鍛える予感④
一晩明け、本日は休みである。ただ日曜日ではない為、時計の短針が八と九の間を指す頃になっても士は起床せぬ。我も叩き起こさぬ。目覚まし時計もセットせぬ。故に、体内時計に任せてベッドから這い出る。その時、何処からともなく音が聞こえた。
「……い! ……く……ろ!」
「ま……よ! し、あい……!」
「しず……ろ。……が……る」
寝惚けた脳でその音を処理すると、それは複数人の間で交わされる話し声である事が判明。初めは、テレビを点けっ放しで寝てしまったかとの考えに至るも、それを即座に頭の中から弾き出す。同時に、眠気が完全に吹き飛んだ。
(泥棒か?!)
睡魔を振り払い、瞬時に覚醒して跳ね起きる士。こんな時間に何故、とも思わんでもないが、部屋の中に誰かが居るのは事実。即刻、お尻ペンペンして叩き出してくれよう。そう腹を括り、寝室の扉を開けてリビングに踏み込んだ。
「ん!? んんっ?!」
一瞬、士の思考が停止した。隣に住んでおる筈の悪魔三人組が、まるで自分の家の様に寛いでおったのだ。他者の家宅への侵入に対する罪悪感や違和感等は、殆ど見受けられん。
「おう、おはよう」
クリントは足を組んで新聞紙を読み込んでおる。その姿は、休日のお父さんを彷彿とさせる。
「あれ? いま起きたの?」
バッキーは大人しく朝餉を待っておる。宛ら子供である。
「朝はパン? それとも日本人らしくゴハン派か?」
スコットはキッチンに立って調理をしておる。此方は唯のお母さんだな。
「ご、ご飯だ……」
「了解。口をゆすいだら席に着いて待っていろ」
予想外が過ぎる光景に面喰いはしたものの、士はカサカサに乾いた声で返事をした。そして直様理性を取り戻し、戸締りを確認しに走る。
(オカシイ……こいつら、どうやって入ったんだ?)
全て点検し終え、リビングに舞い戻った士は首を傾げた。玄関も窓も、鍵は二重三重に設けた。施錠は完璧。チェーンも掛かっておる。どれも壊された形跡はない。
「ツカサ」
暫し考えに耽る士に、キッチンからスコットが声を投げ掛けた。
「――!? な、なんだ……?!」
「ちゃんとブクブクうがいとガラガラうがい、両方ともするんだぞ」
「あ、ああ、分かった……」
士は思考が追い付かぬまま、彼の言う事に唯々諾々(いいだくだく)と従う。一応は顔見知りである為、警戒心が少し薄れたからだ。色々と考えを浮かびさせつつも、洗面台に足を向ける。先程言われた嗽を五回ずつやり終えると、三度リビングに入室。すると既に、机の上には料理が並べられておった。
「何してんだ、早く座れ」
クリントが新聞を畳みながらそう告げた。
「あ、お、おお……」
席に着き、改めて卓上を見ると、実に素晴らしい朝食風景が広がっておった。米粒が立ったホカホカの白い御飯と、こんがりと焦げ目が付いたキツネ色のトースト。カリカリに焼かれた厚切りベーコンとトロトロの半熟スクランブルエッグに、ホクホクのハッシュドポテト。ボウルに盛り付けられた色鮮やかなサラダ。そして熱々のミネストローネ。
「これ全部、スコットが作ったのか?」
「ああ。ただ今日は起きるのが遅かったから、本調子ではないがな。あと冷蔵庫の物を少し使わせてもらったぞ」
「あ、ああ、そりゃ別に構わねぇけど、ロクなモン入ってなかったろ?」
「フッ、まさに“男の独り暮らし”という言葉を体現したかのような内容物だったな」
中はスカスカな上、野菜関連がほぼ零であったと言いたいのである。鼻で嗤いながらな。
「ホラホラ、お喋りは後でも出来るでしょ! 早く食べようよぉ~」
痺れを切らしたバッキーが駄々(だだ)っ子の様に叫ぶ。此奴は本当に士やスコット達と同い年なのか。
「スコットも早く座れよ」
「分かっている。バッキー、牛乳を持って行ってくれ」
「は~い」
彼の言う事を素直に聞いて、バッキーはキッチンまで並々と牛乳が注がれたコップ四つを取りに行き、お盆に乗せて持って来た。彼と共に、スコットも実は着けておったエプロンを外して椅子に座った。
「「「「いただきます」」」」
揃った四人は手を合わせて一斉にそう言い、食事を開始した。
(こいつらも『いただきます』って言うんだな)
ミネストローネの器に手を伸ばし、口に運ぶ傍らで士は思った。言うのだよ。我々の食べ物に対する考え方は、人間と似たり寄ったりであるからな。
「あ、美味い」
それは、彼の料理を実際に舌で味わってみて思った、率直な感想であった。
「有り合わせの物で作ったヤツだが、そう言ってもらえるのなら良かった」
普段は滅多に見られぬという、スコットのはにかんだ様な笑顔が其処にはあった。
「ま、今どきの男子は料理ぐれぇ出来ねーとな」
クリントよ、そんな“現代の男子代表”みたいな顔をするな。リアクションに困るぞ。
「へぇ~、お前もこういうの作れんの?」
「ムリムリ。コイツにそんなこと出来るワケないじゃん」
トーストを齧りつつ嘯くクリント。それに対してバッキーが、フォーク片手に即行で否定的な合いの手を入れた。




