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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    始まる君②

 意を決し、若干恥ずかしそうに叫ぶ士。だが、これで我の力が使える様になる。

「ぐっ……っ! グウッ……!」

 士は苦痛に呻く。肉体の構造が急激に変異しておるのだ。彼奴(きゃつ)()ちのめす力を手に入れる為に、な。

 ガアアアァァァァァッ!! 

 と、一吼えした後、内側から着ておる制服や靴を突き破りながら、士の体の変化は完了した。其処(そこ)に立っておったのは、先程の人間とは全く異なる風貌であった。

【はぁ……はぁ……っ! こ、これは……!?】

 光の加減で鏡と化した商店の硝子窓に、ソレは映っておった。

 二mを少し超える程度の体躯。全身の筋肉は太く逞しく発達し、皮膚は黒く硬質的に変質しておる。それに伴い、体重が大幅に増加した。また、頭には雄牛の様な角が天を()く様にして突き出し、両手足の指先の爪と口腔内の牙は肉食獣の如く鋭利である。背中には(ふくろう)の翼が、臀部にはまるで槍の様な先端を持つ太い尻尾が生えておる。ただ、瞳だけは黒いままだ。

 ナリは小さいが、その姿はまるで(かつ)ての我を彷彿とさせる。(まさ)に、悪魔の如き風貌であった。

【お、オイ?! なんだこれは!? どうなってんだ?!】

『――! な、なんだ!? 貴様! 人間ではなく悪魔であったのか?!』

 士は当然として、マンティコア迄もが目を見張っておる。思わず、士を食らう為に大きく開けておった口を閉じる位に。

(それは貴様が我と融合した事で得た力だ。存分に振るうが良い。そしてこの不埒な輩をブチのめせ!)

【そうか、そういう事か。じゃあ、遠慮無く使わせて貰うぞ!】

(その力は既に貴様自身のモノだ! これからこういう事があるかもしれん! 今の内に慣れておけ!)

 だが、此奴(こやつ)はまだ若い。力に溺れる可能性は充分ある。行き過ぎた行動を取ろうとした時は、我が(ぎょ)してやらねば。ただ、その基準が必ずしも人間と同じとは限らんがな。

【フンッ!】

 士は拳を握り締め、それをマンティコアの下顎に目掛けて下から突き上げる。武術や格闘技の心得が無い素人が放ったとはいえ、悪魔化した士の筋力は、最早(もはや)超人や人外の域に達しておる。その威力たるや計り知れん。(むし)ろ奴こそが怪物だと言っても良い位だ。

『ブゴァッ……! クッ……ッ!! 己ぇ……っ!!』

(よし! 効いておるぞ!)

 士のアッパーカットはかなりのダメージを奴に与えておる。その証拠に、奴の巨体が浮き上がった。その上、着地した今も、脚がややフラ付いておる。

 しかし、顎が砕けるかもと思ったが、そう上手くは行かんか。手加減、いや小手調べといったところか。これ位の奴が相手ならば、朝飯前という事だな。だが、足元を(すく)われるなよ。

『グ……! き、貴様が何者であろうと、儂の餌である事には変わり無いわ!』

 そう言うや否や、奴は三度(みたび)、士に向けて尾を突き刺す。先の攻撃が二度も通用せんかったのに、学習能力の無い奴だ。何故この様な奴等が、高い知能を持つとか言われておるのだ? それとも士の事を侮っておるのか? 

『ウガァァーッ! クソッ! ちょこまかと……!』

 いや、如何(どう)やら冷静さを欠いておる様だ。息子の仇を前にしておれば、如何(いか)に知能は高くとも、いや高いからこそ、というべきか。

【ハハハッ! そんな大振りな攻撃当たる訳ねーだろ! オラオラ! どーした?】

 ん? というか士が挑発しておるな。この様な奴では無かったと思うのだが、悪魔化で性格まで変わってしまったのか?

【フンッ! ウラアァッ!】

 若しかして、我と融合した所為(せい)で我の性格が影響しておるのか? いや、我はこの様な凶暴で野蛮な性格ではない。断じて違う。もしや、遺伝子が書き換わった時、精神面にも何らかの変化があったのか。士の父や祖父は、“異常なし”との判断を下したが。

『グガアアァァァ!?』

 おお! 何時(いつ)の間にか、士がマンティコアの後ろに回り込み、ブチブチッと尾を引き千切っておるぞ!

