりゃそうか。まぁ顔はバレてないし、心配は要らない、かな?」
暗かったからな。ただ、闇夜を見通せるモノは珍しくない。肩の力は抜くなよ。そう助言したら、『気を付ける』と一言だけ述べた。そして先程と同じく、土蜘蛛の亡骸を一ヶ所に固めて置いていく。此奴等、死んでも人間の姿には戻らんのだな。そういう生態なのであろうか。
二十分もすると、美咲が駆け付けた。神城は居らぬ。
「石森君、無事?」
何だかんだ言いつつ、彼女は士の身を案じてくれておる。
「ええ、なんとか」
「桜にも連絡したから、事後処理は私たちに任せときなさい」
「良いんですか?」
「君の役目はもう終わったわ。桜たちが来たら家まで送ってもらいなさい」
士は少し考え、答えた。
「はい、分かりました。ただ、まだ土蜘蛛が居るかもしれませんのでここに残りますね」
「良いわ。許可しましょう」
(うわぁ~、スゲェ上から目線)
それは初めから。そして魅力でもある事は、士も薄々感じてはおる。
「で? 何を見たの?」
美咲が訊く。これは電話で知らせようと思ったが、彼女が沢渡への伝達を優先した。故に今、士は答える。
「はい。あれは、ナマハゲでした」