『グウゥッ……! 己ぇ……! よくも儂の尾を……!』

 体の一部であり、武器でもある尾を失った奴は、苦痛と屈辱で顔を歪める。奴等は知能だけで無くプライドもかなり高いからな。餌だと思っておる奴に傷付けられるのは、相当堪(こた)えるであろうな。

【ハハハハッ! オラッ! オラッ!】

『グブッ……! き、貴様……! 儂の尾で……!』

 引き千切った奴の尾で、奴自身の体を突き刺して行く士。マンティコアのプライドはもう、ズタズタに引き裂かれておろう。

【ウラアァッ!】

 士は奴自身の尾で奴の目を貫いた。

『ギャアアアァァァァ!?』

 マンティコアの体は強靭だが、再生力自体は脅威足り得ない。これで奴は片眼を永遠に失った。

『グッ……ヴッ……!』

 形勢が不利だと判断したらしいマンティコアは、翼を広げ、空に逃げようとした。

(イカン! 飛んで逃げる気だぞ!)

【逃がすかっ!】

 空へと飛び去ったマンティコアを追うべく、士も翼を広げ、奴の後を追う。

【クハハハッ、追い付いたぞ! スピードは大した事無いな!】

 手負いの状態での飛行は奴にとっても相当な負担らしく、すぐに士に追い付かれてしまった。

『グッ……! は、離せ……! 離さんか……!』

 奴を地面に叩き落とすべく、飛行中のマンティコアにしがみ付いた士。その両手には左右の翼が一枚ずつ握られておる。士は両腕を引いて奴の翼を裂き、千切り、()ぎ取った。ブチブチと、動物の筋繊維が引き千切れる音がする。 

『グアアアアァァァァァッ!?』

 両翼を失ったマンティコア。当然、空中に留まる事もできる訳もない。彼奴(きゃつ)はアスファルトの地面に墜ち、叩き付けられた。

『グフッ……ガハッ……!』

 翼と尻尾を()ぎ取られ、挙句の果てにはそれで刺し貫かれるという屈辱を味わわされたマンティコア。息子の仇が眼前に()るというのに、体は思う様に動いてはくれぬ。マンティコアは苦痛と屈辱により、声も出せずにただ呻き、墜ちた所から動けぬ。其処(そこ)()ったのは、最早(もはや)凶暴な怪物でも、子の無念を晴らそうとする親でもない、不様な負け犬であった。少々言い過ぎか。

【トドメを刺してやる】

 士の猛撃による肉体的・精神的なダメージが、未だに抜け切らんマンティコア。彼奴(きゃつ)はその場から動かぬ、いや、動けぬ。その脳天に目掛けて、士は落下速度と体重、そして全身の筋力を総動員して渾身の踵落としを決めた。

『グアアァァ……ッ!?』

 小気味良い音と共に、奴の頭蓋が割れた。士の脚が奴の脳漿(のうしょう)を貫き、破壊する。

【フンッ……!!】

 マンティコアの頭部から、勢い良く脚を引き抜く。其処(そこ)には、脳味噌(のうみそ)が纏わりついておった。

【うえぇ、汚い……】

 士は嫌そうな顔をしながら、脚を数回払った。こびり付いたゴミを、弾き落としておるのだ。

【なぁ? もうこいつ死んだよな?】

(ああ、流石に頭を潰されて生きていられる程、強靭ではない)

 これにて、ある意味士の運命を決定づけたマンティコアの命は完全に絶たれた。それにしても今回は運が良かった。なにせ、相手は冷静では無かった為、知略も魔術も使って来んかったからな。

「ふぅ~」

 マンティコアが死んだ事に、士は安堵。溜息が出る。張り詰めておった気が切れ、それと同時に悪魔化も解けた。

「あ、服、どうしよ……」

(その辺の奴から剥ぎ取ってはどうだ?)

「それはちょっと……。あ! あそこの店から失敬しよう。みんな気絶してるから今がチャンス」

 そう言いながら士は、近くの衣服店の商品を勝手に失敬して行く。犯罪ではないか。

「道端に裸で居ても捕まるんだよ!」

 この状況で其処(そこ)まで仕事熱心な者は……中には()るかも知れんな。仕方がない。今回は大目に見てやろう。

「――!! そ、そうだ! 光は!?」

 着替えが終わり、連れの女子の事を思い出したらしい士は、先刻まで()った店まで駆けて行く。

「光! 大丈夫か?! おい?!」

 光は店内で気絶しておった。恐らくマンティコアの咆哮によるものであろう。士は気絶しておる美輝に急いで駆け寄り、容態を確かめる。

「……ん……士、クン? ……あれ? さっきの化け物は……?」

「大丈夫。もういない。それよりケガはないか?」

「え、うん、大丈夫。士クンの方こそ大丈夫なの?」

「おう、俺は頑丈なだけが取り柄だからな」

 全く以てその通りであるな。

 と、その時、ブロロロロという重厚なエンジン音が幾つも聞こえてきた。

「ん? 車?」

 装甲車らしき車両から、白い防護スーツに身を包んだ何十人もの人間が出て来た。その中の一人がこう言い放った。

「皆さん! 我々は国の者です! 皆さんはウィルスに感染した可能性があるので、こちらでワクチン接種を行って頂きます!」

(ウィルス?)

(マンティコアは毒だけで無く、病原体を撒き散らす事もある。それへの対策であろう)

 士はその説明で得心がいった。

(で、こいつらは?)

(ふむ、恐らくであるが、こういう事態に対処する為の組織、其処(そこ)の構成員達であろうな)

(黒服の男みたいなモンか?)

(まあ、似たようなモノだ。此方(こちら)は宇宙人相手ではないがな)

「ね、ねぇ、士クン? この人たち……」

 士と生産性の無い会話をしておると、黙りこくっておる様に見える此奴(こやつ)に光が話し掛けてきた。

「あ、ああ、この人たちの言うことに従おう。病気になりたくないだろう?」

「う、うん、そうだけど……」

(まあ、いきなりこの様な連中が現れれば、疑うのも無理はないな)

(だからってワクチン打たねーと病気になるかもしれねーんだろ?)

(貴様以外の者は大概な)

 だがまあ、今回は皆気絶しておるか、思考がまともではないから、大したパニックもなく処理できるであろうよ。

(秘密裏に、か?)

(ああ。貴様もこの様な輩が現実に存在するなぞ、我と出会うまでは思いもせんかったであろう?)

(まぁ、確かに……)

 我等が話しておる間にも、防護スーツの人間達は未だに目を覚まさぬ者や、正気を取り戻さぬ者達にワクチンを打っておる。と、その内の一人が我等に近付いて来た。

「さぁ、君達もワクチンを……!!」

 ん? 何か動揺しておる様だ。二人は……気付いておらんな。まあ大方、気絶も錯乱もしておらんかった事に驚いておるのであろう。マンティコアの咆哮に耐えられる人間なんぞ、それこそ指で数えられる位であろうからな。

「はい。ほら光……」

「う、うん」

「で、では腕を出して下さい」

 そう言うて防護スーツの男は、ピストル型の注射器で光にワクチンを投与する。

「……はい。ありがとうございました。次、あなたも」

「はい」

 病気にならんとはいえ、此処(ここ)でワクチンを打つ事を拒否すれば面倒になる事は流石に分かるか。

「……はい。ありがとうございました。もし何かありましたら、すぐに病院に駆け込んで下さい。ではお気を付けてお帰り下さい」

(あれ? もう終わりか? なんか、こう……記憶を消したりとかしないのか?)

(まあ、そう思うのは当然だ)

 だが、考えてみよ。この様な事を誰かに話したり、ネットやら何やらに書き込んだりしても誰も信じぬ。大多数の人間が“居ない”と認識しておるのだからな。鼻で笑われるか、叩かれて無視されてその内消えるのがオチよ。

(ふ~ん、そんなモンか……)

 そんな物だ。士は我の言葉に納得してくれた。加えて言えば、警察や報道機関も押さえておる筈。情報統制はお手のものであろう。

(さて、最早(もはや)この様な所に用はなかろう? さっさと帰ろう)

(ああ、でもその前に彼女を送って行かねーと)

(ふむ。まあ、仕方がないか。意外と紳士だな?)

 もしかして下心でも? と思わなくも無かったが、此奴(こやつ)にその様な度胸なんぞ有る訳ないか。

「光。家まで送って行こうか?」

「え?! ……う、うん。じゃあ、お願いするね」

 あの様な事が有った後では、例え士の様な男でも傍に()れば多少は安心か? それとも、やはり満更でもないのか? 

 まあ、その様な事はさて置いて、我々は光を家まで送り届けた。道中、特に何事も無かったのは良い。だが、『ちょっと家、上がって行かない?』的なイベントが有っても良かったのでは? そう都合良くはいかんか。

 また、一つ気になった事がある。光は(しき)りに、何か言おうとしては止める、を繰り返しておった。

(愛の告白じゃね?)

(ポジティヴだな)

 士の勘違いもソコソコに、光を送り届けた後、我々はやっと家路に着く事ができた。

「ったく、今日は高校生活初日だってーのに、散々な目に会ったな」

(一部を除いて、な)

「なんだ? 何が言いたいんだ?」

(フフッ、別に。おお! そう言えば先程の話の続きなのだがな)

 マンティコアの馬鹿の所為(せい)でスッカリ忘れておったわ。

「あー、えーっと、メンタルバリア、だっけか?」

(うむ。元々は我が持っておった能力? 性質? 特質? まあ何かその様な感じのモノなのであるが、それが貴様の精神や魂も守る様になったのだ。それもより強固になってな)

 正確には、先代のルシファー様に埋め込んで頂いたモノだ。

「ふ~ん、まぁ頑丈になるのは良い事だよな。体も心も」

 実のところ、メンタルバリアが強固になったのは士との融合によるものなのである。だが、それを此奴(こやつ)に釈義するのは面倒だから省くとしよう。

「……ん? そんなモン持ってたクセに、なんで俺に乗っ取られたんだ?」

 ふむ、それは簡単な話だ。我が貴様の中に入った時点で、貴様の精神はバリアの中、つまりはバリアが貴様の事を『我の一部である』、と認識した。それ故に、機能せんかったからだ。

「あー、なるほど、そういう事か」

 我の陳弁を聞いて理解した士は、何回も頷いた。

(それにしても士よ。貴様があの様な事を言い出すとは思わんかったぞ?)

「ん? あ~、俺もそんなつもり無かったんだけど、あんな事の後じゃ独りで帰んのは心細いかな、って……」

(ほう~、それは御優しい事で。では、下心は一切無かったと?)

「そりゃ……! 多少はあった、けど……」

 やはりあったのか。意外と言えば意外だが、まあ、あの様な愛らしい女子(おなご)が相手では、それも当然であろうな。此奴(こやつ)も男であったという事だ。人並みの感性は持っておる様で、安心したぞ。

(ふむふむ。そうか、そうか。ならば我が協力してやらん事もないぞ?)

「いや、悪魔に頼るとロクな事になりそうにないから要らん」

(そう警戒する事なぞないのになぁ)

 我が見たところ、向こうも満更ではなさそうであったぞ?

「え~? そうかぁ?」

 疑いの念しか籠っておらん声だな。

(はぁ~、その様な事も分からぬのであれば、やはり貴様には現実の恋愛は無理か……)

「おい、そりゃどういう意味だ?」

(ま、まあ、それは冗談として。それより早く帰ろうぞ。我も疲れたのだ)

「お前はなんにもしてねぇだろーが。まぁ良いや、さっさと帰るか」

 若干のシコリを残しつつも士は思考を切り替え、全速力で家へと走って帰った。お~危ない、危ない。今の言葉は失言であったな。

「あ」

 何かに気が付いた士は、道中いきなり立ち止まった。如何した?

「お茶代、払ってない……」

 儲かったと思え。大体、貴様は店頭の服をかっぱらっておるではないか。何を今更。

「ま、良いか」

 大して悩む事もなく、士は再び家へと足を向け出した。

 高校生活初日、見目麗しい女子と御近付きになれたと思いきや、突如、マンティコアに襲われるという悲劇に見舞われた士。これから奴は、平穏無事な学生生活を送る事ができるのであろうか。

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